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異世界賛歌~貧乏くじ聖女の異世界革命記~  作者: ArenLowvally
あまりにも、よくある話。
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第八十二話:異世界にも雨期が来ました。

皆さま、雨は好きですか?

私はあまり好きじゃないです。見事に体調に影響するもので。

でも雨の音は好きです。

パタパタ音がしてるといつまでも耳を傾けて手元が疎かになります。

何の話や。

 国を覆う結界は雨は通すらしいです。折角のお休みなんですけれどね。


「キレイに使わないと怒るって言ったよね?」


 気まずそうにカイとノアは目を逸らします。この前もちゃんと掃除させたんですけれど、隅っこの方に寄せただけとか、隠してあったゴミとか、色々出てきました。まぁ、思ってたよりはちゃんとキレイに使ってるんですけれど。春分に入って雨が増えて、湿度が上がったら、隠してたゴミがカビたようです。異臭がするなって思って様子を見れば、衣装箱の中が凄いことになってました。本当、口にしたくないくらい。


「この前もちゃんと掃除するように言ったのに、何この有様」

「そ、掃除自体は、ちゃんとやったし……。す、スラムに比べれば、これくらい」

「ここはスラムじゃないし、四角い部屋を丸く掃いても意味ないの。……まぁ、掃除しない私が言っても説得力ないかもしんないけどさ」


 侍女がハウスキーパーとしての役目もありますから。自宅の掃除は基本的にシルヴィアのお仕事です。

だから私は掃除をしてません。なのに自分達には掃除しなさいって言うのは釈然としないって気持ちもわかります。そんなちょっとした反抗心が生んだもの、と思えば仕方ないとも言えるでしょう。だからと言って、許すわけには行きませんが。


「2人の荷物と布団、ロフトから降ろしてくれる?」

「ちょ、ちょっと待てよ!! おれはともかくノアは悪くない!」

「ちがう! ノアが! ノアがわるいの!!」

「で、私の寝室に運び入れて」


 慌てて声を上げたのを無視して指示します。それにブラッド達は「かしこまりました」って返事をしました。カイとノアは思ってたのと違ったみたいで、きょとんとしました。


「一角が完全にカビちゃってるから。こんなところで寝泊まりしたら病気になっちゃう」

「……す、捨てるんじゃ、ないのか……?」

「怒るとは言ったけれど捨てるとは言ってないよ」

「ノアたち、まだ、ここにいていいの……?」

「もちろん。まだっていうか、ずっといていいんだよ。怒ってるけれど、嫌いになったわけじゃないし。これくらい、子どものやることだとも思うしね」


 ゴミを部屋の隅に隠すとか、本当に子どものやることですからね。こっそりと開けたお菓子の袋とか、出し忘れた学校のお知らせプリントとか、図工の授業で作ったゴミ同然の作品とか。……バチクソ怒られた記憶はしまい込んでおきましょう。


「カビちゃってるから、畳と壁紙は取り換えだね。もう一度ロフトが使えるようになるまでは、私の寝室で寝ること。起きたらちゃんと布団上げてね。業者に頼むにも、そのまま丸投げってわけにはいかないから、ある程度の掃除はするよ。いいね?」


 カイとノアはお互いに顔を見合わせて、それから恐る恐る頷きました。荷物と布団を運び出してもらったら、畳も剥がしてもらいます。今回は私がカイとノアと一緒に掃除をします。適当な布をマスク代わりにして、頭の後ろで結んで固定すれば、カイもノアも不思議そうな顔をしました。


「なんでこんな布を巻くんだ?」

「この黒いのがカビなんだけれど、ちっちゃい種みたいなのを周りに撒くんだ。それを吸い込むと病気になることがあるの」

「種なんか見たことねぇけど」

「見えないくらいちっちゃい種だからね」

「……そう、なのか」


 思うところでもあるのか、カイは考えるみたいに黙りました。スラムにいれば、原因不明の病気で亡くなる人は多いでしょう。カイもきっとそれを見て育ってきてる。ノアはよくわかってないみたいですけれど、良くないものっていう認識いはあるみだいです。しばらく一緒に掃除をして、ロフト全体をキレイにしていきます。


