第64話 いや絶対ムリじゃんwww
あーしは(またもや)勝手に動こうとしたドラゴンを、地面に押さえつけた。
すると、その様子を見ていたオリビアさんは、ボソッと「ほ、本当にまったく制御できてないですぅ……」と呟いていた。
そんな彼女へ——地面に這いつくばるような姿のドラゴンを、ざまあ見ろとばかりに見下ろしながら——イスタさんが声をかける。
「オリビアさん、——それで、誓約を使えば、このドラゴンすら従えることができるというのは……本当なんですか?」
「え? は、はいぃ! そ、そうですね」
「では、我とあのドラゴンを——」
「ランスリータさんは黙っていてください」
「ぐっ……」
「……そもそも、誰でもいいのですか? ギアスを結ぶ相手は」
「あ、いえ……そ、そうですね、誓約は絶対に破れない誓いなので、対象がどれだけ強力な存在であろうが、破ることは不可能です。——ただし、その反面、誓約は本人の意思で誓った場合のみ成立するという特性があります。なので……他者が無理やり誓約を課すことは出来ません」
「え? でも、それなら——」
「ただし、それは誓約の仕様上の話です。なので、誓約とは関係なく強制することは可能です」
「えっと、それは……つまり?」
「こちらの方が力関係として上であるならば、脅しつけた上で相手に誓約を強制させることはできます」
「そ、それでは——」
「はい、ドラゴンより強いユメノさんなら、それが可能だということです。誓約はあくまで自分の意思で課すものですが、誓約以前の段階で相手を屈服させることが可能ならば、事前に力で脅した上で、相手の“自分の意思”自体を捻じ曲げてしまえばいいんですよ」
「……そ、そうですか」
「——なるほどな、ドラゴンを、『誓約をしなければ殺す』と脅せばいいわけだ。しかし、だとすれば、それが出来るのはユメノしかいない。……そんなことは、彼女にしかできん」
「…………確かに、ギアスが使えるなら——この場の最善は、ドラゴンを従えた上で蘇生を使わせること、ですね……」
「……で、ですよね? じゃ、じゃあさっそく、使うところ、見せてもらっても、ぃ、いいですか……?」
そう言って、期待にキラキラさせた目を(おそらくは前髪の向こうから)向けてくるオリビアさん。
だけど——
「……いや、あーし、そのギアスとかゆーの、使えないんすケド……」
「えっ、……使えないんですか? じゃ、じゃあ、その右手のソレは……」
「いや、これはー、別の人にやってもらったやつって言うか、あーしがやったやつじゃないんで……」
「……えっ、と、それじゃ、その、ギアスを使った人は……?」
「いないっす。……今は」
「——な、それじゃ結局、ギアスは使えないということじゃ……」
ラダオがいなくなってしまった今は、確かに、イスタさんの言う通り、もうギアスを使うことは……
「あ、あのぉっ! そ、それなら、わた、私にっ、やらせてくれませんかっ……?!」
「オリビアさん……? でも、貴方は、ギアスを使えるんですか……?」
「しょ、正直言って、上手くいくとは保証できません……少なくとも、私の本来の実力では、難しいくらい、高度な術です、はい……。で、ですがっ、彼女の、右手の、あの、“お手本”があれば……あれを参考にしていいのであれば、可能性は、あります……!」
「……だ、そうですけど、ユメノさん。貴方は、どうなさいますか……?」
「ど、どうかっ……やらせてくださいぃ……お、お願いしますぅぅ……!!」
「あー、うん、いいっすよ」
「そこをなんとかっ……! お願い、お願いしま——って、え? ……い、いいんですか?」
「うん」
「……ほ、本当に?」
「うん。……え、あの、なんかマズいんすか?」
「い、いえいえ! なにも不味いことなんてありませ——」
「おいっおぬしよっ、やめておけっ! コイツはっ、どさくさに紛れておぬしの秘術を盗み覚えようとしておるのじゃっ! それが目的じゃっ! ならん! ならんぞっ! それがおぬしのためじゃっ!」
「い、いやっ、ちっ、違っ——」
「なにが違うんじゃ! その通りじゃろうが! ああん!?」
「——違、わなくもない、ですけど……い、いえ、ちゃんと対価は支払うつもりですから! な、なんなりと!」
「ダメじゃダメじゃ! コイツは嘘つきじゃ! 盗人じゃ! コイツの言うことなど信じてはなら——」
「いやオメーが言うなって」あーしはドラゴンの首を押さえる剣の力を増す。
「——うぐっ……!」
「……つーか、次喋ったら斬るっつったよなぁ……? ええ……?」
「……ぐ、ぐる、る……」
「……あ、あの、本当に……ちゃんと、然るべき対価は、か、必ず、——いえ、その、すぐに、とはいかないかもしれませんが、で、でもっ——」
「あー、いや、その辺については、あーし、別に……」
「あの……その辺りの話は、後にしませんか? 私も、その時には、ギルド職員として責任を持って立ち会いますので。——今はとにかく、そのドラゴンを大人しくさせましょう」
「あー、はい。——それはマジで、あーしも賛成っす」
「わ、分かりました。……そ、それでは、さっそく、やらせてもらっても……?」
「あ、うん、お願いシマス」
というわけで、オリビアさんにギアスを使ってもらうことになった。
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オリビアさんに右手の術を詳しく見てもらった結果——これをそっくり真似すれば、ドラゴン相手にも同じような効果の誓約を課すことが出来る、と分かった。
