第七十四話:異世界の料理事情には驚かされます。
今日で投稿開始から3年が経ちました。びっくり。
多くの方が読んでくださってて、偶にリアクションも押していただけて、とても嬉しいです。
この先の話もそこそこ構成があるので、滞ることなく書き続けていけたらと思います。
ここまでありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
楽しんで頂ける作品を投稿できるよう、精進したい所存。がんばるぞい
大きなことは他に何もなく、1週間が終わりました。気付けば今月もあと1週間です。あっと言う間の1カ月だったなぁって、感慨深くなるには1週間早いですかね。
困っていた作業台も、設計図と作業途中だったものが警備隊でちゃんと保管されていたので、早めに揃えられそうです。それが終わったら、ソファとか、もう少し大きな卓袱台とか、エドガーに頼もうと思いながら朝食を食べ終わります。
さて、本日のお休み。暇です。インターネットのないこの世界、何して遊ぼうって感じです。いや、本当、インターネットのあった世界で慣れた怠惰って、それがなくなった途端にどうしようもないんですよね。散歩するくらいしかすることがない。土日は図書室も閉まってるらしくて、面白そうな本を探しに行くっていうのもできないんですよね。だからって平日に行けるわけでもないのに、そのへんちょっとイジワルだなって思います。それがこの世界の労働形態なので、文句を言っても仕方ないんですけれど。久しぶりに小噺でも書こうかとか思っていれば、お仕事に出てたシルヴィアがちょっと困った顔で戻って来ました。
「アレン様、シェフが一人、話がしたいと来ていて……」
「この前の人?」
「いえ、違う方です。先日のシェフよりは弁えてる方ではありますが、どういたしましょう?」
「んー……、話がしたいだけなら家に上げる理由はないよね。サロンに行こうか」
「かしこまりました」
先に案内してくれるのか、シルヴィアはそのまま踵を返しました。たぶん、話の内容としては先週の一件からの続きでしょう。何を考えてるかはわかりませんけれど。
「カイとノアはお留守番してて」
「……なんでだよ」
「ロフトの掃除、ちゃんとしてないでしょ。綺麗にしてないと怒るよって言ったの、忘れたとは言わせないよ」
当たり前に連れて行ってもらえると思ってるのは、ちょっとは面白いからでしょうかね。連れて行ってもいいんですけれど、そればっかりだと疎かになる部分も出るんですよね。ブラッドとシルヴィアにも、二人の生活領域は手を出し過ぎないように言ってあります。一応、自覚はあるのか、カイは気まずそうに視線を逸らしました。
「……おねえちゃん、おこる?」
「戻って来た時に綺麗になってなかったらね。ブラッドに教えてもらいながらでいいから、ちゃんとお掃除してね」
「わかった」
こういうときのノアは素直ですね。怒られるのは怖いってことでしょう。頭ごなしに押さえつけられることばっかりだった、ということでしょうかね。それも少しずつ和らいでいけばいいなって思います。
「ミヅキとセイカは2人がちゃんとお掃除してるか見ててね」
「みゃあ」
「カァ」
任せろ、とばかりに一声上げました。これなら大丈夫でしょう。
「じゃあ、ブラッド。2人のことよろしくね」
「かしこまりました」
丁寧に会釈したのに挨拶をして、エルネストを連れて部屋を出ます。サロンを使うのは久しぶりですね。そもそも、宿舎でみんなと顔を合わせる機会がないんですよね。美雨たちとは完全に距離ができちゃいましたし、明香里と成美とは講義で顔を合わせます。サロンを使う理由がまるでない。美雨たちは使ってるのかな。折角の設備なんですから、使わなきゃもったいないですし、機会を作って使うのはありですね。
そういうわけで、やって来たシンプルな方のサロン。見るからにシェフの恰好をした男性が待っていました。枯草色の髪に、芥子の瞳。愛想の無さは今まで会った人の中でトップですね。でも敵意とか悪意は感じないので、普段からこんな感じなのかな。私が来たのを見て、席を立って会釈しました。
