Chapter4
ミルフィは、たたた、と少し早足になって、ローズの傍に来た。白い棚にはたくさんのガラス瓶や木の器に入った草花がある。ローズはそれらからひとつのガラス瓶をそっと手にすると、ミルフィに見せた。
「これが新しいお薬なのですね」
わくわくした様子でミルフィはローズを見上げた。ええ、とローズは微笑んで、その小さな瓶をミルフィに手渡した。
ミルフィはそれを顔の前に持ってくると、軽く振った。その液体は、淡く優しい桃色に見えた。
「これは何に効くお薬なのですか」
体力を回復するものですよ、と棚をかちゃかちゃさせながらローズは言う。
「わたしが知っているものはもっと赤いです」
「飲んだことはないけれど」
ミルフィは首を傾げた。
「飲んでみますか」
えっ、とミルフィは思わずローズを見つめた。
「体力を回復するものですから」
「いまのあなたに特別な変化はないでしょうけれど」
「良いのですか」
ミルフィはガラス瓶をぎゅっと握った。
「ええ、また幾らでも作ることが出来ますもの」
ミルフィはローズの言葉にガラスの蓋を開けて、そろそろと口を付けた。そして、驚いたようにローズを見た。
「甘いです」
「ちっとも苦くないですね」
ミルフィは体力を回復する薬が幾分か苦いと言うのは聞いて知っていたので、とても驚いた。
「作り方と材料を変えれば、色味も味も効能ですら」
「思うように出来るのです」
ローズがそう言うので、ミルフィは空になったガラス瓶を手の中でくるりと回して、感心してしまう。
「ローズおばあちゃま」
「わたしもおばあちゃまのようになれますか」
「色々なお薬をたくさん作ってみたいです」
勿論ですとも、とローズは微笑む。
「お薬を作るだけでなく、あなたは何だって出来ますよ」
「とても優秀であると、誰もが言いますもの」
ミルフィは途端に静かになった。さらさら、真っ直ぐで長い髪が首を振ったミルフィと一緒にゆれる。
「いいえ、ローズおばあちゃま」
「わたしは何も出来ないです」
「何も出来ないまま、此処にいるしかないのです」
その言葉に、ローズは手にしていた木の皿をことり、と手元に置いてミルフィを見た。
そしてしゃがみ込むと、ミルフィの頬をあたたかい手で包んだ。花と土のにおいがする。
「ではこれからは、お薬を一緒に作りましょう」
「それならわたしも教えてあげられます」
はい、とミルフィは明るい顔になった。
「色んなことを教えてください」
「わたし知りたいのです」
「外にあるお花や葉っぱがどうやって皆を助けるお薬になるのか」
ええ、ええ、とローズは微笑んだまま立ち上がった。
「直ぐにたくさんのお薬を作ることが出来るようになりますよ」
「あなたは優しいですから」
「そのお薬も、きっと多くのひとを癒すでしょう」
ミルフィは涙が出そうになる。
「ローズおばあちゃま、わたし此処に来ます」
「これからもずっと」
そう言って顔を上げた。
庭園から光が差し、逆光になる。
思わず目を細めた。ローズの微笑む顔が光の中に見える。
「いつだって待っていますよ」
「わたしの大切なミルフィ」