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三つの月と、蜜色の。  作者: 桐月砂夜
第7話 あたらしい出会い
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Chapter5

 相変わらずにこにこした眼鏡の女性をあとにして宿屋を出ると、入り口の階段の下で、ディルムとティエンがふたりに気付いた。

 

「おはよう、良く眠れたかい」

 

 ディルムがフードの下から爽やかに微笑み、ふたりは曖昧に頷いた。

 

「昨夜は馳走になってすまなかったな」

 

 ヴァルダスが言うと、良いんだ、とディルムは笑って答えた。

 

「楽しい時間を過ごせた」

「わたしはあんまり覚えてないんだけどね」

 

 ティエンは不満そうだ。

 

「この街もひと通り歩いたし、軽い朝食もとったから、僕らはもうゆくよ」

 

 そう言って歩き出したディルムの言葉のあと直ぐに、ティエンがミルフィの元に小走りでやって来ると耳打ちした。

 

「お兄ちゃんには敵わないけど、ヴァルダスさん格好良いからあんまり油断しちゃ駄目よ」

「強気でいくのよ、強気で」

 

 ミルフィが赤面すると、ティエンはディルムの元にささっと戻り、スカートを翻してふたりともじゃあね、と手を振った。

 

 昨日は気付かなかったが、ティエンはディルムのローブの袖と同じ水色の、ふわりとしたスカートを履いていた。鼻先に突き出された杖を思い出す。きっと呪文師なのだろう。

 

「またすぐ会えるさ」

 

 ディルムは笑ってそう言うと、ふたりは街を出ていった。

 その後ろ姿を見ながら、

 

「素敵なひとたちでしたね」

 

 とミルフィが微笑むと、昔からああなのだ、と柔らかい声で言った。

 

「ティエンはお前に何を言ったのだ」

 

 ヴァルダスが問うので、ミルフィは慌てて顔を背けて小さな声で言った。

 

「次にお会いしたときに飲むカクテルのお話ですよ」

 

 するとヴァルダスは、

 

「今後ティエンの酒は、あいつが許さないと思うぞ」

 

 と、彼らが向かっていったほうに目をやった。


 ふたりはこの街に来たばかりだったので、しばらく辺りを周ってみることにした。今度は夜の静けさがなくなり、辺りはそれぞれの店から元気な声がして、ひとが行き交っている。

 

「俺はやはり落ち着かぬな」

 

 少し歩き出すとヴァルダスが言うので、

 

「それじゃあもうゆきましょう」

「あ、その前に何か食べるものを買って来ますね」

「此処にいてください」

 

 ミルフィがそう言って背を向けると、おや、とヴァルダスの声がした。振り返りその視線を追うと、そこは防具を売っている店のようだ。

 

「少し見てみるか」

 

 ヴァルダスに続いて店内に入ると、様々な洋服や防具が並んでいる。つやつやとした鎧のようなもの、がっしりとした肩当てが付いているもの。数々な形のブーツもある。わあ、と思わず声を上げて、ミルフィは見回した。ふむ、とヴァルダスは壁に掛かっている服や帽子を見ている。

 

 ミル、と呼ばれて振り返ると、ヴァルダスが何かを手にしていた。それは短い革のマントが付いた、柔らかいベージュ色のワンピースだった。

 

「今の服装はお前の動きや戦い方にしては大袈裟だと思っていたのだ」

「これに、今しがたあてがっている部分を適当に組み合わせれば、ずっと動きやすくなるだろう」

 

 ミルフィはそのようなことを考えたこともなかったし、ヴァルダスがきちんと自分を見ていてくれたことにとても嬉しくなった。

 そして何より、そのワンピースはとても可愛らしかった。

 

「ああそれと、これもあてよう」

 

 それは革で出来た、ベルトであった。

 

「腰に付けているポーチに薬や素材を入れているのは知っているが」

「今後斥候時にはこちらも併せるとよい」

「お前のダガーを此処に収めるのだ」

「鞄からいちいち取り出していては手間もかかるだろう」

 

 なるほど、とミルフィが自分のポーチを見つめていると、ヴァルダスがカウンターに向かって、それらを購入しようとしているのに気付いた。

 

「ちょっと待ってください」

 

 ヴァルダスの脇から顔を出してそれを遮ると、店主とヴァルダスの目の前で、がしゃがしゃと上腕と腿に付けていた防具を外し出した。

 

「おい」

 

 ヴァルダスがミルフィの勢いにたじろいでいると、

 

「他はまだ使うと思うんですけど、残りのこれらを買っていただけますか」

「今まで着ていたから申し訳ないのですが」

 

 と、店主の目の前に差し出した。

 男はそれを見つめると、おお、と声を出した。

 

「お嬢さん、良いものを使っていたんだね」

「ほんとうに売ってしまって良いのかい」

 

 ミルフィは力強く頷いた。その言葉に店主はカウンターの下から鉄の箱を出すと、そこから紙幣を出して、ひい、ふう、みい、と数え出した。

 

「うん、これらを売ったとしても、お嬢さんから今買い取ったものでこれだけ渡せるよ」

「ありがとうございます」

 

 嬉しそうに受け取ったミルフィに、店主もにっこりした。

 

「いやいや、こちらこそ良い商売をさせてもらったよ」

「ああ、そうだ」

 

 気付いたように壁に掛かっていた何かを手に取り、ヴァルダスに手渡した。

 それはミルフィのワンピースの革と同じ色をしたベルトと、コンバットナイフであった。

 

「親父さん、これは」

 

 目を見開いたヴァルダスに、店主は言った。

 

「お前さんの太もも辺りに付けると良いよ」

「軽装の際も含めて、そういうものがあると安心だろう」

 

 おお、とヴァルダスは嬉しそうに声を出した。ヴァルダスが金貨を出そうとすると、店主はそれを手のひらで止めた。

 

「いいよ良いよ、良い取引が出来たお礼だ」

 

 あっそう言えば、とミルフィが店主に向き直った。

 

「この街は何という名前ですか」

「此処かい」

「ルークビルだよ」

 

 それはヴァルダスが言っていたビータという名前と全く違う。〝ビ〟しか合っていない。ミルフィは思わず笑いかけたが、ヴァルダスが無言で小突いた。


 良い旅をな、と店主に見送られて、店を出た。

 村の名前を聞いたあと、ミルフィは新しいワンピースに着替えさせて貰っており、少しそわそわしていた。

 

「似合っているぞ」

 

 ヴァルダスがそう言うので、

 

「選んでくださってありがとうございます」

 

 とミルフィは心から嬉しそうだった。

 

 内心ヴァルダスは、自分が一切支払いをする事なく店を出たことに忸怩(じくじ)たる思いをしていたが、ミルフィがあまりにも喜んでいるので、店主に感謝した。

 そしてたまには街に寄るのも悪くない、と思った。

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