それはつまり、ラダオの時につけた条件と同じで、“あーしがドラゴンの命を助ける”ことと引き換えに、ドラゴンは“あーしに絶対服従する”ことと、“あーしとその仲間に、危害を加えない”ことを約束する。
本当なら、仲間以外にも、“すべての人に対して一切の危害を加えないこと”みたいな条件も(イスタさんなんかは)つけたかったんだケド、オリビアさんの力では、条件をそのままやるのが限界だったので、それは無理だった。
まあ、とりまあーしには“絶対服従”するわけだから、あーしがドラゴンに、「お前、誰も殺したりすんなよ」って言っておけば、それで大丈夫なんだケド。
ただ、この命令はギアスの条件とは違って、常に効き続けるわけでもナイらしーので、あーしが気をつけて見張っておかなきゃいけないワケなのである。——うーん、めんどくせーな……。
それと、ラダオと誓約を結んだときは、“誓約書”を術の基点とやらにしてたってことみたいなんだけど……今回は、別のモノを基点にすることになった。
というのも、あの時使った誓約書も、これただの紙でいいってワケじゃなくて、むしろ特別な紙を使わないといけないらしくて……代わりになるモノが、今は用意できなかったのだ。——や、どーやらあの紙も、そーとー希少なブツだったらしい。
それで、では何を代わりに使うのか、というワケなんだけど——
あーしはドラゴンと、二人きりで向かい合っていた。
そして、あーしら二人の周りには、バリアが張られてあった。——これはドラゴンが張ったバリアで、周りからは内部の一切を探れないという効果があるらしい。
あーしとドラゴンはここで、ギアスの最後の仕上げをするところだった。
「ふん……まさかニンゲン相手に、ワシの“真名”を打ち明けることになるとはな……」
あーしは今から、このドラゴンの“真名”というヤツを教えてもらう。そしてそれが、術の基点として機能するらしかった。
この真名というのは、詳しくはよく分からんケド(チラッと説明されただけなので)、とても大事なモノらしい。特に魔法の——呪術にしてみれば。
真名とは文字通り、その対象の真の名前であり、この名前を知られることは、自分の命を握られることに等しいんだとか。
あーしがドラゴンから真名を聞いて、それを自分の胸の内に秘することによって……例の、ギアスは成立するらしい。
“誓約書”の場合は、モノとしての誓約書がある限り、ギアスが有効だった。
“真名”の場合は、あーしがドラゴンの真名を(自分一人の)秘密として守り抜く限り、ギアスは有効となる、らしい。
つまり、ドラゴンとのギアスを維持するために、あーしはこれから、ヤツの真名を守り抜かないといけないのだと。
ただこれは、あーしに限った話ではなく、ドラゴン自身も、あーしが真名を他に漏らさないように見張らなくてはならなくて——というかむしろ、ドラゴンの方こそが率先して、あーしを守らなくちゃならんくなる。
なんせ、真名はドラゴンにとって自分の命に等しい秘密なので、あーしからうっかり秘密が漏れようものなら——それによって、たとえあーしとのギアスからは解放されても——むしろ自分の弱点を広めることになるので、プラマイゼロどころかマイナスになる。
そういう意味でも、ドラゴンはあーしに手出しできなくなる。てかむしろ、あーしを守らなくてはいけなくなる。——誰かがあーしから、自分の秘密を暴いたりしないように。
その点から言えば、この“真名”を使うやり方は、“誓約書”を使うやり方よりも安全だ。
“誓約書”は真名と違い、破壊してしまうことでギアスを解くことができる。もちろん、誓約した本人には無理だけど、他人に頼んだりとか、まあ、やり方はいくらでもある。
しかし、真名ではそうはいかない。
だからこそ、真名を基点とすれば、ギアスを解こうと企むことすら防止できる……とゆーこと。
それを理解していたドラゴンは、めちゃくちゃ渋っていたケド……ケッキョクは受け入れることになった。
究極の二択(本人曰く、一択)——「受け入れるか、死ぬか」をあーしから突きつけられて……最終的には、受け入れるを選んだノダ。
そして今、ついにドラゴンは、自分の“真名”をあーしに明かすことを決意した。
その様子を見れば、さすがのあーしも、——どうやら真名を明かすというコトは、よっぽどのコトなんだな、と察することができた。
「……一度しか言わぬぞ、では……心して聞けよ……!」
ドラゴンの真剣な様子に——あーしも居住まいを正して、真剣に聞く用意をした。
「では、言うぞ……」
「……(ごくり)」
「ワシの——古き血脈の継承者たる、この偉大なる“黎明より始源たる真竜”の、その、“真名”は——」
「……、——っ!」
「——“ドラグリーナ”、——」
——!
——ドラグリーナ、か……!
「……ドラグリーナ——」
——っん?
「……、“ドラグリーナ・ティエルミシア・ファサウェン・マグナフォンディル・アルバンティクト・ワリュプルーギュス・スプゥリィンワグナー・ソルディル・ティナ=デ=ポートマクスウェル・アンダークレセント・エルヴィナ・トゥエル・ド・ラ・エルディナンダーテ”、——じゃ。ではおぬしよ……この名をしかと、その胸に刻んでおけよ……!」
…………。
「……ゴメン、もっかい言って?」
……その後——身を切る思いで教えたのに……ちゃんと聞いておけよッ!! と、マジギレするドラゴンを宥めながら……
あーしは、今回の依頼で最も困難かつ過酷な試練に、無謀にも挑まされることとなったのだった……。