「アレン様、タタミと壁紙の交換について、手配ができました。後で内容を確認してサインをお願いします」

「あー、面倒だから持ってきて」

「……かしこまりました」


 呆れ顔でブラッドは戻っていきます。すぐに持ってきてくれた書類に目を通せば、数日で終わらせてくれるみたいです。聖女候補って特典、本当に大きいですねぇ……。その場でサインしてブラッドに渡します。


「品性の欠片くらいは残してください」

「地べた生活が長かったものだから」


 床でサインを書くなんて、この世界の貴族からしたらあり得ないどころの話じゃないんでしょう。残念ながら私はまだ異邦にいた頃の習慣が抜けてないんですよね。身内しかいないからって油断しすぎるのは良くないとは思いますけれど。まぁ、少しずつ意識して変えていく必要はあるのは確かです。バインダーくらいはすぐに作れるでしょうかね。


「次から気をつける」

「そうしてください」


 小言を言うのも執事の仕事なんでしょうかね。可笑しく思いながら、掃除を続けます。

 やっと終わった頃にシルヴィアがお風呂の準備ができてるって声をかけてくれました。一番風呂を貰って、湯船に浸かります。大きなため息が出ちゃいました。


「すみませんでした。わたしたちも先に気付いていればよかったんですけれど……」

「シルヴィアたちが謝ることないよ。手を出しすぎないように言ってたわけだし。子どものやることだし、むしろこの程度で済んだって方に驚いてるくらい」

「……そうですね。もう少し、好き勝手されると思っていました」


 髪を洗いながらシルヴィアは答えてくれます。こういうところ、素直に言ってくれるから有難いなって思います。全面的な信用をしていないのはきっとブラッドもエルネストも同じでしょう。それでも、成長を見守ってくれてる。私のわがままに付き合ってくれてる。本当に有難いことです。


「怒るとは言ったけれど、捨てるとは言ってなかったのにねぇ」


 あんまり好き勝手やりすぎると放り出されるって、どこかで思ってたんでしょう。だから怒られないギリギリのところを、バレるまで、バレないことをやった。カイはまだ反抗心があるのは知ってます。でもノアにもそう思われてたのは、なんだか寂しく思います。


「やっぱりそう簡単に、信頼はしてくれないよね」

「でも、2人とも捨てられたくないって思うくらいには、アレン様のことを慕っていると思いますよ」

「そうだといいな」

「もう、なんでそういうところ謙遜するんですか」

「安全に衣食住が確保できる環境なんて、二度と手に入らないかもしれないでしょ。そっちに重きを置いてるかもしれないじゃん」

「アレン様こそ、もう少し人を信じてもいいと思います」


 髪を洗い終わったみたいです。起き上がるように言われたので言う通りにします。肩から腕にかけて、優しくマッサージをし始めました。


「……疑ってるわけじゃないよ」

「わかっています。でも、アレン様はご自身に対する評価が低いと思います」

「みんな、知らないだろうけれど、元は頑張るのが面倒になった落ちこぼれだったんだよ。本当に、異邦じゃなんにもしてこなかった。やりたいこともなかったし、楽で好きなことだけして生きてきた」


 こういうこと言うの、久しぶりな気がします。こっちに来てからみんな大袈裟なくらいほめてくれるし、評価してくれますから。何て言えばいいんでしょうかね。不安ってわけではないし、不満とも違うし。


