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三つの月と、蜜色の。  作者: 桐月砂夜
第2話 レインコートに雨宿り
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Chapter3

 ふたりはそこに駆け込んで、ふう、と息をつく。入り口にはもう水溜りが出来始めていたが、少し奥まで進めば、乾いた土が広がるばかりだ。

 ふたりは荷物を置いた。濡れてしまった鞄は水分を含んで重たくなっている。


 前髪からも水滴を垂らしたミルフィに、ほら、とヴァルダスは柔らかい布を差し出した。確かにヴァルダスの鞄には何でも入っているようだ。ミルフィは嬉しそうに礼を言い、ひとまず顔周りの濡れそぼった髪を拭いてから顔をぬぐった。やっと目をしっかりと開くことが出来た。

 布はまだあるようで、顔を上げるとヴァルダスががしがしと頭を拭いている。ヴァルダスが手を離すと、防具を外したばかりの、普段は柔らかなはずの体毛はぺたんこになっていたが、いま拭いた頭だけはぴんぴんと立ち上がっている。ミルフィはその様相を思わず可愛らしく思ってしまって、上がってしまった口角を湿った布で慌てて隠した。


「どうして分かったんですか、雨が降るって」

「旅人の勘ですか」


 ミルフィは訊いた。また笑ってしまいそうになったので、口元に布を当てたまま、横目になり、その声はくぐもった。


「においだ」


 ヴァルダスの答えに、におい、とミルフィは布からやっと口を離して、反芻した。


「雨が降ったあとのにおいはお前も分かるであろう」


 頷いた。雨上がりの草花が放つその青い香りを、ミルフィは嫌いではない。しかし、それはあくまで雨が上がったあとの話だ。


「降ってくる前にそれを」

「同じように感じるだけだ」


 なるほど、ヴァルダスは狼であるから、臭覚も鋭いのだろう。

 ミルフィは納得してから、そろそろと一部の防具を外し始める。そこまで流れ込んでしまった雨水を拭く必要があった。

 まさか出会って早々ひと前で、しかもヴァルダスの前で防具を外すことになるとは思っていなかったから、ミルフィは外しかたを一瞬忘れ、留め具の位置を幾度か探してしまった。

 一通り拭き終わったらしいヴァルダスはあぐらをかいて前を向いていたが、防具を外し出したミルフィから咄嗟に目を逸らして、未だ灰色に広がる空を見上げた。

 もしかして、とミルフィの突然の声にヴァルダスの尾はびくりとしたが、背中を向けたまま、何だ、と答えた。


「わたしが一緒だったから」

「ヴァルダスさんひとりのときのようにはいかなかったのですか」


 実際、ミルフィがレインコートの荷車のなかを物色していたときからそれには気付いていたが、ヴァルダスは静かに言う。


「突然の雨には、気付くのが遅れることもある」

「ましてやこのような、にわかに降り出す豪雨ではな」


 そうなのですね、とヴァルダスの言葉に安心したミルフィは、やっと体をおおかた拭き終わった。

 ぴしゃぴしゃ、と洞窟の内部まで雨音が響く。入り口の上部のふちから、雫がとめどなくなく落ちている。

 押し黙ったふたりに、その音はとてもおおきく聴こえた。


「レインさんは大丈夫でしょうか」


 ふと、心配そうに言うミルフィにヴァルダスは答えた。


「あやつも長いことああしているから」

「その辺は心得ている」


 そうですよねとミルフィは頷き、辺りが静かになったところでまた、あっ、と声を上げたので、その声にまたもヴァルダスの尾は動いてしまった。

 ミルフィが背中から声をかけるので、そろそろと振り返った。思っていたより薄着ではなかったので、ヴァルダスは密かに安心した。

 薄暗いなかミルフィの表情を伺うと、困った顔をしている。どうした、とヴァルダスが訊ねると、ミルフィは、


「ヴァルダスさん、流石にお湯は持っていませんよね……」


と言う。

 一寸の間のあと、ヴァルダスは自分の鞄を引き寄せ、金属の水筒を差し出した。


「あるんですか!」


 ミルフィはつい大きな声を出してしまった。


「お前に会う前にたまたま温めておいたものだがな」

「もうぬるいかも知れぬが、湯であろう」


 ありがとうございます、とミルフィは嬉しそうに言って何かを用意し始めたので、ヴァルダスは目を凝らした。ミルフィの手には金属製のポットの様なものがある。そして何かをさらさらとそこに入れると、先ほど受け取った水筒から湯を注いだ。そして軽く振る。


「上手くいくと良いんですけど」


 ミルフィの行動が全く読めないので、ヴァルダスは黙ってその様子を見ていた。それからミルフィがそのポットからいつの間にか用意したと思われるふたつの、これも金属で出来ていたが、それぞれのカップに注いだ。

 む、とヴァルダスの鼻が微かに動いた。そしてミルフィはそのひとつを持ち上げて、ヴァルダスに差し出した。


「何だこれは」


 ヴァルダスは眉をひそめて、差し出されたカップのなかを覗き込み、あからさまに匂いを嗅いだ。甘い薬草に似た香りがする。


「お茶ですよ」


「お茶?」


 ミルフィはゆっくりと頷いた。


「冷えた身体に良いかと思って」


 ヴァルダスはカップを前に考えた。

 同行することになったとは言え、出会ったばかりの者から飲みもの、ましてや口にしたこともないものを、果たしてあっさり受け取って良いものだろうか。同時に、既にしっかりと鼻を寄せたことを後悔した。


 目の前のミルフィは、にこにことカップを差し出したままだ。

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