第七話:異世界の騎士団を見学しました。
やっぱり中世ヨーロッパ風の世界観の戦闘が存在している世界なら外せない要素ですよね。
とはいっても、大したこともしませんけれど。
所謂、戦闘描写というものもその内書く心算ではあります。
練習しておかなければなぁ……(遠い目)
図書室で半日を過ごして、食堂でお昼を食べたら、今度は騎士団の方達が使っている施設にお邪魔します。
あ、美雨達はやっぱりお昼近くまで寝ていたようです。昨日はバタバタしてましたしね、疲れがたまっていたんでしょう。でもメイドさん達の好意に甘えてお昼まで寝てるのは図太いというか、なんというか……。いや、まったく知らない世界に来て熟睡した私が言えたことではないか。
成美と一緒に、執事さんの案内で騎士団が使っているという訓練場にやってきました。野太い掛け声と、木刀を打ち合う音。これぞ男社会、といった空気を感じられます。
「わっ、すごい」
「画面の向こうでみたことある光景ね」
「戦闘アニメで剣は定番だからね」
剣道とは全く違う剣捌きとしかわかりませんが、真剣に稽古に励んでいる騎士様はとてもかっこいいですね。
私達が訓練場に入ると、直ぐに号令がかかって騎士様達が集合しました。どうやら、私達の来訪は事前に知らされていたようです。目の前に騎士様が整列している光景は圧巻です。
「ようこそいらっしゃいました、異邦の方々」
騎士団長の方ですかね。30代前後くらいの男性です。でも整列している騎士の方は皆、若い方です。ともすれば、私達よりもずっと年下に見えます。新兵でしょうか。
「私はこのシャングリラ騎士団、第六部隊を取り仕切っております、ノーマン・フォン・デレイニーと言います」
「ご丁寧にありがとうございます。異邦より参りました、アレンと呼んでください」
「……ナルミ・カドワキです」
「お2人にもお目にかかれて光栄です」
礼儀正しく隊長さんは敬礼をします。胸に手をあて、少しだけ腰を折る。紳士のような敬礼です。団長さんではなく、隊長さんだったんですね。団長さんは別にいるのか。今、前線に出ているんでしょうか。英雄のお2人と一緒に戦ってる可能性が高いですね。その方ともその内顔を合わせるんでしょうか。
「第六部隊は、先月の入団試験に合格した新兵であり、今はまだ打ち込み稽古しかしていません。1年をかけて訓練を行い、各々の得意分野に合わせた部隊に配属されます。城下町の巡回、各地方の駐屯地での任務、城の警備、魔物討伐、重役の護衛と、各部隊で仕事が割り振られております」
「戦うばかりじゃないのね」
「警察と自衛隊、SP、あとは警備員を“騎士団”っていう組織で取り仕切っている、ってことじゃないかな」
「ああ、なるほど」
「どの部隊が人気とか、やっぱりあるんですか?」
「ええ、魔物討伐は騎士団の花形ですし、護衛任務は少数精鋭で、その年によっては誰も選ばれないこともある位の狭き門です」
「本当に実力のある方だけがなれる、栄誉の部隊なんですね」
「訓練積むのも大変なのは考えなくてもわかるけれど、入りたい部隊に入れるかどうかもわからないで努力しなきゃならないのも大変ね」
「だからこそ、どれだけ努力を怠らず自らを研鑽できるかなのです」
誇らしげにデレイニーさんは言います。新兵の皆さんも、緊張しながらもその心意気を強く持っている目をしています。何年か前にはエルネストさんも、成美に付いている騎士様もあそこにいたのかな。努力して、訓練して、護衛を任される部隊に入ったんですね。
「できれば、お2人もあいつらに何か声を掛けてやってください」
「え、いや、頑張ってくらいしか言えないわよ……」
「その一言で士気が上がるなら、かけてあげるべきじゃない?」
「そんなもん?」
「そんなもん」
まぁ、軽すぎる頑張れという言葉ほど鬱陶しいものもありませんけれど。でも直接声を聴ける機会なんて後にも先にも1回しかないかもしれない方から、大勢に向けてでも声をかけられた事は励みになるかもしれません。成美は少し考えてから、緊張した顔で第六部隊の方達の方を見ました。
「えぇっと、訓練が始まったばっかりで、色々と大変なこともあると思うけれど、頑張って。1年後にどうなってるかわからないけれど、頑張れば、その分報われることもあるんじゃないかな」
以上、と切り上げれば威勢のいい声が返ってきます。恥ずかしいのか成美は私の後ろに隠れる様にして下がりました。そうなれば必然、私に視線が集まります。
おお、緊張する。一瞬で心拍数が爆上がりしますね。
「努力が必ず実を結ぶとは限りませんが、努力したことそのものは必ず糧になるものだと、私は思っています。何でもやってみてください。そうすれば実を結ぶことが無くとも、身に着けたものは死んだりしないはずですから。大変だと思いますが、励んでください」
礼で締めれば、同じように威勢のいい声が響きました。確かにこれは結構恥ずかしい。隠れたくなる気持ちもわかる。成美に隠れ蓑にされてるので、私が隠れる場所は何処にもありませんが。デレイニーさんも満足みたいで笑顔でお礼を言われました。
