第六十四話:異世界での暮らしは賑やかです。
人数増えて来ると、やっぱり賑やかでいいですね。
あんまり調子に乗って人数増やしすぎると管理しきれなくなるので、程々にしたいところですが……。
楽しそうなこと増やすと人数も必然、増えていくんですよねぇ……。
まぁ、また登場人物が増えても未来の自分が何とかしてくれるでしょう。
夕暮れに離宮まで戻ってくれば、スヴァンテ様が待っていました。待つにしても、中で待っていればよかったのに。余程、心配だったみたいで、私の顔を見てわかりやすく安堵した顔をしました。
「ご心配おかけしました」
「いえ、無事なら何よりです。彼らが、メッセージにあった子ども達ですね」
一歩後ろにいるカイとノアは、スヴァンテ様を警戒しているようです。メリッサたちよりももっと身分が高いとわかる恰好ですからね。妹や弟たちと同い年くらいの子どもたちに警戒されるのは寂しいのか、スヴァンテ様はちょっと苦い顔です。
「こっちがカイ、この子はノア。フラーディアで読み書き、計算、剣と護身術を教えます。もしよかったら、スヴァンテ様も数学について教えてあげてください」
「ええ、もちろんです。はじめまして、ボクはスヴァンテ・サー・シャングリラ。この国の第三王子だ」
「……っ」
「おーじ……?」
わかりやすく威嚇したカイと、なんだかよくわかってないノアの対比がちょっと面白いです。疑いすぎもよくないですけれど、疑わなさ過ぎもどうなんだって思いますね。しゃがみ込んでノアに視線を合わせます。
「この国の、一番偉い人の息子ってこと。この人もフラーディアの一員なんだ。仲良くしてあげて」
「できるか」
「ダメなの? おねえちゃんのなかまなのに」
「……ダメ、とは言わねぇけど……」
弟が可愛いのね、お姉ちゃん。なんかノアが無警戒な理由が分かった気がしました。まぁ、カイにとっては生きる理由だったでしょうから。とやかく言うこともないですね。笑っていれば睨まれました。
「なんだよ」
「なんでもない。スヴァンテ様にはまだいろいろご迷惑をおかけしますけれど、よろしくお願いしますね」
「これくらいはいくらでも頼ってください。ああ、そう。メッセージにあったものは用意しておきました。既に部屋に運び込まれているはずです」
「ありがとうございます。それじゃあ、今日はこの辺で。明日また、オフィスで」
「ええ、また明日」
本来はサロンに上げてお茶でも振舞った方がいいんでしょうけれど。残念ながらもう、12の鐘が聞こえているんですよね。今から夕食だと考えると、引き留めるわけにはいきません。去っていくのは見送って部屋に戻りました。
カイとノアは、一先ず私の家での生活をすることになります。寝床はロフトを使ってもらいます。畳ですしね。布団だけ入れてもらって、ちゃんと寝れるようにはしてもらいました。ちゃんと整えられていますね。むしろ頼んでいた以上のことをしてもらえてます。衣装ケースには丁寧に畳まれた子供用の服が数着入っていて、厚意で譲ってくれたのだとわかります。ケースしか頼まなかったのに、流石スヴァンテ様。
「ここ、ロフトって言うんだけれど、このロフトの上だけは2人の好きに使ってくれていいから。欲しいものとか、必要なものがあったら言って」
「……置いてある棚とか、使っていいのか?」
「もちろん。そのために用意したんだから。中身も好きにしていいよ」
プライベートな空間というものを与えられるとは思わなかったのでしょう。スラム育ちの子ども、普通は目の届くところに置いておくはずですからね。何しでかすかわかりませんし。警戒しているカイに、私は笑います。
「ただし、この空間の管理は自分たちでやること。掃除とか、洗濯とかね。汚く使ったら怒るからね」
「はーい」
「……わかった」
無邪気に手を上げたノア。それに倣うようにカイも頷きます。とりあえずは信じておきましょう。何かやらかすにしても、今考えることではありません。その時々で、ちゃんと対応していきたい所存。
「シルヴィア、夕食作るから手伝って。エルネストとブラッドはカイとノアの相手してて」
