第七十五話:異世界に新しい職業が誕生しました。
某料理研究家さんの活動が偶にSNSとかネットニュースとかで流れて来るのを見ると、本当に好きじゃなかったらできねぇなって思います。
料理動画とか投稿してる人達のレシピを参考に色々作ったりしますけれど、素人じゃ思いつかねぇなっていう調味料の組み合わせとかあったりもして。
なんでも研究すれば奥が深いものだなって思います。
「ラルス・ヴァン・ダルセン。料理研究家です」
怖いもの知らずって言葉はこういう人のためにあるんだと思います。誰も知らない職業を、全く怯まずに出せるラルスは、心臓が鋼でできている上に毛が生えてるんでしょう。きょとん、というオノマトペが幻視できて、私も流石に苦笑します。
「異邦にあった職業なんだけど、気に入ったみたいなんだよね」
「料理自体が、研究対象?」
「そう」
「へぇ~。異邦ってそんなものまで研究するんですね」
純粋に感心したコンチータに、ほかのみんなも同意します。やっぱり料理を研究しようなんて発想がそもそもないんですね。でも、考えてみれば、料理研究家って日本にしかいなかった気がします。確かに美味しい料理を作ろうと努力してる方は全世界にいらっしゃったと思いますけれど。結局は研究家じゃなくて、料理人なんですよね。日本人の食に対する探究心が強すぎるだけってことか……?
「城の料理が美味しくなりましたものね」
「もっとよくするために、料理を研究される、ってこと、ですか?」
「そうですね。今の料理も前よりはマシですが、改善の余地はありますから」
「今の料理でも十分なくらいなのに……。すごい情熱ですね」
「ここからどれだけ料理事情が変化するのか、ボクも楽しみです」
明るく受け入れてもらえたのは嬉しいみたいです。ラルスは少しだけ得意げな顔をします。みんな新しい職業に、むしろ興味津々って感じですね。期待しているのはスヴァンテ様だけじゃないみたいです。今までの料理があんまり美味しいものではなかったっていうのは、そこはかとなく共通認識であったのかもしれません。イギリスかな……?
「そういうわけで、ラルスのやることって基本的に料理を作る、なんだよね。そのための環境が欲しいんだけれど、まず、コンチータとエドガーにお願いしたいことがあるの」
「おれは調理台ですね。お任せください」
「調理器具でしたら、私の専門外ですよ?」
「異邦には魔道具扱いの、火を使わないコンロがあったんだけど、興味ない?」
「あります!!!!」
勢いよく食いついたのに思わず笑います。これでもかっていい笑顔ですね。まぁ、私はガスコンロ派だったので、IHは使ったことないんですけれど。料理のための環境じゃない場所で料理するなら、IHは必要でしょう。ちゃんとした仕組みを知っているわけではありませんが、この世界で使われる調理器具が鉄でできてて、魔法で似たような現象を起こせるなら、行けると思います。プレート部分の耐熱ガラスをどうするかが問題なだけであって。最初はホットプレートみたいな形にしたっていいわけですし。小難しくして、改良するのはこの世界の人の仕事だと思うことにします。……丸投げとか言わない。
「魔法陣の作成については、リリーも協力お願い」
「もちろん。楽しそう」
「エドガーは調理台についてヒアリング終わったら教えて」
「わかりました。設置場所とかありますからね」
「水回りの関係とかあるしね。施工についてはスヴァンテ様にもご協力をお願いしたいです」
「ええ、是非協力させてください」
自分の仕事が止まっちゃうって話なんですけれどね。みんな協力的なのが本当に嬉しいです。新しいことに挑戦する気概が高くていい。
「今日は私、午前中の講義はお休みすることになってるから、お昼までにやれること、やろうか」
音頭を取れば、いい返事がされます。メリッサとリリーはまずは自分の仕事。カタリナは制服作成に取り掛かって、シルヴィアがその補佐に入るようです。テリーがミヅキとセイカを連れて隣の部屋に行って、エドガーがラルスにヒアリングを始めます。エルネストは自分の稽古に行ってくると言って部屋を出て行きました。ブラッドはスヴァンテ様の聞き手を務めるみたいです。私はコンチータにIHコンロについて知っている限りのことを教えます。ラルスに言われましたけれど、改めて見ると本当に雑多って感じですね。
「楽しそうですね」
「そりゃね。コンチータだって楽しそうじゃん?」
「そりゃ、楽しいに決まってますよ。本当に、異邦の魔道具は面白くていいですね!」
「面白がってくれるなら、すごく嬉しいよ」
雑談を交えながらも、楽しく時間が過ぎていきます。これがこの世界にどう影響を与えていくかなんてわかりませんけれど。ひょっとしたらなんの影響にもならないかもしれませんけれど。楽しいって言って、笑ってくれる人が増えてくれるのは嬉しいと思います。新しいものが増えるって、楽しい。この世界の多くの人に、一番伝わってほしいことかもしれません。