「待たせてごめんね」
「いえ、こちらこそ急に押しかけてしまって申し訳ございません。お時間を取っていただき、ありがとうございます」
「いいの、どうせ暇だったし」
座るように言って、相対します。確かに、先週押しかけて来た彼よりは弁えてる人ですね。同い年くらいでしょうけれど、彼より感じはいいです。ちょっと淡々としてる感じが冷たさを感じますけれど。リリーの方がもうちょっと愛想あるというか、感情が表に出にくいだけでわかりやすいから可愛げがあるというか。感情が出てこないというよりは、あんまりないって感じです。興味あること以外、淡泊な人っていうのはいますけれど、それが極端になるとこうなるんですかね。
「名前は?」
「ラルス・ヴァン・ダルセンといいます」
「ダルセンは子爵だったっけ。確か、貴族街でレストランを経営してるんだよね」
「ええ、よくご存じで」
「一応、この屋敷で働いてる人たちの情報は貰ってるから。全員を覚えてるわけでもないけれどね」
先週の彼の名前なんかもう忘れちゃいましたしね。どうでもいいと思った人間の名前ほど覚えられないものもないです。それも失礼な話とは思いますけれどね。
「それで、用件は?」
「異邦の料理を教えてほしいのです」
「私、そこまで食に興味ないから、教えられるものなんて大したものじゃないよ」
「それでもです。自分はこの世界の料理を不味いと思っていますから」
うーん、直球。まぁ、いくらそれが標準とは言っても、あの生活習慣病になると思うような味付けを苦手とする人はいるでしょう。それを変えたいと思ってたと取っていいんですかね、これは。
「その話を私のところに持って来た理由は? 他のみんなもやらないだけで、料理自体はできるし、簡単なレシピを教えるくらいはできるよ」
「あの日、アレン様が作った料理一つで城の料理事情が大きく変わりました。それにご自身も料理をなさるでしょう。ダーヴィトからも聞きました。ヤツはあまり認めた様子はありませんでしたが」
「1年目のシェフの方がマシなもの作るのは確かにそうだろうからね。他のみんなは食堂で提供されるものを食べてるだけから、料理に関しての話をするには信用できないってこと?」
「はい」
うーん、直球……。いや、今のは私の聞き方の問題ですね。明香里と成美が料理しないっていうのは前に話してましたし、美雨たちもやってもらうこと前提の生活スタイルなわけですし。私も大して変わらないと思いますけれど、続けてることに違いはないってことですね。
「確かに、城の料理の味が落ち着いたのは事実だね」
「はい。でもそれは城の中限定のもので、学園にさえまだレシピが行っていません」
「レシピを教えてほしいって言ってるのは一部だけってことか……。ラルスはそれを変えたいってこと?」
「城の中だけにとどまっているのは、異邦の方が今まで自分たちが作って来た料理を食さなかったからです」
「異邦人用にカスタムしただけであって、広める程のものではないと思われてるわけか」
「味がしないと苦情が出ても困りますから。実家のレストランでも今まで通りの料理が提供されています」
「まぁ、慣れだよね」
完全に感覚がマヒしてるって話なんですけれど。光代さんたち、なんでなにも言わなかったんでしょうかね。戦時中の人だから、食べられるだけありがたかったのかな。真っ先に文句付けた私たちは恵まれてる時代の人間だったということか……。まぁ、ともあれ、やりたいことはわかりました。
「ラルスは料理、好き?」
「じゃなかったら仕事にしていません。そのために跡継ぎを押し付ける相手を、姉に取ってもらいました」
「家を捨てていいほどっていうのも中々過激だねぇ」
確か末っ子長男だったと思います。4人姉がいての待望の男の子だっただろうに。まぁ、代わりに婿が来てくれたって言うのなら、家は困らないからいいんでしょうけれど。そこまでできるって言うなら、いいでしょう。
「異邦にはね、料理研究家っていう職業がちゃんとあったの」