「では訓練に戻れ! 気合を入れて稽古に励むこと! ただし、張り切り過ぎて怪我はするなよ!」
「「「「「はいッッ!!!!!」」」」」
デレイニーさんの号令で、新兵の皆さんが一斉に散っていきます。流石に統率の取れた動き。気合の入った稽古が始まります。素振りから始まるのは、やっぱり基礎を身体に覚えさせるからでしょうか。剣道みたいな動きを想像してしまいますけれど、実戦を想定しているからか剣道の素振りとは全然違いますね。時折デレイニーさんの喝が飛んで、新兵の方達は只管に剣を振ります。
「すごいねぇ」
「何がすごいかもいまいちわからないけれどね。でも、やっぱりこういうのも地道な努力なのよね」
「努力以外で道が開けるなら誰も苦労しないって」
「それはわかってるわよ。わかってるけれど、あたしには真似できないわ」
「うん、私にも無理かな」
単純なやる気の問題の、できるできないですけれど。やっぱり好きこそものの上手なれなんですよ。ただやらされるわけでなく、自分でやりたい、やると決めて剣を取った人達が彼らなわけですし。成美の言う通り、1年後に彼等がどこでどんな任務に就いているかはわかりません。でもこうして努力しているところをみると、希望通りの所属になればいいなと願わずにはいられません。
「尊敬する。ああやって真っ当に努力できること」
「あたしだって頑張ってなかったわけではないわよ」
「三流大学の良くない大学生の集まりにいて何言ってんの」
「ブーメランじゃない」
「わかってて投げるものでしょ、ブーメランなんて」
「それもそうね」
笑うようなことではないですけれど、笑い話にしておくくらいが丁度いいでしょう。どうせもう過去の物ですからね。目を背けるくらい許して欲しいです。
「そろそろ別のところ見に行かない? 居座ってても仕方ないし」
「うん、そうだね。お暇させて貰おうか」
ずっと私達がいると、新兵の方達も落ち着かないでしょうしね。デレイニーさんにお暇を伝えると残念そうな顔をされました。見学者がいた方がいい緊張感が出るから、いつも以上にいい稽古になるのだそう。その言い分も尤もですが、良い所を見せようとこちらを気にしている兵が半数を占めているように見えるので、お暇した方がいいと思います。逆に調子に乗る人が出ても困りますしね。
デレイニーさんにお礼を言って、私達は訓練場を後にします。成美に付いていた護衛の騎士様の案内で、騎士団の使っている施設を見て回る事になりました。
「先ほどの訓練場は第六部隊が使うもので、他の部隊が使う訓練場も別に存在しています。こちらは騎士団専用の食堂です」
簡素な木の戸を開けると、広い部屋に入りました。わかりやすく食堂、という体をした部屋です。そこそこ、人がいらっしゃって各々食事をとっているようです。私達が来たことに気付いた人達が敬礼をしてくれます。勤務時間の関係で食事をとれる時間が個人で違うんですね。そのために専用で食堂を設けてあるんでしょう。広い部屋に長机がいくつも置いてあるだけの質素な部屋ですが、栄養補給をするだけなら困らない場所でもあります。
「大学の食堂みたいね」
「そうだね。つい2日前くらいのことなのにもう懐かしい感じがするよ」
あ、でも最後に食堂を使ったのは先週だったかな。ミートソーススパゲティが好きだったんだよなぁ。最後にもう一回食べたかった気がする。こっちでお願いすれば同じものを作ってはくれるでしょうけれど。……麺の文化ってあるんだろうか。
邪魔にならない内に退散して、次の施設に向かいます。
「こちらは武器庫です。団員が使う武器は基本、支給されます。こだわりのある者は個人で工房に赴いて、好みの武器を誂えます」
「刀匠みたいな人もいるのね」
「そりゃいるでしょ。魔物と戦うのが当たり前にある世界なんだし」
「そうね。これ見てると、本当に全然違う世界に来たって感じがするわ」
並んだ武器は見るからに殺傷力のある鋭い物。これを持って戦うなんて考えられないけれど、それが日常的に行われているのがこの世界の現実です。成美の言う通り、自分の常識とかけ離れた世界に来てしまったと実感できます。
「あ、見て。刀が飾ってある」
それは、武器庫の奥に鎮座していました。立派な台座には布がかけられていて、それには魔法陣のような模様が縫い込まれています。ぼんやりとした光が幕のように覆っていて、その刀を保護しているようです。
刃渡り25cmくらいの短い刀、短刀と呼ばれるサイズの物だったと記憶しています。守り刀として重宝されていたらしいので、この刀もその為に置いてあるのでしょう。
「こちらは、過去の英雄様が作ったと言われているカタナです。国宝に指定されており、この場所を守護し、悪しきものを打ち払うため、ここに飾られています」
「お守り代わりみたいなものなのね。波紋がきれい」
「流石、成美。刀の良さがわかるんだね」
「数々の刀剣に会いに行ったもの。まぁ、良し悪しはわからないけれど。きれいなことはわかるわよ」
自慢げに成美は言います。ゲームの影響で、全国各地の刀の展示会まで行っただけはありますね。その行動力に尊敬すると同時に、呆れたのを今も覚えてます。まぁ、動機はともかくとして目的をもって行動できるのは、本当に尊敬できます。
