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異世界賛歌~貧乏くじ聖女の異世界革命記~  作者: ArenLowvally
あまりにも、よくある話。
7/79

第六話:異世界の一日が始まりました。

作詞の才能が欲しい今日この頃です。

普段聞いている音楽たちの詩を書いてる人達は、何を食べて生きてるんでしょうね?

どうしたらあんな素敵な言葉達になるのか頭の中を覗いてみたいです。

 

 目が覚めて、ふっかふかの布団であることに昨日の出来事が夢では無い事を確信しました。同時にやっぱり元の世界には帰れないのかと現実を見る事にもなりましたが。そこはグダグダ言っても仕方ありませんし、割り切る事にします。改めて今日から、この世界で生きることを考えて行きましょう。

 まだ眠たいですが二度寝する気にはならないのでベッドから降ります。寝るのが早かったから、起きるのも早くなったみたいですね。窓の外の空は白んできているところです。バルコニーに出てみれば、肌寒かったです。慌ててクローゼットからパーカーを探し出して羽織りました。

 改めてバルコニーに出て街並みを見下ろしてみると、凄く壮観です。お城は少し高い位置にあるのかな。上層の部屋だっていうのもあって、眼下に広がる町並みはまるでジオラマです。それが朝日に少しずつ照らされて行く様が美しい。日の出なんて、いつ以来だろう。いや、まず日の出の時間に起きた試しがないから初めてだ。こんなに奇麗な景色が見れるなら、毎日頑張って早起きしてもいいかもしれない。気力の問題はありますけれどね。結局は私も、自堕落気味な大学生なわけですし。まぁ、もう大学生なんて身分もなくなったから、考える事でも無いですかね。


「贅沢な時間」


 ぼんやりとする時間はいいですね。教会の鐘の音が聞こえてきます。ああ、完全に日が昇って、人の営みが始まるんだ。気分よく歌い出せば、すっきりと目も覚めます。


「ハロー、ハロー 今日が始まるよ

 昨日を超えた目映い世界だ

 怖くはないよ すべてが味方なんだ」


 流行りのJ-POPだった、明るく前向きな曲。有り触れた賛歌だけれど今の気分には丁度いいです。


「ここがどこでも関係ない わたしがわたしであるのなら

 まっさらな世界を翔けて行け それは確かに生きること

 だから さぁ、行こうか」


 感傷に浸ってるっぽく、自己陶酔するのも捗りますね。誰かに見られてたら恥ずかしいですが。流石に冷えて来たので部屋に戻りましょう。

 ええ、ばっちりそこにメイドさんと騎士様がいましたね。フラグ回収、お疲れ様です。


「……い、いつから、そこに?」

「えぇっと……、つい、先ほどです」

「そうですか、忘れて頂けると幸いです。本当に恥ずかしい所をお見せしましたどうか忘れてください!」


 油断した!!!!!! そうだよね!!!! 日が昇ったらお仕事開始って昨日言ってたもんね!!!!!! わああああああ、顔が熱い!!!


「とても素敵なお歌でしたよ! 恥ずかしいなんてことないです!」

「フォロー、ありがとうございます……。いえ、下手の横好きに毛が生えたレベルのものを無理に褒めて頂かなくても大丈夫ですよ……」

「そんなことありません!」


 メイドさんが一生懸命にフォローしてくれます。ああ、これは平行線になるやつだ。謙遜に誉め言葉は意味をなさないし逆もまた然り。ここは私が折れておこう。メイドさんは何も悪くないのですから。


「ありがとうございます、そう言っていただけると、とても嬉しいです」

「はい!」


 満面の笑みが眩しい……。純粋な方なんですね。昨日のメイドさんとは大違いです。いやいや、比べちゃ失礼ですね。彼女は仕事熱心な方なんですから。


「改めまして、アレンと呼んでください。本日は一日、宜しくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。シルヴィア・クラインと言います」