「だから許せないのかも」


 考えるよりも先に口が結論を出しました。腑に落ちたような、すとんと何かが自分の中に納まったみたいな感覚がします。


「消えてしまってたらいいのにって思うくらいには、頑張ることを放棄してきたことを、今になって後悔してるんだ」


 バカじゃん、って思います。

 異世界で評価されてるからって、異邦に戻ったところでまた何かできるわけではないです。聖女候補っていう、王家すら凌ぐほどの地位を確約されているから、今の評価でしかなくて、私じゃなきゃいけないなんてことでもない。でも仲間が増えて、同じ熱量で頑張ってくれる人がいて、頑張ろうって思えるだけのことがあって、実際に頑張ってみたら、自分でも思ってる以上に頑張れてる。だったら、異邦でも同じように頑張れたかもしれないのに、なんて。今更過ぎる話だし、前提とか順序とかなんとか、全部が可笑しい話です。それでも、頑張れたはずじゃん、って。まだ異邦にいる自分が睨んでる。


「わたしは、異邦でアレン様がどのようにお過ごしになっていたのかはわかりません」


 シルヴィアは足のマッサージに移りました。そこまでしてくれなくていいんですけれど。楽しそうなので、好きにさせることにします。


「だからわたしは、こちらにいらしてくれたのがアレン様でよかったと思います」


 ピンク色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてきます。嘘偽りなく、お世辞でもないと言うみたいに。


「わたしたちに出会ってくれたのがアレン様でよかった。きっと、今、フラーディアにいる方たちはみんな同じ気持ちです。だから、カイとノアも信じてあげてください。心から好きだと思うものを生きる力にして、強くなってくれますよ」


 照れ臭くなるくらい真っ直ぐな言葉です。それが本心だって、確認するまでもなくわかります。本当にそうだったらいい、って、素直に受け取れない自分が嫌になるくらい。でもここで受け取らないのは、こうして私のことを思ってくれてるみんなに失礼でしょう。


「……そうだね。そうなってくれるように、今、育ててあげてるんだもんね」


 弱気になんてなってる暇はないはずです。私には色んな責任があって、色んな期待がされていて、それに応えなきゃいけません。カイとノアのことはそれとはまったく関係なく手を差し出した子たち。どう思われていようと、無責任に放り出すようなことだけはしちゃいけません。だったら、信じるしかないんですよね。


「ありがとう、シルヴィア。少しは気が楽になった」

「だったらよかったです」


 全身マッサージも丁度終わったみたいです。お風呂から上がって、身なりを整えます。夕食に何を作ろうか考えながらリビングに戻りました。



—————————————



(Siden:L.Von.Avallone)



 ブラッドとエルネストがカイとノアを連れて出て行ったかと思えば、シルヴィアが先週末の話をしてくれた。アレン様はわたしたちの前だといつでも明るくて楽し気にしてる。でもそれだけじゃない。


「以前にも仰っていました。こちらに来た時に、元々いた世界から、自分が居たという証明がすべて消えてしまっていたらいいのに、と」

「死んでしまいたい、とは違うのね」

「はい。もし消えてしまっているなら、なんの憂いもなくこの世界で生きていけるのに、と続けていらっしゃったので」


 メリッサ様が聞いて、シルヴィアが頷く。それを聞いて少しホッとする。生きることを諦めてるわけじゃない。消えてしまいたいって気持ちがあるのも、良くはない。でも、それ以上に生きようって思ってくれてるなら、まだ大丈夫。


「アレン様が落ちこぼれだと言うのなら、他の方は既にもっと大きな成果を上げているものだと思いますが」


 ラルスが尤もなことを言う。今のところ、わたしたちも成果を出しているわけではない。でも成果を出す為の下地が出来上がりつつある。アレン様をはじめとする、英雄・聖女候補様が正式に英雄・聖女としてお披露目される頃には、それぞれに発表できることがあるはず。他の異邦の方が何かをしているって話は聞かない。アカリ様が義務教育ってものを作る為に、国の法律について積極的に学んでるって聞くくらい。それに比べたら、アレン様は色んな事をし過ぎてるくらい。この世界のことを学びながら、フラーディアでわたしたちの活動を支援してくれて、異邦のことをたくさん教えてくれてる。召喚された異邦の方の中で一番優秀なのはアレン様だと思う。


