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三つの月と、蜜色の。  作者: 桐月砂夜
第4話 夢に見る花びら
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Chapter5

 ぱちりと目を開けた。

 ゆっくり身体を起こすと、ヴァルダスの大きな背中とゆれる尾を見た。ああ、そうだった。

 ミルフィはヴァルダスにそっと声を掛けた。


「ヴァルダスさん」


「起きたか」


 ヴァルダスが振り返った。


「はい、寝てしまったようでごめんなさい」


「何を気にすることがある」


 そう言ったヴァルダスが、ミルフィの顔を見て、驚いたように言った。


「お前、泣いているのか」


 言われて頬に触れる。涙が伝っていたようだ。


「少し、夢を見ていて」


 ヴァルダスはそうか、とだけ言って、鞄をごそごそとあさった。この暗さにも慣れてきたので、ミルフィがその様子を見ながら鼻をすすっていると、ヴァルダスはいつもの布を取り出して、ミルフィの前に差し出す。


「ちゃんと乾いている」


 ヴァルダスの言葉にミルフィはお礼を言うと、受け取ったそれで瞳を押さえた。


「ほんとうですね」

「この分厚さなのに意外と速く乾くのですね」


 ヴァルダスはそうとも、と言って頷いた。


「良く分からないがアメネコ特注らしい」

「旅人にしか売らないのだとか」


 きなり色のそれは単なる布に見えるが、何かほかにも用途を隠しているのかも知れない。


「わたしも次にレインさんに会ったときに」

「余分に買っておきます」


 ヴァルダスはしっかりとミルフィに向き直った。


「それ程たくさん必要ないだろう」


「こういうものは、あればあるだけ良いものですよ」


 布を軽く畳みながらミルフィが言う。


「そうか、今までは俺が使っていただけであったゆえ」

「これだけで足りていたのだな」


 はたと気が付いたようにヴァルダスが言うと、ミルフィは申し訳なくなってしまった。手を止めたミルフィの思考に感づいたのか、ヴァルダスが慌てて言う。


「気にすることはない」

「洗って乾かせば何度だって使える」


 そういうことではないのだけれど、とミルフィはつい表情を緩めながら言う。


「確かにそうですけど」

「多いほうがやはり良いですよ」


 そうか、とヴァルダスは言った。そしてくわあ、と大きなあくびをした。


「寝てください、ヴァルダスさん」

「今度はわたしが起きていますから」


 ミルフィの言葉にヴァルダスは一瞬黙って、続けた。


「何かが俺たちを襲うとして」

「お前直ぐに戦えるのか」


 ミルフィは俯いたが、すぐに顔を上げた。


「ヴァルダスさんを起こすことなら出来ますよ」


 真面目な顔をしたミルフィのその返答にヴァルダスは笑いそうになったが、なるほどな、と言って寝転がった。

 ヴァルダスが自分の真横に来たので焦って、ミルフィはヴァルダスが先ほど背を向けて座っていた平たい岩に向かおうとした。しかしヴァルダスがミルフィの腕をぐいと引いたので、直ぐに振り返った。


「お前があの場所にいては俺を起こすのに時間がかかる」

「俺のようには速く動けまい」

「それにその際、声は上げてはならぬぞ」

「敵を呼び寄せるだけだからな」


 ミルフィは確かに、と思った。


「だからそのまま此処にいればよい」


「でも、見張りは必要です」


 ミルフィが答えると、まあな、とヴァルダスは呟いた。


「だが俺の耳はどれほどの距離があろうとも拾うし、何かがあれば直ぐに起きることが出来る」

「俺はそうやって此処まで旅をして来たのだ」


 腕を離してヴァルダスがそう言うので、分かりました、と素直に横に座った。


 落ち着かない。並んで歩いているのとはわけが違う。

 自分の腕を枕にして、こちらを向いているヴァルダスに目を向けられない。


「何をそわそわしている」

「用を足したいのならば行って来い」


 そうじゃありません、とすぐに否定して、この状況を何も思っていないように見えるヴァルダスに、複雑な気持ちになった。

 ヴァルダスはまだこちらを見ている。


「は、早く寝てください」

「ちゃんと見てますから」


「俺のことをか」


 ヴァルダスの言葉にミルフィは顔を真っ赤にした。違います、とまた否定して、ミルフィ自身が背を向けた。ああ、動悸がする。

 しばらくして後ろが静かになったのでちらりと横目で見ると、ヴァルダスはまだ起きている。


「寝ないのですか」


 驚いて発せられたミルフィの声にその姿勢のままヴァルダスが言う。尾がたぱたぱとゆれる音がする。


「いや、実は、座ったまま時々眠っていたようでな」

「目が冴えているのだ」


 まあ、とヴァルダスに向き合った。あくびは寝起きのそれだったのかも知れない。

 お互い黙り、しばし見つめ合った。ミルフィは慌てて尋ねた。


「先ほどの夢のことを何も訊かないのですね」


 ヴァルダスはミルフィを見つめたまま言う。


「話したければ自分から話しているだろうさ」


 ミルフィは目を伏せ、改めて口を開く。


「では勝手に話しますが、大切なひとの夢でした」


 大切なひと…ヴァルダスは頭のなかで反芻する。


「そのひとはいつもわたしに笑ってくれました」

「一緒に過ごしているときはとても幸せでした」

「わたしに薬の作りかたを教えてくれたのもそのひとです」


 ヴァルダスは何となく、煌びやかなローブを全身に纏い、ミルフィの隣で手取り足取り薬の作りかたを教えている人間の青年を思い起こした。


「ふむ、なるほどな」


 話を聞いているのかいないのか分からないその声に、ちらりとヴァルダスを見たが、尚も続けた。


「そのローズおばあちゃま……いえ」

「そのひとの夢を見て、懐かしくなってしまったのです」


 何だばあちゃんか、とヴァルダスは思い、何故いま俺は安心したのだ、自分に問いた。


「ヴァルダスさんも夢を見ますか」


 我に返り、ヴァルダスはまだ寝転がったまま、ああ、と答えた。


「眠る時間が短いからかほぼないがな」

「見るには見る」


 その内容をヴァルダスが話さないので、ミルフィは黙って夜空を見上げた。

「暗いと思っていましたが、星がこんなに見えるだなんて」

 昨夜の満月はどこかへ行ってしまったのか、見つからなかったが、それでも夜空はじゅうぶん明るかった。ヴァルダスが言っていた、あかるいとはこういうことか。

 すごいですね、と振り返ったところ、ヴァルダスが先ほどの姿勢のまま眠っていた。背中の尾はくたりと落ちている。夢のことを話さないのではなく、意識がなかったようだ。やはり自分が眠っている間、起きていてくれたのだろう。

 ミルフィは微笑んで、自分の鞄を開くと、元々持っていた赤いブランケットをヴァルダスの肩にそっと掛けた。ヴァルダスの身体が大きいこともあって、それはとてもちいさく何の足しにもなっていないようであったが、ヴァルダスが直ぐにごろりと仰向けになったのを見て、ミルフィは安心した。


 いままでの恐ろしい気持ちは、とうになくなっていて、ミルフィはヴァルダスの寝息を聴きながら夜空をずっと見上げていた。

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