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異世界賛歌~貧乏くじ聖女の異世界革命記~  作者: ArenLowvally
あまりにも、よくある話。
9/79

第八話:異世界の魔法について考えてみました。

異世界といえばやっぱり魔法ですよね。

今後も魔法については深堀していく所存です。

魔法ってたーのしー!

 

 目が覚めて、窓の外を見てみると空は白んでいました。眠たいけれど布団から這い出します。昨日と同じようにパーカーを着てバルコニーに出れば、冷たい空気に頭が冴える気がしますね。眠ってから起きるまで、余程じゃなければ目が覚めることはないので、やっぱり睡眠時間そのものは元の世界と変わらないみたいです。日が落ちてからまた昇るまでは7時間か8時間くらいかな。日が出ている時間が活動時間だから、大体14時間、長くても15時間くらい。太陽が出ている時間の方が圧倒的に長いだけで1日24時間は変わりないみたいですね。活動時間目いっぱいまで日が出ているので、体感としては長く感じますが。感覚バグりそう。それもその内慣れるかな。いつか慣れた時に、元の世界と違ってきたことに気付いた私は、どんな反応をするんだろう。悲しむ、とは自分でも思えないけれど。

 ぼんやり朝日が昇る様を眺めていると、ノックの音が聞こえました。ああ、昨日もちゃんとこうやってノックしてくれたんでしょう。歌ってて気づかなかっただけで。振り返れば、シルヴィアさんとエルネストさんが部屋に入って来るところでした。貧乏くじは貧乏くじらしくしてろってことですかね。そんなに嫌わなくてもいいのに。それとも、それに気づかない馬鹿だとでも思われてるということでしょうか。


「「おはようございます、アレン様」」

「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」


 揃った挨拶に私も挨拶を返します。今日もまた朝風呂から支度が始まります。これはもう変えようのないルーチンでしょうね。二度寝しそうになりながらゆったり湯船に浸かって、上がったら着替えです。用意された衣装が、昨日と少し変わってますね。昨日来ていた服に似た色やデザインの物が増えています。出かけている間に入れ替えたようですね。今日は菫色をしたワンピースです。肩回りにフリルがあしらわれていて、ケープがいい感じに腕を隠してくれるデザインになっています。髪はゆとりを持たせながら編んで一つにまとめる形にしてもらいました。自分でやる時には邪魔にならない様にきつく結ぶようにしていたので、編まれているのにそんな感じがしないのが凄く不思議な感覚です。でも髪が邪魔になったりしてないので、やっぱりプロの腕なんでしょうね。

 部屋の外で待っていたエルネストさんを伴って、3人で食堂に向かいます。予想通り、今日も閑散としています。朝、この時間に顔を合わせられるようになる日まで、どれくらいかかるだろう。


「やっぱり誰もいませんね」

「私が可笑しいだけですよ。私達の世界では、美雨達の方が普通です。暫くすれば、皆もこちらの世界の生活リズムに慣れますよ」

「そうなんですね、早く皆様で朝食を頂けるようになるといいですね」

「はい、そう思います」


 そんな日が来ない可能性の方が高い気がします。いや、郷に入っては郷に従え、とも言いますからね。それにこの生活の方が通常になるんですから、他の皆だってその内慣れるはずです。慣れる前に別れになるかもしれませんが。

 席に着けば、今日はすぐに支度が始まりました。昨日の今日で、もう対応するんですね。仕事が早い。それとも、顔を合わせたくないから早く食べてしまって欲しいとか思われてるんでしょうか。いや、それは流石に邪推しすぎか。異邦人の付き人とはいえ、一介の侍女や騎士が厨房に手を回せるとは思えませんし。とりあえず、毎食ごとに美味しくなっていく折角の料理ですから。余計な事を考えずに堪能しましょう。


「頂きます」


 オムレツと生野菜、ベーコンとアスパラガスの炒め物。ワンプレートに乗せられた、いかにもなモーニングです。それにパンと飲み物が付いて無料。贅沢すぎる。タダ飯うまぁ。


「お食事中失礼いたします」


 ゆったりと堪能して、食後の紅茶を楽しんでいると、声がかかって誰かが入ってきました。いかにも魔法使いというローブを着た男性が二人。魔法士団の人でしょうか。食堂を見て、私の顔を見て、不思議そうな顔をされます。うん、日が出てるのに他の人がいないもんね。不思議でしょう。