「「「かしこまりました」」」
キレイに揃って返事で、リビングに移動します。夕食のは昨日、城下町でかあった食材を使って作ります。まぁ、ジビエ肉を塩コショウで焼いて、付け合わせにサラダを作るくらいなんですけれど。お味噌汁は玉ねぎとわかめです。ジビエ肉は味がわからないと工夫の仕方もありませんしね。シルヴィアに6人分、一口大に切ってもらいます。その間に私はお米を研いで、火にかけておきます。
それが終わったら昆布を鍋に張った水に浮かべて出汁を取ります。サラダはキュウリとニンジンを千切りにして、軽く洗ったレタスの上に和えて乗せるっていう、サラダというのも烏滸がましい感じです。ドレッシングをシルヴィアに作ってもらうことにして誤魔化しましょう。その横で私は一口サイズに切ってもらったお肉を焼きます。塩コショウで下味をつけて、こんがりになるまでフライパンの上に乗せておきます。
「牡丹はやっぱり、脂強いんだね」
「そうですね。わざわざ油を引かなくてもいいくらいには、ボタンそのものから脂が出ます。干したものだと、もうちょっとマシなんですけれど」
「干し肉主流なのはそういう事情もあるのか。ごめん、別のフライパン出してくれる?」
本当、スーパーの安い豚肉でもこんなに出ないぞってくらい脂出ますね。ほぼ揚げ焼き状態です。まぁ、お陰でこんがり焼けたんですけれど。
フライパンを変えて、次は脂が少なそうな蛇肉を焼きます。蛇肉って食べたことないですけれど、鳥みたいな味がするって聞いたことあります。あ、いや、それは蛙だったかな? まぁ、なんにせよ、蛇も食べる文化は異邦にもあったので、ちょっと楽しみです。
「こっちは全然脂ないね」
「ツバキは魔獣肉の中では一番あっさりした味です。なので、人気ないんですよね。干し肉にしても、そんなに美味しくはなりませんし」
「この世界の味付けじゃねぇ。どんな味なのか楽しみにしておくよ」
焼けた蛇肉は、なんだか魚っぽいんですよね。爬虫類って魚に近しい部分、ありましたっけ。まぁ、食べてみなきゃ何とも言えませんね。
次に兎肉を焼きます。鳥みたいな見た目です。ささみっぽい。
「見た目だけなら使い勝手、良さそうだね」
「臭みも少なくて食べやすいんですよ。一番よく出回ってますし、実際、使い勝手はいい方です」
「昨日も、兎ひっ捕らえてきたパーティとすれ違ったもんね。兎って繁殖力強いし、国民の肉食文化の中心って感じなのかな」
魔獣とは言え、兎ですから。繁殖力の強さと、狩りやすさで出回る数が多い、ということですね。お肉屋さんでも一番値段が安かったのは兎肉でしたし。
次に鹿肉です。程よく脂が乗っていて、見た目は牛肉っぽいですね。鹿肉も異邦で食べられてますけれど、実際に口にしたことはないんですよね。雑食だから臭みが強いとは聞いたことあります。
「普通に美味しそうだね」
「モミジはちょっと値が張るんですけれど、一番肉っぽくて人気ですね。私の実家でも、いいことあった日はモミジのステーキでした」
「完全に牛肉枠じゃん」
味がどうかにはよりますけれど。これもいろいろ使えそうですね。煮込み料理にいいかもしれません。
最後に鳥を焼きます。まぁ、特筆することのない鶏むね肉です。
「鳥は肉だけ? エッガは採らないの?」
「毒を持ってるので、鳥型の魔獣のエッガは食べませんね。魔獣のエッガを食べての死亡報告は、年に数件あります」
「ああ、なるほど。鮮度が保証されないってことかな」
古いたまごは日本でもお腹壊しますからね。生き物が生き物になるための栄養とか、全部入ってるから雑菌の繁殖が早すぎる。この世界だとそこまで解明されてないから毒って表現になるんでしょう。この衛生管理が徹底されていない世界だと、その日生んだと確実にわかるものを、ちゃんと火を通して食べる以外、できるわけがないんですね。マヨネーズは諦めるかぁ……。ポテトサラダとか、たまごサラダとか作りたかったんだけどな。いや、その日のうちに処理するならギリギリ行けますかね。……やめといた方がいいかな。
ともあれ。焼けたお肉を皿に持って、いい感じに並べます。
