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【12/25書籍発売・コミカライズ同時連載開始】異能の姫は後宮の妖を祓う 平安陰陽奇譚  作者: 藤夜
第一章

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10 道具

 さわさわと風に木の葉が鳴る。虫が小さく鈴のような音色を奏でる中、砂利を踏む音がしゃりしゃりと響く。弘徽殿を出た三人は、月の照らす庭を歩きながら調査という名の散策をしていた。

 あやしい気配など全く感じない澄んだ空気は、先程までの重苦しい殿舎でのことが嘘のようだ。

 

「で、女御はどうだった?」

 

 斉彬が問う。彼は御簾の外だったため、漏れ聞こえる声で女御の熱が下がった事だけしかわかっていない。利憲が詳しい状況を説明する。


「女御の身の内には呪術的な気が封じられていた。熱病はそのせいだろう」

「呪術……。祓ったのか?」

「楓がな」

 

 斉彬は利憲から一歩下がって歩く彼の弟子を見た。こんな幼げな子供にそんな能力があるなど信じられないが、やはり利憲が連れて来ただけのことはある。女御のもとに行く前、彼は自分の懐を押さえていたが何を使ったのだろうか。

 

「まじないと言っていたやつか」

「楓の葉が悪しき気を吸いとった」

「楓の葉?」

 

 楓という名だけに楓の葉を使うのか? 斉彬が顔をじっと見ると、楓はおどおどと視線を揺らしてうつむいた。

 

「僕の家に楓の木が植わっていまして、小さい頃に葉を摘んで妹にあげていたんです。そうしたら不思議と怪我や病気がすぐ治ったので」

撫物(なでもの)だな。普通は人形(ひとがた)を使うのだが」

「ほう、すごいね」

 

 撫物は身代わりとなる人形に邪気をうつして祓う。流し(びな)などがこれにあたるが、本式では形代を作るにはやはり霊符のように手順をふむ。

 楓は葉を形代に病を吸い取っていた。葉に呪術は込められておらず、神気のみが感じられた。もともと楓の木には呪力が宿るとされ、式占の道具にも使われる。天を知る神の木、その呪力をそのまま利用しているのだろう。

 しかしこれは利憲ですら見た事がない様式。呪術というより祈りに近い法式だった。

 しかも効果は目に見えるほど。術者の力量で形代に移せる邪気の量は決まる。生の葉が燃え尽きる(さま)を見た時は、正直ここまでの力を持つとは思っていなかっただけに驚きを隠せなかった。

 

 しかも……。

 利憲は斉彬に褒められて照れている楓の横顔を見る。

 熱にうかされてもなお桜の花のように美しい女御の(かんばせ)は、化粧がされていたとはいえ目の前の少女と初めて会った時の姿を思い起こさせた。


————あまりにも似すぎている。


 楓と一緒にいた女房は、妖を追って屋敷の奥に入り込んだ自分を咎めた時に『二の姫のおられるところ』と言っていた。弘徽殿の女御は中納言の三の姫。楓が姉妹である二の姫であるならば似ているのも納得であるが、はたしてそんなことがあるのだろうか。

 無言で口元に手をやり考え込む利憲に、斉彬は別のことを思ったらしい。


「呪術的な気、という事はやはり標的はそうなのか?」

「女御が呪詛をかけられたのに間違いはない」

「本当に女御本人を狙ったものだと思うか?」

「周囲に被害者がいない」

 

 婉曲な肯定の言葉に斉彬はふうとため息をつく。

 

「ある程度予想はしていたが、面倒なことになるな」

「なぜですか?」

 

 楓の問いに斉彬はうーんと唸った。

 

「犯人が後宮、もしくは公卿の誰かかもしれないからだよ」

 

 被疑者の身分が高くなればなるほど捜査は難しくなる。

 楓は悩ましげな斉彬とそれを冷静に眺める利憲を交互に見て、桜子が標的となっているかのような口ぶりに疑問を持った。

 

「なぜ女御様が狙われるのです?」

 

 後宮には帝に仕える女性たちが山ほどいる。女御や更衣だけでも五人以上いたように思う。なぜその中で桜子だけが狙われなくてはならないのか。

 利憲は楓をちらりと見てすぐに目をそらす。斉彬はその様子にやれやれといったふうな視線を送り、仕方なく説明することにした。

 

「更衣として入内されてすぐ、彼女は女御に昇格し弘徽殿に住まわれた。中納言の姫であった更衣が、中宮に次ぐ女御の位とその殿舎を与えられたのは主上の意向だったのだが、実はかなり異例のことなのだ。反対する者もいたのだけれどね」

「帝の命令に反対?」


 そう、と斉彬は頷く。

 

「弘徽殿は主上の寝所がある清涼殿に近く、七殿五舎の中で一番格が高い。それゆえに妃の中でも特に位の高い女性が住まうのが普通。慣例から言うと大臣家から入内した姫が住まう殿舎だ。今は左大臣家からは藤壺の女御、右大臣家からは麗景殿の女御が入内しておられる。二人を差し置いて、と言われても仕方ない」

「序列を守らなかったせいだと」

「さあ、推測でしかないのでなんとも言えないが、もし女御が呪詛を受けるとしたら、理由の一つとして挙げられるだろうね。実際今、主上は他の妃達には目もくれず、弘徽殿の女御のみを寵愛している。公達の間では女御こそが帝を惑わす妖ではないかという者もいるくらいだ」

「くだらぬな」


 女に惑い政務に支障を来たしているならまだしも、帝は表向き何の問題もなく(まつりごと)を行っている。夜に誰を召そうと勝手だろうに、と利憲はぼやく。

 

「それでも、他の妃たちが呪わずにおれぬほど、主上は弘徽殿の女御へ傾倒しているということだ。しかし、誰がそんな愚かなことをしたのかだけど」

 

 内裏における呪詛は謀叛だ。

 

「意図的なものでなければまだいいのだが。人の嫉妬は時に生霊を生むというだろう?」

「生霊が虎になるか」

 

 つべこべ言うなと釘を刺す利憲に向けて、斉彬はああ、と顔をしかめて頷いた。故意でなければここまでの事は起こらない。逃げ道を探してしまうのは自分の悪い癖だ。

 

「いずれにせよ、後宮は主上の寵を巡る女性達の諍いの多いところだ。それの後ろにつく公卿たちの思惑も黒いから、誰が呪詛を行っていても不思議じゃない。女御の父である中納言殿は、この秋の除目で大納言に任じられることがすでに決まっている。女御が男子を産めば、さらに上に登られるだろうという噂だ」


 娘を入内させることによって、地位を固め出世をはかる。

 中納言家においては、桜子はまさに予想以上の利益をもたらした。

 しかし……。

 

『私たちは道具なのよ』

 

 入内する前に桜子が言った言葉が楓の脳裏によみがえる。

 誰かがその道具を壊そうとしているのだ。道具の意思など関係なく。

 

「ひどい……」

 

 ぽつりと呟く楓に、利憲が冷たい顔に少しだけ憐れむような表情を浮かべる。彼は弟子の頭に手をやり、慰めるように撫でた。

 

「女御は式が守護する。心配するな」

 

 利憲が置いて来た式神が妖から桜子を守ってくれる。

 

「その間に私たちで犯人を捕まえるとしよう」

 

 その言葉に楓は、はいと小さく頷いた。


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