「失礼ですが、お一人ですか?」

「はい。他の皆はまだ寝ていると思います。魔法士団の方ですよね、何か御用ですか?」

「ええ、確認したい事がございまして、場合によってはお食事が済んだら我々の研究室に来ていただきたかったのです」


 朝イチで来るような急ぎの用事でしょうね。食事中とわかっていて来たのですから、余程なのでしょう。


「確認したいことって何ですか? 私だけでも答えられることかもしれませんから」


 魔法士団のお2人は一瞬困った顔をしましたが、すぐにこっちに向き直りました。出直すより、一人でも話を聞けた方がいいと判断したみたいです。


「皆様がこちらにいらしてから、第三庭園へ立ち入りましたか?」

「はい、皆一度は第三庭園にお邪魔させていただきました。……何か、問題がありましたか?」

「いえ、立ち入ったこと自体は問題ありません。そこで何か特別な事をしたかどうかを伺いたかったのです」

「もしかして、誰かが畑を荒らしたとか……」

「違います! 悪い方への変化ではありませんので、ご安心ください」


 流石にそんな事をする人は誰も居ません。違って良かった、と胸を撫でおろします。悪い方でないなら、いい方向へ何か変化があったと言うことです。私が見た時には何も無かったし、昨日の話の中でも特別何かがあったとも聞きませんでした。変化が現れたのは昨日なのか、今朝なのか。どちらにしろ、私達が来てからのものなら、異邦人が何かしたと思われても当然でしょう。私は何かをした覚えはないので、美雨達の誰かかな。不用意に花を触ったりはしないと思うけれど。


「アレン様、発言をよろしいでしょうか」


 考えているとエルネストさんが尋ねてきました。こういうのも、いちいち許可を取らないと発言できないのも大変ですね。付き人が持っている権利の数はものすごく少ないということでしょう。


「ええ、もちろんいいですよ」

「ありがとうございます。まず、どのような変化だったのか伺っても?」

「薬草の一部が大きく成長していました。具体的には、異邦の方々が召喚される前と後で茎の長さが倍になっていたり、花の付きにくい種の株が満開になっていたり、萎れかけていた芽が持ち直して蕾をつけていたりしています」

「なるほど、誰かが魔力注入で成長を促進させたと見て間違いないですね」

「その通りです」


 へぇ、薬草って魔力で成長するんだ。薬草で作った薬にどのような効果があるのかはわかりませんが、大方、良くあるポーションとかエーテル、エリクサーなんかと同じでしょう。それの材料なのだから、魔力を豊富に持っていたりしてるんでしょうね。魔力が肥料代わりになるなんて、この世界の魔法は本当に応用の幅が広いですね。


「一昨日の午後にアレン様が行ったのかもしれません」

「へ? 私なにもしてませんよ?」

「歌を歌っていらしたので。歌を介して、魔力が拡散され、薬草に影響を与えた可能性があります」


 また歌か。そんなに凄いのか歌の力って。歌で魔法が発動したとか、そんなの自分ではわからなかったんですけれど。突拍子もないだろう、と思ったのですが魔法士さん達は真剣な顔で考え込んでいます。あ、これマジなやつですか? もしかして、昨日の厩舎での一件も似たようなものですかね。大事になりそうな予感はきっと当たるでしょうねぇ。現実逃避したぁい……。


「他の異邦の方が何か行った可能性もありますので、あくまでこれも可能性の一つですが」

「検証してみる価値はありそうですね。他の方はまだいらっしゃらないようなので、先にお一人だけでもお越し頂けませんか?」

「え、ええ、構いませんよ。お役に立てるかはわかりませんが」


 お役に立たない方が個人的な精神衛生にはいいのですが。余計なことするから、余計なことに巻き込まれるんだって。物語の定番じゃないですかやだー。主人公が私でいいのか、世界。まぁ、よくてもよくなくても、何事もなるようにしかならないんですけれどね。

 食堂を出て、魔法士団の方に案内されるままに廊下を歩きます。辿り着いた部屋は研究所という言葉に相応しい内装でした。印象としては現代実験器具がないだけの理科室です。でもグラグラと何かを煮ている大釜があったり、薬草が束になって天日干しされていたりと、やっぱり異世界チックな要素が多数あります。

 魔法士団は、騎士団とは違って、女性が半数ほどいるみたいです。魔力の強さとその操作力で実力を測るなら、肉体の優位性はあまり関係ないみたいですね。部屋の奥までやって来ると、魔法士団のローブを着た女性がこちらを見ました。銀色の長い髪に真っ赤な瞳。神秘性が突き抜けた外見の40代くらいの方。私を見止めると、パァと音が付きそうなほど顔を明るくしました。


「異邦からいらした方ですわね、ようこそいらっしゃいました! あんたたち、ご苦労様」


 快活な方みたいです。私を連れてきてくれた方達を下がらせると、目の前にやってきました。私よりいくらか背が高い。ヒールの所為、というわけでもなさそうですね。スタイルもよくて、健康的で、モデルさんにこんな人がいたら、間違いなく推してしまいますね。個人的にはもう好みドンピシャな外見です。


「お初にお目にかかりますわ、アタシはメリッサ・ヴァン・エニスよ。魔法士団、薬草研究室の室長をしております」

「はじめまして、エニスさん。アレンとお呼びください。この度は何か、余計な事をしてしまったみたいで……」

「余計な事だなんてとんでもないですわ! 寧ろ助かったくらいですもの」

「それなら、よかったと思う事にします」

「ええ。それから、メリッサとお呼びいただいてよろしくてよ。アタシもアレン様と呼ばせていただきますわ」

「わかりました、メリッサさんですね」


 いい人だなぁ。大人っぽくて、でも愛嬌があって。この世界の人は素敵な人が多いですね。騎士団が仕事内容によって所属部隊が変わるみたいに、魔法士団にも似たような制度があるみたいです。薬草研究がどれくらいすごいのかはわかりませんが、おそらくメリッサさんは騎士団の隊長クラスの役職でしょう。昨日もそうでしたが、そんな人にほいほいとお目にかかれるなんて、異邦人特権ってすごいですね。