次にシルヴィアにはミヅキのご飯を用意してもらって、私はお味噌汁作りです。お味噌汁用に出汁を取っておいた水を沸かして、沸騰したところで削り節を入れます。昆布も千切りにして、スライスした玉ねぎと一緒に入れちゃいましょう。別に食べられないわけじゃないですし、私はプロの料理人ではない。適当に灰汁を取って、玉ねぎに火が通ったところで火を止めてお味噌を溶きます。
ご飯もいい感じに炊けてますね。今日は水加減も丁度よかった。これを毎回できたらいいんですけれどねぇ。2人分、増えた食器も使って、6人分の夕食をテーブルに並べます。流石にちょっと狭いですね。テーブルを増やすにしても、大きいのに変えるにしても、また今度考えましょうか。
「ほら、座って座って。ジビエ肉……じゃないや、魔獣肉は塩……ソールとペィパーしか味ついてなくて、右から牡丹、紅葉、柏、銀杏、椿。サラダはなにもかかってないからシルヴィア特製ドレッシングかけてね。お味噌汁はオーニョンのスライスとわかめ……こっちでなんて言うのかわかんないけど。あと昆布と鰹節も入りっぱなし。嫌だったら次から抜くから言ってね」
説明しながら席に着きます。カイとノアもおずおずと座りました。それに笑いながら、一緒に手を合わせます。ノアはとりあえず真似しますけれど、カイは顔を顰めます。何がしたいのかわからないから真似のしようがないって感じですかね。
「このお肉も野菜も、どこかで生きてた命。それを私たちは頂いて生きてる。私たちが生きる為にこの命は失われた。だから、ここに私たちの糧としてある命に感謝して食べる。そんな挨拶だよ」
「感謝って……」
「理屈としてはそういうものだと思っといてよ。私だって毎回そんなこと考えるわけじゃないし。祈りの形だけが残った結果だから」
2人とも納得したわけじゃないみたいですね。ノアは単純にわかってないだけだとは思いますけれど。明日とも知れなかった命だったのは、同じですから。なのに他の命に感謝しなさいなんて言われても、反抗心が生まれるだけでしょう。黙って手を付け始めたカイに、シルヴィアが何か言いたげですが、それは留めます。
折角のお肉ですから、温かい内に食べましょう。改めて手を合わせ直してから、箸を取ります。最初は、蛇肉の椿にしましょうか。
「椿はあっさりだね。なんか、白身魚っぽい」
「魚を食したことがあるのですか?」
「日本は領土全部が海に囲まれてた国なの。だから全国どこでも魚は当たり前に食べられてたよ。こっちでは高級品?」
「はい、この国で魚が獲れるのは港町を抱えるフィーレンス辺境伯領だけです。領地付近では食べられているようですが、王都まで鮮度を保ったまま運ぶのが難しくて、流通はしてません」
「魔法の方が流通発展しそうな気もするけれど、その為に魔法を使おうって発想がないのか。魔石による電池式だと、王都に届く前に魔石の魔力が尽きちゃう、とかかな」
「その通りです。どんなにサイズの大きな魔石でも、長くて2日しか持ちません」
魔法って便利なものだと思ってましたけれど。結局は電気エネルギーの代わりでしかないんですね。しかも、電気エネルギーみたいに人力で生成が可能なエネルギーではないから、一度に使えるエネルギーの総量は決まってくる。魔石が切れるたびに調達してたらコストが嵩み過ぎて割に合わないっていうことでしょう。魔法で電気エネルギーを生み出して、それを利用するってなったら、もうちょっと変わるんでしょうかね。凍らせて持ってくるにしても、美味しく解凍するのが難しいって感じでしょうかね。こっちの世界の魚も食べたいなぁ。日本人としてはやっぱり、お寿司とか、お刺身とか、海鮮丼とか食べたいです。とりあえず、椿は魚の代用品に出来そうです。煮つけとか、ムニエルとか良さそうですね。
次に兎肉の銀杏。見た目もささみっぽかったですけれど、味もささみっぽいです。あっさりしてるというか、健康に良さそうな味。
「椿と違ってしっかりお肉だね」
「そうですね。子どもでも食べやすいので、いろんな料理に使われます。安価ですしね」
