正された真実
「遅かったな。余を待たせるなど、他の者はせんぞ。」
「それは光栄なことだな。他の者に許されぬことを、私はできてしまうのだからな。ふふっ、そう怖い顔をするな。顔中にそんなにも深いしわを刻んでは、折角の男前が台無しだ。」
松の間の中央に据えられた玉座に腰掛けた天皇こと、陽帝は、この世の終わりかと言うほどに暗く険しい表情をしていた。しかし、それとは裏腹に、月華は美しい笑みをたたえ、コロコロと声を転がしながら部屋に入っていった。
「どういうつもりだ。連合国軍を崩壊させ、生き残った者はほんの一握りだと聞いたが。」
「茶会の折りに言ったであろう。攻撃を打ち返してやると。そなたが望んだとおり、国を脅威から守ったのだ。怒鳴られる筋合いも、非難される筋合いもないはずだが?」
「守ることが責務だと言っただけだ。命を奪えとは言っていない!」
「今代の天皇とやらはずいぶんとお優しいことを言うのだなぁ。これまで長きに渡り、他人の手を血に染めさせ、大切なものを奪ってきた者の血筋とは思えぬほどだ。」
先程まで浮かべていたいたずら好きの少女のような笑顔とは打って変わって、誰もがうらやむような目鼻立ちの整った顔を嘲笑に歪ませた。それと共に放たれたその言葉は全身に、いや、部屋中にべっとりと纏わり付くような憎しみと怒りが含まれていた。
「『長きに渡って、他人を血に染めさせた』?何を言っている?余は家臣に人を殺すよう命じたことはない!」
「ほう、何も知らぬか?何も聞いておらぬと抜かすか。日ノ(の)御子よ。」
月華はこれまでの歴史を淡々と語ってみせた。禁書扱いにされ、国民は決して知り得ない真歴史を。
そもそも、月帝とは何者なのか、二人の王の始まりについて。かつての陽帝と月帝の間に交わされた誓い。月華が天皇に対し、『日ノ御子』という呼び名を使う理由。
そして、これまで両者の交流がなく、月華が月帝という制度を消し去ろうとした理由を――。
話を聞き終えた陽帝の顔には何の感情も感じ取れなかった。いや、何が真実なのか分からないのだろう、ただ瞬きを繰り返すだけで呆けた顔をしていた。少なくとも一国の主が他人に見せて良い表情ではないだろう。
「その表情を見るに、本当に何も知らなかったようだな。そなたの父は?祖父はどうだ?何も言っていなかったか?」
「ああ、知らなかった。父である上皇陛下にも確認したが、ご存じなかったようだ。おそらくだが、私の祖父も知らないだろう。」
陽帝は、初めこそ、月華の作り話だと思っていたようだったが、皇族しか立ち入ることの許されない宝物殿から月華が探すよう命じた書物が出てきたこと、その書物の保存状態こそ芳しくなかったものの、月華の証言と合致する記述がいくつも見つかったことから、月華の語った話は物語ではなく、真実であると受け入れるしか他になかった。
「月帝よ、すまなかった。これまでの非礼な言動、お前の待遇について謝罪させて欲しい。今回の一連の騒ぎについても不問とする。本当の歴史も、月帝の役割についても国中に伝えよう。」
陽帝は立ち上がり、皇族であれば本来することがない、いや、することは許されない行動をした。90度に腰を曲げて頭を下げて謝罪をしたのだ。
「ほう、それで?」
しかし、月華はその様を温度の感じられぬ瞳で淡々と見つめ、たった一言を返すだけだった。
「余の名にかけて、国中に真実を伝え、決して忘れさせぬと誓おう。だから、どうか…」
その後に陽帝の言葉は続かなかった。月華の笑い声がそれを遮ったからだ。
「あっはははは!!!そうか、その名に誓い、二度と忘れさせぬと言うか!」
「ああ、だから月帝の制度を廃止させないでくれ。お前にはひどいことを言うが、月帝としてその地に立ち続けて欲しい。」
まっすぐにこちらを見据え、訴える声は切実な響きを孕んでいた。
しんと静まりかえったその空間には何の音も感じられず、心臓の鼓動が聞こえてしまうのではないかというほどに空気が張り詰めていた。