「第三庭園で育てられている薬草が急成長したとか、聞いたんですけれど」

「ええ、そうなのです。アタシ達の方では特別なことは何もしていないし、この変化は皆さま、異邦の方がいらしてからのものですの。だから、異邦の方が何かをしたのではないかと、アタシ達の間で結論が出ましたわ」

「それで直接確認がしたくて、呼ばれたわけですね」

「ええ。本当ならアタシ達の方から伺うべきなのですけれど、皆さまは日中、自由に城内を歩き回っているでしょう?」

「はい、好き勝手やらせてもらってます。お邪魔にならない程度に留めるよう、気を付けていたつもりですが、余計な仕事を増やしてしまいましたね」

「いいえ、全く困ってなんかおりませんわ! もし、異邦の皆さまのお陰でこの現象が起きたのなら感謝しなければなりませんもの。希少な薬草が沢山手に入っただけでも、謝辞だけでは足りないくらいですわ!」


 目をキラッキラに輝かせて、メリッサさんは言います。昨日は庭園に行かなかったから、実際にどうなっているかわからないけれど。結構な成長速度だったんだろうなぁ。でも美雨達は特に特別なことがあったとは言ってなかったし……。初見で普段との違いはわからないか。


「えぇっと、とりあえず、変化に気付いたのは何時ですか? 皆で一緒に行ったわけじゃないので、誰かが何かをしたなら、その誰かは突き止めないと」

「そうですわね。昨日のお昼ごろに気付きましたわ。朝一番と6つ目の鐘の頃に、いつも巡回しているので」

「朝には変化はなかったんですね」

「ええ、そう見えましたわ」

「昨日は午前中に成美が第三庭園に行ったと言っていました。私は一昨日の午後に。他の皆は昨日の午後に行ったと言っていたので、何かした可能性があるなら、私か成美だと思います」

「アレン様は第三庭園に行ったときに何か特別な事はなさったの?」

「いえ、特には。……歌を歌ってたくらいです」


 黙ってようかと一瞬思ってしまったことはお許しください。だって恥ずかしいじゃん! 天気のいい広い庭園で歌を歌うなんて贅沢なこと二度と出来ないって思ったんだもん! それだけの理由で好き勝手やってたのが結果的にこんな大事になったなんて、怒られなくても余り言いたくありませんよ。メリッサさんはぶつぶつと独り言を零します。


「歌を介して魔力が拡散された可能性……? 今の形態を考えるならありえない現象だけれど、古来の魔法形態を考えると、あり得ないからと切り捨てるべきではないわね……。検証は必要な事案だわ」


 この世界の魔法も、それなりに自由度が高い物だと思ってましたが、実はそうではないのでしょうか。いや、自由度が高いといっても、ある程度の形式化はされているのかもしれません。魔法陣を利用しての電化製品……魔道具ですかね……あれなんか形式化の究極系みたいなものですし。形式化された使い方とは違う使い方をしていれば確かに不思議に思うでしょう。その特異性を、異邦人だからの一言で済ますのも、どうかとは思いますが。まぁ、実際、異邦人だからこの世界の形式やルール、常識に縛られることなく自由に物事を見れるわけですから、強ち間違いでもないんですけれど。


「よろしければ、その歌を聞かせて頂けませんこと?」

「え、えぇ、検証は必要ですよね……。わかりました、構いませんよ」


 構わなくないんですけれど、構わないと言うしかないです。人前で歌うのは余り得意じゃないんだよなぁ……。皆でカラオケ行くより、ヒトカラ行く方が回数的に圧倒的に多いし。まぁ、でも、そうですね。皆と一緒にカラオケに行くくらいの認識で頑張りましょう。流石にこの場で、とはならないみたいでメリッサさんに連れられて移動します。研究室から二つ隣の部屋です。窓はなく、幾つかおかれた照明で照らされた殺風景な部屋ですね。でもそれなりに広さがあって、椅子と机は置いてあります。


「ここは?」

「色々な目的で使われる部屋ですわ」

「なるほど、多目的室ですか。何も言わずに使っていいものなんですか?」

「ええ、基本は自由に使う為の部屋ですから、問題ありませんわ」


 本当に多目的室なんですね。魔道具の試運転とか、ポーションの試用とか、ここでするんでしょうか。少し待っていてくれと言って、メリッサさんは一度退室しました。何もない部屋なので、大人しく椅子に座って待つことにします。

 5分ほどで、メリッサさんは戻ってきました。2人の男女を連れています。立ち上がって迎えれば、男性の方に微笑まれました。メリッサさんが着ている物よりも格式の高いローブを着ているので、どう考えても団長・副団長クラスの人ですね。アッシュグレイの髪にトパーズの瞳。モノクルが良く似合う素敵な方です。