「家計の強い味方、ってことだね」
サラダチキン的なものにするのはありかもしれませんね。湯掻いてほぐして、軽く塩を振る。レタスやキュウリなんかと一緒にオリーブオイルで和えるといいかも。確かにこれは使い勝手が良さそうです。
で、当の鳥肉の柏は、……まぁ、鳥ですね。特筆すること無し。唐揚げとか作りましょうか。
次に鹿肉の紅葉です。これも見た目通り、牛肉っぽいです。でも独特の臭みと硬さがあります。雑食で筋肉質っていうのがはっきり出てますね。食べられない程の臭みじゃないのはちゃんと処理されているからでしょう。ラム肉とか考えると、こんなものだなって感じです。しっかりした肉々しい肉って感じですね。
「これはステーキにしたくなるね。でも煮込み料理に使うのもいいかも。シチューとか」
「モミジをですか?」
「可笑しい?」
「いえ、煮込み料理はボタンという印象があるので」
「モミジを煮込もうと思ったこと、わたしもないです」
「ああ、そういう意味か。じゃあ、次の土日でモミジの煮込み料理作ってあげる。きっと美味しいよ」
私の腕次第ですが。ビーフシチューとか、カレーとか作りたいですね。ビーフシチューは作り方知らないけれど。カレーはこの世界にカレー粉があるのかわかりませんけれど。でもスパイスいろいろあったから、スパイスからカレーを作るのはありですね。作り方知らないけれど。
最後に猪肉の牡丹です。昨日、食堂で頂いた時は塩が効きすぎててお肉そのものの味が大分消えていましたけれど。印象としてはやっぱり豚肉ですね。角煮作りたくなります。……煮込んでばっかだな。
「塩加減だね、やっぱり」
「そうですね」
「これくらいが一番食べやすいですね」
「城下町の食堂も、これくらいの味に落ち着いてくれたらいいですね」
「そうだね~。国が主導で料理教室とかやればいいかもね。まぁ、教えられるだけの料理の腕がある人じゃないと無理だろうけれど」
お城の人とか、そういうのに興味がある人がいればいいんですけれどね。でも食文化が停滞というか、悪化していたのを考えると、賛同者が出る気がしないんですよねぇ……。料理長さんはちょっと期待できそうですけれど、お忙しいでしょうし。
「ご自身でその料理教室をやると言い出すかと思いましたが」
「流石にねぇ……。調理師免許とかあったら考えたかもしれないけれど。美味しいものは食べたいけれど、そこまで興味はないっていうのが本音かな」
「調理師、めんきょ、ですか?」
「こっちにはそういう制度ないんだ。国家資格って言って、一定以上のレベルの技術を持つ人が、国からそのことを認められると取れるの」
「国から技術を認められる、なんて考えたことありません」
「その資格を持ってないと、調理師になれないということですか?」
「そういうわけではなかったかな。でも、調理師免許はレストランとか、料理教室とか開くときに有利になるんだ。調理関係の店を開くときに簡単なテストみたいなのが必要で、調理師免許があったらそれをパスできる、みたいな」
「なるほど。合理的な制度があるものですね」
飲食店でバイトが調理に入ってたりするので、必ずしも必要なものではなかったんでしょうけれど。でも免許を持ってるかどうかでは大違いでしたからね。で、この世界に国家資格はないんですね。王制で国家資格なんてやってる暇なんてないでしょうけれど。専門職に対する専門知識を一定のレベルで持っていると認める制度っていうのは、あってもいいと思います。まぁ、その辺りは明香里が義務教育を作ってから考えることですかね。国家資格とかも、まともな教育レベルがないと意味を成しませんから。最初に食べ終わったノアがフォークを置きました。
「美味しかった?」
「うん、あさたべたのより、おいしかった」
「それは嬉しいな。じゃあ、ごちそうさまでしたって挨拶しよっか」
「ごちそうさまでした?」
わかってない顔で、でも言われた通りに手を合わせました。遅れて食べ終わったシルヴィアが同じように手を合わせて、ノアと一緒にお皿を下げに行きます。
「カイはどう?」
