第六十三話:異世界の恵まれない子どもたちです。
ここから何をどうするかなんて全く決まっていないんですけれども。
でも、できる限りみんなにこの世界を楽しんでほしいと思います。
そのために何ができるのか、アレンと一緒に考えていきたい所存。
1つ目の鐘で起きて、朝の支度をします。いつもよりも早めに湯浴みを済ませ、着替えてカイとノアの様子を見に行きます。
「だから、こんな服着れないっての!」
扉を開けた途端、そんな声が響いてきます。食い下がろうとするメイドさんたちは困った顔です。用意されているのはシンプルなワンピースですね。こんな服、につく枕詞は「キレイな」なのか「女っぽい」なのか。
「おねえちゃん」
「おはよう、ノア。よく眠れた?」
「うん」
駆け寄って来たノアに視線を合わせてしゃがめば、嬉しそうに笑います。洗ってもらってある程度、キレイになってますね。ちょっと黒ずんではいますけれど、ちゃんとキレイになったら髪はアッシュグレイでしょうか。ちゃんと長さとかも揃えて、整えてあげたいですね。
「おはようございます、アレン様。よろしいでしょうか……?」
「もちろん。カイが着替えてくれないって話でしょ?」
「おれは悪くない。こんな服、着れるわけないだろ」
物凄く罰が悪そうにしているのは、一応わがままを言っている自覚があるっていうことでしょう。ノアは既に着替えてますしね。それに私は笑いかけます。
「物が良過ぎて引け腰になってるならさっさと着替えなさい」
「そ、ういうわけじゃ……」
「スカートスタイルが嫌なら、パンツスタイルの服を用意させるからそう言って」
「え……」
目を丸くしたのはカイだけじゃなくて、メイドさんたちもです。女性はワンピースやスカートスタイルが当然、っていう世界観ですからね。パンツスタイルなのは趣味で男装している貴族令嬢か、それこそカイみたいな子だけでしょう。
「……いいのか?」
「もちろん。シルヴィア、頼める?」
「はい、お任せください」
頷いてくれたシルヴィアは一度部屋を出ました。メイドさんたちにも下がってもらいます。部屋を出たのを見てから、バルコニーに出ます。心地いい風が吹いてますね。キレイに整えられた庭が臨めます。
「おいで」
誘えば、ノアは駆け寄ってきます。カイはちょっとためらいながら出てきました。ノアを抱き上げて、柵の上に座らせます。後ろから抱きかかえる形で落ちないようにすれば、ノアも大人しくしてくれます。この子、賢いなぁ。
「Hello, Brand new world
飛び立つぼくを見付けてくれよ
眩しい光のその先で生きたいんだ」
少年漫画原作のアニメのオープニングテーマでした。何年もやってる長寿アニメの、何十曲もあるOPの一つですね。子どもの頃に見てた時にはこの曲がOPでした。毎週ちゃんと見てたから、一番印象に残ってるんですよね。
「ノアもできる?」
歌い終えて、一息つけばノアが聞いてきます。真っ直ぐ見つめてくる金色。歌いたいって、言われたのは初めてですね。聞きたい、とはよく言われますけれど。何だか嬉しくなって私は頷きます。
「うん、ノアもできるよ。一緒に歌えたら、お姉ちゃんも嬉しい」
「ほんと?」
「ほんと」
この子も犬っぽいなぁ。耳が立って尻尾振ってるのが見えます。かわいい。向こうでカイがちょっと不貞腐れた顔をしてます。
「そんな顔しなくても、取ったりしないよ」
「とっ……! 違う! そういうわけじゃ……!」
「カイね、おねえちゃんのこと、しんじたいっていってたよ」
「ノア!!!!」
しれっと暴露されて、カイはこれでもかと顔を真っ赤にしました。悲鳴みたいに名前を呼ばれたノアはよくわかってない顔で小首を傾げます。あまりにも可笑しくて声を上げて笑えば、カイは背を向けてしゃがみ込んじゃいました。本当、カイはノアをいい子に育てましたね。
「じゃあ、信じてもらえるようにがんばるね」
「うるせぇ……」
口答えしてくる元気はあるみたいです。笑っていればシルヴィアが戻って来たみたいです。部屋の中に戻って、カイには着替えてもらいます。女性用のズボンなんてあるわけもないので、この場で調整しながらですね。
時間かかりそうなので、そっちは任せることにして私はノアにわらべうたを教えることにします。手遊びしながらなのでただ歌うより楽しいでしょう。
「いい? 見て、聞いてて」
「うん」
素直に頷いたノアに教えるのは『アルプス一万尺』です。小学生なら誰でも知ってる手遊び歌ですね。やって見せて、一緒にやってみます。慣れてきたらちょっとずつテンポを上げていきます。超高速アルプス一万尺って、一回は流行りますよね。私も当時のクラスメイトと散々遊びました。
「あるぷすってなに?」
「アルプスっていう名前の山だよ」