「国宝なのに、こんなに無防備に置いておいて大丈夫なのかしら」
「大丈夫なんじゃない? この光の幕が防衛装置みたいなものだと思う。触れないような結界か、触ろうとしたら弾く魔法なんじゃないかな」
「はい、仰る通りにございます。触ろうとすると作動し、束縛する魔法を放ちます」
「へぇ、演出じゃないのね。国宝を神々しく見せる為のライトかと思ったわ」
言われてみると確かに、演出っぽくも見えますね。展示会とかで見て来たからそう思ったのかな。刀ってこうやって飾られるものなんですね。一回くらい、足を延ばせるところにあった常設展示、見に行ってもよかったかも。じっくりと刀を眺めまわして、武器庫を後にしました。
今度は厩舎に来ました。お世話をしている方と騎士様が入り混じって、馬の面倒を見ています。
「こちらは厩舎になります。馬は魔物討伐任務を行う第一部隊と護衛任務を行う第三部隊に提供されます。今、いるのは第三部隊所属の馬です。半分はおそらく放牧場にいるかと」
第一部隊の馬は魔物が出現したところに急行するための足ですね。この世界は多分馬車移動なので、護衛対象の馬車を守る為に横を馬に乗って移動するのが護衛部隊が馬を宛がわれる理由でしょう。
小屋の中で大人しくしている馬たちは訓練の後なのでしょうか。身体を洗われています。それが終わった馬から放牧場に行って、自由に走れるようです。護衛任務を行う部隊に所属している馬、ということは案内してくれた彼や、エルネストさんの馬もいるのでしょうか。見てみたい。でも、日がな一日、私達と一緒にいて、彼等の馬は大丈夫なのでしょうか。馬との信頼関係とか重要だと思うのですけれど。
「近くで見ると、ちょっと怖いわね」
「そう? 可愛いと思うな。……ゲームの影響かもしれないけれど」
「アレンもあのゲームやってたっけ?」
「私じゃなくて、お父さんがやってた。競走馬好きだから」
「ああ、そっちの影響ね。アレンのお父さんって競馬する人だったの」
「ううん。競走馬が好きなだけで競馬はしなかったよ。推しに貢ぐ感覚で、年に1回か2回1000円単位で馬券は買ってたけれど」
「アレンのお父さんって感じするわ」
「それ褒めてる?」
「もちろん」
不思議ちゃんだと思われたことが発覚しました。くそぅ。まぁ否定できないこと幾つかやってる自覚はあるんですけれどね。
話をしながら一頭ずつ馬を見ていれば、初めて見る私達に興味津々だったり警戒したりと、色んな反応が見れます。馬って、本当に頭がいいんですよね。競馬中継は何度か見たことあるけれど、人がやってることを理解したような動きをすることもあるんですよね。この子達もいろんなこと理解してここに居るのかな。
「エルネストさんが乗っている馬もいるんですか?」
「はい。この時間は放牧場にいるかと」
「そうなんですね、そっちも見に行っていい?」
「いいわよ」
小屋の前を通り抜けると、柵で囲われた広い草原が広がります。そこに何頭もの馬がのんびりと歩いたり走ったり、日向ぼっこしたりしていました。
「おー、すごい、これぞ牧場って感じ」
後ろに城壁が見えているので、そこまでの解放感はありませんが。でも他になにもないまっさらな場所なので壮観です。どの子がエルネストさんの馬なんだろうと思いながら眺めていれば、エルネストさんが指笛を吹きました。すると、向こうにいた馬が一頭こちらに駆けてきます。呼べば来るって、凄いな。信頼関係がしっかりしてる証拠だ。
目の前にやって来たのは、灰色の毛をした子でした。葦毛って言うらしいです。しっかりとした体付きが頼もしいです。甘える様にエルネストさんに鼻を伸ばしています。
「葦毛だ。奇麗な子ですね!」
「ありがとうございます。そう言っていただけて光栄です」
誉め言葉にエルネストさんは嬉しそうに言いました。それが馬にも伝わっているのか、ドヤ顔で鼻を鳴らします。賢い。そして可愛い。
「馬もドヤ顔するのね」
「結構表情豊かだよ。人の反応見て楽しむ馬もいたりするんだって」
「へぇ、知らなかったわ。でも犬猫だって人の顔色伺ったりするから、馬だってそうよね」
「人と一緒にいると、人を理解する様になるんだよね、きっと」
動物を飼ったことは有りませんが、SNSでよく眺めたなぁ、アニマルビデオ。本当に可愛いんですよね。
この世界でも小動物を飼うっていう概念はあるんでしょうかね。馬は移動手段として貴族や商家が所有しているとして、愛玩動物っていう意味での飼育があるのかは気になります。もしかしたら、元の世界で飼えなかった猫が飼えるかもしれませんし。生き物のお世話とか、命に責任持てる自信なかったからできなかったんだよなぁ。鼻炎と喘息持ちが家族の中にいたっていうのもあるけれど。
「触ってみてもいいですか?」
「ええ、もちろん」
「やったぁ。それじゃあ、失礼します」
ゆっくりと手を伸ばしてみれば、嫌がる事無く大人しくしてくれています。噛みつこうともしないし、賢くて優しい子なんですね。鼻先を撫でてみると、思ったよりも毛の感触が心地いいです。撫でつけられたカーペット、っていう言い方もどうかと思いますが、そんな感じです。
