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三つの月と、蜜色の。  作者: 桐月砂夜
第3話 ふたりに出来ること
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Chapter1

 雨上がりの草花たちは、ヴァルダスが言っていたようにきらきらとしながら雨の残りを香らせている。

 おおかた乾いたので、ヴァルダスの蒼く黒い体毛は、風にゆれていた。白いふさが映えて、ミルフィにはそれが光を反射しているように見える。ヴァルダスの体毛に似た色をしたマントもそれは同じようで、ふわふわとし、もう身に着けられるようだ。


 ヴァルダスは雨が上がったらすぐに此処を発とうと思っていたが、足を差し入れた途端、そのブーツの湿り気具合にミルフィは明らかに不快感があったのだろう、困った顔をした。そうしたあと改めて、そろそろと履こうとしているのを見て、もう少し留まることにした。ミルフィには、雨がまた降り出すかも知れないから様子を見る、と伝えた。


 革のブーツはしとしとのまま、洞窟の入り口に干された。ヴァルダスはブーツが濡れることなどいままで気にしたことがなかったので、干された自分のブーツを興味深く眺めた。そして言う。


「お前のブーツは小さいな」


「ヴァルダスさんのブーツが大きいんですよ」


 目の前の原っぱに進みながら、ミルフィが笑って答えた。

 また降るかも知れないことを伝えたのに、全く気にしていないようだ。それとももう忘れてしまったのか。

 ふたりは素足のまま、そこから出ていた。今までのヴァルダスであったら既に遠くまで歩いていただろうし、このようにうろうろすることもなかったので、ヴァルダスは落ち着かなかった。

 敵が背後から来たらどうするか。剣は入り口に立て掛けておいたから手にしようと思えば直ぐだが、背負っているときよりそれが遅くなるのは明白だった。

 ミルフィはと言うと、しゃがみ込みながら足元にある濡れた草花を摘んで、光に透かしてみたりしている。


「わたしこの花、初めて見ました」


 さっきの涙とは打って変わって元気な声をあげている。

 ヴァルダスはううん、と腕組みをした。こやつはまだ戦えそうにない。興味本位は別として、共に戦えると、頭の隅に置いていたか。いやまさか。自分でこやつにお前が武器を手に取れるかさえ分からない、と言っていたではないか。いま現在自分にも、周りにさえも、全く警戒心を持っていない様子のミルフィを見て、改めて心配になる。

 ああ、そうだまずは。


「訊きたいのだが」


 はい、とミルフィは直ぐにヴァルダスの元に駆けて来て、何ですか、と顔を上げた。こやつの素直さはこの旅であだにならないか、ヴァルダスは更に不安になったが、続けた。


「お前は大抵の薬を作ることが出来ると言っていたな」


「はい、その通りです」


 ミルフィは自信ありげに頷いた。


「例えばそれは、どのようなものなのだ」


 腕組みをしたままミルフィを見下ろした。腕組みは最早、ヴァルダスの癖のようになっている。


「そうですね」

「その症状や状態にもよります」


 ううん、とまたもヴァルダスは悩む。後衛は無理だとしても、直ぐにしっかりとした治療が出来るのならば心強い。だが未だこやつの茶を飲んだくらいであるし、それはとても苦かった。ヴァルダスはあの苦味をまだ忘れられない。


「ヴァルダスさんはいままでどのような薬を使っていましたか」


 ミルフィの言葉にあの苦味を思い出して顔をしかめていたヴァルダスは我に返った。


「ヴァルダスさんが使っていた薬があれば」

「それをあらかじめ作りましょうか」


 なるほど、それは良い考えだ。


「そうだな、まずは体力を回復する薬だ」


 ええ、とミルフィは頷く。


「それから、呪文の力を回復するもの」


 その言葉にミルフィは目を丸くした。


「ヴァルダスさん、呪文を使えるのですか」

「ならばわたしのような者は必要ないですよ」


 ミルフィはヴァルダスを見つめたまま言う。


「呪文師ならば回復も造作ないでしょうから」


 そしてミルフィは俯いてしまった。それは自分の出来ることがほぼ失くなったと言うことになる。


「いや、呪文を使うことは出来ぬ」


 ヴァルダスは首を横に振った。


「お前、俺の剣を見ているだろう」

「ああ、目の前で振ったことはまだなかったな」


 ミルフィは混乱した。


「では何故、呪文の力を回復する薬が必要なのです」


 ヴァルダスは当たり前のように言った。


「それはお前、飲むために決まっておろう」


「ええ勿論、薬は飲むものではありますが」

「そうではなくてどうして呪文の回復がーー」


 ミルフィの言葉を遮るようにして、ヴァルダスが言った。


「あれは旨いからな」


 ヴァルダスの言葉に、ミルフィはうまい? と反芻してしまった。


「そうだ、あれは甘くて実に旨い」

「何故体力を回復する薬があの味でないのかと、俺は常々思っている」


 ミルフィは一瞬思考が止まってしまった。

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