「料理自体、研究対象ということですか」
「そう。いろんな目的で、いろんな場面に合わせて、いろんなレシピを考えるの。貴族に振舞うような料理を平民が作れるように工夫したり、逆もまた然り。別の国の料理を、自分の国でも再現できるようにしたり、それを元にまた新しい料理を生み出したりもしてたかな」
不愛想ながら、その目には好奇心が宿っているのがわかります。家を捨てる覚悟さえ持ってシェフの道を進んだのは、自分の手で美味しい料理を作りたかったからでしょうね。でも、どうしたら美味しいと思えるものを作れるかわからなかったし、それは仕事に含まれてもいなかった。そもそも、料理を研究しようという発想すらなかったんでしょうね。
「できる?」
「やります」
即答。散々迷い倒したエドガーと真逆ですね。可笑しくて笑っちゃいます。
「いい返事。いいね、気に入った。シルヴィア、ハロルド呼んで」
「かしこまりました」
ちょっと楽しそうにシルヴィアは一礼して部屋を出て行きます。それのラルスは不思議そうな顔をしました。何の関係があるのかと思ってるみたいです。
「知ってる? 私の直属の部署」
「ええ、噂程度ですが。様々な分野の人間がいて、雑多なことをしていると」
「言い方ぁ。まぁその通りなんだけどさ。フラーディアって言うの」
「はぁ……。それが、今の話とどう関係が?」
「ラルスもフラーディアにおいでって話。料理研究家として、必要になる資材やら何やらは全部用意するし、私が知り得る異邦の料理についてのことは全部教えてあげる。ラルスの研究を発表する機会だって作るし、レシピを広める為の手段も考えよう。私もこの世界の料理事情は良くなった方がいいと思ってたから。手伝えるなら、最大限の支援をするよ。生涯雇用は保証するし、もし独立してレストラン出したいとか言うなら、それもまた歓迎する。どう? 悪い話じゃないでしょ?」
「……破格すぎるくらいです。別の魂胆があるんじゃないかと疑いたいくらい」
「あるとすれば、美味しいこの世界の料理が食べたいってところかな」
「食に興味はないのでは」
「興味がないだけで美味しいものは食べたいよ」
言いながら笑っていれば、ハロルドがやってきました。シルヴィアはブラッドに伝えに行ってくれたみたいですね。流石、仕事のできる侍女です。
「急にごめんね。話、どこまで聞いてる?」
「シェフを一人、引き抜きたいと伺っております。彼ですか?」
「そう。急な話で申し訳ないんだけど、今からフラーディアに入ってもらえるようにしてくれる?」
「かしこまりました。手配しておきます。噂には聞いておりましたが、本当にどこからでも引き抜かれるのですね」
「いいと思ったことは惜しまないって決めたから」
ちょっと呆れが混じっているように見えます。まぁ、異邦人じゃなかったら許されない横暴なんでしょうね。引き抜くにもそれなりに準備とかあるでしょうし。それを昨日の今日どころかその日の内に決めてしまって、数日の内に諸々の手続きを丸投げするんですから、いい迷惑もいいところでしょう。まぁ、許されるから異邦人って立場って有難いなぁと思います。過去の異邦人たちには感謝してもし切れませんね。
手続きをするって言ったハロルドを見送って、紅茶を飲み干します。
「じゃ、行こうか」
「どこへ?」
「そりゃ、料理しに。お昼までに、思いつく限りのレシピ教えてあげる」
「わかりました」
素直というか、チョロいというか。それだけ料理が好きなんですね。この不愛想って、美味しくないごはんへの不満が続いてる結果なんでしょうか。もしそうだとして、美味しいごはんをたくさん作れるようになって、国中に広まったときに、ラルスがどんな表情をするかはちょっと楽しみです。ごはんが美味しいとか、美味しくないとか、結構気分に直結しますからね。機嫌よく、楽しく料理ができるように、私も最大限の支援をしましょう。美味しいごはんは食べたいしね。
よかったら評価とかブクマとか、リアクションとか押してやってくだせぇ(ゴマスリ