「大人しくていい子だね~。成美も撫でてみなよ」
「あたしはいいわ。動物は眺める分にはいいけど……」
「そう。じゃあ、暫く堪能させて貰うね」
「それならあたしはあっちの方見てくるわね」
「うん、私ここで待ってる」
また後で、と成美は歩き出しました。そういえば動物にはそこまで興味を示さなかったっけ。皆で猫動画とか見ててもあんまり食いついてなかったし。好き嫌いというよりは、あまり関心が向いていないんでしょう。三次元より二次元を取る子だしね、仕方ないかな。
「この子の名前はなんですか?」
「ウォーリア、と言います」
「素敵な名前ですね。ウォーリアか、ウォーリア~。あ、わかるのかな?」
名前を呼べばちゃんと反応してくれます。返事をするように鳴くので、鼻先を撫でてあげました。嬉しそうにしてるの、わかるものですね。尻尾も振ってますし。んもう、可愛い。お馬さんを可愛い女の子に擬人化したくなる気持ちがわかり過ぎる。
「そう言えば葦毛の子、他にいないんですね。白毛はいますけれど」
「元々の数が少ない事と、大抵は功績を上げた下級貴族に下賜されるか、他国へ献上されるので、ここに残る事はあまりありません」
「つまり、不人気色?」
あまりにもストレートに言いすぎたからか、エルネストさんは答えにくそうな顔をしました。ああ、その表情だけでわかりますよ。不人気色なんですね。良いと思うんだけどなぁ、葦毛。
「……王族やその護衛騎士に白の馬が優先で宛がわれます。目立ちますから。黒や濃い茶は闇夜や森で紛れやすいので、第一部隊に。第三部隊は明るい茶か灰ですが、茶を選ぶ人の方が多いです」
「馬と言えばこの色、ですもんね。なるほど、それで栗毛が多いわけか」
マジョリティを求めるのはどんな世界も同じ、ということでしょうかね。だからといって、こんなにわかりやすいマイノリティの排除もどうかと思いますけれど。エルネストさんはどうして栗毛を選ばなかったんだろう。聞いていいことなのかな。駄目かな。そこに身分制度の闇があるなら、聞かない方が良いことですよね。もっと仲良くなれたなら、聞いてみよう。そんな日が来るかは、まだわかりませんが。
「それならエルネストさんがいなくても、ウォーリアだけは間違わずに済みますね」
できるだけ明るい声で言います。するとエルネストさんは目を丸くして、それから優しく笑いました。イケメンの微笑み、破壊力の塊です。ここから始まる恋の予感! なんて馬鹿な事を言いたくなりますね。かっこよくて思わず見惚れてしまいそうになりますが、あまり見つめても失礼でしょう。ウォーリアを撫でる方に集中して誤魔化したいと思います。
「お、なに? もっと撫でて欲しいのかな? 人懐っこいねぇ」
ウォーリアは構えと言わんばかりに首を伸ばしてきます。何をそんなに気に入られたのか……。成美には全然興味を向けなかったから、関心を持ってるかどうかがわかるのかな。人を選んで甘えてくるなんて、人間みたいなことをするものです。言葉を介さない分、素直な反応をするんでしょうね。頭に浮かんだ旋律を、そのまま口に乗せました。
「共に生きよう 共に走ろう
僕らはどこへだって行けるはずさ
共に歩もう 共に歌おう
僕らは空の果てへ行けるはずさ」
冒険アニメの主題歌、だったかな。10歳くらいの少年が相棒の馬と世界を旅して回る、ちょっと古いアニメ。見た事はないけど。曲だけは古臭さを感じさせないメロディが好きだったんだよなぁ。世界観に合わせた歌詞も素敵で、エルネストさんとウォーリアにピッタリだと思うんですよ。
サビだけ歌えば、もっととせがむようにウォーリアに突かれました。仕方ないな、フルで聞かせてあげよう。ピコピコと動いてる耳が可愛いです。馬も音楽がわかるんですかね。それとも、この世界の馬は特別仕様なのかな。魔力がある世界ですからね。魔法について教えて貰ったらそのあたりもわかるんでしょう。その辺の謎を解明する為にも早めに今後の身の振りは決めた方が良さそうですね。歌い切って顔を上げると、いつの間にやら他所にいた馬も皆集まってました。
「え、なにこれ」
「アレン様のお歌が素敵で、みんな聞きに来たんですよ」
「五月蠅くて抗議しに来たとかではなく?」
「そんなわけないじゃないですか!」
予想外の事態に瞠目していれば、嬉しそうにシルヴィアさんが言います。シルヴィアさんからの太鼓判は嬉しいですが、いや、これはちょっと……。困った。
「うわ、みんな興味津々……。あ、駄目! ストールが汚れるから! 引っ張らないでお願いだから!」
困惑していると馬達が首を伸ばしてきます。中にはストールやらスカートの裾やらを引っ張って来る子もいて、どう収集をつけたものか。シルヴィアさんとエルネストさんも払ってくれますが、全然馬達は言う事を聞いてくれません。
このままだと柵を壊しそうと思ったところで、ウォーリアがいきなり大きな声を出しました。それに驚いたのも束の間、大きな体を使って、次々に馬達を追い払っていきます。最後の一頭まで追い払って、ウォーリアはドヤ顔でこっちを見ました。褒めろと、言いたいのかな?