 丁寧な礼をしたメイドさん。白い髪のお下げとピンクの瞳が特徴的です。可愛らしい顔立ちはまだ幼さが残る顔つき。私よりも年下の子であることには違いなさそうです。


「シルヴィアさんですね。エルネストさんは、二日連続ですね。交代で、という話ではありませんでしたっけ」

「そのはずなんですけれど……。色々と事情がありまして」


 苦笑しながらエルネストさんは言いました。事情、はきっと私情かな。一時でも私に仕えるのは嫌だっていう。そこまで嫌われるようなことをした覚えは無いんですけれど……。やっぱり他の皆への好感度が高いだけかな。昨日の振る舞いを思い返しますが、心当たりはないですね。皆と大きく違わないと思います。あ、いや、ラングハインさんに直談判に行ったのが悪かったかな。お客様扱いに調子に乗りやがってと思われたのかも。


「貧乏くじ引かされたわけですか」

「そういうわけではありません。どうか、お気になさらず。私はアレン様にお仕えできて光栄に思っていますから」

「お世辞でも嬉しいです。では、エルネストさん。本日もまた、宜しくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 折り目正しい礼をしたエルネストさんは、準備ができるまで廊下にいると言って部屋を出ました。


「では、先ずは湯浴みしましょう。その後、お召し物を変えて、御髪を整えますね」

「はい、お願いします」


 てきぱきと準備をするシルヴィアさん。お城でメイドさんの仕事をしているだけはありますね。明るくて素直だし、笑顔が素敵で可愛い子だし。超優良物件じゃないですか。平民っていう理由で、彼女も貧乏くじ引かされたのかな。身分制度の闇ですね。でもそれを外から来た私達がとやかく言っても仕方ないのでしょう。その身分制度のお陰で、こうしていい思いさせて貰ってるわけですし。

 準備が出来たと声を掛けられて朝風呂です。適当に顔を洗って済ませていた昨日までとは全然違いますね。ゆっくり朝風呂に浸かるなんて、これも人生初かも。家を出るギリギリまで寝てたからなぁ。温めのお湯が心地好くて、二度寝してしまいそうになります。シルヴィアさんは髪を洗ってくれるそうで、付いてきました。昨日は初日だったから気を遣ってくれたんだろうけれど、今日からは少しずつでも慣れて行かないといけませんね。市井に下るなら、慣れる必要もないけれど。でも一時の贅沢は許されるのかな。


「湯加減はいかがですか?」

「心地いいです。このまま寝てしまいそうなくらい」

「ふふっ、それならよかったです。本当に寝ちゃわないでくださいね」


 ニコニコと笑うシルヴィアさん。機嫌良さそうに髪を洗ってくれています。長いから洗い甲斐があるんでしょうか。でも、手入れされてない髪だからなぁ。


「傷んでて、酷い物でしょう?」

「へ? あ、そ、そんなことないですよ! 長くてきれいだと思います」

「お世辞はいいですよ。手入れなんてしたことありませんから」

「た、確かに……、ちょっと痛んでるみたいですけれど、でもこれくらいなら魔法も利用して、1週間くらいで良くなります」

「魔法で髪のダメージもどうにかできるものなんですか?」

「魔法でというよりは、トリートメントやリンスの馴染みを良くして、効果を促す為に魔法を使うっていう感じですね」

「へぇ、魔法にはいろんな使い方があるんですね。戦ったり、怪我や病気を癒すだけじゃなくて」

「戦闘が中心の人だと、そう言った使い方が中心になりますが、そういうのと無縁だといかに生活に役立てるかです。いろんな用途に使われるんですよ」

「そうなんですね。勉強になります」


 ある程度なら突拍子の無い事に魔法を使っても驚かれなさそうです。スマホの充電ができたらいいなって思ったけれど、実際に出来る見込みが出ましたね。魔法の使い方を学んで、なれたら実際にやってみましょう。それがいつの事になるかはわかりませんが。

 暫く湯船に浸かってゆっくりして、上がったら用意された衣装に着替えます。本来ならその人の趣味に合ったものを事前に用意する筈だったらしいのですが、まぁご存じの通りなので、幾つかのパターンの衣装が用意されていました。フリルのあしらわれた可愛らしいドレスっぽいものから、地味でシンプルなデザインのワンピースまで。一応、昨日来ていた服装からある程度の候補は絞られていたらしいですが、万一ということで趣味から外れているものも何着かあるそうです。もう、好待遇であることには驚きませんよ。一々驚いていたらやってられない事は学習しましたから。それでも、こんなにいいのかと恐縮してしまう気持ちはありますが。