「あるぺんおどりは?」
「……なんだろうね?」
実際にそういう踊りがある、とは聞いたことないですけれど。それに耳で聞いたのをそのまま歌ってるから、「こやり」なのか「こやぎ」なのかもちょっと曖昧なんですよね。こういう時にさくっと検索できないのって本当、不便だなって思います。ノアもどうしても知りたいってわけじゃないみたいで、「ふうん」と気の抜けた返事だけしました。ただ、手遊び自体は楽しいみたいで、「もういっかい」ってせがんできます。
何度か繰り返して遊んでいれば、カイも着替え終わったようです。男の子用の服を改造してあるので、ちょっと違和感はありますが。でもカイ自身が中性的な顔立ちで美人の部類に入るので、成長途中の男の子で通せますね、これ。髪も、ちゃんとキレイになったら明るい金色でしょう。マリーゴールドみたいな色かな。マゼンタの瞳が強気にこっちを睨んできます。
「……なんだよ」
「いや、好みだなって思って」
「はぁ?」
「私ね、美人さんが好きなの。性別関係なく」
「なんだそれ」
「似合ってるってこと。ノアもそう思うよね?」
「うん。カイ、かっこいい」
「……そーかよ」
ノアの純粋な誉め言葉に、カイは照れたみたいです。ちょっと顔を赤くしてそっぽを向きました。わかりやすくていいですね。カイは見事に野良猫って感じです。
とりあえず、これで準備ができたので2人を連れて部屋を出ます。メイドさんの案内で食堂にやって来ました。中に入ると、丁度3つ目の鐘が聞こえてきました。既に全員揃っています。
「お待たせ。ごめんね、客なのに最後になっちゃった」
「お気になさらないでください。アレン様に会わせてセッティングいたしましたから。シルヴィアさんたちも座ってちょうだいね。今日はフラーディアのメンバーの会合なのだから」
所謂、お誕生日席に座るメリッサはいつも通りの穏やかな笑顔で言います。屋敷の女主人が公言してくれたおかげで、一介の使用人が席に着いても問題なくなりました。ここではシルヴィアたちもフラーディアのメンバーであり、使用人という仕事に従事する人間ではない、ということになります。流石、しっかりしてるなぁ。
メリッサの言葉に甘えて、シルヴィアたちにも席についてもらいます。並びとしては、私がメリッサの次の上席。そこから、リリー、コンチータ、カタリナ、ブラッド、テリー、エルネスト、シルヴィア、カイ、ノアの順。身分と、今従事している仕事で決まっている感じですね。フラーディアのメンバーの紹介とか、今はまだありませんけれど。その内、あるかもしれない外に向けて発信する時には参考にさせてもらいましょう。
メリッサの言葉で朝食会が始まります。ここのシェフも、新しいレシピを取り入れたみたいですね。丁度いい味付けです。少し舌鼓を打って、私から話を始めます。
「みんな、昨日は本当に突然だったのに集まってくれてありがとう。お陰でフラーディアに新しく仲間が増えたから、みんなも仲良くしてあげてね」
「ええ、もちろんですわ。ふふっ、新しく仲間が増えると、ワクワクしちゃうわね」
代表してメリッサが答えれば、他のみんなも同じような反応を返してくれます。カイとノアがスラム育ちであることは既に知れたことですが。誰も嫌な顔をせずに頷いてくれたことに、一先ずはホッとします。全く気にしてないとは言わないでしょうけれど。積極的に排そうという空気は一切ありません。家名なし聖女についてくるだけはある、ということですね。本当、ありがたいことこの上ないです。
「まだ何も決まっていないとは言え、全く方針がないというわけではないのでしょう?」
真面目な話はブラッドが率先してやってくれるから助かります。その辺りも、時間をとって詰めるつもりではありますが、ある程度の方針くらいは示しておいた方がいいでしょうね。その方が話し合いもスムーズでしょう。
「うん、とりあえず、読み書き計算は教えようと思う。あと、運動兼ねて剣の使い方とか、護身術とかも」
「護衛を増やすってこと?」
「カイとノアがやりたいならね」
今、エルネストが1人で護衛をしてくれていて、ほぼ四六時中一緒にいてくれてます。でもずっとこの状態では無理も出ますし、エルネスト自身の時間も少なくなってしまいます。なので増やせるなら増やしたいとは思っていました。けどそれができるかどうかは、やっぱり本人の得意不得意がありますから。今は何でもやってみるのがいいと思います。揃ってまだ小学生くらいですしね。
「それなら、アレン様と同じように午前は座学、午後は運動って時間割をしたらどうでしょう」
「時間で切りながら、それぞれから話をするのもいいかもしれません。全員、研究や仕事の方向性が違いますから」
