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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

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16 身代わり

「以上が、昨夜のあらましでございます」

 

 翌日、斉彬は清涼殿の孫廂に座り、帝に昨夜の出来事の報告をしていた。かたわらには上官である左近の中将と、左大将も兼任する中納言も同席しているため肩身が狭い。


 特に中納言は自身の娘である女御の身に起こった災難に、居ても立っても居られない様子で斉彬を呼びつけたのだった。

 噂ではあまり子供たちへの情はないという話であったが、帝の寵を一身に集め出世を約束してくれた女御に対しては違ったらしい。

 

「妖虎が内裏の、しかも弘徽殿を襲うなど前代未聞。幸い女房たちは怪我も少なく女御も無事ではあったが、妖の進入を見逃しこのような被害を許すとは近衛府の恥」

 

 苦々しく言う中納言に、中将と少将は視線を下げて帝の言葉を待つ。昼御座で報告を受ける帝は、御簾の中でパチリと檜扇を鳴らした。

 

「まずは女御が無事であった事が幸いだ。左近の少将と陰陽頭はよくぞ妖虎を退けてくれた」

 

 は、と平伏する斉彬に帝は続ける。

 

「しかし、陰陽頭をしても妖を調伏出来なかったとは。陰陽頭の見立てでは呪詛というのはまことか?」

「はい。何者の仕業かは不明ですが、女御を狙う呪詛の式神であろうとの事です」

「弘徽殿の周囲を調べたところ、呪詛の痕跡はないとの報告だったが」

 

 中納言の疑問に斉彬は首を振る。

 

「目撃された場所をみると、妖は自由に内裏を動いています。式神の中には札も何も必要とせず動かせるものもあるとのこと。今回は陰陽頭が自身の式神を使って炙り出したため直接弘徽殿に現れましたが、周囲に隠れて病の瘴気を流す疫神であろうと陰陽頭が言っておりました」

「……祓えるのか?」

 

 帝と中納言、中将の三人に見つめられて、斉彬は胃が痛くなる。そこが問題なのだ。

 

「わからぬ、と言われました。妖虎は『死にたくなければ関わるな』と警告してきました。これは祟りであると」

「祟りだと! 女御が何故祟られると言うのだ」

 

 思わず語気を強めて迫る中納言に、斉彬はただ首を振るしか出来ない。

 

「わかりませぬ。女御に対する呪詛は主上に対する謀叛と同じ。畏れを知らぬ所業です。我が身を振り返らぬやり方をみる限り、呪詛の主はそもそも生きているのかも怪しい」

 

 自らの命と引き換えにして相手を呪う手法もある。陰陽頭は厳しい顔つきでそう斉彬に言った。問題はそこまで女御が恨まれる理由が見当たらないということだ。

 しかし、その場合、呪詛をかけた相手に返すことが難しく、女御が命を落とさない限り呪詛は生き続ける。

 そう説明した少将に、帝はじっと考えこむ。


「そなたらが守っていたとしても、この先ずっと女御は狙われ続けるということか」

「……はい」

 

 しばしの間ののち、帝はふうとため息をついた。

 

「女御が季節はずれの桜の開花とともに入内し、瑞兆の彩雲を見た。これぞ桜の精かと思うような姫に、余の背負う国の行末も木花咲耶姫が守ってくれようと感慨深く思ったものだ。女御と話すと余の悩みも何故か消える。余にとっては女御は古の女神そのもの。祖先が女神を疑い苦しめた詫びとして、余は何としても女御を守りたい」

 

 頭を垂れてその独白のような言葉を聞きながら、斉彬はふと昨夜の女御を思い出す。

 袖で顔を隠していたためによくは見ていないが、確かに美しかったように思う。

 しかし……。

 

(アレはとても言えぬな)

 

 生き別れの恋人の陰陽生と抱き合う女御の姿を思い浮かべ、斉彬は帝を気の毒に思った。想う妻が他の男に心を奪われているとは、まさか思ってもいないようだ。

 

(よくあることとはいえ……)

 

 知らぬということはこんなにも無様だ。

 神の末裔である帝にもどうにもならないことはある。

 

「——で如何でしょうか」

 

 斉彬が考え事をしているうち、話が進んでいたようだ。

 

「少将、どう思う?」

「は?」

 

 慌てて声の主を見る。

 すると中納言が難しい顔で自分を見つめていた。

 

「だから、女御に身代わりを立てるのだ。女御が死ぬまで呪詛が解けぬなら、妖に女御が死んだと思わせればよい」

「……はい?」

 

 斉彬は二、三度瞬きをし、すぐに隣の中将を見る。

 彼は眉根を寄せて目を閉じ黙っていた。

 

 身代わりを立てる。

 それはすなわち、代わりに死ぬ人間を連れて来るということだ。

 

「中納言様、後宮で穢れはあってはなりませぬ」

 

 何を言い出すのか。そう思ったが、上司に面と向かって意見は出来ない。

 やんわりと思い直すようそう言ったが、我が娘の危機という事態のせいか、中納言には通じないようだった。

 

「陰陽頭に伝えるのだ。弘徽殿の女御の身代わりを用意するように。式神でも人間でも構わない。女御に危険がないように妖虎を祓えとな」

 

 絶句する斉彬に、目を開けた中将が何も言うなと目配せする。

 斉彬も黙るしかなかった。ここで余計な反論をしたとしても無駄だろう。なによりも女御を大切に思う帝と、女御を失うわけにはいかない中納言だ。

 どのみち女御を守りながらあの妖虎を祓うには、女御に身代わりを立てた方が危険は少ないだろう。問題は誰を身代わりに据えるかだが。

 

 斉彬は頭をフル回転させて考える。


 式神でも良い、か?

 果たして妖虎が同じ式神に気付かないという事があるだろうか。否。それはまず無理だろう。人と神は魂の色が違うという。式神も神。似せたとしても見破られる可能性が高い。


 利憲に相談してみなければわからないが、無理であるなら女を用意せねばならぬ。しかし、危険だとわかって承知する女が果たして見つかるか?

 

 思い悩む斉彬に向けて、御簾の中から声が掛けられる。

 

「少将、どうか頼む」

「……はい」

 

 帝に頼まれては頷くしかない。

 これが人殺しになるとしても、自分に断るすべはない。

 せめて身代わりになった者に危険が及ばぬよう、出来る限りあの虎から守るだけだ。

 斉彬は再び平伏し、きりりと痛む胃をこっそりと押さえた。

 

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