「こっちのワンピースにします」

「畏まりました。それなら、この色のストールがお似合いになるかと思います」


 ストールは首に巻くようなタイプじゃなくて、肩に掛ける大きい奴ですね。淑女が品よく腕に引っ掛けてそうな奴です。服の組み合わせはもうばっちりなんですけれど、それを自分が着るとなると萎縮してしまいます。高級感あふれる衣装な時点で似合うかどうかなのに、服に着られてるなんてなったら目も当てられないでしょう。まぁ、着替えなければお話にならないので、着替えますけれど。シルヴィアさんに手伝ってもらって、調整しながら着ます。人の手を借りながら着替えるなんて幼年期以来ですよ。


「できました! よくお似合いですよ」


 シルヴィアさんは満足げな顔です。恐る恐る姿見を覗いてみれば、確かに思っていたよりは酷くはありません。裾に向かってグラデーションがかかる淡い色のワンピースは、腰回りに回した濃い色のリボンでメリハリがついています。首回りのレースがしゃれていて、シンプルさによる寂しさはありません。胸元にもう少しふくらみがあれば、もっと見ごたえのある衣装でしょうね。悲しくないやい。まぁ、総評としては馬子にも衣裳です。


「似合ってますかね。だったらよかった、ありがとうございます」

「いえ、お礼はいいですよ。御髪を整えますね、どんな髪型にしましょうか」

「それじゃあ、お任せします。おしゃれのセンスは本当にないので」

「畏まりました、お任せください!」


 気合を入れた表情のシルヴィアさんに促されてドレッサーの前に座ります。やることもないので、鏡に映るシルヴィアさんの様子を観察しましょう。本当に楽しそうに髪を弄ってます。編み込みにするつもりなのかな。少しずつ髪を取りながら編んでいるのが感覚でわかります。そんな手間のかかった髪型、したことないなぁ。三つ編みするか、ポニーテールにするか、そのままにするかの三択しかなかったからなぁ。小学生の頃にはお母さんに幾らか結んでもらったけれど。懐かしい思い出です。


「できました」


 少し待てば、シルヴィアさんが笑顔で言いました。鏡に映る自分を見ると、とても素敵な髪型になっています。編み込みを入れたハーフアップに、多面カットの鮮やかな青色をした宝石の付いたシルバーのアクセサリーが付いています。ワンピースに合わせた銀と青がいい感じに調和を取っています。この恰好を美人さんがしていたら語彙力を駆使して褒め称えたでしょう。自分がしている恰好と思うと、何とも不思議です。似合ってると自分で思うのは自惚れですよね。


「おお、早い。それに凄く素敵。ありがとうございます」

「お礼なんていいですよ。メイクもしましょう」

「あ、いえ、折角なんですけれど、メイクは大丈夫です。臭いが駄目で、メイクをすると具合悪くなるんです」

「そうなんですか? それじゃあ、支度はこれで終わりにしましょう」

「はい。すみません、わがままを」

「大丈夫ですよ、メイクも大事ですけれど、体調管理はもっと大事ですから」


 理解を示してくれるなんて、シルヴィアさんはものすごくいい人みたいです。メイクをしなきゃ恰好付かないに決まってるのに。した方がいいとはわかってますよ。でも気持ち悪さを抱えたくはないじゃないですか。すっぴんに自信がある訳でもないですし、手入れも怠ってましたけれどね。でもどうしても駄目だったんですよ。とやかく言わないでください。

 とりあえずこれで支度が終わったので、朝食を食べる為に食堂へ向かいます。世界が動き出してすぐだからか、まだ廊下に人影は少ないですね。食堂にはまだ誰も居ませんでした。朝早いから、まだ誰も起きてないんでしょうね。どれくらいで起きだしてくるかな。メイドさん達に起こされるのかな。あまりだらしない事はして欲しくないですが、普段の生活は突然変えられるものじゃありませんし。頑張ってくれとだけ願っておきましょう。大人しく待つこと、30分くらいでしょうかね。誰も来ないので先に朝食を頂くことにしました。