「お初にお目にかかります、異邦の方。ワタシは魔法士団、団長を務めておりますニクラス・フォン・オーバリと言います。こちらは魔法研究室のエルサ・フォン・オーバリです」


 紹介された女性は、ウェーブのかかったサンゴ色の髪にトパーズの瞳。強気な吊り上がった目元は、ニクラスさんと似ても似つかない表情です。でもその瞳の色は全く同じで、親子であることはそれだけで十分に察せられます。髪の色は母譲りなんですかね。奇麗な人です。


「はじめまして、ニクラスさん、エルサさん。私の事はアレンとお呼びください。ご足労頂きありがとうございます」

「ご足労頂いたのはこちらです、顔を上げてください」

「堅苦しい挨拶は要らないわ。早く始めましょう。魔法士団は暇じゃないの」

「エルサ、言葉に気を付けなさい。異邦の方の前なのだから」

「仕事に立場なんて関係ないじゃない」


 やんわりとした物腰のニクラスさんに対して、エルサさんは強気な姿勢です。プライドが高いのでしょう。優秀なお父様と比べられてるのかな。実力があっても、親と同じところに勤めれば七光りと揶揄する人が出る物ですし。王宮で働くから余計に周りの声がうるさいんだろうなぁ。それに反発しての仕事人間っていうのは良くいるキャラですよね。彼女もそうなのかな。

  申し訳なさそうにするニクラスさんをよそに、エルサさんは椅子に座りました。


「申し訳ございません、アレン様」

「いえ、構いませんよ。今はまだ異邦から突然現れた不審者なんですから、歓迎できない方もいらっしゃるでしょう」

「ふんっ、殊勝な心掛けは褒めてあげるわ」

「エルサ!」

「お褒め頂き光栄です」


 皮肉は伝わったみたいですね。苦虫を噛み潰したような顔で睨まれました。お父様の苦労が偲ばれます。優秀な親の後を追いかけてる、と思ったのですが、逆かな? 優秀が故にプライドの高い我儘娘の手綱を取ってる父親っぽいですね。


「とにもかくにも、検証を行いましょう」


 メリッサさんが間に入ってくれました。大人の女性の余裕が感じられます。ニクラスさんも促されて椅子に座りました。検証、と言っても私が歌うだけですけれど。メリッサさんが軽く経緯を説明して、私は皆さんの前に立ちます。シルヴィアさんとエルネストさんもメリッサさん達の後ろに控えました。うん、聞く側だよね。そんなに期待した目をしないで欲しい。緊張してきた。


「えぇっと、歌うのは、この前庭園で歌った曲がいいですよね」

「それでお願いいたしますわ」

「わかりました。……技術そのものは期待しないでください」


 意味があるようなないような保険をかけて、大きく深呼吸します。人がいるって意識しすぎるのは駄目。皆さんの方は見ないようにしよう。うん。体温があがるのが自分でもわかります。人前に出る度胸が付いてもあがり症が治るわけではないんですよね。歌うより叫びたい気持ちです。とにかく、歌わなければ先に進みませんね。


「風薫る 春の日差しに麗らかな

 花盛り あの日の約束を覚えてますか」


 これは人気男性アイドルグループのデビュー曲でした。J-POPに相応しい王道のラブソング。明るい曲調とどこまでも真っ直ぐな歌詞が若い子を中心に人気でしたね。積極的に聞きに行くことはなくても、色んなところで流れていて、気になって歌詞を調べたから歌えます。あ、もちろん自分で歌うくらいには私もこの曲がお気に入りでしたよ。


「あなたは聞いたね「自分のままで生まれ変わりたい?」

 今なら答えられる「きみが隣にいてくれるなら」

 必ず迎えに行くよ 待っていて」


 このCメロが歌ってて気持ちいいメロディだし、歌詞もいいんですよね。大サビに向かう盛り上がりの部分とか、ライブだと最高に盛り上がるんでしょうね。アーティストその人にはそこまで興味なかったので、ライブなんか行ったこともありませんけれど。もう二度と機会が巡って来ないとなると、一度でいいから行ってみたかったと思ってしまいすね。歌いあげて、皆さんの様子を伺います。真剣な眼差しをしているニクラスさんとメリッサさんの間で、エルサさんが真っ赤な顔をしています。シルヴィアさんとエルネストさんを見てみれば、そんなに気にしてる様には見えません。むしろシルヴィアさんはいたく感動したと、隠すことなくその顔に書いています。


「な、な、な、何考えてんのよッッッ!!!!!?????」


 僅かな静寂を破る様に、エルサさんの金切り声が響きます。うん、この世界だとラブソングはないんだねぇ。あったとしても讃美歌みたいなものばかりでしょう。そこにいきなり、恋愛ソングが来れば混乱もしますよね。残念だったな、J-POPの8割がラブソングだ。


