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三題噺もどき3

最後の日

作者: 狐彪

三題噺もどき―ごひゃくいち。

 


 空の端に、白い三日月が浮かんでいる。


 時間的にはもう、外は真っ暗になっていてもおかしくないはずなんだけど。

 この時期は、まだまだ明るくて感覚がおかしくなりそうだ。

 一気に暗くなるから油断は出来ないけど。

「ありがとうございました」

 出口で未だ見送ろうとしている上の人たちに挨拶をしつつ、裏にある駐車場へと向かう。

 もう、顔も見たくない……とまではいかないが、関わりを極力減らしたいのは事実なので、さっさと離れたい。

「……はぁ」

 無意識に漏れる溜息に、はたと顔を上げ、裏手に誰もいないかと周囲を見回す。

 たまにこの辺で煙草を吸ったりしている社員がいるから、あまり油断ならないんだった。

 誰かが来る前に、さっさと車に乗り込み、エンジンをかける。

 同時に音楽が流れ、冷房が効きだす。ガソリン代がかかるので、あまり冷房は使いたくないのだが、さすがに暑すぎてそうもいっていられなくなった。

「……」

 惜しむ間もなく、車を発進させ帰路につく。

 空はいまだ、半分以上が青い。

 それでも陽の沈む方が赤く染まり始めているので、そのうちアッと言う間に暗くなるだろう。

「……」

 実のところ、今日はこんな時間までここにいるつもりではなかった。

 なんというか……あの場所はお節介が多い。

 最後くらい、さっさと帰ってしまいたかったのに、あれやこれやとやっていたらいつもと変わらない時間になっていた。

 というか、今日はあいさつに来ただけなのに、なんでこんな時間になってるんだ?

「……」

 仕事柄、昼間は忙しいだろうし、朝はバタバタしてるだろうからと思って、少々遅い時間に来たのがよくなかったのか……。まぁ、そうなんだろうけど。

 下手に気を遣うのもよくなかったとか思いたくないんだが……よくなかったんだろうな。

 じゃあいつだったらよかったんだとか考えたところで、結局この時間が正解だったとなるだけだ。早く帰りたかったってのは、自分の願望でしかないんだから、あちらが我関せずなのは当たり前か。

「……」

 こんな中途半端な時期の退職を認めてくれるだけ、ありがたかったと思っておこう。

 昨日ギリギリまで、仕事をするとは思っていなかったが……あぁでも有給消化が残っているから来週までは給料がでるからまた来月に振り込むと言われた。

 それまではあまり退職したと言う感覚が生まれないかもしれない。

 いや、案外明日の朝起きてしまえば、そうか、辞めたのかとなるかもしれない。

「……」

 新卒で入社して、一年半。

 勤めていた会社を辞めた。

「……」

 理由はまぁ、色々あるんだけど。

 これ以上ここに居ることに、酷く不安を感じた。

 このままこの給料で、この勤務時間で、この人間関係で、一生、生き続けるのかと。

 昔から、将来に対しての不安なんてそれなりにあったけど、働きだしてからさらに考えるようになった。毎日毎日、お先真っ暗。

「……」

 考え始めると、とまらなくなる性分で。

 気づいた時には、もうここに居ることに意味を失くしていた。

 心の底からやりたいと願って就職したわけでもなく、なんとなくで入社したせいでもあるんだけど、自分のこの決断はあまりにも早かったのかなと、後悔をしていないわけでもない。

 それでも、退職してよかったと思うことの方が大きい。

 最低三年は働けなんてよく聞くけど、それもそれで、よくわからないよな。三年なんてかなり大きい数字な気がする。就職した年齢にもよるだろうけど……。

「……」

 残念ながら、やりたいこと、なんて立派なものはたいしてないが。

 それでも、あそこにいるよりはましだと思っている。

 いや、いい人たちではあったのだ。もちろん頼りになると思っている人も居た、苦手な人ばかりではなかった。だけど、一番上に立つ人間がああも自分勝手だと、ここに居てはいけない、いられないと思っても仕方ないと思う。業務に関係のないことを、下に頼むやつがどこにいるんだか。

「……」

 まぁ、もう、何も言うまい。

 もう関係のないことだ。

 退職したんだし、それを認めてくれたんだから、それでよかったんだ。

「……」

 信号を曲がった先で、踏切に捕まる。

 かんかんと甲高い音を立てながら棒が降りてくる。

 目の前を通り過ぎたのは、真黒な車体が特徴的な夜行列車だ。これが走り始めた時はかなり話題になったものだ。もう、今ではそんなにやんやと言われることはないけれど。

 あれか、夜行列車というより、寝台列車のほうが正解に近いのかな。

「……」

 たまには、ああいうのに乗ってどこかに行くのもいいかもしれないな……。

 なんてことをふと思った。幼い頃はキャンプとかによく言っていたけど、そういえば旅行というものをあまりしたことがなかった。修学旅行くらい?あれももう何年も前の話だし。

 仕事もやめて、次を決めるまでは時間があるんだし。一度休むことを覚えてもいいかもしれない。

 ……まぁ、そんなことしないんだけど。何に対してもめんどくさいが勝つので、やろうとしたところで何もせずに終わるのがおちだ。

「……」

 全く。めんどくさがりもここまで行くと自分でもどうかと思うが。

 何に対してもめんどくさいから入るの、ホントに良くない。

 やりたいことはないなんて言ったけど、あるにはある。一つもないわけではない。

 でも、やっぱりめんどくさいし、自分ができると思えないから、手が出せない。

「……」

 これも幼い頃の話だけど。

 作家になりたいと言う夢があった。

 それを一度母親に話したことがあった。

 応援してくれるものだと思っていたけど、真逆に無理だとはっきりと言われた。

 多分、あの頃からだと思う。

 元々少なかった、無くなりかけていた自信というやつを、完全に失くしたのは。

「……」

 母親のせいだなんて言わないが、原因ではあると今では思う。

 自分がこんな風になったのは、両親のせいだなんて、言いたくもないけど。

 ……自信なんて、皆どっから湧いてくるんだろうな。

「……」

 踏切が上がり、車を進める。

 行き慣れた帰り道を、進んでいく。

 もうこの道を使うことはあまりないんだろうな……感慨深くもなんともないけど。

「……」

「……」

「……」

 あーもう。

 さっさと帰って、忘れてしまおう。

 職場であった色々も、今思いだしたあれこれも。

 これからには、関係ないんだから。







 お題:白い三日月・夜行列車・作家

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