「他の皆様はまだお休みになってるんでしょうか」

「私が早く起き過ぎただけですよ。元の世界では、日の出から2,3時間くらい経ってから起き出すのが普通ですから。代わりに陽が沈んでからの時間も長いんです」

「そんなところまで違ったりするんですね」


 不思議そうにシルヴィアさんが言います。魔法で明かりを確保できるなら、この世界ももう少し活動時間が変わるでしょう。でも夜間に昼間のような明るさを確保できるからこそ、活動時間がバグるんですよね。文化的な生活に明かりは必要ですけれど、日の出から日の入りまで、という自然に従うのも悪くはないかもしれません。活動時間そのものは、どちらの世界も大きく変わらないようですし。日の出ている間が活動時間に最適な長さなら、夜を無理に明るくする必要もないのでしょう。

 用意された朝食に手を合わせて一人で食べます。特に寂しいとかは言いませんが、脇に人が控えている状態で食べるのは何とも言えない緊張感がありますね。見られながらというのがなんというか、ちょっと気恥ずかしいです。やっぱり、皆が起きるまで待ってた方が良かったかな。半分くらい食べたところでラングハインさんがやって来ました。


「おはようございます、アレン様。本日の朝食はいかがでしょう?」

「とても美味しいです。ちょっとだけ味が濃い気もしますけれど、個人の好みの範疇ですかね」

「なるほど、参考にさせて頂きます。昨日、仕事が終わったあとに料理に関する書物を漁ってみました。昔の異邦の方が遺したレシピなのですが、それには調味料がスプーン一杯の単位で記されていまして、なぜ今まで気づかなかったのかと恥ずかしくなりました」


 本当に恥ずかしそうにラングハインさんは言います。

 味が付いているものが料理とする風潮で、読み書きが出来ない人が厨房に半数以上いたとしたら、起こり得る現象かな。レシピを読めない人に、口頭で説明して、代替わりするうちに使う調味料の量が増えて行った、とか。普通、あんなにしょっぱかったら可笑しいと思うのでしょうけれど、味が付いているものが料理なのだから、味を付ける為に調味料は使用しなければならないと考えるのは自然でしょう。だから薄くしようと思っても人前に出す手前、味が付かなくなるのを恐れて薄味にしようとも思わなくなる。伝統としてそれが受け継がれたのなら、やっぱり必然ですね。

 その伝統を、いとも容易くなげうったラングハインさんは思い切りがよすぎるとも思いますけれど。伝統より、変革を起こす異邦人の言葉の方が重視されるのかな。そうやって発展した世界だから。異邦人のアドバイスには耳を傾けるべき、という考えがあるのかもしれません。前回の召喚で来た異邦人は、料理に全然興味を示さなかったのかな……。


「どれくらい昔の話なのかわかりませんけれど、時間の流れによる変化でしょうね。後世に技術や伝統を正しく伝えるのも難しいですから」

「そうですね。私もそろそろ引退を考えていたのですが、この味を正しく伝える為にはまだ頑張らないといけませんね」


 可笑しそうに笑い、ラングハインさんは仕事に戻ると言って食堂を出て行きました。料理の味についての意見が聞きたかったんですね。専門家じゃないので、あまり意見を求められても困るんだけどなぁ……。私好みになっても仕方ないですよ、レシピ見ながら研究してくださいね。なんて届かない祈りをしつつ、残りを食べます。

 奇麗に平らげて手を合わせたところで成美がやってきました。眠たそう、というよりは不満げな顔です。彼女が着ている深い赤色をしたワンピースが原因かな。ドレスのようにも見えるデザインが彼女の趣味とは僅かにずれているな、という印象。成美はボーイッシュな趣味なので、パンツスタイルを好みます。だからワンピースというのがそもそも趣味じゃないんだろうな。仕立てたメイドさん達のお陰で、もちろん似合ってますよ。趣味じゃないから、本人は面白くなさそうな顔をしているだけで。


「おはよう、成美」

「おはよ。アレンはもう朝ごはん食べちゃったの」

「うん、皆遅いから、待ってる時間も勿体なくてさ」

「ふうん、美味しかった?」

「美味しかったよ。昔のレシピ引っ張り出して、研究進めてるんだって」

「へぇ」


 正面の席に成美が座れば、直ぐに支度が始まります。てきぱきと整えられていく様は、何度見ても鮮やか。……メイドさんの一人に睨まれました。ジロジロ見るのは失礼だったかな。


