第七十三話:異世界の社会制度にはほとほと嫌気が差します。
皆さまはギャップ萌え、する方ですか?
わたくしはそりゃもう、ものの見事に落差でぶん殴られて沼に落ちるタイプです。
男性キャラだと「クソガキムーブかますけど理性が頑強」と「飄々とした昼行燈だけど、ここぞでは強いおじさん」。
女性キャラだと「いつでも明るく振舞ってるけど泣き虫」と「穏やかに見えて絶対譲れないものに対する情熱だけは手放さない頑固者」。
そういうキャラいたら教えてください。
問題があるとすれば魔力の強さの違いだけで、性格的な相性は全く問題ないようです。甘えるミヅキにセイカも満更ではない様子。なんだか兄妹みたいに見えてきます。セイカも私を主人として認めてくれてるみたいで、問題なく言うこと聞いてくれます。カイは相変わらずの塩対応ですけれど、ノアは積極的に構っていて、シルヴィアと一緒にご飯を用意したりもしてくれるようになりました。心配するようなことは今のところ何もない、と言っていいでしょう。
何事もなく数日が過ぎて、客が来たと報告がありました。午後のマナー講座をお休みして、フラーディアのオフィスに向かいます。待っていたのは、全体的に赤い印象の怖い顔をした男性。
「お久しぶりですね、ノイラートさん」
「……お久しぶりです、アレン様」
頭を下げたのに顔を上げるように言って、正面に座ります。緊張しているのか、睨むように見てきます。まぁ、仕方ないでしょう。こういう癖ってわかってても抜けるものではないですし。
「押しかけるような形になってしまって、申し訳ございません」
「いえ、こちらは問題ないですよ。それで、今日はどうされました?」
「以前、フラーディアに所属しないかとお声がけいただいたのに、お返事をしようと思って来ました」
思ったよりも直球で来ました。こういう潔さはあるんですね。いや、だからずっと返事を保留にできたっていうのはあるか。こちらがいくら選択の余地を残したんだとしても、立場的に断れるわけもないわけですから。緋色の瞳が真っすぐにこっちを見ています。
「聞かせてください」
こちらも見つめ返します。ノイラートさんは一つ深呼吸してから答えました。
「ぼくを、ここに置いてください」
笑っちゃうくらい、怖い顔。何もそんなに睨まなくてもいいのに。あまりの睨みっぷりに、堪えきれなくて本当に笑っちゃいました。ノイラートさんはどうして笑われたのかわかってない顔です。そりゃそうでしょう。真剣な話をしてるのに、正直、失礼どころの話じゃありません。
「すみません。あまりに怖い顔をしてるものですから」
「え……、そ、そんなに、怖い顔、してました……?」
「親の仇でも前にしてるみたいでしたよ。ねぇ?」
「泣く子も黙るほどでしたね」
一応、控えてたエルネストに振れば、冗談交じりに返してきました。自覚があるのか、ノイラートさんは萎れながら「すみませんでした」って謝って来ます。
「謝らなくていいですよ。それだけ真剣だってわかりましたから。むしろ、私の方が笑ってしまってすみませんでした」
「い、いえ……。もう少し愛想をよくしろとは、よく言われていたので……」
「私は嫌いじゃないですよ、その顔」
「……きょ、恐縮です」
逆に縮こまっちゃいました。こういうこと言われたこと、きっとないんですね。それもまた可笑しく思っちゃいますけれど、あまり笑ってると失礼が過ぎますね。話を戻します。
「ともあれ、この場所に来るというのは大きな決断だったでしょう」
「……そう、ですね。本当は、諦めようと思ったんです。家具作り」
「どうしてですか?」
踏み込んでいいものかは迷いますけれど、吐き出した方が良いこともあります。話さないならそれまでですが、ノイラートさんは語る方を選ぶようです。
「身の上話を、先に聞いていただけますか」
ひとつ前置きします。緊張はありますけれど、一番大きな話が片付いているからすんなりですね。それとも、置いてもらうなら話さなければならないと思っていたんでしょうか。促せば、緊張を滲ませながらノイラートさんは続けます。
「元は、第七地区と呼ばれる場所にいました。王都のスラムです」
