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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

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28 中納言邸の闇

 中納言が屋敷に戻ってきたのは、酉の刻(午後五時から七時)に入った頃だった。利憲が屋敷で待っていると知らされた中納言は、帰宅後着替えることなく現れた。

 

「陰陽頭が一体何用で?」

 

 使いもなく訪問するなどよほどの事。女御の事と聞き、慌てた素振りは見せないものの、内心穏やかではないようだ。手に持った扇をぱちんぱちんと鳴らしている。

 利憲は静かにそれを眺めて、そしてゆっくりと言葉を選んで話しはじめた。

 

「急な訪問をお詫びいたします、中納言様」

「それで、女御の事とはあの妖虎の事だろう。いったいどうなっておるのだ。兵部卿宮の姫が殺されたというではないか。あの虎は弘徽殿の女御を狙っていると、そなたがそう言ったのではないのか」

 

 責める言葉にも利憲は表情を変えず、淡々と答える。

 

「はい。確かに左近の少将殿にはそう報告いたしました」

「では、此度(こたび)の件はどういうわけだ? 虎は内裏から京の町へと移動しておるではないか」

「それについては、弘徽殿の女御様の周囲の警護が厚くなり、妖虎も手を出しにくくなったためでございましょう」

「では、兵部卿宮の姫が身代わりとなったというのか」

「いえ……。おそらく、姫はもとより狙われていたのです。女御様と同じように」

 

 なんだと、と中納言は利憲の方へ身を乗り出した。

 

「理由があるというのか」

「はい。そして、中納言様の二の姫も同じく狙われておりました」

「なんだと?」 

「二の姫が居られた西の対屋に住む者は、病で亡くなったのではないですか?」

 

 中納言の表情が険しくなる。

 利憲は意外に思った。中納言は二の姫には興味がないように思っていたのだが、違うのだろうか。しかし、彼が楓を放置していたのは事実であり、楓からも父には見捨てられていたと聞いている。

 利憲の問いに、中納言は憎々しげに頷いた。

 

「そうだ。流行り病で私の妻も女房達も何人も死んだ。二の姫は病にはかからなかったぞ。だが、屋敷に入り込んだ夜盗に攫われ姫ももういない。そなたは二の姫が妖に攫われたというのか」

 

 探してくれ、という言葉は出なかった。無事であるのか、とも。

 吐き捨てるようなその言葉に、利憲の目が冷ややかな色を帯びる。やはり子を心配する親の反応ではない。娘が攫われたというのに、これほど冷淡な反応を見るとは正直思わなかった。

 楓自身はあれほど素直で慈愛に満ちた娘であるというのに。このような男のもとに生まれた事が、彼女の不遇の始まりだったのかもしれない。

 哀れに思いながら、利憲は中納言に伝える。

 

「この屋敷の西の対屋に蠱毒の痕跡がありました。西の方々の不幸は呪詛が原因でございましょう。二の姫は幸い生き残られたようですが」

「蠱毒だと!」

 

 さすがに蠱毒については中納言でも知っていたらしい。

 

「何故蠱毒なんぞで呪われるのだ! 私の妻が! 二の姫が誰ぞの恨みをかったせいだというのか。そんな馬鹿げた話があるか! 妻が死んだ時、二の姫はまだ童女(こども)だったのだぞ」

 

 声を荒げる中納言の姿に利憲は驚いた。その悲痛な叫びに呼応するように利憲の胸に忍ばせていた札が熱を持ち、頭の中に彼の荒れ狂う感情が流れ込む。

 そして、納得した。

 

 ああ、そうか。この男は死んだ『妻』を見たくなかったのだ。楓が残す母の面影を。

 楓はただ一人の生き残り。楓を見て、彼女の悲しむ姿を見て、彼が執着していた女の死を受け入れるのが恐怖だったのだろう。

 だから、遠ざけた。

 

(この男にとって、死んだ妻だけが唯一必要だったというわけか)

 

 非情なふるまいを見せる中納言にも心はあった。だが、それは最愛の妻の死と同時に権力のみに向く。

 そして、彼は知らない。

 彼の娘達が今いったい何に直面し、何をしているのか。彼はきっと知ろうともしていないのだろう。

 


「中納言様、一の姫はどちらに居られますか?」

「何故そんな事を聞く? そなたは一の姫も呪詛に狙われていると言うのか」

「いいえ、そうではございませぬ。()()()()()()()()()を知りたくて」

「一の姫は無事だ。東の対屋にいる」

 

 利憲はわざと大袈裟に頷いて見せた。

 

「そういえば先程、権の少将様にお会いしました」

「ああ、いい加減来ないと姫が捨てられたと思われるからな。いつ来るつもりかと言っておいたのだ。全く、夫も満足に繋ぎ止められぬとは不甲斐ない」

 

 これは一の姫に対する不満か。

 

「一の姫は名筆で名高いとか」

「いくら書が上手(うま)かろうと、あのように容姿が醜いのではな。権の少将も本心では姫を気に入ってはおらぬ。だからいつも来れない理由をあれこれと考えているのだ」

「容姿が?」

「とても弘徽殿の女御と姉妹とは思えぬ。だから入内は諦めて、婿をとらせたのだ。もう少しまともな容姿であればもっと良い婿が来たのだろうが、これも仕方ない。もう諦めた。その分、女御は主上の寵を独占しているから問題はない」

 

 いくら父親とはいえ、これは子を駒としてしか見ていない発言だった。

 利憲はひそかに溜息をつく。

 

 あらゆることの元凶が見えてきた。

 式盤はきっとこの男を指していたのだろう。

 中納言邸に巣食う闇は、彼自身が引き寄せたものだ。

 

「蠱毒はすでに祓われておりますのでご安心ください。妖虎も居所はつかんでおりますゆえ、あとしばらくの猶予をいただきたい」


 そう言って立ち上がり、利憲は中納言に(いとま)を告げる。



 さて、この妖をどう祓うか。

 利憲は神の祟りの鎮め方は神に聞くのが早かろう、と心の中で呟き、内裏で待つ彼女達の顔を思い浮かべた。


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