「アレンは今日、図書室見に行くって言ってたっけ」

「うん。成美はどうするの?」

「んー……、図書室は昨日見ちゃったのよね」

「じゃあ、中庭に行ってみたら? 第三庭園には自由に入れるみたいだし」

「ああ、中庭ね。確かに昨日は行かなかったわね。そうするわ」


 納得した顔はしてませんが、他にやることも思い付かない様子。そう言えば私は昨日、誰とも一緒に見て回りませんでしたね。わざわざ連れ立って歩き回る必要性を感じないので、気にしませんでしたが。成美は私と一緒にお城の探索したいのかな。


「午後から、どこか一緒に見て回る? 騎士団の方とか、行ってないんだよね」

「ああ、うん、いいわよ。馬小屋もあったって昨日、宗士が言ってて、あたしも気になってたのよね」

「じゃあ、お昼食べたら一緒に行こうか」


 機嫌良く返事をした成美は、朝食を食べ始めました。予定が決まれば行動は決まります。まずは図書室を堪能する為に目的地に向かいましょう。


「私、図書室見に行くから。また後でね」

「え、せめて明香里か隼来るまで待っててよ。ここで一人にされても困るんだけど」

「2人もいつ来るかわからないでしょ……。まぁ、うん。わかった。誰か来るか、食べ終わるまで待ってるよ」


 確かにさっき一人で食べてて気まずかったのでね。それくらいの気遣いはしないといけませんよね。気持ちは十分すぎる程にわかるので大人しく座り直します。


「よく眠れた?」

「うん。っていうか、やること無さすぎて気づいたら寝てたわ。スマホ意味ないし、タブレットもないし」

「なるほどね。荷物もあの魔法陣の内側にあったのにね」

「ま、あったとしてもネットに繋がるとは思えないから別に構わないわ。イベント回し切れなかったのだけが心残りよ」

「あはは、わかる。私も、今日からの推しイベあったもん」


 会話をしていると、シルヴィアさんが紅茶を淹れてくれました。相も変わらず渋いお味。料理と同じ様に味を重視してるなら、淹れ方を少し変えればもっと美味しいお茶に出来るはず。時間がある時にでも言ってみようかな。


「あの王子様、本当に余計なことしてくれたわよね」

「未練がソシャゲっていうのもお粗末じゃない?」

「それ以外に惜しいと思うものないもの。自立したら目いっぱい推しに貢ぐつもりだったのに」

「そっかぁ、自立の目標は達成した様なものだもんね」

「まさか世界超えての自立になるなんて思わなかったわね。お世話係がいるから、れっきとした自立にはなってないけれど」

「まぁ、今はまだお客さんだから。それにメイドさん達はそれが仕事なわけだし」

「わかってるわよ、それくらい」


 投げやりに言って、成美はオムレツを口に放り込みました。相変わらず、一口が大きいなぁ。それでも上品に見えるから、親御さんの教育の賜物でしょうね。本人はそれを嫌がってますけれど。嫌だと思うくらい、両親からの干渉が多かったということなんですよね。自立=誰の干渉も受けないこと、だとしたならば確かにメイドさん達の存在も鬱陶しく思っても仕方ないでしょう。干渉の反動で誰も何もしてくれなくていい、と思っている。だったら成美は市井に下るのかな。その方が自由にできるし。


「ごちそうさま。誰も来なかったわね」

「まぁ、予想通りと言えば予想通り」

「そうね。昼まで寝てるつもりかもしれないわ」

「あり得る」


 2人で笑いながら席を立って、食堂を後にします。私は図書室の方へ、成美は中庭に行くのに途中で別れました。シルヴィアさんに改めて案内してもらって図書室に来ました。

 一足踏み込めばがらりと空気が変わります。絨毯の敷かれた床は足音を全て吸収して、人工的な静寂が広い部屋を満たしていました。紙が折り重なった独特の香りが鼻腔をくすぐります。太陽光から本を保護するためか、窓は一切なく。代わりに三階分の天井をぶち抜いた吹き抜けの天井から大きなシャンデリアがつり下がって部屋の中を照らしているようです。暖かなオレンジの光は本を読むのに丁度よさそうですね。すり鉢状になっていて、上の階に行くほど奥へと引っ込む形になっているので、どの階も明かりが行き届いています。並んだ本棚は見えているだけで百を優に超えています。蔵書数はどれくらいかな、確実に万は超えているでしょうね。大学の図書館よりすごいと言っていたのも納得の、圧巻な光景。もう、この場所自体が一つの芸術作品です。素晴らしすぎる。テンション上がる。ええ、自分でもわかってますよ、めっちゃ笑顔なの。物理的に目が輝いていることでしょう。だってこんなに素晴らしい空間なんだもん! 仕方ないじゃん!