「……悪くはない」
「ならよかった。明日の朝ご飯も期待してよ、美味しいの作るから」
「なんなんだよ、もう……」
嫌味のつもりだったんですね。残念でした、ってちょっと意地悪く思っちゃいます。まぁ、気が済むまで反抗させておきましょう。それに意味がないと知るまでは時間がかかるのはそうでしょうし。
私も食べきって、手を合わせます。片付けはブラッドに頼んで、湯浴みしましょう。ミヅキと遊びながら、準備ができるまで暇を潰します。
「こいつ、ただの猫じゃねぇよな」
「そうだよ。元魔獣で、人間の役に立つように品種改良されたの」
「貴族ってのは、何考えてやがるかわかんねぇな……」
「暮らしを豊かに、便利にしようと思ったら、手段を問わなかった時代があるってことだよ」
「だからって魔獣使うかよ。おい、やめろ」
よじ登ろうとしたミヅキを、カイは嫌そうな顔で首根っこを捕まえました。抗議するみたいにミヅキが一声鳴いて、ノアが手を伸ばします。それを見てカイはぽんとノアに引き渡しました。
「カイは猫、嫌い?」
「好きじゃない」
「そっか。あんまりカイにはじゃれつかないようにね」
ちょっと残念ですけれど、これは仕方ない。ミヅキに言い付ければ、わかったと言うように返事しました。でも嫌いって断言しなかっただけカイも優しい子だと思います。複雑そうな顔なのにはもう何も言いません。カイにじゃれつけないってなったら、ミヅキはノアと遊ぶことにするみたいです。ノアは別に動物が嫌いとかってわけではないみたいですね。楽しそうに遊んでます。
「アレン様、お湯の用意ができました」
「ありがとう。じゃあ、遊んでていいけれど、乱暴なことしちゃダメだよ」
「はーい」
「みゃあ」
すっかり仲良しさんみたいです。いや、どっちも自分の方が優位の存在と思ってるってことかもしれません。猫って面白いくらいすぐ人間を下僕扱いしますからね。人間が猫を許しすぎるっていうのも、あるんでしょうか。まぁ、しかたないよね、猫は可愛いから。
少しぬるめのお湯につかって、一息つきます。
「付き合ってくれてありがとうね」
「これくらいは当然ですよ。それに、なんだか弟や妹ができたみたいでわたしも嬉しいです」
「そう言ってくれたら気が楽になるよ。多少の差別意識はあるでしょ?」
「……はい、ないとは言えません」
ないって言い切らないから、信頼できるなって思います。嘘なんていくらでも吐けます。本心なんていくらでも誤魔化せます。でもそれでは意味がない。差別意識がない人間なんて、どれだけ探しても見つからないでしょう。私だって差別意識があるから、カイとノアがみんなに受け入れてもらえるかどうか不安だったんですから。多少の差別意識があっても、それを変に誤魔化さずにいてくれる人の方が信頼できます。差別意識がある、だからどう向き合うのがいいのか、一緒に考えてくれる。
「ノアはともかくとして、カイはまず信頼をしてもらえるようにしないとね」
「そうですね。今までの環境が環境でしたから、気紛れで拾ったに過ぎないと考えているんだと思います。飽きたり、面倒になったら捨てられるんじゃないかって」
「そういう貴族がいたのを見たことあるのかな」
「第七地区は王都内で一番荒れている場所で、人を捨てるのに都合がいい場所ですから」
「つまり、城下町の姥捨て山かぁ……」
街の中で、運が良ければ生き残って、でも他の誰も気にせず、余程のことがない限りは出てこれない、ある種の監獄。罪悪感なく人を捨てるにはもってこいってことなんですね。っていうか、貴族がそうやって人を捨てて行った場所だから、今、スラムなのかもしれません。それを、カイは知っている。
「どうしてそんなことができるんだろうね」
「どうしてでしょうね……」
まぁ、人を人と思わない人間は、異邦にも一定数いましたけれど。感謝とお互い様ってものがないんですよね、きっと。自分が優位にいると信じて疑ってないっていうか。いつかその身勝手が自分に還るだなんて、想像もしてないんでしょう。あると思うんだけどなぁ、呪い返し。