「た、助けてくれたのかな……?」
「その様ですね。ウォーリアはアレン様を甚く気に入ったみたいです」
「まさかのモテ期突入とな。ふふっ、ありがとう。お陰で助かったよ」
お礼を言って撫でてあげれば、物凄く満足げな顔をされました。何をそんなに気に入ったのか。歌か? 歌の力か??? マ〇ロスかな?????
魔法が存在してる世界なのでね、不思議なことが起きても驚きませんよ。好き勝手歌ってるだけで周りに影響与えるとか、いかにも魔法が作用してるみたいで面白いしね! ……本当にそうだったらどうしよう。
「機会があったら、また別の曲聞かせてあげるよ。ここだとまた他の子達が集まって来ちゃうし」
残念そうな目をされました。ある程度は言葉を理解するみたいですね。やっぱり賢いなぁ。うりうりと撫でまわしていると成美が戻ってきました。
「さっきなんか、馬集まってなかった?」
「うん、モテモテだったよ」
「アレンはそれでいいの?」
「ケモナーを舐めちゃいけないよ。めっちゃ嬉しかったに決まってるじゃん?」
「もっとモフモフしたのが好きじゃなかったっけ」
「それはそれ、これはこれ」
冗談だったり冗談じゃなかっりすることを言いながら、厩舎を後にすることにしました。ウォーリアにお別れを言うと物凄く悲しそうな眼をされましたが……。また来ると言えば嬉しそうに駆け出していきました。わかりやすくていいな、お馬さん。
「まだ全然日が高いけど、どうする?」
「夕食まで時間はあるわね。なら、一度部屋に戻ってシャワー浴びたいわ。ちょっと見て回っただけなのに厩舎の臭いついちゃったみたいだし」
「ああ、確かに。そうしようか」
いつも香水を使ってたから、成美にはわかるのかな。私には全然臭いが変わった様に感じませんが。こういうところ、適当だからもっと気を使えって美雨や成美に怒られるんでしょうね。部屋の前で成美と別れて、客間に戻って来ました。
「……そんなに臭いついてますか?」
「ばっちりついてますよ。洗っても中々取れないんですよね~、厩舎の臭いって」
「へぇ……」
わかる人にはわかるものなんですね。これに関しては普段から気を付けているか否かでしょうね……。これからは気を付けよう。
軽く水浴びをして、着替え直して、少しゆっくりして、いい時間になりました。食堂に行けば美雨と隼と明香里がいました。
「宗士は?」
「今日は騎士団の方の食堂で食べるって。騎士団の人達とすっかり仲良しだよ」
「流石すぎる」
「コミュ力の塊は行動力が違うわ」
私達が去ったあと、宗士もまた騎士団に行ったのですね。入団して1か月くらいの新兵の方と手合わせするくらいなら、楽しいのでしょう。そのまま入団するつもりなのかな。訓練とか大変そうだけれど、転移者特典で補正が付いたりしてるんでしょうか。魔力が何十倍も高いって話ですし。それによって何か身体に作用してるのかもしれませんね。すぐに料理が運ばれてきて、夕食が始まります。
「成美とアレンはどこ行ってたの?」
「あたしは午前中は第三庭園に行ってみたわ。アレンの言う通り、確かに凄くきれいなところだったわ」
「ウチらも第一庭園見た後に行ってみたんだ、確かにすごかったよね~」
「第一庭園はどうだった?」
「バラの咲く季節はまだ先だったらしくて、葉っぱばっかりだった。それでもすごかったけれどな」
「花が見れなかったのは確かに残念だったけど、でもバラのツルのアーチとかあって、楽しかったよ」
「季節で見頃になる庭園が違うのかな。第三庭園は色んな花が咲いてたでしょ」
「うん、花が咲いてた分、第三庭園の方がすごかった」
「花っていうよりはハーブだったわね。薬草畑なだけはあったわ」
やっぱり庭園は大絶賛です。でも花の見ごろはすっかり忘れてましたね。ローズガーデンも、花が咲いていなかったら魅力も半減でしょう。残念だったとは思いますが、美雨ならまた見頃の時に見せて欲しいとお願いに行くでしょうから、その時にまた報告を聞かせて貰おうかな。本当は自分で見たいんですけれどね。私も王妃様に直談判すれば入れるかな。直談判できる立場ではないけれど。聖女になるなら、許されるでしょうか。うーん、聖女になりたい理由が不純なものしかない。いや、それで怒られたりはしないでしょうけれど……。
「あ、そうだ。図書室行ったらね、聖女様に会ったよ」
「え、マジで?」
「聖女様ってまだ生きてるんだ」
「長くても50年間隔で召喚の儀式をするんだから、まだご存命でしょ……」
いや、昔の偉大な人って既に亡くなってると思うこともあるから仕方ないと言えば仕方ないのかな……?あまり不用意な事は言わないで欲しいな……。心臓に悪いから。
