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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

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32 醜女

 陰陽師を狙う妖虎の身体が宙へ舞う。

 その前に立ちはだかり斉彬が太刀を構えるが、虎の巨体に飛び掛かられては耐えられるはずもない。

 

「玄武!」

 

 その刃物のような爪が二人に届く寸前、主の呼び声に応えた玄武が側面から牙を剥き虎に襲いかかった。目前で虎の後ろ脚に食らいつき、かろうじてその爪から二人を守る。しかし、獲物を捕らえそこなった虎は、脚を噛む蛇の喉へと反対に食らいつく。

 蛇はシャアと怒りの声をあげ、その長い身体でぐるぐると虎に巻きつき締め上げた。

 

 四海を守る神の一柱、玄武の力を凌ぐ神はまずいない。ただの疫神である妖虎が敵うはずもないのだ。——本来であれば。

 この妖虎の背後にいる者が、虎の力を増している。それゆえに二匹の力は限りなく拮抗していた。

 

 ぎりぎりと骨の軋む音がする。それでも妖虎の唸りは消えていない。白砂の上で蛇に巻きつかれた虎は、全身から赤い瘴気を放っていた。

 しかし、蛇は白い霧によって妖気を抑え込んでいる。

 

「いけるか?」

 

 斉彬の呟きに、利憲は首を振った。

 

「……磐長姫(ほんめい)の登場だ」

 

 

 篝火の光の届かぬ闇の深く暗いところで、さく…さく…と砂を踏む音がする。

 時折、道に迷い困ったかのように足を止めて、また歩き始める。その音は少しずつこちらへ近付いて来た。

 

炎虎(えんこ)……、どこ?」

 

 闇の奥から聞こえたのは、鈴を鳴らすような雅な女の声。

 彼女は誰かを呼んでいる。

 

「どこにいる……? 出てこい」

 

 優しいのに、どこか不気味なその声は、愛しい小さなものを探しているかのようだった。

 

 徐々に近付く足音が止まり、闇の中から男達の前に姿を現したのは小袿姿の一人の女だった。女は頭から深く緋色の単衣(ひとえ)を被り、その顔は見えない。

 

「わらわの猫を知らぬかえ? 可愛らしい赤猫なのじゃが」

 

 まるで場違いな質問を男達に投げかけて、女は衣の中で首を傾げた。

 そして絡み合う蛇と虎を見つけると、おやおやと呆れたような声をあげる。

 

「こんなところで蛇と遊んでおったか。全く、困った奴じゃ」

 

 そう言って男達が見守る中、怖じる素振りも見せず妖虎に向かって近付いてゆく。

 

「神鳴が落ちる前に帰れ、と申しておいたであろう?」

 

 女は二匹の前に立つと、蛇に締め上げられている虎の頭をそっと撫でた。

 虎は食らいついた蛇の首から牙を抜き、身動きとれぬ身体でなんとか女の顔を見る。そして、蛇の拘束から逃れようともがいた。

 それをしばし眺めた女は、自分の虎が動けぬことに小さな苛立ちを覚えたようだった。

 

「蛇……、そなたは北の玄武か。わらわの炎虎をかえしや」

 

 女がそう言うと、玄武はびくりと身を固くする。蛇が女を睨んだ瞬間、女の手から白い光が現れ黒い鱗の上を火花が跳ねた。蛇の身体は利憲に呼ばれた時のように煙となり、そして霧散した。


「!」

 

 驚く利憲達の前で、女は悠然と救い出した虎の首を抱える。

 

「ずいぶんと痛めつけられたようじゃのう。可哀想に、痛かったか? 無理はするなというたのに」

 

 利憲の背中に冷たいものがながれ落ちた。

 なんだ、この女は。

 式神の玄武と術者の自分の契約の糸を、この女は一瞬で断ち切り玄武を消した。どれほどの力があれば、そんなことが可能であるというのか。

 あの光は先ほどの雷と同じもの。あの落雷も間違いなくこの目の前の女が起こしたものだ。

 

「わらわの猫をいたぶったのはそなたらか」

 

 女がこちらを向いて首を傾げて尋ねる。

 誰も答える者はいない。

 女が醸しだすその得体の知れない妖しい空気に、舎人も武士も立ち尽くしていた。

 利憲は一人、その空気にのまれることなく女をじっと見据える。

 

「磐長姫……か?」

 

 利憲がその名を呼ぶと、女は頭に被っていた衣をするりと肩に落とした。

 美しい声に比べ、その顔は鬼のように醜い。目と口はやたら大きく、頬はこけて鼻は小さい。まるで人ではないかのような容姿だった。

 利憲の顔を見て、ほう、と女の目が細められる。

 

「わらわの昔の名を知っているとは。そなた、誰から聞いた?」

「誰からでも良かろう。中納言の一の姫、その虎は後宮を乱し人を殺めた。それを命じたのは姫であろう」

 

 ふふふ、と女が笑う。

 

「命じたわけではない。炎虎は主人の想いを汲んで動いている」

「神の祟りだと言った」

「祟らねばおられぬ扱いを受けたものでな」

「それでも死んだ者に罪はない」

「どうでも良かろう。どうせ束の間しか生きぬ者達だ。そなた達もな」

 

 そう言ってフイと横を向く。

 

「わらわもまた、この世に束の間の悪夢を見に来たようなもの。人間よりも獣の方がよほど可愛く心がある。わらわを貶めぬからな」

 

 利憲はため息をついた。

 これは気の毒だ。彼女は生まれて再び、その容姿を厭われ不当な扱いを受けてきたのだ。

 

 神は正当に奉らねば祟るもの。

 磐長姫の怒りは当然のものであると思う。だが、祟る対象はやはり間違えている。

 

「何故に中納言殿を恨まぬ」

 

 利憲の隣でずっと黙って聞いていた斉彬だったが、思わず思っていたことが口から出た。

 それを聞いた姫は、はははと笑う。

 

「父は伊勢の神に願いをかけて、この世にわらわを呼び寄せた。わらわは父に感謝しておるのじゃ。もう一度気に入らぬ者達を消す機会をくれたのだからな」

 

 そう言って姫は、狂気を含んだ視線を弘徽殿の方へ向けた。抱きしめられた虎は、姫の怨詛の感情を浴びてむくりと起き上がる。


「わらわは磐長姫。わらわを邪神に堕とした神の子孫どもを滅ぼしに来た」

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