「すごいすごい! 本当に素敵! 1週間くらい籠りたい!」


 出来る限り声を殺しますが、離れた所にいる人が何事かとこっちを見ました。ああ、ごめんなさい、五月蠅くするつもりはないんです。でもこの興奮は抑えられません。会釈して誤魔化して、足早に本棚に近づきます。

 背表紙に並んでいる文字は当然のことながら日本語ではありません。英語のような、ドイツ語のような、フランス語のような感じです。でも何が書かれているのかわかります。よくある転移者特典でしょうかね。読めない文字なのに内容がわかるというのはなんだか不思議な感じです。高校の時にこういうチートがあったら勉強も楽だったのになぁ。今更言っても仕方ないことですが。適当に手に取って開いて、ちょっと内容を読んで別の本を手に取る、という風にして色んな棚の本の内容を確認してみます。


「小説、詩、こっちは日記かな。……この辺りは英雄とか聖女の伝記や伝承っぽいな。ファンタジーっぽいのから私小説みたいのまで幅広く揃ってる。1階部分は全部創作物かな。こんなに沢山の物語が溢れてるなんて、平和な証拠だ」


 人材派遣で周辺諸国と外交できるんだから、そりゃ文化が充実するくらい平和ですよね。少なくとも、100年近くは戦争がなかったと見ていいでしょう。世界情勢について調べてみるのはありですね。歴史はあまり得意ではなかったけれど、今の世界情勢は知っておいて損じゃありませんから。

 緩やかにカーブを描く階段を上って、2階にやって来ます。本の内容を確認しながら見て回ると、この階は専門書や資料が主ですね。論文なんかもあります。研究機関、教育機関が発達しているということですね。


「わっ、魔物の図鑑だ。この世界で生きるなら読んでおいた方がいいのかな……」


 中をちょっと見てみると、いかにもモンスターという外見の生物が並んでいます。獣型、植物型、昆虫型、いろんな姿かたちの魔物がいるんですね。不定形というか、邪神みたいなのもいる。サイコロ用意した方がいいのかな、なんて一人で考えて笑ってしまいます。正気度チェックなんていちいちしてらんないでしょうに。更に階段を上がると、透明な壁に阻まれました。


「あれ? あ、ここは一般の立ち入り禁止っていうことかな」


 そう言えば、重要な書物がある区画は立ち入りが制限されてるって言ってましたね。ここから見ても、明らかに魔導書みたいな感じの背表紙が並んでます。ということはこの見えない壁は立ち入りを制限する結界みたいなものですね。魔法で入れる人と入れない人を認識してるのか。科学のセキュリティ技術とどっちが優秀なんだろう。ぐるりと一周、落下防止柵の脇を歩くことだけは出来そうですね。遠巻きに眺めるだけで我慢しますか。

 背表紙だけでも、豪華な装飾がされている本が多いですね。それらは全部魔導書かな。魔法について書かれていて、その内容の保全の為に装飾を魔法陣として劣化を防止する魔法をかけてるとか。あとは、内容の漏洩を防ぐための魔法とか。結構定番だよね。定番かな。定番だと思います。禁書とか呼ばれる危ない本もあるのかな。目を通すだけで気が狂ってしまうとか、人体に影響を及ぼすとか、そういう設定があることもありますよね。もしいつか、この結界の内側に入れる日が来たら、気を付けないといけませんね。まぁ、入れる日が来るとすれば聖女になった時でしょうけれど。ここの本を読む為に聖女になっても良い気もする……。いや、そんな不純な理由で聖女になるとか国の人達に失礼か。


「悩ましいなぁ……」


 本気半分で言いながら歩きます。ゆっくりと見て行くと、本棚の間に女性が一人立っていました。美しい金糸の刺繍が施された白い衣装を身に纏った女性。その脇には同じように金糸の刺繍が施された燕尾服の執事さんとエプロンドレスのメイドさん、それからやっぱり金糸の刺繍がされた白のマントがついた軍服姿の騎士様がいらっしゃいます。彼女の専属の方ですね。