「ねぇ、聖女様ってどんな人だった? やっぱり凄くキレイな人?」
「めちゃくちゃ奇麗な人だったよ。前線に出てる英雄様が戻ってきたら晩餐会を開いて顔合わせするって言ってた」
「マジで? 宗士にも後で伝えなきゃな」
「今からもうすでに緊張するんだけど」
「大丈夫だよ、すごく気さくな人だったから。皆もすぐに仲良くなれると思うよ」
「アレンがそう言うなら安心ね」
ともかくとして、皆、顔合わせには前向きみたいです。まぁ、会わないという選択肢は最初からないわけですから。……明日も図書室に行ったらいるかな、光代さん。皆も晩餐会を楽しみにしてるって言ったら喜ぶかな。
「アレンが図書室で聖女様に会ったなら、そこに行ったら聖女様に先に会えるってこと?」
「仕事の息抜きで来てたみたいだから、会えるかどうかは確率じゃないかな」
「なぁんだ、ウチも聖女様に会いたいんだけれどなぁ」
「晩餐会の時には確実に会えるし、その時に普段は何処で何してるか聞けば?」
「そうする~」
適当な調子で言いながら、美雨はフォークを置きました。続くように他の皆も食べ終わって、私も手を合わせました。窓の外は夕焼けです。部屋に戻ったら暗くなりますね。
「明日も、いい天気になりそう」
廊下に出れば、赤々とした光が廊下を照らします。夕焼け小焼けですね。赤とんぼは飛んでませんけれど。部屋も同じように真っ赤で、ホラー映画でも始まるのかと思うような有様です。やだなぁ、ホラーは苦手なんだよなぁ。ゾンビが窓を割って入って来るとか、ポルターガイストが起きて花瓶が飛んで来るとかのパニックホラーは特に嫌いだから勘弁してください。
「如何なさいましたか?」
「いえ、何でもないです。湯浴みはいいから、さっさと着替えて寝てしまおうかと」
「畏まりました。すぐに寝巻をご用意しますね」
「お願いします」
なんだか、人にいろんなことを頼むのにも慣れて来たなぁ。自分って割と図々しい人間だったんだなって思います。いや、結構前からわかってたことですかね。バイトはしてたけれど、生活費削って貯金するのに実家暮らししてたし、家事もお手伝い程度でしかやってなかったし。
人にやって貰う事にはずっと慣れた環境だったかな。……もうちょっとちゃんと、親孝行しておけばよかった。今更遅いですけれど。
用意して頂いた寝巻に袖を通して、眠たくなるまで少しの間ボーっとします。ゆっくりと濃紺になっていく空を眺めて、今日あったことを思い返します。こういう時間に、日記とか書くんですかね。明日から始めてみようかな。そんなに毎日、何も起こらないと思うけれど。
「つかぬことをお伺いしてもいいですか?」
ぼーっとしているとシルヴィアさんが聞いてきました。どうぞ、と答えると彼女はとても複雑そうな顔をして言います。
「答えられないなら、答えて頂かなくて結構です。アレン様は、……どうして家名がないのですか?」
「家名ですか? あー……、そもそも“アレン”は本名じゃないんですよ」
皆、私の名前に付いて気にしますね。光代さんも、“アレン”でいいのかって聞いてきましたし。そう言えば、平民も家名を持つ世界観ですからね。家名を告げなかったらそりゃ可笑しいか。だから念入りに確認されたのかな。“アレン”という名前で間違いないか、ではなくて、“アレン”としか名前がないのか、という問いだったなんて、流石に察するのは無理ですよ。だって、“アレン”であることには違いないわけですし。
シルヴィアさんはこれでもかと驚いた顔をしました。
「そ、そうなんですか?! え、どうして名前を偽ってるんですか?」
「偽ってるわけじゃなくてあだ名なんですよ。ほら、美雨達が私の事を“アレン”と呼ぶでしょう?」
「あ、ああ。そういえば」
「それを聞いた元第一王子が、私の名前を“アレン”で国王陛下に報告したから、そのまま。本名は別にあります。そっちはちゃんと家名ありますよ」
「じゃあ、どうして謁見の時に訂正しなかったんですか? そうすれば変な悪評なんて……あ」
しまった、と言わんばかり。そうですね、完全な失言ですね。昨日のメイドさんがあの態度だったのはその変な悪評の所為か。今日、成美に付いていたメイドさん達もやたらと睨んできましたし。どんな悪評が付いているのかはわかりませんけれど、仕事と割り切って感情をすべて捨てるくらいの悪評なんですね。何もしてないのにと憤って問い詰めてもいい案件だったのか……。
「訂正するのも面倒だなって思ったんです。美雨達も、私の本名を“アレン”だと思ってるので、余計な話題を増やして陛下のお話が滞るくらいなら、そのまま押し通した方がいいかなって。それで悪評が立つなら、判断を間違えましたね」
