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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

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17 飛燕の参入

 三条の利憲の屋敷に再び客人が来たのはその夜だった。

 

「左近の少将様、どうされたのですか?」

 

 ひょっこりと出迎えに現れた陰陽生の顔を見て、斉彬は苦笑いを浮かべる。

 

 女御と楓を置いて簀子まで出た後、しばらく二人は語り合っていたようだった。その詳しい内容まではわからないが、出てきた彼は待っていた利憲の元へ来ると深々を頭を下げて礼を言っていた。やはり、利憲は全てを知って彼を連れて来たのだろう。

こんなに幼なげなのに、命をかけた恋をしているのかと思うと、うわべだけの遊びに逃げている自分が恥ずかしい。

 

「楓、屋敷の主人を呼んでくれ。それと君も同席するといい」


 愛する女御のこと。彼も聞いておくのが良いだろう。


「僕もですか?」

 

 楓は可愛らしく首を傾げると、すぐに奥に走っていく。

 入れ替わりにやってきた飛燕が、斉彬をいつものように奥の間へと案内してくれた。

 

「この屋敷にわざわざ来て話とは、人がいるところでは話せぬ内容か。お前の顔を見る限り、どうも面倒な気がしてならぬが」

 

 屋敷の主人は部屋に入って来るなりそう言って渋面を見せる。

 その後ろから入って来た弟子は、ちょこんと座って二人の顔を交互に見比べた。

 

「はあ……、帝は何を言ってきたのだ? 言っておくが、女御には今夜も玄武を付けているぞ。弘徽殿にも結界を張った。そうそう破られることはない」

 

 いい加減寝かせろ、と文句を言う。

 斉彬は帝に対しても不遜な言葉遣いに、相変わらずだなと笑った。

 

 確かにここ数日、彼は不眠で妖の調査に関わっていた。代わりがいない身としては仕方がないとはいえ、人間である限り限界はある。

 しかし、こちらにも都合があるのだ。

 

「その状態でずっと置いておくつもりか? 女御もいつまでも弘徽殿に籠っているわけにはいかないのだぞ」

 

 斉彬の指摘に、利憲は嫌な顔をする。痛い所を突かれたといった様子に、陰陽頭にも事態の打開策はまだ見つけられていないようだ。


「呪物をもちいた呪詛でない以上、あの虎を生み出した者がわからぬ限り、呪詛を解くのは難しい。結界を解くとまた妖虎が現れるだろう。まずは女御の身の安全が第一だ」

 

 弘徽殿に近付けない妖虎は、まだ周辺をうろついているだろう。あの様子では諦めて去る事も期待薄だ。

 まずはもう少し女御の周辺を調べる必要がある。呪詛をかける人物に心当たりはないか、女御自身に尋ねてみても良い。

 その上で、果たして呪詛を返せるか。

 

 酒を持ってきた飛燕が、二人に(さかずき)を手渡し銚子(ちょうし)を傾けて注ぐ。

 それを一気にあおって、斉彬は低い声で告げた。

 

「中納言殿の命令だ。女御に身代わりを立てる」

「身代わり? 誰をだ」

「さて、そこが問題だ。出来る事なら生身の人間を使うのは避けたいのだよ」

 

 女御の身代わりになれとは、病で死ねと言うようなものだ。

 中納言達の狙いはそこにあるのだが、流石にそこまでは言えない。しかし、利憲は苦虫を噛み潰したような顔をした。どうやら意図するところがわかったのだろう。

 

「身代わりが死ねば妖が満足するだろうと?」

「はっきり言わないでくれ。式神を使えるか?」

 

 まだ式神であれば、妖の呪詛にも耐えられるかもしれない。

 そう尋ねると、利憲はふむと口元に手を当て考え込んだ。

 

「身代わりで虎を誘い出すのか。撫物の応用で人形に髪など身体の一部を入れて形代を作る方法はある。その方法を使えば式で作れぬ事はないが……」

 

 果たして人形を壊して満足するか。きっとあの妖ならば偽物などに惑わされないだろう。

 それに女御が生きている事を知れば、また繰り返すのに違いない。

 

「どのみち妖虎は調伏せねばならぬ」

「おびき出せるか?」

「わからぬ。気配は似せても人間と式とでは色が違うからな」

「やはりそうか……」


 相談する二人の隣でじっと聞いていた楓が、『あの……』と言って口を開いた。

 

「女御様の身代わりを僕がするのではいけませんか?」

 

 思いもよらない提案に、二人が同時に楓を見る。

 

「僕なら妖が見えますし、虎の瘴気も効かないので適任です。僕が囮になります」

 

 毅然として言う楓を、利憲が狼狽の色をのぞかせて制止した。

 

「待て。玄武はいざという時のために女御に付かせたままだぞ。女御の身代わりとして後宮に入るならば、男の我々が側についていてやることも出来ない。一人で虎に対峙するのは危険だ」

「かまいません。僕は女御様をお助けすると約束したのです」

 

 昨夜、桜子と二人で話した。

 ある時から病がちになったのは、この呪詛が原因だった。中納言邸で過ごしていた頃は、無自覚であったが自分の力が病を祓っていたのだと桜子に教えられた。

 

『私はほとんど力を失っているけど、楓子には毘売(ひめ)の力が残っているのよ』


 そう言って抱き締める妹の言葉には謎が多いけれど、もともと桜子は幼い頃から不思議な事を話すことが多かった。未来がわかるかのようなことを言ったり、誰も知らない昔のことを覚えていると言ってみたり。

 大人達は子供の戯言と言っていたが、楓子は桜子が千里眼の持ち主ではないかとわくわくして聞いていたものだ。

 

 この呪詛は根が深い。それで誰に恨まれているのかを尋ねてみたが、彼女は『わからない』とだけ言った。遠見が出来る彼女でも、自分の事は見えにくいのだと。

 しかし、誰であろうと自分の存在を否定されることに傷つかないはずがない。

『大丈夫、私が守るから』

 そう伝えると、桜子は華のような笑みを見せ、ほろりと涙をひと筋流していた。

 

「お願いします、利憲様」

 

 楓のすがるような願いに、利憲は視線を揺らす。

 そこへ鈴の鳴るような女の声が割って入った。

 

「わたくしが女房として楓様に付きます。吾が君、それならば良いでしょう?」

 

 飛燕が目をきらきらさせている。

 

「夜狐や玄武ばかりを連れて行かれて寂しく思っていましたの。わたくしもご一緒したいですわ」

「飛燕、遊びに行っているのではないのだぞ」

「あら、わたくしも(くだん)の妖虎と対面してみたいです」

 

 恐れを知らずころころと笑う美女に、利憲も『飛燕なら……』と小さく呟いた。

 楓は思わぬ助け船にぱっと顔を明るくする。

 

「飛燕、いいの?」

「おい飛燕、楓は確かに可愛らしいが男だぞ? 女御に化けるのは流石に無理がないかい?」

 

 戸惑いを隠せない様子でそう問う斉彬に、飛燕はぽんと自らの胸を叩いてにっこり笑う。その笑顔にはその場にいる誰も勝てなかった。

 

「わたくしにおまかせください。楓様を見事に女御様の影武者に仕立ててみせますわ」

 

 

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