第八十三話:異世界の城下町でリフレッシュです。
現実では秋めいて、冬の足音が着実に聞こえてきています。
物語の中ではこれから夏に向かっていくところ。
書くうちに季節感を間違えそうになります。
現実の寒さと話の中の厚さを二分できたりしないですかね?
この世界の勉強をして、みんなと科学を勉強して、ちょっと魔法の訓練をする毎日がまた1週間が過ぎました。久方ぶりに晴れたのでお出かけです。城下町に降りれば、久方ぶりの晴れ間に街の人たちも浮かれた様子。
「あら、お嬢ちゃん、久しぶりね!」
「覚えててくれたんですか?」
「そりゃあね、お友だちから毎日がんばってるんだって聞いてたよ」
「あはは、それも恥ずかしいなぁ……。いいお野菜入ってますか?」
「もちろん! お嬢ちゃんには安くしとくよ」
先月、一回降りた切りだったのに、街の人は物覚えがいいみたいです。人の顔は覚えておくものってことなんでしょうか。それにしても、みんな覚えすぎだと思うんですけれど。貴族だってわかる青年を連れてたからですかね。それとも私自身がそんなに目立ってたってことなんでしょうかね。王都に来たばかりの田舎娘のフリは、フリでしかなかったってことなのか……。貴族のお忍びってバレてた……、にしてもこの人気っぷりはなんなんだ……?
「みんな気さく過ぎない?」
「売れる媚びは売っておくものなんだろ」
「その言い方も失礼だなぁ」
やっぱり貴族であるとはバレてると見て良さそうですね。ここまで庶民的な貴族なんてそういないって話でしょうか。親近感で良くしてくれてる、にしてもこんなに良くしてくれなくてもいいんですけれど。いろいろと買ってたらたくさんオマケつけてくれて、ありがたいと言えばありがたいんですけれどね。
「……誰もおれたちのこと、何も言わねぇんだな」
「こんにちはって、いってくれる」
しばらく歩いていれば、カイとノアが驚いたように言います。実際、驚いているみたいです。今までこういう場所に来たって誰からも無視されたり、酷い目に遭ったりもしたんでしょう。特に何かあるわけでもなく、むしろ何故か人気者の私の恩恵に肖れてる形です。
「これが本来の街の姿だよ。スラムなんてないみたいに、社会は回ってる」
「それも、なんかムカつくな」
「そうだねぇ」
気に食わないって顔をするカイに頷きます。私は余裕があるからそこに目を向けられますが。大抵の人はそんな余裕、どこにもありません。異邦にいた頃の私ならあの時、ノアを見付けたのだとしても拾ったりしてないでしょう。それが世界のスタンダードです。だからこそ、スラム街なんてできるんだとも思いますが。
「適当に言ってるだろ」
「そんなことないよ。でも、私は間違いなく恵まれてるから、こうやって有り触れた幸福が一番いいのになって思う」
「どういう意味だ?」
「スラムなんてなくなればいいってこと」
「……そんなこと言うヤツ、いくらでもいた」
「そりゃそうだろうね。本当はみんなそう思ってるんだよ。それがいいはずなんだもん」
「スラム、なくなるの?」
「どうだろう。なくなるかもしれないし、なくならないかもしれない。異邦にだって、スラムって呼ばれる場所はあったから」
「ウソだ」
「そんな嘘吐く理由ないよ」
信じないって顔されちゃいました。まぁ、この世界の人間からしてみれば、綺麗な世界なんでしょう。異邦から見た異世界が、自由で豊かで輝いて見えるように。結局は、隣の芝生は青く見えるってことなんですよね。
しばらく買い物を楽しんでいれば、見覚えのある顔が向こうからやって来るのが見えました。自警団の人です。拠点長さんだって、あの時調査してもらった時に聞きました。道理でライセンス剥奪とか、査定とかの話をしていたわけです。私の顔を見て、人の好さそうな笑みを浮かべました。
「久方ぶりに見るな、嬢ちゃん」
「お久しぶりです。仕事がちょっと落ち着いたので、久しぶりに遊びに来ました」
「そうかい。大変そうな“お仕事”だもんなぁ」
「そうですね」
含みのある言い方は、貴族であると知っている、と言いたいんでしょうか。まさか聖女候補だとはバレてないと思いますが……。ただの貴族娘って思ってるから、こういう態度なんだと思うことにします。要らない心配はするだけ無駄だと思いたい。