「いえそんな! みんな事情も知らないで勝手に言ってるだけです! そんな出まかせみたいな話を信じて、アレン様を悪者扱いする人が悪いんですよ!」
「常識がどこまで通用するのかわからないのはお互い様です。私も、この世界の人達もみんなが自分が信じたい物を信じるしかない状態なんですから、悪者扱いする人達も完全悪とは言えないでしょう」
「でも、陰口言って、笑ってるなんて、可笑しいです……」
彼女の言う事は間違いないでしょう。偶々、こちらの常識に反するものがあって、そこから憶測が飛んで、都合よく解釈する。勝手に悪い様に言って爪弾きにしようだなんて、考える方が可笑しい。その対象になったこっちはたまったものじゃないですしね。
でも悪者がいれば団結しやすいですから。悪者を作ってそこに平民を押し付けてしまえば、貴族の自分達は優秀な人に指名が貰える可能性が上がります。悪者は平民を指名するしかないし、それが嫌なら侍女も護衛の騎士もいないので市井に下るしかなくなるでしょう。そうなれば英雄とか聖女になる機会を失い、貴族たちはやっぱりあの異邦人は役に立たなかった、自分達の審美眼は間違いなかったとよくわからない自信を持てます。
逆転ものの物語に出てくる悪役みたいだ。本当にあるんだなぁ、そういうの。いじめってこうやって起こる物なんですね。勉強になるなぁ。でも、家名の有無がそこまでの大事になるとは思いもしませんでした。知りようが無かったのでそこは痛み分けという事にしますか。
とりあえず平民のシルヴィアさんとエルネストさんが貧乏くじを引かされたわけがわかりました。貴族の子女なら、家名の無い悪評の立っている異邦人の付き人なんてしたくないでしょう。ぎくしゃくとした空気。どうしようという空気が伝わってきます。
「エルネストさんを呼んでいただけますか?」
「は、はい、直ぐに」
お願いすれば、シルヴィアさんはすぐにエルネストさんを呼んでくれました。シルヴィアさんの表情を見て何か察しているのか、それとも中の会話が聞こえる魔法でも使ってたんですかね。エルネストさんは真面目腐った顔をしています。並んで立つ二人はとても対照的です。シルヴィアさんは俯いていて、エルネストさんは真っすぐにこっちを見ています。前口上は要らないようです。直球で行きましょう。
「シルヴィアさんから伺ったんですけれど、やっぱり私は貧乏くじみたいです。違うな、みたいじゃなくて貧乏くじそのものか」
「それは、事情を知らない人が勝手に言ってるだけですよ……」
「彼女の言う通りです。アレン様が気になさることではありません」
「気にしないようにすることはもちろんできます。でも、残念ながら気になってしまうんですよね。他の貴族の方の私情で貧乏くじ引かされたなんて、普通に気分が悪いです」
それは身分差によるものだから、不平を訴えた所ですぐに是正されるものでもない。でもそれだけを理由に虐げられるのはやっぱり可笑しいと思うんです。
だって、日本人だから。
平等を訴えれば賛同する誰かがいて、一緒になって訴えて反目してくれる。崩れようがない年功序列と学歴主義に真っ向から噛みつける時代に生まれたのも、悪いんでしょうね。変わらなくても、変えようと叫べば共感が得られるんだから。それだけは、間違いなく誰にでも与えられた平等な権利だから。
「他の異邦人に仕えたいと思うのなら、私から進言します。平民の侍女も騎士も要らない。貴族の格式ある家の人じゃないと嫌だって主張も、異邦人だから通るでしょう」
「貴方様が悪者になる必要はありません。それに、他の異邦の方に指名される保証もありません」
「指名されなくても、既に栄誉は保証されてるでしょう?」
これは憶測だけれど。自分がそれだけ高貴な身分であるかどうかを考えず、客観的事実だけを考えるなら。厳格な身分制度が敷かれているであろうこの国で、上級貴族の子女が侍女として仕えるような相手が異邦人です。
英雄や聖女という冠は、王族と並ぶ地位を持つものであることが物語の常。それも含めて考えるなら、候補に挙がる事自体が既に栄誉であるはず。平民を理由に指名から外しても、その後の事は国が保証してくれるでしょう。そうじゃなきゃ可笑しい。そうじゃないなら、平等性のパフォーマンスにならない。貴族の子女に平民が混ざってるんだから、平等性を見せる為の措置は確実にしている筈です。
「……アレン様は、本当に察しが良くていらっしゃる」
「それはどうでしょう。物事がどうしてそうなっているのか考えるのが好きなんです。お陰で粗捜しまで得意になってしまって。悪者扱いは初めてじゃないので、勝手に言ってろって感じです」
