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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

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26 式占

「どういう事だ」

 

 陰陽寮に来た斉彬は、式盤を机の上に広げて難しい顔をしている利憲に尋ねる。

 二人は昨夜も弘徽殿の前庭で警備をしていた。しかし、待っていた虎は内裏ではなく別の場所に現れたのだ。しかも、女御ではなく別の姫が犠牲となった。

 兵部卿宮の姫は年若くまだ十四でありながら、筝の琴に優れており美しいと評判になっていた姫だ。健康だった姫が突然、屋敷に妖虎が現れ亡くなったという。身体に傷はなかったものの、京中には姫が虎に食い殺されたという噂が走った。

 

「妖虎は女御だけを狙っていたのではないのか?」

 

 式部卿宮の姫は女御と何の接点もない。関係のない姫が何故に?

 

 利憲は式盤から顔を上げ、斉彬に向けて首を振った。

 

「楓から聞いた話ではそのはずだった。あの虎は磐長姫(いわながひめ)の使う式神だと。ならば、怨みのある女御のみを狙うはずだと考えていたのだが」

「女御に手を出せないから、京の都に疫病でも流行らせるつもりなのか?」

「天文博士からは星の動きに変化はないと報告を受けた。大きな凶事は起こらないはずなのだが……。しかし、この件に関わる人物は特殊ゆえ、天が動きを止めている可能性もある」

 

 そう言って式盤に目を落とす。楓の木で出来た丸い天盤が、棗の木で出来た四角い地盤に乗っていた。天盤には十二天将と二十八宿が、地盤には十干・十二支と八卦、それに天盤と同じ二十八宿がびっしりと彫り込まれている。

 

「何を占っているのだい?」

「誰が何をしようとしているのか、だ。天が教えぬのなら、自分で探るしかない」

 

 天盤をゆっくりと回して利憲は答えた。

 

 

 

 

 十二天将による式占で何がわかるのか、斉彬は利憲が何かをつかむまで邪魔はしないよう外へ出る。

 すると、ちょうどそこで本を抱えた楓に出くわした。

 

「少将様!」

 

 小柄な少年は、斉彬を見ると目を輝かせて走り寄ってくる。

 

「楓……」

 

 ドキリと斉彬の胸が音をたてた。

 改めて見ると、まるで女性のように楓は線が細い。髪が短いので誰も疑わないだろうが、男性らしさは皆無である。この顔にそのうちに髭が生えてくるとは到底想像できないくらいに可愛らしい。

 楓の女性の姿を思い出し、斉彬は頭に血がのぼってくるのを感じた。

 

「少将様、虎が別の場所に現れたと噂で聞きましたが……」

 

 そう言って、心配そうに顔を曇らせる。

 

「今、利憲にも伝えてきたところだよ。でも、もう皆知っているようだったけれどね」

「随分と噂になっていますから。兵部卿宮家の姫が亡くなられたと」

「ああ、そうだ」

「どうして宮家の姫君が……」

「それを私も知りたくてここに来たのだけれど」

 

 陰陽博士について勉強しているはずの楓に、思いがけず会えて嬉しい。いつもならそう口に出して反応を楽しんでいたはずなのだが、斉彬はもごもごと口ごもった。

 どうにも調子が狂っている。

 楓はそんな斉彬の様子にはとんと気付いていない。

 

「兵部卿宮様は?」

「物忌で休んでいる。落ち着くまでは訪問は控えるつもりだ」

「……そうですね」

 

 自慢の才媛と名高い姫を失ったのだ。当分聞き取りは出来ないだろう。

 虎を追っていた自分達も多少の責任を感じてしまう。もっと気をつけていたら、もっと早く動いていたら、もしかすれば兵部卿宮の姫は生きていたかもしれないのだ。

 

「少将、こちらへ」

 

 利憲が呼ぶ声がする。楓はぺこりと一礼し、『また今夜』と言って立ち去った。

 その後ろ姿を見送って、斉彬は利憲のもとへ戻る。

 

 浮わついている場合ではない。人が一人死んでいるのだ。そして、次に誰が被害にあうのかもわからない状況になってきている。

 

 部屋に入った斉彬は、式盤を前に腕組みしている利憲に尋ねた。

 

「式占で何かわかったのか?」

 

 利憲は斉彬が戻って来たのに目をやると、組んでいた腕をほどき机についた。

 

「斉彬、この場所から真っ直ぐ東には誰の屋敷がある?」

「屋敷?」

 

 利憲の意図するものがわからず、斉彬は戸惑う。

 

「ここからだと、西洞院大路ぞいに左大臣邸(うち)がある」

「お前の屋敷は関係ないだろう。他は?」

「ええ? 他は、そうだね……、式部卿宮様の別邸がそばにある。参議殿の屋敷と、後はちょっと離れて東京極大路の東の中納言殿の屋敷かな」

「式部卿宮別邸と参議邸、中納言邸か……」

 

 斉彬からそれを聞いた利憲は、目を閉じて何かを考えている。

 

「何がわかったのだ? 教えてくれ」

「いや、わかったわけではないのだが……。凶事の原因となるものが、真東の屋敷にあると出た。妖虎の事か、女神の事かは不明だ。だが、調べてみる価値はある」

「中納言殿は女御の父君だよ。除外しても良いのではないかい?」

「そうだな……。後の二つの屋敷に入るツテを探さねばならぬ。直接話をしても、疑いを掛けたと逆に処罰されかねん」

「それなら任せてくれ。式部卿宮の四の姫と参議殿の北の方は知り合いだ」

 

 それを聞いた利憲は、じろりと斉彬の顔を睨んだ。銀にも見える利憲の瞳が薄く細められる。

 

「四の姫はともかく、参議殿の北の方が知り合いだと?」

「誤解してくれるなよ。誰からか評判を聞いた北の方が、私の龍笛が聴きたいと参議殿に頼んだのだよ。参議殿の屋敷の宴に招かれて以来、文を交わしている仲なのだ」

「ただそれだけとは限らないだろうが」

 

 手の早い男は信用されぬぞ、と言う利憲に、斉彬はやれやれと溜息をついた。

 

「そのおかげで調べられるのだ。文句を言ってくれるな」

「何人女がいるのかわからぬ男は良い死に方をせぬぞ」

「だから、誰彼構わず手を出しているわけではないと前から言っているだろう。趣味の話相手もいるのだよ」

「信用できぬな」

 

 痴話喧嘩のような会話をしながら利憲は、人形(ひとがた)に切った紙の束を斉彬に向けて投げつける。

 

「それを式部卿宮と参議の屋敷に行って落として来い。中納言邸にも念の為に私が行ってくる」

「中納言殿の屋敷にも?」

「少し気になる事があるのだ」

「わかった。私は二ヶ所で良いのだね」

「くれぐれも式を見られるなよ」

「はいはい」

 

 斉彬は利憲のよこした式神の札を懐にしまい、訪問の許しを得る文を書くため戻って行った。

 

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