「エルサ、止めなさい。失礼だろう」

「でもお父様!!!! こんな、あ、愛、を歌う歌なんて……!」

「普遍的な人気のテーマなので、私の世界の歌の殆どは愛を歌ってます」

「なんて破廉恥な世界なの?!?!?!」

「エルサ!!!」


 おお、ここまで取り乱しますか……。皆が皆、異邦人を歓迎するとは思ってなかったけれど、アレルギーみたいな反応する人もいるものだなぁ。どんなに言葉を募っても感覚として受け入れられない人なんでしょうね。自分の世界が狭い証拠、自分を認めてくれるものしか認められない幼い子供のままの人。人の振り見て我が振り直せ、と肝に銘じておきましょう。


「自ら異邦の方に会いたいと言ったにも関わらず、なんてことを言うんだ! お前にも異邦の方がどれだけこの世界に貢献してくれているのか知っているだろう?!」

「で、でもそれとこれとは話が違うわ! そもそもこの人、家名を持たないそうじゃない! 奴隷か何かだったくせに偉そうにしてるなんてあり得ない!!!」

「お前……!!!」

「お止めなさい」


 壮絶な親子喧嘩が始まるかと思ったところで、凛とした声が響きました。ニクラスさんが振り上げた手が中途半端なところで止まっています。ぼんやりと光が見えているので、魔法で拘束されてるんでしょうか。何時の間にかその手には手帳があります。開かれたページがぼんやりと光っているので、所謂魔法陣的なものが書かれてるのかも。魔導書的なものなんですかね。すごく気になる。でもまず先に、この状況はとてもとてもよろしくない。


「ニクラスさん、そんなに怒らないでください。気にしませんから」

「ですが……!」

「目の前で喧嘩された方が気にしますから、そちらを止めて頂けた方が嬉しいです」

「うっ……、も、申し訳ございませんでした……」

「いいえ、大丈夫ですよ。メリッサさん、止めて下さってありがとうございます」

「これくらいはお安い御用ですわ。御見苦しい所をお見せしてしまって申し訳ありません」

「いえ、こちらも何も考えずに曲を選んでしまったので、痛み分けとしましょう」


 とりあえず、丸く収まりました。よかった、こんな事で親子関係に傷なんてつけたくないし。エルサさんは全く納得なんかしないって顔をしているけれど、仕方無いとしましょう。どうせ家名云々は今更なので。使用人からある程度以上まで話が広がってますね。城内にいる人のほとんど全員に話が行ってると考えてもよさそうです。それならそれで構いませんかね。名前でしか見ない人と、其れ以外で見てくれる人とふるいに掛けられるという事ですし。まだ人を選べる様な立場ではないけれど。


「本題に戻りましょう」


 メリッサさんが微笑んで言います。私が頷けばニクラスさんも咳ばらいを一つして切り替えたようです。


「最初は何も変化は起きませんでしたが、最後になるにつれて魔力を感じました。歌を介した魔力操作は現実的なものでしょう」

「それはアタシも思いましたわ。はじめの方で上手く魔力を操作出来なかった事に、アレン様はご自身で何か心当たりはございますか?」

「緊張してたから、でしょうか。人前に立つのは、それほど得意ではなくて……。歌っている内に気にならなくなったので、それが原因でしょうか」

「なるほど。確かに緊張状態の如何は魔力操作の精度に大きくかかわります」

「つまり、一昨日、庭園で歌っていた時にはほとんど緊張が無かったと言うことかしら。無理なお願いをしてしまって申し訳ありませんわ」

「気にしなくていいですよ、検証は必要ですから。自分では、魔力なんて全くわからないので皆さんに見ていただかないと謎は謎のままでしたよ」


 実際、魔力がどうとか言われても全くわかりませんでしたし。熱源みたいなものだと想像していたんですけれど、そうでもなさそうです。体力的なもの、とも考えられますけれど、特に疲れた感じもしません。


「お父様、魔力感知さえできないのに、どうして魔法が使えるのよ。何かズルしてるに決まってるわ」

「どうやって小細工したっていうつもりだ」

「魔石よ。時間が経てば自動的に魔力を放出する魔法陣でも書き込んでおけばいいじゃない。ちょっとの間だけでいいから、大きさも要らないわ。その髪に挿してる飾りの宝石が魔石なのよ。魔力が放出しきってしまえば、ただの石と変わらないわ。証拠隠滅も完璧ね」


 魔石って、電池だけじゃないんですね、役割。それはともかく、初対面の人間によくもまぁここまで言いがかりをつけられるものです。なんだろう、何がしたいんだろう、この子。ニクラスさんはもう呆れ切った顔で何も言えないみたいです。メリッサさんは笑いを堪えています。反論していいんだろうか。いいかな、大人の人達は味方みたいですし。


「今、私が身に着けているものは全てお城の方でご用意いただいたものです。私達は王家の招待客という扱いだと思うので、おそらく王家の方が指示を出して用意されたものでしょう」