「拠点長さんは妹さんには怒られたりしてませんか?」
「余計なことは覚えててくれてるもんだな。ま、お互い様か。また拠点まで魔物肉買いに行くんじゃねぇだろな?」
「流石に、子どもたちを連れては行けませんよ」
「ほー、それにしても随分と羽振りがいいみたいだな」
「街の皆さんの厚意ですよ。いい人ばっかりで嬉しいです」
「そら、お得意になってくれりゃ御の字だろうよ」
1の嫌味で10の皮肉が返って来る。やっぱり貴族令嬢だとは思われてますね。で、この人は貴族が嫌いだと。聖女候補だってバラしたらどんな反応するんでしょうかね。今からお披露目の時が楽しみです。
「ああ、そうそう。この子、中々な逸材なんですよ」
もし会えたらって思ってた用事を思い出したので、ついでに話しておきましょう。拠点長さんはカイを見下ろします。カイは強気に睨み返しました。
「自警団って、所属するのに年齢制限の下限ってありますか?」
「おいおい、こんな棒っきれみたいな手足の子供放り込むつもりか? 流石に無謀が過ぎるぜ、嬢ちゃん」
「だれが棒っきれだ」
「おう、度胸だけは一人前だな」
言い返したカイに拠点長さんは呆れた顔をします。無理だって思ってるのは本当みたいですね。そうやって無理なことをして潰れたり、死んでしまった団員がいたりもしたんでしょう。忠告してくれるあたり、この人は本当に人がいいと思います。観察するみたいに顔を近付けました。カイは嫌がって一歩引きます。こういうところは女の子だなって思います。そしてそれは拠点長さんにもわかることみたいです。
「男の恰好してるだけで女か。……スラムにいたろ」
めちゃくちゃ睨んできました。スラムの子どもを何かしらに使おうって貴族は多い。暗殺とか、不正取引の駒とか、他のいろんな悪いこととか。それは中世ヨーロッパ風の世界観をした物語には有り触れている話です。現実にだって、特殊詐欺の受け子とか、悪いことの実行犯だけ無知な子どもにやらせたりとか、ニュースでよく見ました。この人はそれを疑ってる。流石に怖いですけれど、私はその若草色の瞳を見つめ返して答えます。
「自力で生き残る力を覚えてほしいだけです。必要でしょう?」
「口先じゃ好きに言える。どっちにしろ嬢ちゃんの来るところでもねぇ。帰んな」
「そうですか。じゃ、もうちょっと腕を磨いたらまた来ようか」
「おい、冗談だろ」
「まだお互い、顔見知り程度のものじゃないですか」
顔を合わせて2回目……、3回目? で全面的に信用しろなんて言いません。それこそ物語の中でもあるまいし、出会った人間全員が信用に足るなんてこともないくらい知っています。いい人だったらいいなって思っていた人が、めっちゃ性格悪かったみたいなことだってありましたし。この人は大丈夫だと思いますが、自警団っていう場所そのものはもうちょっと様子を見た方がいいみたいですし。
「世界は違えど、人間のやることは変わらないんですよ」
一歩引けば、エルネストが間に入ってくれます。これ以上の立ち話もする理由ないので、退散しましょう。
「では、また。お仕事がんばってくださいね、拠点長さん」
ものすごく嫌そうな顔をされちゃいました。そんな顔しなくてもいいのに。
「レオンだ」
立ち去ろうとすれば、急に名乗られます。
「レオン・バルト。拠点長とかガラじゃねぇからそんな呼び方すんじゃねぇ」
こういうおじさんキャラって、みんなこういうことしますよね。好きじゃない立場で呼ばれるよりは、名前で呼ばれた方がまだマシなんですかね。こういうキャラ、好きなんですよねぇ。
「覚えておきますね」
笑えば、ため息を吐かれました。ひらひらと手を振って去っていきます。私たちも歩き出します。
「ヘンなヤツ」
「でも、フラーディアのみんなと、おなじだった」
「ノアがそう言うならいい人だね」
「ナメたこと言うヤツだったけどな」
口を尖らせたカイに笑います。ナメた口利いたのはこちらなんですけれどね。それもきっとその内知ることになるでしょう。その時がちょっと楽しみに思います。良好な関係を築くためにも、まずはいろんな下地を作らなければ。まずはスヴァンテ様をどうやって説得しようか、考えながら古着屋に足を踏み入れました。




