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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

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25 妖虎の行方

 利憲が弘徽殿の結界を解いてから既に七日が経った。

 いまだ、妖虎は気配すらない。

 

「虎はどこへ行ったのかしら」


 桜子が絵巻物を眺めながらのんびりした声で言う。帝から賜ったものを楓に見せる為に出してくれたのだが、そこに猫が描かれているのを見て思い出したようだった。

 

「ここまで全く音沙汰ないのも不気味ね」

 

 そうすぐに来るとは思っていなかったが、忘れてしまいそうなくらい平和である。

 どこかに隠れて様子をうかがっているのだと思っていたのだが、あんまり警護が固いので何処かへ出かけてしまったのではなかろうか。そう思うくらいに何も起こらない。なんとなく姉妹で毎日楽しく過ごす日々が続いている。

 

「桜子、ずっと御帳台(ねるところ)を占領してしまってごめんなさい」

「私の為だもの。それにこの頃夜は冷えてきたから、塗籠は暖かくていいのよ。それよりも楓子、そろそろ疲れてきてるでしょう。夜が来るまで寝ていていいのよ」

 

 確かに陰陽寮と弘徽殿との行き来のみで、夜は妖虎の出現に備えている楓は、ほとんど休む暇がない。毎日仮眠はとっているが、身体がだるい気がするのは決して気のせいではないだろう。

 

「楓様、女御様にはわたくしと玄武がついています。少しお休みになってください」

 

 飛燕にもそう言われて楓は頷く。いざという時に動けないのでは足手まといだ。利憲達が来る時刻まではまだしばらくある。飛燕達に甘えて、少し休ませてもらう事にした。

 横になった途端に睡魔が襲ってくる。思っていたよりも自分は随分気を張っていたようだ。まもなく小さな寝息がその口からもれはじめた。

 

 桜子が女房に命じて袿を持って来させる。それを寝ている楓にかけて、桜子は楓の頭を撫でた。まるで子を思う母のような仕草であるが、桜子の中身は子を産んだ女性であると思えば合点もいく。実際の年齢より、桜子の精神はかなり老成しているのだ。

 

「飛燕も玄武も悪いわね。私に力がないばっかりに」

 

 申し訳なさそうな女御の言葉に、部屋の隅で寝そべっていた玄武は首を伸ばして女御を見る。飛燕は赤い紅を引いた唇に笑みを浮かべて目を細めた。

 

「力がないわけではありませぬでしょう」

 

 そう言って、飛燕はふふふと意味ありげに笑う。


「あら、やっぱりわかるのね」

 

 飛燕の反応に桜子も微笑んだ。飛燕は楓を撫でる女御の手を見ながら、女神への礼拝を捧げる。

 

「桜を咲かせたのも、彩雲を呼んだのも女御様自身。繁栄の女神の力は女御様が宮中に上がられて以来、天の災害からこの国を護っています」

「私に出来るのはほんの少し。楓子のような神力はこの身体にはないわ」

「楓様も女御様も、おられるだけで良いのです」

「嬉しい言葉ね。もう一度、生きてみたいと思っていたの。限られた人の命であっても。いいえ、人として。……叶えられて良かった」

「さようでございますか。それではわたくし達も女御様が楽しんで生きられるよう、邪魔する者は排除するだけですわね」

 

 女御は頼もしいわ、と飛燕を褒め称えた。

 

「でも、自分の血を引く人のもとに嫁ぐなんて思ってもみなかった。子孫が夫だなんて、変な気分ね」

 

 木花咲耶姫は帝の祖先にあたる神。そういえばそうだと飛燕も頷く。

 

「でも、前の夫に比べれば、主上はとても良い人だわ。妃としてだけでなく、私を愛してくれているから」

「それはようございました」

「ちょっと執着が強いのは困るところなのだけれど」

 

 桜子にばかりかまけて他の妃達を(ないがしろ)ろにしているところは、彼女も気になっているらしい。

 

「帝ともあろう方が、宮中のいざこざの元となるような振る舞いをされてはいけませんと、いつも言っているのよ? 藤壺の女御様も麗景殿の女御様も、とても良識ある優しい方々だから許していただいているけれど」

「仕方ありません。主上にとっては、女御様が運命の人だったのですわ」

「運命の人?」

「はい。自分にとって唯一無二の相手だそうです。その相手に出会えた者は幸せだと聞いた事がございます」

「そうね、私は幸せだわ。父には政治の道具と思われていたけれど、主上は私を人間にしてくださった。……楓子にも私と同じように、良い人が現れるといいのだけれど」

「ちゃんと候補はございます」

 

 力説しようとする飛燕に、女御は『でも』と反論する。

 

「陰陽頭様も冴えざえとした美しさで良いのだけれど、左近の少将様もなかなかではない? 妖虎の前に飛び出して刀を向けたところなんて、とても凛々しくて」

「まあ、女御様、だまされてはいけません。あの方はお顔はよろしいですが、いかんせん恋人が多すぎます」

「まあ、そうなの? でも、あんまり女性の機微に(うと)い方も困るわ。楓子はねんねだもの。ぐいぐい口説くくらいでないと、一生気付かないわよ」

「それもそうですわね」

 

 当の本人の寝ている頭上で、恋人に相応しいのはどちらかと話を盛り上げている二人を、亀は交互に眺めて首を引っ込める。

 そしてその話は、すっかり陽も落ちて楓が目を覚ますまで続けられたのだった。

 

 

 その夜も、紅い虎は姿を現さなかった。

 そして、翌朝、思いもよらぬところで虎が目撃されたと左近衛府に報告があった。

 その場所は兵部卿宮ひょうぶのきょうのみや家である。

 

 二条堀川にある兵部卿宮邸の釣殿に現れた妖虎は、気が付いて集まってきた侍達の頭上を飛び越え、黒い空へと消えた。

 そして、騒動が収まった後に兵部卿宮が目にしたのは、娘である姫の変わり果てた姿だった。

 

 

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