「ノイラートの姓は会長に貰ったものだったんですか?」
「……いえ、咄嗟の嘘です。昔から、手先だけは器用で、盗みを繰り返して生きてました。偶々、上質な服を手に入れた時に、冷やかし半分で工房街に出ました。あわよくば、あそこを抜け出せたらいいと。そこで手先の器用さを会長に見込まれて、商会に入れてもらえたんです。7年ほど前の話です」
「その時にノイラートを名乗ったから、潜り込めたということですか」
「はい。……その時に気付いていればよかったんでしょうね。どんなに平民のフリをしてもやっぱりぼくはスラム出身だと、職人たちの中で過ごすうちに痛感しました。会長はきっと、そんなことも気にしてなかっただけの話で、身分に囚われなかったわけではない」
「それでも拾ってもらえたというのは事実だったでしょうから、恩義を感じて当然の話だと思いますよ。感謝を否定する理由にはなりません」
「……ありがとうございます。そうですね、お陰で、本当に平民にはなれましたから。当たり前に人々が暮らす中に、当たり前に融け込めている。それだけは本当に感謝してます」
少しだけ表情が緩んで、でもすぐに陰りました。落ちた視線が、両手を見つめています。そこに何を見ているかはわかりませんけれど、盗みしか出来なかった手が何かを生み出すことは、純粋に嬉しかったんでしょう。だから心から好きだと思ったし、続けたかった。平民としての振る舞いも必死になって身に着けたんでしょうね。7年という歳月は、決して短くない。
「おれは、会長が拾ってくれなければ家具作りの道さえなかった。だから、できるならあの人に恩を返したかった。でも、会長の方はおれの名前や顔どころか、存在さえ覚えてなかったんです。『覚える意味なんてない』って。それを聞いてなんだか、莫迦らしくなってしまって」
まぁ、認識が双方にあるかどうかなんて、顔を合わせないとわからないことですからね。拾ってもらった方が恩義を感じてても、拾った方が確実に覚えてる保証はありません。あの会長にとって平民の職人なんて、歯車の一つでしかなかったんでしょう。機械の中身のパーツを、一つ一つ覚えてる人間なんてそうそういません。それが人間であるという意識がないと、ああなるんですよね。嫌な話だ。
だとしても、その中で必死にやってきて、営業に出されるくらいにまで平民としての処世術を身につけたのだから、本当にすごいと思います。器用なのは手先だけじゃないみたいですね。
「だから、いただいた封書も燃やしてしまおうと思いました。でも、できなかった」
「諦めきれなかった?」
「はい。辞めようと思っても、辞められなかったんです。気づいたら、家具のことを考えてて、作りたくて仕方なくて。……アレン様は、こうなることを知っていたんですね」
「心から好きだと思うものを諦めるなんて、そう簡単にできることじゃない、ということは確かに知っていましたね。誰もが選び取れる道とは限らないので、諦めてしまえるならそれまでとは思っていましたが」
全部を見透かしてたわけではないんですけれどね。諦めたことを後悔する姿を見たくはないと思っただけなんですけれど。でも、それがこうやって、ちゃんと彼の生きる力として残ったのはよかったと思います。ノイラートさんは周りを気にするように視線を動かしました。他のみんながどういう反応をするのか気になるみたいです。
「後だしで申し訳ないのですが、こういう身の上です。置いて欲しいとは言いましたが、無理にとは言いません」
「こちらからスカウトして、スラム出身だからやっぱりなし、とはなりませんよ」
「……ですが」
「私自身が家名なしですよ。気にするのなら、出自ではなくその気持ちです。好きだと思うものに真っ直ぐ向き合えるかどうか。私たちの判断基準は、それだけです」
笑って見せれば、ノイラートさんは黙ります。ウロウロと彷徨う視線の先で、みんなが微笑みます。歓迎の空気ですね。好きなことを簡単に諦めない人だと、わかったのなら排斥する理由もありません。出自や身分を気にするなら、最初から封書も渡してませんし。
「諦めないでくれて、ありがとう。ようこそ、私たちの夢を叶える場所、フラーディアへ」