「アクセサリーの一つや二つ、紛れてたってわからないわ」

「では、いつ魔石のついたアクセサリーを紛れ込ませたんでしょう。私がこちらの世界に来てからまだ3日しか経ってませんけれど」

「3日前なら、その日に頼めば、今日の朝には届くわよ」

「この世界に来たばかりの一昨日には私がこの事態になることを想定していた、ということでしょうか。魔法が存在している世界とも知らなかったのに?」


 ここでその通りだと言う程、頭は弱くなかったみたいですね。ああ、ニクラスさんが頭を抱えてしまいました。メリッサさん、流石に堪え切れてませんよ。シルヴィアさんもそんなにエルサさんを睨まないで上げてください。エルネストさんも剣に手がかかってますよ、異邦人専属騎士候補とはいえ、貴族の方を切るのは拙いでしょ。カオス空間が出来上がってしまった……。


「私の事が気に喰わないのはわかりましたが、あまり無理な言いがかりはやめた方がいいですよ。それに、これでも一応王族の招待客なんですから、陥れるなら王家の庇護がなくなった時を狙って下さい」

「くっ……、なによ、そんな、余裕ぶっちゃって……」

「実際、余裕です」


 どう頑張ったって、彼女には勝ち目はありませんからね。この世界の常識から外れた存在を、この世界の常識に当てはめて考えているのだから勝ちようがないんですよ。ヒロインを陥れようとする悪役は、それこそ物語の中だけで十分なんだよなぁ……。目の前にすると、こんなに痛いこともありません。決して、悪い子ではないんでしょうけれど、あまりにも正義感が幼稚すぎる。ニクラスさん、仕事にかまけて奥さんに子供をまかせっきりにしてたのかな。奥さんは甘やかす人だったから、こうなっちゃったのかな。いや、余計な憶測はやめておきましょう。変な詮索は失礼ですよね。この子の所為でまた話が脱線したので、戻しましょうか。


「とにかく、歌を介して魔力操作が行われているのは、事実なんですね」

「ええ、そうですわね。彼女の言う通り、魔力を感知できないのに、操作できるというのもおかしな話なのですけれど……」

「この世界の魔法って、どんなものなんですか? 呪文を唱えるとか、魔法の名前を告げるとかはしないみたいなので、イメージを具現化する感じなんですかね」

「そうですね、魔力をイメージした形にすることで魔法を使う事が出来ます。しかし原初の魔法は祈りの力と言われています。敵を殲滅する事を祈れば、それに見合った力が具現化し、癒しを祈ればそれに見合った安らぎが具現化します。現在では研究が進み、ある程度の形式化が行われているので、祈りが無くとも誰でも魔法は使えます。魔力を感じ、操作ができるようになれば祈りは必要ありません」

「なるほど」


 その辺は科学とそこまで大きく変わらないかな。使用手順さえわかってしまえば、どんな機械も誰でも扱える。それが魔法という不思議現象と魔力という不思議エネルギーであるだけの話。祈りだって、心から願わなくても祝詞をそれっぽく上げればそう聞こえるものですし。

 ああ、そっか。だから魔法が起きたのか。歌はある意味では祈りだ。恋に恋する甘いラブソングも、世界に反目する情熱のロックも、自分を問う失望のテクノも、全部が祈りみたいなものでしょう。こうでありたい。そうなりたい。こんなんじゃない。そんな風になりたくない。そんな思いをメロディに乗せて訴えかける。それは間違いなく、祈りとなる。今、私はこの世界の理の中にいて、生きている。この世界のシステムの中にいるならば、祈れば魔法が使えるのも当然です。


「逆を返すと、祈りさえあれば魔力を感知できなくても魔法が使えるということですよね」

「確かにその通りですが、理論上は、という話ですわ。祈りによる魔法の発動には少しの邪念もあってはいけませんもの。……まさか」

「ええ、歌ってる間は他に何も考えてませんから。可能性としては十分あり得るかと」


 デジタルが主流となっても、アナログが消えてなくなるわけでもない。一度アナログに立ち返る事で、さらなる発展を遂げることもある。それに気付くにはそれまでの常識を超える必要があり、それは常識の中にいればいるほど難しくなる。より高次的な段階へシフトアップする為に世界の発展が望まれた時代と言うことなのかもしれないですね。そのために呼ばれる異邦人は、この世界の常識外の事ができなければならないんでしょう。今回は偶々私だっただけで。他の皆も、なにかしらやらかしてるんでしょうか。やらかしててくれないかな、私ばっかり不公平じゃない?


「歌が祈りとして作用し、魔法が発現した? 在り得ない、そんなことができるなら今頃、魔法士団は聖歌隊になってるわよ」

「聖歌隊になってる云々はできるできないの問題ではなく、音楽の発展度の問題じゃないでしょうか」

「確かに、この世界の音楽と言えば楽器を奏でる物ですわ。歌なら、教会で聞く讃美歌か聖歌しかありません」


 ああ、そりゃラブソングに対してあんな反応にもなりますね。そこは謝るよ、エルサさん。ごめんね。


「私の世界では音楽は大衆向けの娯楽の一つでした。ポップス、ロック、ジャズ、クラシック、テクノ、レゲエ、民謡からヒップホップまで、ジャンルも様々に発展していて、毎日どこかで何かしらの音楽が流れています」

