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自作の死刑台

「断る。」

月華は、祈りの気配さえ感じられる空気など知ったことではないという風に、その願いをぴしゃりとはね除けた。まるで、少女が親の提案に「イヤだ。」と癇癪を起こすときのような響きを感じさせた。

「ずいぶん昔だが、他にもいたなぁ。名に誓い、月帝について未来永劫語り継ぎ、忘れさせないと。そう言った奴がいたなぁ。だから賭けをしたのだ。どうなるのか。」

月華は楽しげに語る。

「なあ、黒彦よ。賭けは私の勝ちだ!言っただろう、必ずどこかで途切れると!ふふっ、あははははははは!!!」

見えぬ相手に向かって話しかけ、大口を開けて笑う月華を、陽帝やその従者達は只見つめているしかなかった。そしてピタリと笑うのをやめ俯き、言った。

「最後にもう一度だけ信じたいと思った私が愚かだった。もう、疲れた。何も信じたくない。滅びてしまえば良い。この力も、この力に頼り、進歩しようとしない国も、一人を喰い物にして日の光が当たる場所で民に笑みを投げかける王族も!」


言い終えると同時に月華は刀を手にした。鞘には螺鈿で美しい絵が描かれ、(つか)(かしら)には玉の遇われた飾り紐が付けられていた。鞘から刀を抜くと無造作に投げ捨て構えた。陽帝の護衛達も銃や刺股などそれぞれが武器を構えたが、月華が斬りかかってくることはなかった。


「何の真似だ。余を殺し、お前が国の王として立つか?」

「玉座などいらぬ。そなたを殺すのならば、刀を取り出した瞬間に斬りかかったほうが早い。それに、これはそなたらを殺すために持ってきたものではない。」

そう言うと、月華は刀から手を離した。刀は落ちることなくふわりと宙に浮き、その切っ先は月華に向けられた。


「そなたが私を殺せ。そのまま心臓を突けば私は死ぬ。蘇生ができないように術式も施した。もちろん、首を真一文字に落としてくれてもかまわないがな。」

「断る。」

「なぜだ。」

「お前を殺す理由を、余は持っていない。」

「その手を血に染めるのが怖いのか。」

「そうじゃない。お前の言うとおりなのならば、余の手は既に血に染まっているも同義だ。だが、これ以上殺すのではなく、お前を生かす道を、月帝がいるままで国を進歩させる道を、何より、お前の止まった時間を進める道を探したい。」

陽帝は体の横で両の拳を強く握り、その強い意志を宿した瞳でまっすぐに月華を見つめた。


「そうか、もういい。」

月華はため息交じりにそう零す(こぼす)と、右手をつい、と陽帝のほうへ動かした。刀はふわりと陽帝の元へ行くと、その手に構えられた状態に落ち着いた。

「捨てようとしても無駄だ。」

陽帝の足は彼の意とは反対に月華に近づいていく。

「その刀は、私の大切なものなんだ。彼らがくれた。高かったろうに、皆で金を出し合い、一等良い材料をそろえ、刀鍛冶に頼み込んで用意してくれた。私が最後に外国の勢力を制圧しに行くときの守り刀として。」

これから殺されるはずの月華は朗らかな声音で話し始めた。死への恐怖はどこにも感じられなかった。陽帝と月華の間は刀身と同じだけの距離となった。

「やっとだ。ようやく自由になれる。やっと、皆に会える。」


陽帝の足がぐっと踏み込まれ、体が下へと沈み込む。瞬きをする暇もなく、足は床を蹴り、二人の距離がぐっと縮まり、動きが止まった。


ぱたっ、ぱたたっ…

液体が床に落ちる音と、荒い息づかいだけが広間に響いている。先に動いたのは陽帝だった。月華の懐から体を起こし、両の手のひらを見つめた。そこには何も付いていなかった。そして月華を見た。


月華の顔には苦悶の表情はなく、満足げな笑みが浮かんでいた。口からは鮮血が流れ、首を伝い、純白の襟を染めていた。そして簪をシャラリと一つならして、陽帝の視界からゆっくりと消えていった。


どさり。何かが倒れる音で陽帝は我に返った。足下には赤い水たまりとその中に倒れる人影が一つ。まだ僅かに呼吸があるようで、抱き上げると、陽帝の頬に冷たい手が添えられ、彼にしか聞こえないかすれた声で月華は言った。

「ありがとう。やはり、お前は他の陽帝とは違ったな、黒彦…」


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