「まぁ、そんなわけわかんない人の考えることなんて、考えるだけ無駄だね。カイに信頼してもらえるように行動していかなきゃ」
「そうですね。わたしもお姉ちゃんになったつもりでお世話します!」
「うん、よろしくね」
いつもの気合十分な笑みを浮かべて、シルヴィアは頷きました。本当、頼もしいことこの上ないです。いつも通りに全身磨いてもらって、湯浴みから戻ります。カイとノアをシルヴィアに預けて私はリビングでゆっくりすることにします。座椅子に座れば、遊び疲れた様子のミヅキが膝の上に乗って来ました。
「ノアと遊ぶの、楽しい?」
撫でながら聞いてみれば、呑気な返事。乱暴なことされてないみたいですし、ミヅキも引っ掻いたり噛みついたりもしてないみたいです。2人もアレルギーとかないみたいですし、この調子なら大丈夫そうですね。
「ノアがミヅキに手遊びを教えようとしていました」
「あはは! いくらシーキャットでも手遊びは覚えられないでしょ」
「そうですね。でも懸命に教えようとしていましたよ」
「途中でミヅキは飽きていましたが」
「いいね、子どものやりそうなことだ。ミヅキも途中まで付き合ってたのは偉かったね~」
覚えるかどうかは別の話として、教えたくなるくらい気に入ってるってことでしょうね。手遊びのわらべ歌ってあんまり知らないんですけれど、知ってる限りは教えてあげましょうか。懐かしいなぁ、小学校の時、幼馴染と通学路で遊びながら歩いてました。歩きながらはやめなさいって、偶に見守りで立ってるお母さんに怒られちゃったりして。
「カイとノア。いい名前だよね。誰に付けてもらったのかな。自分でかな」
「さぁ。第七地区の暮らしは、広くは知られていません。それこそ、当人たちが話さなければ、誰にも知られないことです」
「2人の名前も、ひょっとしたらなんの意味もないただの識別記号かもしれませんよ」
「かもねぇ。でも、なんの祈りでもないただの音の羅列だったのだとしても、いい名前だと思うよ」
カイは海か、魁か、どっちでしょうかね。ノアは真っ先に思いつくのは方舟です。ただのこじつけかもしれませんけれど、でも2人が一緒にいるのは運命なのかもしれないと思っちゃいます。カイが向かう方向を見失っているのも、ノアが迷いなく真っ直ぐ世界を見ているのも。そしてその行きつく先に、まだ希望が残っているっていうのも。祈りでも何でもない、名前のお陰なのかもしれないなんて。いくら魔法の世界でもファンタジーが過ぎますかね。
「大切にしてあげなきゃね」
「そうですね」
「だとしても、あまり甘くし過ぎないようにしてください」
「うん、気を付けるね」
ブラッドも、偶にはエルネストみたいに素直に頷いてくれたらいいのに、と思います。何かしでかさないか厳しく見てくれるから、安心できるっていうのはありますけれど。クスクスと笑っていれば呆れられました。
「あんまり悩み過ぎると将来禿げるよ~」
「悩みの種を撒く当の本人に言われたくありません」
「街歩きのこと、ネタにしたの怒ってる?」
「滅相もございません」
そっと外された視線に、思わず笑ってしまいます。街歩きしてるときのブラッド、やけに手慣れた演技だと思ってたんです。幼馴染の令嬢がああいうの好きで、よく付き合わされたそうです。所謂、許婚ってヤツで、昔からアピールが凄いのだとか。ブラッドもイケメンの部類ですしね。頭もいいし、家は継げないけれど物件としては優良な方です。当の本人はあんまりいい気はしてないみたいですが。
「どしても嫌なら、また考えておくよ」
「構いませんよ。アレン様にお付き合いするのが、僕の仕事でもありますから」
「うん、本当にありがとうね」
そこは本当に満更ではないみたいなんですよね。とはいえ、あんまり甘え過ぎるのも悪いですから。感謝は忘れないよう努めていきたいです。まぁ、そこまで気を張ることもないでしょう。そんなお互いの尊重と敬意があれば大丈夫。私は私のやりたいように。みんなにはみんなのやりたいように。気負わずやっていきましょう。戻って来た音が聞こえてきて、2人に飲み物を淹れるように頼みました。