「全部でどれくらいの歌があるんですか?」

「さぁ……? 億は超えてるんじゃないですかね。今も毎日のように増え続けてますし」


 絶句されました。いや、うん。想像つかないでしょうね。私にとってはそれが当たり前の環境だったから、この静かな世界の方が新鮮です。日本でも田舎の方に行くとこうだったのかな。いや、虫が五月蠅いって話だから、全然違うか。


「ともかく……、私達の世界で音楽や歌というのは、自分の想い……祈りを表す手段の一つだったんです」

「だから歌うことで魔法が発動するわけですか……」

「でも聖歌だって神への祈りの歌よ。聖歌隊はどうして歌で魔法が使えないワケ?」

「魔法は、自分がこうしたいっていうイメージによって具現化するものでしょう? それは神への祈りでは起きない想像です。聖歌の内容はわかりませんけれど、日ごろの恵みに感謝しますみたいな内容で、どんな魔法が使えます?」

「……」

「アレン様、でもアレン様が先ほど歌っていた時には、ただ魔力が放出されていただけでしたわ。確かに魔法の発現に十分な魔力ではありましたけれど、どうして形になり得ないのでしょう?」

「魔法をいまいちわかってないから、じゃないですかね。魔法っていうものを私は良く知りません。イメージの具現化という説明も今さっきしてもらって知ったことですし」

「魔法が発現する要件は満たしていても、具体的にどのような魔法になるかのイメージを抱いていないから、魔力の放出に留まった、ということでしょうか」

「おそらく。自分がこうしたい、こうありたいという祈りで歌っても、じゃあ具体的にどんな魔法がいい、という点は何も考えてませんし」

「そこは検証が必要かもしれませんわ」

「……そうですね」


 メリッサさんがニコリと笑います。これは、まだ何曲か歌う羽目になりそうだぞ? 逃がす気などないと言いたげな表情をされていますね、怖いです。


「やっぱり他の研究室の室長も呼んできた方が良さそうですわ」

「それってつまり、もっと大事になるという……」

「長年滞って来た魔法研究が躍進する可能性ですもの。私達の間だけに留めるなんてできませんわ」

「でも、私、聖女でもその候補でもない、ただ異邦から来ただけの食客です……」

「くっ、そうだったわ! 研究に協力してもらうのは聖女様のお仕事だもの、お客様にお願いする事ではありませんわね。でもこの研究がなければ今後の魔法の発展はないかもしれないわ!」

「良心への訴えが露骨すぎる……」


 お茶目にも限度というものがあると思うのですが。でも何となく許せてしまう気がするのは、彼女の人徳でしょうか。普通にお話してて楽しかったしなぁ。魔法に関しては私ももっと知りたいし、協力することは吝かではありません。でもやっぱり、立場と権利を考えると、これ以上土足で踏み込むわけにはいかないでしょう。薬草畑の謎は解明できたわけですし。


「原理そのものはわかったんだからこれ以上、この女に協力を申し込むことないじゃない」

「エルサ、口には気を付けろと言っただろう。それに原理だけがわかったところで、今、この世界にはその方法を再現する手段がない」

「適当な音楽にそれっぽく詩を乗せればいいでしょ。異邦の音楽に拘る必要はないわ」


 腕組をしてふんぞり返るエルサさん。ニクラスさんは困った顔です。まぁ、言い分は正しいですからね。楽器演奏はあるみたいですから、あとは作詞できれば歌うことはできます。


「だからね、いいこと? これ以上出しゃばるようなら容赦しないんだからね! 浮浪児は浮浪児らしくしてなさいよ!」

「エルサ!」

「お父様、近い内にいい知らせを持って行ってあげるから、首を長くして待っててよね!」


 勝ち誇ったような高笑いをして、エルサさんは素早く部屋を出て行きます。取り残されたニクラスさんは盛大に頭を抱えました。この人、ハゲるの早そうだなぁ。


「何というか、元気な娘さんですね」

「上に2人、兄がおりまして、随分と甘やかされたものですから……」

「奥様は?」

「待望の女の子だったものでして……」

「強く生きてください」


 味方がいない中、お父さんは頑張ってるんだなぁ。自分と同じ職場にいるのも、監視半分かな。実家とは違う環境なら矯正できると思ったのかもしれません。


「本当に、本当に申し訳ございません。御見苦しいところを見せたばかりか、あんな罵倒を何度も繰り返させてしまったこと、深くお詫び申し上げます」


 本当に深く腰を折ったニクラスさんは、心の底から反省しているようです。謝るべきは本人だと思うんですけれど、まぁ、私の一言で家が取り潰しになる可能性だってあるわけですからね。異邦人の権利がどこまで届くのかはわかりませんけれど、王族には直談判できる立場です。誘拐した手前、向こうも強くは出られませんし。彼女、その辺の事情知ってるんだろうか。知ってたら、いくら家名がなくてもあんな高圧的な態度は取らないかな。いや、どうだろう。あの手のキャラは相手の立場より自分の立場を優先するから。自分が正しいと思っている内は何も変わらないでしょう。なら、先に変えられそうなところに助言すべきですかね。助言になるかもわかりませんけれど。