「わ、私は、アレン様の気持ち、少しだけ、わかります」


 カタリナが口を開いた。注目されて少しだけ萎縮した。カタリナは喋るのが得意じゃない。でもどう言おうか迷ってるだけだから、喋り出すのをみんなが待つ。


「優秀と言われても、頑張ったことが報われないと、自分はダメなんだなって、思っちゃうので……。アレン様も、異邦では、そうだったのかなって思います」

「確かに、頑張ったことに何も返って来なかったら、バカバカしくなるものですね。おれも覚えがあります」

「ぼくにもわかります。好きでい続けるにも、努力が要りますから。それが無駄になる環境は苦しいものです」


 エドガーとテリーが頷く。それならわたしにもわかるかもしれない。好きだから魔法の道に進んだ。でも家はそれを許してくれなかった。アカデミーを飛び級で卒業して、そのまま魔法師団に入ったから、やっとうるさく言われなくなっただけ。兄様も姉様には、まだ疎ましく思われてる。父様は……、よくわからない。


「異邦って、そんなに厳しいんですね。今回の召喚で応じてくださった方、みんな優秀だし、アレン様なんか物凄く博識じゃないですか」


 コンチータが息巻いて言う。確かにアレン様は博識。知らないことがないって思うくらい色んな事を知ってる。先週から教えてもらうようになったカガクだって、熱のことだけで数時間が潰れるくらい多くの知識があった。末端でしかないってアレン様は言ってた。でも、教えてくれたことはアレン様自身がちゃんと知ってないと教えられることじゃない。


「あんなにたくさんのことを知ってても、何もできないって言ってしまうほど、異邦の社会って高度なものが要求されるってことでしょう? 魔道具作りだけやってたい私には無理です……」

「わたしも同じ気持ち」


 コンチータの言葉に同意する。わたしも魔法についてだけ考えてたい。でも、異邦の技術を取り入れようと思ったら、魔法以外のことも考えなきゃいけない。異邦はきっと、一つのことだけを考えるってできない。


「フラーディアの中だけでも、薬草、魔法、服飾、魔道具、魔獣、家具、料理、数学。これだけの分野のことをやってる」


 今のフラーディアは雑多なことをしているよくわからない部署って言われてる。そんな部署に国費を出すなら、教育に力を入れるべきっていう声も上がってる。それをスヴァンテ殿下が止めてくれている状態。でもアレン様がいなかったら、これらの分野は一つも発展しない。


「全部、知らないと教えるなんてできない。全部、知ってるから教えてくれる。自分が一番好きって思うもの以外のことも知らないといけない世界が、異邦なんだと思う」


 そうやってたくさん知っても、アレン様くらい博識でも、落ちこぼれだって当人は言う。異邦に憧れて、戯れで住んでみたいって言う貴族子女は多い。本当に異邦に住んだとしたら、この世界の人間は誰も生きていけないと思う。専門でやってること以外の知識がなさ過ぎる。


「アレン様はフラーディアでしていること以外にも、様々な分野の知識をお持ちの方だ。ノアに教えている歌だってそうだ。カイにも生きていく術の身に着け方を教えている」


 スヴァンテ殿下が言う。


「努力を放棄したなんてことは決してない。そうでなければボクたちはここに集まっていない。それでもアレン様がご自身で、ご自身を許せないと言うのなら、ボクたちがそれ以上に許すべきだ。このフラーディアと言う場所で、夢を叶えるための場所で、アレン様の夢を叶える。心から好きだと思うものを、世界に楽しいと思えることを、一つでも増やすんだ」

「ええ、その為にアタシたちはここにいるのですからね」


 メリッサ様が頷く。それにわたしたちも続いて頷く。召喚の儀式が一方通行であることは誰もが知っていること。だからこそ、理解ある有識者に来てもらうことになっている。そうじゃない今回の異邦の方たちは、拉致されたも同然の話。どんなに望んだって帰れない。それならせめて、この世界のことを好きになってほしいって思う。ここにいてよかったってアレン様には思ってほしい。わたしは今、フラーディアにいてよかったって思えるから。


「そのためにもまずは、今、わたしたちはすべきことをするべき」


 改まった言えば、みんな頷いて仕事に戻った。

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