悪夢
「…っ!はあっ、はあっ…。ふぅ。」
枕元の時計は4時を指している。真夏でもないのに体中に汗をびっしょりとかいていた。ここ最近はいつのこの調子だ。もう一度ベッドに身を沈めたところで眠れはしないだろう。パジャマから白のカットソーとジーンズに着替え、コートを羽織って外に出た。人気のない住宅街を抜け、もはや公園と呼ぶには廃れすぎてしまった広場の一番奥のベンチに腰掛け、日の出を待つ。
「笑い声がまだ耳に残っている。あれは夢?夢は記憶を整理するために見るものだと聞くけれど、あれは何の記憶だというの?」
虚空に向けてただ疑問を声に出していく。こんなこと誰にも相談できるわけがない。話したが最後、ドン引きされるか、良くて精神科を紹介されるのがおちだろう。「人を殺しておいて笑えるはずがない。でも、あの笑い声には何の感情も感じ取れなかった…」いつもそうだ。答えは見つからない。唯々たまっていくだけ。
頭も体も冷えてきた頃、日が昇り始めた。空を覆っていた黒が少しずつ白くなり、珊瑚のような赤色へと変化していた。今日もまた何の変哲もない一日が始まる。
「リンちゃん、リンちゃんってば!」
「っ!あ、なんだっけ?小テストの範囲?」
「ちーがーう!!修学旅行の班行動のルート!これでいい?行きたいところ他になさそ?」
「うん、大丈夫。皆も他にはない?じゃあ、ルートは…。」いけない、今は考え事をしている場合でも、睡魔に流されている場合でもない。班長としての仕事を済ませなくては。
「ねえ、リンちゃん大丈夫?最近ボーッとしていること多いし、なんか顔色も良くない気がするよ?」
この子は宮田咲楽。幼稚園から高校までずっと一緒にいる幼なじみだ。うん、今日もふわふわ揺れる栗毛色の髪と黒目がちの大きな目がかわいい。やっぱりリスみたいだ。
「えー?大丈夫だよ。さっきはちょこっと考え事をしてただけだよ。」
「たしかに、梨華疲れてるんじゃない?」
「篠山さん、学級委員に班長、部長と役職掛け持ちだもんね。」
「玲ちゃん、美玖ちゃんまで。そんなに私疲れて見えてる?」
「見える!!!」
「うーん。自分じゃそんなつもりはないんだけど。よし、今日は何も予定がないから早く休むよ。これ、提出して帰るね、また明日!」
別段特別感のない友達との会話。気にしていなかったけれど、これだけでこんなにもうれしい気持ちになるのだから、疲れているのかも知れない。そう考えながら家に帰った。
誰かが叫んでいる。
「返せ、返せ…かえせ!!」
何を?
なぜ、なぜ殺した…
誰を?
お前だろう?私の一番大切なものを奪った!かえせ!!
誰に言っているの?何を盗られたの?
私の声は目の前の人物に届かない。代わりに別の声が聞こえた。「奪ったのはお前もだろう?役割を放り投げ、傷つけただろう?」この声も目の前の人物には届いていないようだった。ならば、私に言っているのか?
知らない。私は知らない。私は何も奪っていない。私じゃない…わたしじゃ…
本当か?ならばお前の周りを埋め尽くす、「それ」はなんだ?
そう言われて見回すと私目の前でうずくまり、声を荒げる人物を中心に何かが積み上げられていた。マネキン?ちがう、そうだ、これは人間だったもの。それならこの足下を濡らしているものは…?
己の叫び声で目が覚めた。まぶたを閉じれば生々しく先ほどの光景がよみがえる。朝食は食べられそうにない。身支度を済ませて学校に向かった。門を通る前に頬を軽くたたく。