 はい、つまりどこからどう見ても聖女様です。

 今、国には聖女様が一人いらっしゃるという話でしたね。まさかこんなところで見ることになるなんて思っても見ませんでした。私と同じくらいまで伸びた黒髪は天使の輪が輝いていて、パールの髪飾りが良く映えています。その横顔も若々しくて、40代と言われても信じてしまいそうなくらい。でも、本当にお幾つなんだろう。美容科学が発展してた元の世界も、60代の人が40代、50代くらいに見えるなんてよくある話だったけれど。こっちでもやっぱり美に気を遣うとああなるんだなぁ。20代の私よりもずっと健康そう。いや、本当に奇麗な人。聖女様と崇めたくなるのもわかるし、その為の努力を怠らない人なんだろう。

 ぼんやりと眺めていると、聖女様がこちらを向きました。視線に気付いたようです。しまった、ジロジロ見るなんて失礼なことをしてしまった。慌てて会釈すると、聖女様はパッと顔を明るくしました。こちらに近づいてきながら何かを言います。でも何も聞こえません。この結界、音も遮断するんですね。楽しそうにあれこれ言っているのはわかるんですけれど、何も聞こえないので困りました。えぇっと、とりあえず結界があることを知らせればいいのかな。話を遮ってしまって申し訳ないですけれど、結界をノックします。すると、聖女様も気付いたようで恥ずかしそうな顔をしながら結界の外に来てくれました。


「ごめんなさい、気付かなくて。結界があることすっかり忘れていたわ」

「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ不躾に見つめてしまって、申し訳ありませんでした」

「いいのよ、頭を上げてちょうだい。人に見て貰うのが仕事みたいなものだもの」


 嬉しそうに聖女様は言います。アイドルみたいなものなのかな。考えようによっては似たようなものですね。そうなると奇麗だから見ていた、というのは誉め言葉になる。ジロジロと見ていたのを、見惚れていたとしてくれたみたいですね。心まで美しい人だ。


「はじめまして、私はこの国の聖女よ。小田原光代、この国だとミツヨ・オダワラ・コウと名乗ってるわ」

「はじめまして、私のことはアレンと呼んでください。聖女様にお会いできてとても光栄です」


 コウというのは異邦人……英雄や聖女に与えられるネームなのかな。皇、聖女は女性だから后? 単純に公かも。歴史書とか読めばネームの由来がわかるかな。ミドルネームじゃなく、称号のように最後に付くのも日本的ですね。かなり昔からこっちの世界は日本と繋がりを持っていたんでしょうか。


「あら、光代でいいわよ。そんなに緊張する事はないわ」

「お気遣いありがとうございます。じゃあ、光代さんで」

「ええ、あなたは本当にアレンでいいの? 日本的な名前ではないでしょう?」


 光代さんは不思議そうな顔をして聞きます。確かに日本的な名前ではありませんが、今は海外みたいな名前もありますからね。適当な漢字に直したら男の子の名前に在りそうな感じになるんですよね。キラキラネーム感は凄まじいですけれど。でもあり得なくはないから、美雨達も本名と勘違いしてるわけですしね。


「皆からそう呼ばれてるので構いませんよ。こちらでもそれで登録されたみたいですし」

「まぁ、そうなの……。色々と大変でしょうけれど、あまり気負い過ぎては駄目よ」

「はい……、ありがとうございます」


 名前で苦労する、ということでしょうかね。何かマズかっただろうか。歴史的犯罪者の名前とか? 過去の悪女とか、悪代官の名前だったとか。でもそんなの知り様がないですし、それで重ねられても知ったことか、なんですけれど。今更、本名に訂正するのも面倒だしなぁ。後出しじゃんけんは意味をなさないし。


「でも、こんなに良い子が来てくれて嬉しいわ。問答無用で呼びつけるっていうことは、選べないってことだもの。呼ばれる方も、呼ぶ方も」

「凶悪犯罪者が呼び出されてもおかしくなかったっていうことですか?」

「そう。だから慎重に、何度か交信を試みて、使命を全うしてくれそうな人を探すのよ」

「折角呼んだのに仕事をしてくれなかったら意味ないですもんね。物凄い大胆な賭けだったんだ。元第一王子もよく危険な橋を渡ったものですね」

「アルフレッドは、ちょっと短慮なところあったのよねぇ……。決して悪い子ではないのよ? でも、第一王子とは言え、側室の子だから。いつもどこか、焦ってたのよね。正妃の子で第二王子が一つしか違わないの」