まぁ、陰でぐちぐち言われるのは悲しいですが。良くしてくれてる人が私の所為で悪い方に押しやられるのはやっぱり心苦しいですから。そんなことで心労を負いたくないです。だったら、独りになった方が絶対気が楽。……だから社交性がなくなるんだって。知ってますよ。
「私達がお仕えする方を選ぶ事はできません。その権利を有しているのは、異邦の方です。ですが、忠誠を誓うかどうかは、私達の意志です」
「わたしも、できることなら自分がお仕えしたいと思った方に、選んで欲しいです」
選択権について語るのは、選んで欲しいという意思表示でしょうか。そういう勘違いをしてもいいのかな。これが物語なら、迷う事なんてないのに。
いっそ、物語と思えばいいかな。現実の姿をした、長い、永い舞台。心優しく、思いやりにあふれる主人公は、本当に信頼が置ける友や仲間と出会い、波乱に満ちた人生を歩んでいきます、なんて。似合わなさすぎるな。壮大な冒険も、波乱万丈な非日常も、空想するくらいが丁度いいのに。異世界転生系の主人公が自己肯定感低めに書かれる理由だろうなぁ。一般的感性を持つ現代人は人並みの幸せ程度で十分なんですよ。余程図々しいとか、欲張りじゃないなら、そりゃ謙遜もするでしょう。
「まだ、選ぶにも選ばれるにも早いと思いますよ」
とにもかくにも何も決めてないのに、他人の人生なんて預かれない。そんな無責任な事をしてしまえば、後で絶対に後悔します。シルヴィアさんも、エルネストさんも、私にすごく良くしてくれてます。きっと、本当に尊敬してくれているのでしょう。好いてくれていると、自惚れではなく思えるくらい真っ直ぐに見てくれている。だからこそ、今はまだ振り回したくないです。
「他の皆だって、まだ何も決めてないだろうし。これからの人生、全部賭けなきゃいけないわけですから、時間をかけて見極めましょう?」
「わたしは、アレン様にお仕えしたいです!」
「そう言ってもらえてとても幸せです。でも、私はまだ城に残るか市井に下るか、決めあぐねてますから。専属を頼んだとしても、直ぐに解任になるかもしれないですよ」
「それでも、わたしはアレン様がいいです……」
私が市井に行くと言ったら付いてきそうな勢いだ……。彼女は何をこんなに気に入ってくれたのでしょうか。必要最低限の人付き合いはできる社交性を集めた猫で頑張ってるだけなんですけれどね。やっぱり歌か? 歌の力なのか?
下手にその辺りを突っ込んで、全肯定が返ってきても困るので、聞かないことにしましょう。うん、ここは都合よく、人柄にほれ込んでくれたと解釈しますか。下手の横好きに毛が生えたレベルの素人のカラオケを褒め称えられても気まずいですし。理由が如何であれ、好いてくれているのはこの上なく嬉しい事ですからね。
「どうせなら、私も私を選んでくれる人がいいとは思いますから。身の振りを決める時にまた、この話をしましょう。とりあえず今日はこの辺でお開きにしませんか?」
「そうですね、夜も更けましたし、長居してしまって申し訳ありません」
「いいえ、お話しに誘ったのは私の方ですから」
まだ何か言いたげなシルヴィアさんを宥めて、エルネストさんは一礼しました。
「最後に、一つだけよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
「本名を教えていただけますか?」
本名を聞かれるなんて初めてですね。名乗る意味はないと思いますけれど、隠すことでもありませんし。
「怜那です。レナ・カミシロ。でも今後もアレンでいいですよ」
2人とも困ったような顔をしましたけれど、頷いてくれました。今更、本名を出しても後出しじゃんけんにしかなりませんからね。むしろ体裁の為に慌てて自分に付けたと言われる可能性もありますし。
挨拶をして部屋を出る二人を見送り、私もすぐに布団にもぐります。
家名か、盲点だったな。いや、考えてみれば当然か。でも、平民にも家名があるってわかったのは謁見の後だったし。やっぱり私に非があることではないですね。でもそれだけで悪評が出るわけだから、余程重要なんでしょうね。貴族ネームがあるくらいだし。
「あ~……、面倒くさい」
特別なことなんて、何も起きなくていいんですけれどね。この非日常もその内、日常になれば面倒でもなくなるんでしょうか。人の顔色伺うのも、空気を読むのも苦手で面倒で、できるならしたくないけれど。家名の問題は初動を間違えた時点でどうしようもないと決まったので、面倒でもまだ暫くは付き合わないといけないでしょう。
他のメイドさんや騎士様の冷たい目も、気にしないように頑張ろう。