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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

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18 異能の才

 早速準備をするからと飛燕がいそいそと楓を連れていったあと、利憲と斉彬は昨夜のその後の御所の話をしていた。

 楓が女御とのしばしの逢瀬を終えてから、斉彬は大きく声を張り上げて警備の者達を呼んだ。舎人と武者が慌てて駆けつけて来たものの、事はすでに終わってしまっており、彼等は上官に叱責されるのを覚悟してうなだれた。

 

「気を失っていた女房達のうち、数名は虎の姿を目撃している。しかし、大半はいつの間にか意識を失ったようだ。ただ、軽い熱病にかかり伏せっている」

「妖気に当てられたのだろうな。虎を見た女房は?」

「見た途端に飛びつかれたそうだ。その後は気を失って何も覚えていないと言っている。跳ね飛ばされた者もいたが、幸い骨は折れていなかった」

 

 すぐに薬師を呼んだものの怪我は軽く、被害も物が壊れた程度ですんだ。

 後を任せた彼等による報告では、再度殿舎を捜索したもののやはり呪詛に関するものは見つかっていない。女官達への聴き取りも行ったが、特筆すべき内容は出てこなかったということだった。

 

「なぜ誰も駆けつけて来なかったかわかったか?」

 

 滝口陣がすぐそばだというに、誰一人駆けつけてくる者がいなかったのが不思議だ。殿舎の内部は無茶苦茶に乱れていたし、それなりに大きな音はしていたはず。自分達も蝙蝠が指し示す前に悲鳴を聞いている。何事が起こったのかと、警備をしていた者たちがすぐに駆けつけて来るのが普通だ。

 

「武士達は女房の悲鳴を聞いていない。聞こえたのは我々だけだ」

「やはりそうか……」

 

 弘徽殿の妻戸をくぐった時、(もや)の中に入ったような奇妙な感覚があった。

 

「楓が言うには、あの時弘徽殿は赤い霧に包まれているように視えたそうだ。妖の瘴気が霧となっていたのだが、一種の結界の役目もしていたのだろう」

「あの子には私達に見えないものが見えていたのか」

「ああ、妖虎の本質も見抜いていた」

 

 そういえば、虎の中に炎が見えると言っていた。あの陰陽生はやはり只者ではない。

 

「もうわかっているだろうが、楓は中納言殿の屋敷にいたのだ。祈祷に呼ばれて行ったのだが、そこで蠱毒の妖に狙われていたのが楓だ」

「蠱毒? 禁呪ではないか」

 

 行う者は例外なく朝廷により死刑を(たまわ)る。その禁じられた呪術の的にされていたとは。斉彬の背中にヒヤリとしたものが流れた。

 

「それで、楓は何故生きていたんだい?」

 

 蠱毒の呪いはほぼ百発百中で対象を死に至らしめる。

 利憲ならば祓うことができるだろうが。随分前から楓が標的にされていたような口ぶりに、斉彬は疑問に思う。

 

「わからぬ。あれの使う撫物も呪術ではなく神道の祈りに近い。呪いを弾く何かがあるのだろう」

「不思議な子だね」

 

 利憲はああ、と言って、飛燕が置いていった銚子から酒をそそいだ。

 斉彬の盃にもついでいると、彼は思い出したようにぽんと膝を打った。

 

「そういえば、中納言殿の二の姫が何者かに攫われたそうだぞ。家の中に賊の侵入を許したとは恥だな。弘徽殿の女御と姉妹だけあってたいそうな美姫だったらしい」

 

 なんとも勿体無い、ともらす斉彬に、利憲の眉がぴくりと動いた。

 

「中納言殿に会った時には何も言われなかったが、それはいつ頃の話だ?」

「ん? ひと月前くらいだろうか。二の姫の乳姉妹である周防(すおう)という女房がいるのだが、これが私の従者の高也が通っている妻でね。姫が攫われた時にそばにいたそうなのだ」


 周防という名には聞き覚えがある。楓は一緒にいたあの女房を周防と呼んでいた。

 やはり、と利憲は黙ったまま盃を口に運ぶ。

 

「中納言殿はさほどうろたえてもおられぬようであったが。むしろ、弘徽殿の女御を心配しておられた」

 

 斉彬は少し皮肉を込めて話を続ける。

 

「二の姫は弘徽殿の女御の生母である北の方の実の子ではないそうだ。母君を病で亡くされ寂しい暮らしをしていたそうでね。中納言殿もまるで気にはしていない。仮にも我が子だというに」

「そうか……」

 

 中納言らしいだろう? と尋ねる斉彬に、利憲は頷く。

 楓があのような身なりをしていたのには、そういう理由があったのか。

 

 親を亡くした姫が零落した暮らしを送るのはよくあることだ。しかし、父親が生きているのに見向きもされないとは、どれほどに辛かっただろうか。

 

「子に興味がないというのも罪なものだ。まあ、子殺しをする親もいることを考えれば、まだマシな方なのかもしれないけれどね。……すまない。これは禁句だった」

 

 謝る友人に利憲は軽く首を振る。

 

「教え導く子が化け物ならば、消してしまおうと思うのも無理はない。それも親の責だからな」

「化け物? まだそんな事を考えていたのか。保明様は気が触れていたのだ。お前は父より才が遥かに上回っていただけで、化け物などではない」

 

 斉彬は憤慨しているが、父が自分を恐れたのも無理はないと利憲は思う。

 幼い頃、道ゆく人の中にまぎれた妖を見つけて父に教えた。その時は我が子に才能があると悟った父は大層喜び、まだ早いと諫める母をおしのけて金匱経など式占の本を与えた。父が喜ぶのが嬉しくて、与えられるがままに勉学に励んだのだが。

 

 大人が読んでも理解が難しい本をすらすらと読み解き、陰陽頭である父にも見えないものを視る。父に付いて学ぶうちに、父が答えられないような質問をするようになった。徐々に父の顔から笑顔は消えていった。

 

 ある時、父が紙を用いて式神を作った。擬人式神だったのだが、幼い利憲は自分も作ってみたくなった。

 父と同じように紙を切り、呪を唱えて力を込める。どういう姿にするか考えたその時、ふと書物で読んだ鳥が頭に浮かんだ。

 青い羽根を持つ鳳凰の雛、(らん)だ。神霊の精が美しい鳥となったというその姿を思い浮かべる。

 そして、目の前に現れた青く輝く鸞鳥を見た父は、二度と息子と顔を合わそうとはしなかった。そして、狂気がいつしか父を侵蝕する。

 

——それ以来、利憲は周囲に人を寄せ付けない子供になった。

 

 

「私を怖がらない人間はお前が初めてだったな」

 

 ふふと小さく笑うと、斉彬が呆れたように首を振る。

 

「私もよく物怪がいると騒いで親が困っていたからね。お前と違って見えるだけでどうにも出来ないものだから、周りはだいぶん怖かったと思うよ」

「無駄な才能だな」

「全くだよ」

 

 世には案外様々な異能を持つ人間がいる。

 自分のこの才も今はそこそこ役に立っている。相変わらず人は怖いが、深入りせねば心を乱されることもない。

 

 楓は自身の才に気付いていなかった。しかし、息を吸うようにその力を使っている。今も当然のように妹姫を救おうと必死だ。

 彼女の異能は優しい。

 楓の祈りはどんな悪しき気も消し去るだろう。

 

 そういえば自分から関係を持った人間は彼女が初めてだ。

 利憲は放っておけなかった自分をなんとなく誇らしく、そして面白く思った。

 

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