「そうだったんですね。だから大きな手柄になる、異邦人召喚の儀式を自分の主導で進めたんですか。儀式を強行したのも、第二王子に継承権を訴える勢力へのけん制ですかね」

「そうみたいね。焦り過ぎて本来の手順を無視してしまったのが失敗だったのよね」

「しかもそれが取り返しの付かない失敗だった……」

「せめて、私が戻るまで待っててくれたら、お手伝いの一つもできたのだけれどね」


 そう言って、光代さんは寂しそうに笑います。もう二度と挽回のチャンスが巡ってこない物に賭けて、負けた結果かぁ。世知辛いなぁ。でも政治とか、相続争いとかってそういうものなんでしょうね。元第一王子は私達と同い年くらいだから、光代さんにとってはお孫さんみたいなものかな。そんな子が取り返しの付かない失敗をして、離宮に幽閉とかになったらそりゃ悲しいでしょう。


「本来は国王陛下も英雄も、私も立ち会って儀式が行われるはずだったのよ」

「これから協力する人材を迎えるわけですからね。むしろ国の重鎮が誰もいない方が可笑しいですよね。元第一王子が強行したから立ち会えなかったんですね。ということは、別日に顔合わせですか?」

「ええ、そうよ。今、英雄の2人が前線に出ているの。その2人が戻ってきたら晩餐会が行われるわ」

「晩餐会……、聞いただけで緊張します」

「そんなに身構える必要ないわよ、おじいちゃんおばあちゃんの長話に付き合ってもらうだけだもの」


 カラコロと光代さんは笑います。美しいだけじゃなくて、可愛いらしい人ですね。いつか、40年後くらいに年を取るなら、こんな素敵な人になりたいなぁ。そんな自分なんて想像もつきませんが。


「他の子達にも会ってみたいわ。早く晩餐会がしたいって、信明(のぶあき)さん達に伝えなきゃね」

「無理はしなくていいですよ、私も含めて皆、こっちの世界に慣れるまでまだ時間がかかりますし」

「ふふっ、おばあちゃんの我儘は止められないものよ? それに、この世界に慣れて貰うためにも、私達に早めに会った方が良いとは思わない?」

「……まぁ、確かにそうですね。同郷の方のお話は役に立ちそうですし」

「そういうことよ。このままずっとお話していたいけれど、残念ながら仕事があるのよね」

「あ、そうですよね。お時間を取らせてしまってすみません」

「いいのいいの、アレンちゃんは気にしないで。気分転換に丁度良かったわ」


 それじゃあね、と光代さんは微笑んで去って行きました。歩く姿も優雅だ……。最初から最後まで素敵な人だったなぁ。聖女の冠に相応しい人物って、ああいう人を言うんでしょうね。自分がああなれるだなんて、全然思えないけれど。思いがけない出会いでした。こんな素敵な図書室での運命的な出会い、みたいな。早起きしてよかったな、この幸運に感謝です。晩餐会も楽しみになりました。


「早起きした甲斐がありましたね」


 嬉しくなって、後ろに控えていた2人に声を掛ければ、困った顔をされました。どうしたんだろう、と思っているとおずおずとシルヴィアさんが耳打ちします。


「わたしたち、使用人は図書室での発言を禁止されています。なので、その……、お話は出来ないんです」

「そうだったんですね、ごめんなさい知らなくて」

「大丈夫ですよ、昨日来たばかりですもんね」


 まさかそんなルールがあったなんて、思いもしませんでした。あまりに常識的すぎることでお2人も教えてくれるのを忘れてしまったんでしょう。図書室では静かにしましょう、の延長線かな。この世界の常識とルールは早急に教えて貰った方が良さそうです。道理で独り言に何も言ってこないわけですよ。ちょっと恥ずかしかったかな。もう少し静かに堪能しましょう。


「もう少しだけ付き合ってもらえますか?」


 一応の確認を取れば、シルヴィアさんもエルネストさんも丁寧にお辞儀してくれました。嫌な顔一つしないなんて、本当に善い人達だ。お礼を言って、私は1階に戻りました。



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