「ニクラスさん、謝るところが違います。あなたが反省すべきは今、彼女が行った言動ではなく、お嬢様に真に向き合わなかったことです」


 ニクラスさんに責任があるとすれば、娘の教育に失敗した点でしょう。甘やかす奥さんやお兄さんたちに注意の一つもせず、任せきってしまったこと。我儘放題の娘を叱れなかったこと。叱っても聞いて貰えないからと放り出したこと。今も庇護下に置いていること。


「彼女の言動についての非礼は彼女に謝罪してもらいます。それは彼女自身の責任であり、ニクラスさんの責任ではありません。でも、彼女がああいった態度や言動を繰り返す様に成長してしまった事に関しては、ニクラスさんにも責任があります。お嬢様にはこれから、たっぷり叱ってあげてください。話を聞かなくても、遠慮せず何が悪いのかはっきりと伝え続けてください。相手の立場に立ち返り、考えることをさせてください。それがニクラスさんのすべきことだと思いますよ」

「アレン様……、ありがとうございます。娘だからと甘やかしていたのはワタシも同じだったようですね、ご忠告、痛み入ります」


 感動したと言わんばかりの表情。家族一人の言動が家全体に影響を与える世界観に、個人主義を持ち込むのもどうかとは思いますけれど。今回ばかりは受け入れて貰えたみたいです。


「アレン様、あまり甘い事を言ってはいけませんわ。エルサの事はアタシの方から魔法研究室の室長に話を通しておきます。謝罪だけでは到底許されることではありませんもの」

「確かに考え物ですけれど、なにも罰を与える必要はないと思いますよ」

「いいえ、処罰は必要です。それにアレン様は家名を持たないと、他の方よりも評判が悪いですもの。こういったところで強気に出なければ」

「自分の身も守れない、ということですか」

「ええ。護衛の騎士様を疑っているわけではないのよ? でも、騎士や侍女がいても、言葉は止められないものですから」


 確かに最もな言い分ですね。家名の有無が異邦人特典で相殺できないっていうのは、生まれが人柄に出るという考えから生まれるものでしょう。それは確かに違いないけれど、過敏になり過ぎなんだよなぁ。最下層は余程酷いと見受けられる。あの程度の暴言で今後の人生を無駄にすることはないと思いますが、何かしらの処罰がないと付け上がることを心配しているんでしょう。でもなぁ、あんまり面倒なことはしたくないし、余計なしがらみも今は要らない。全部、身の振りを決めてから始まってほしいんですよね。


「気にしませんよ、何言われようと。ああ、違うな、気にするほど彼女に興味がありません」


 名誉棄損で訴えれば、損害賠償で結構な額のお金がまとめて手に入るでしょうけれど。この世界で暮らすにも先立つものは必要ですからね。貰えるなら貰っておきたいですけれど、その手続きとか何とか、面倒が過ぎる。そんなことして時間を使うくらいなら、もっと別の有意義なことに使いたいですよね。


「真正面から嫌いだって言って来る人にいつまでも関心向ける程、私も大人ではないので」


 気分は悪いですけれどね。好きじゃない相手にリソース割くくらい無駄な事はないと思うんですよ。嫌いなら見るな、みたいなものですよね。そんなに嫌いなら突っかかって来なきゃいいのにね。


「……存外、強かですわね」

「誉め言葉として取っておきます。でも聖女には相応しくないでしょう」

「いいえ、それは思いませんわよ。勘違いなさってる方は多いですが、聖女というのは慈母のような存在ではなく、世界に変革を齎してくれる異邦人の総称でしかありません。アレン様のその知識は間違いなく、聖女となるに相応しいと思いますわ」

「あはは、それは嬉しくない誉め言葉です」


 つまり、言葉通りの意味はほとんど含まれていないということでしょうかね。聖女や英雄は、その時代、世界に大きな変革を齎して革命を起こしてくれる存在。革命家という言葉よりは、確かに英雄とか聖女とか言った方が、確かに良い響きでしょうね。革命家なんて、全然柄じゃないなぁ。そういうのは隼の役目です。なんでも率先して行動する彼なら、革命家も立派に務まると思います。


「アタシはアレン様が聖女となって下さったらとても良いと思いますの」


 とてもまじめな表情で、メリッサさんは言います。こっちの世界にない知識や考えを持っているのだから、できることなら逃がしたくないでしょう。でも6人いる内の一人ですから。私だけに拘る理由はないはずです。


「だからどうか、もっとご自身を気に掛けてくださいませ」


 それでもこんな風に言ってくれるのは、私個人を気に入ってくれたんでしょうかね。まだ知り合ってから半日も経ってないのに、嬉しい事です。第一印象の好き嫌いって、意外と馬鹿にできませんね。


「ありがとうございます、メリッサさん」


 また、この城に留まりたくなる理由が出来てしまいました。やだなぁ、どんどん外堀が埋まっていく。自分で墓穴掘ってる気もしますが。メリッサさんはとても美しい笑みを返してくれました。



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