真っ直ぐに歓迎を口にします。それに戸惑ったような顔をして、でも、大きく深呼吸してから勢いよく頭を下げました。
「これからよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくね、エドガー」
顔を上げたエドガーはやっと怖い顔じゃなくなりました。緊張が解けたんですね。緊張すると顔が怖くなるのはスラムにいた頃の処世術かもしれないですね。警戒を出さないと何をされるかわかったものじゃなかった。今、エドガーが私と同じくらいなら、拾ってもらったのは14、5歳の頃でしょう。自然と身についたものなら、きっとなくなることもない三つ子の魂百までってやつですね。
一通りの自己紹介と状況を説明します。あと、確認しなきゃならないこともありますね。
「商会に頼んだ作業机、どうなったか知ってる?」
「すみません、手を離れたあとに商会が解体になって……」
「どうなったかわからない、と」
商会が解体になったのがいつなのかわかりませんけれど、なんの連絡もないということは忘れられているか、相変わらずの家名なしで放り出されたかのどっちかですね。まぁ、既に苦情を入れられる場所もなくなってしまったので、泣き寝入り一択ですけれど……。
「専用で頼んだものだったから、ちょっと困るよね」
「寄付のもので賄えてはいますけど、使い勝手がいいわけではないのは確かですわね」
「一時しのぎたったのは確か。わたしも作業机が来るの、楽しみだった」
「必要な機能がなくて、少し、困ってます……。あの、改めて、お願いできませんか……?」
「もちろん。むしろ自分で作りたかったので、願ってもないです」
即答でしたね。頭の中に設計図もあれば、作業手順もあるんでしょう。頼もしい限りですね。一先ず設計図を引き直すと言ったエドガーに、エルネストが待ったを掛けました。
「商会に残っていたものは警備隊の方で保管していたはずです。その中にエドガー殿が残したものがあれば、引き取ってこれるかもしれないです。まだ処分される前のはずなので、今から赴けば間に合うかと」
「なら、ボクもいっしょに行きましょう。商会の調査結果の確認だという名目で」
「えっ」
スヴァンテ様が当たり前に声を上げたのに、エドガーが目を丸くします。慣れるまでどれくらいかかるかなぁ、なんてちょっと可笑しく思います。私が口を挟む間もなく話はまとまっていきます。困惑しっぱなしのエドガーを引っ張る形で、男たちが部屋を出て行きました。そのまま引き取って持ち込む気満々ってことですね。それを見送れば、クスクスと笑う声がします。
「そんなに笑ってあげないの」
「アレン様も人のこと言えない」
「面白がってるわけじゃないよ」
「私たちもですよ。でも、見事な困惑っぷりでしたねぇ」
「殿下がいらっしゃると、緊張しちゃいますよ。私は気持ち、少しわかります」
「そうね。慣れてくれるまでどれくらいかかるかしらねぇ」
「しばらくはかかると思います」
女性陣で笑っていれば、カイとノアが首を傾げました。
「何がそんなに面白いんだよ」
「面白いんじゃなくてね、可愛いなぁって思ってるの」
「……どこが?」
「こわいかおしてた」
「顔は可愛くないけどね」
失礼かもしれませんけれど。でも事実として強面なんですよね。それがあんな仔犬みたいなムーブかますんですから、可愛い以外の感想はないです。
「こういうのを異邦ではギャップ萌えって言うの」
「落差にキュンとしちゃうのは、世界が違っても同じなんですね」
コンチータが可笑しそうに言います。カイとノアはやっぱりピンとこないみたいです。まぁ、それもいろいろ見ていったらその内わかることでしょう。
「わかるようになったときにわかればいいよ」
「またそういうこと言う……」
納得しない顔をしたカイを、カタリナとコンチータが宥め始めました。ノアは考えるのを放棄したようで、ミヅキとセイカを構い始めます。リリーが一緒に相手をし始めて、シルヴァは残された茶器を片付け始めます。
「新しく仲間が増えてくれるのは嬉しいですわね」
「うん、とっても!」
微笑ましそうに言ったメリッサに力いっぱい頷けば、同じように楽しそうに笑いました。




