21 生まれかわり
ずっと昔にも姉妹だった、その言葉に楓は驚いた。
いったい桜子は何の事を言っているのだろうか。その言葉の意図をはかりかねて、楓はしばし言葉を失う。
『陰陽頭でも神と争う事は出来ないでしょう』
ということは、桜子は自分を狙っている相手が誰かを知っているのだ。そしてそれが神なのだろう。
(いろいろと信じがたいけれど、でも……)
桜子は嘘をつくような人間ではない。それは確かだ。
子供の頃の桜子は、時折不思議なことを話していた。それはたいてい誰に聞いたのかわからない話だった。
物語を読んだ時は、山が出てくると木々の情景や動物達を見てきたかのように話した。貝合わせをした時は、桜子自身は見たことのないはずの海についても、波の色や海藻の種類などを色々教えてくれたりした。
本当かどうかわからなかった楓は、西の対屋へ戻って乳姉妹の周防に聞いたことがある。周防の父親は国司だったので、彼女は一度父のいる地方へ旅をした事があった。その時に海を見たと言っていたからだ。
桜子の言う海は、周防の教えてくれた海と同じだった。
それから楓は、桜子は千里眼の持ち主だと尊敬するようになったのだ。
しかし、遠見の力と思っていた桜子の知識は、彼女が過去の世で見たものだったのだろうか。
そして、自分もまた桜子と共にその時代に生きていた?
「信じられないと思うけれど、私には生まれた時からもう一人の記憶があるの。南方の國の山に住んでいた毘売の記憶よ」
毘売とはこの国に伝わる女神のこと。
「私はそこで木花咲耶姫と呼ばれていたわ。そして楓子は私の双子の姉妹、木花知流姫だったの」
にわかには信じられない話。しかし、淡々と語る桜子は冗談を言っているとは思えない、とても真剣な顔をしていた。
「笠沙の岬で出会った邇邇芸命と咲耶姫は結ばれたのだけど、彼はあまり良い夫ではなくて、私の孕んだ子を別の男の子供ではないかと疑っていたのよ。酷いでしょ? それに、父神は姉の磐長姫も一緒に嫁がせようとしたのだけれど、彼は断ってしまったわ。おかげで私は磐長姫に恨まれてしまって、呪詛を受けていたの」
まさか今世まで前世の姉に呪われるとは思わなかったけれど、と桜子は深い溜息をつく。
一方、楓はそんな桜子の告白を聞いて呆然としていた。
「桜子が咲耶姫で、私が知流姫?」
馬鹿な、と言いたいところだが、どうにも思い当たることが多すぎて楓は頭が追いつかない。
桜子の更衣入内の時の瑞兆は、本当に天孫の霊が女神の再来を喜んで起こした奇跡だったのか。
楓自身、なぜ自分が異能を持つのかわからなかったが、神力と思えば説明がつく。
「楓子は記憶がないのよね。大丈夫、もうとうの昔に過ぎた事よ。私も覚えているだけで、ほとんど力は残っていないの。私達も今は普通の人間だし、私にとってはあまり思い出したくもない過去の事だわ。なのにどうしてかしら? いまだに私を咲耶姫だと思っているみたい」
「では呪詛を行っているのは……」
「そう、磐長姫よ」
女御が心配するのも無理はない。妖虎が口にした『神の祟り』とは、式神のそれではなく荒御魂へと変化した女神の祟りだったのだ。
関わると命はない、その警告は正しい。古の女神を調伏するなど、さすがの陰陽頭でも果たして可能なのか。
「磐長姫もこの世に生まれ変わっているということ?」
「さあ、そこまではわからないの。わかるのは、彼女はまだ神力を失っていないという事。もちろん記憶もね」
「磐長姫が妖虎を送り込んできたのね」
「あの虎は呪詛の本体よ。炎の瘴気で私を病にさせようとするやり方は昔と同じ。咲耶姫だった時は自分の神気で祓えたけれど、今の私には無理。そこまでの力はもうないわ」
悔しいけれど、と桜子は花びらのような唇を噛む。
楓と飛燕は顔を見合わせた。
女御に掛けられた呪詛が、神代の頃のものだったとは。そんなにも根が深いものだとは思っていなかった。
「どれだけ執念深いの?」
「そうね、もともと彼女は永遠を司る柱だからしつこいの。それに女神も女の人だから、嫉妬もするし逆恨みで呪ったりもするのよ」
日の本の神様達は結構人間のように、怒ったり笑ったり感情が豊かだ。ついでによく祟ってもくださる。
「飛燕、利憲様にこの呪詛を祓えるかしら」
まずは妖虎を捕らえ調伏せねばならない。そして、本当に桜子を救うには、磐長姫の居所をつかみ説得するしかない。
しかし、楓に問われた飛燕は、先程までの自信はどこへ行ったのやら、頬に手を当ててうーんと唸った。
「楓様……、虎はともかく女神の説得は、女心に疎い主には少々荷が重いかもしれませんわ」
呪いの原因が男に振られた逆恨みなどとは、相手が神であろうと利憲なら『くだらぬ』の一言ですましかねない。女神を余計に怒らせそうだと飛燕は困ったように言う。
確かにそうかも、と楓も唸った。
「桜子、私が磐長姫を説得するわ。いつまでも過去にとらわれていては駄目だもの。邇邇芸命はもういないんだから」
振った当の本人はどこへ行ったのだと言いたいが、彼まで生まれ変わってこの時代にいるとは限らない。もし、いたとしても自分のように忘れているかもしれないのだ。
三柱の関係がどのような経緯でそうなったのかはわからないが、磐長姫にとってその拒絶は耐えがたいものだったのだろう。
(磐長姫はそんなに邇邇芸命が好きだったのかしら?)
恋とはどんなものなのだろうか。
奪った相手を呪うくらいに執着する、そんな強い想いを楓はまだ理解出来ない。
恋敵を殺してまでそばにいたいと思うのか。そんな怖いものが恋? 一緒にいると安心する人ならわかるけれど……。
ふと利憲の姿が脳裏に浮かんで、楓は慌てて振り払うように頭をふり目を閉じた。