「確かに、それぞれの研究分野について教えるのはいい気分転換かもしれませんね。私たちにも」
「その中から、好きなこととか、やりたいことも、見つかるかもしれませんね」
「それならアカデミーみたいな時間割を作るのはどうですか?」
「いい考えかもしれませんね。ずっと一つのことをやっていても飽きてしまいますし」
「その時の仕事の状況や、2人の興味の有無で臨機応変に対応できるようにも工夫しなければなりませんね」
「そうね、話し合うべきことや、聞かなければならないこともたくさんあるようだから、サロンを準備しておきましょうか」
私が口を挟む間もなく、話はまとまったようです。こんなにカイとノアの教育に積極的だとは……。新しいものも、常識はずれのものも、恐れずにまずは受け入れる。そこから判断してくれるのが、本当に嬉しいです。まぁ、滅多なことでは関わることのなかった相手でもあります。興味津々というか、珍しい生き物を前にしてちょっとはしゃいでるのは、あるのかもしれません。カイはそんなみんなにやっぱり困惑していて、ノアは食べるのに夢中です。対称的な反応が可笑しくて笑っちゃいます。
「なんだよ」
「そんなに驚かなくたってよくない? 家名なし聖女についてくるような人たちだよ。カタなんて破ってなんぼ」
「なんだよそれ……」
カイは一々驚いていたらキリがないと悟ったようです。ため息をついて残りの朝食を消費していきます。私たちも折角の朝食ですから、美味しくいただきます。方向性が決まれば早く詳細を詰めたいようで、みんなも黙々と朝食を消費していきました。わかりやすい。とはいえ、朝食会自体は和やかに終わります。だからとゆったりすることもなく、早速、サロンに移動しました。
「さて、改めてみんなから自己紹介よろしく」
落ち着いたところで音頭を取ります。それに頷いて、メリッサが最初に口を開きました。
「では、アタシから。メリッサ・ヴァン・エニスよ。薬草の研究をしているわ。それから、アレン様との連名責任者でもあるから、アレン様がオフィスに不在のときにはなんでもアタシに言ってちょうだいね」
「リリー・フォン・アヴァロン。アレン様が使う魔法の研究をしてる。魔法なら、誰にも負けない自信ある。あなたたちにも、たくさん教える。よろしく」
「私はコンチータ・ヴァン・ウェルズ。魔道具の研究をしてるの。異邦にあったものをアレン様から伺って、再現して、作るっていう感じかな。これからよろしくね」
「カ、カタリナ・ボン・トマス、です。えっと、服飾関係の仕事を、してます。お二人の制服も、作りたいので、後で採寸させてください。よろしくお願いします」
「ブラッド・フォン・クルックだ。アレン様の執事として、仕事の手伝いを中心にやってる。以上」
「えっ、あ、テリー・ボン・ゴッディ。この子はシーキャットのミヅキ。基本の仕事は馭者なんだけれど、フラーディアでは魔獣の研究をしているんだ。よろしくね」
「エルネスト・ローランだ。アレン様の護衛騎士をしている。オフィスにいる間は他の方の手伝いや、訓練を主に行っている。基本はアレン様について護衛している方が多いな」
「シルヴィア・クラインです。アレン様の侍女をしています。オフィスでは他の方のお手伝いをしてて、そのほかにお城での情報収集をしています。よろしくお願いしますね」
にこやかに挨拶をしたのに、カイは独りずつ確認するように視線を向けました。一通り確認して、カイは私を見ました。
「……本当にいいのかよ、おれたちなんか入れて」
「今更なこと聞くね。ダメだったら最初から迎えになんか行ってないよ」
「それは……、確かに、そうだろうけどさ」
貴族ばかりの中に放り込まれるって改めて実感したら、居た堪れなくなったみたいです。肩身の狭い思いをさせるつもりはありませんが、本人がどう感じるかはまた話が別ですからね。今は私のわがままで、ただ従ってくれればそれでいい、ということにしておきましょう。
「拾うのは面倒だけど、捨てるのは簡単だから。せめて捨てられないように足掻いてよ」
「なんだよそれ」
何度目になるかわからない言葉を繰り返して、カイは口を尖らせました。それから、改めてみんなに向き直ります。
「おれはカイ。第七地区にいた」
簡素が過ぎる挨拶。第七地区、というのが私にはわかりませんが、おそらくスラムのことでしょう。露骨には顔に出しませんでしたが、みんなは一瞬、動揺を見せました。家名なしが寄り集まった無法地帯か……。国のゴミ箱みたいなものですね。そしてある意味では、国民の安心材料。自分より下がいるという安心感は、人間が社会を築く以上、なくならないものみたいです。
「ノア。おねえちゃんのうた、すき!」
そんな微妙な空気を読んでか、読めなかったのか、ノアが明るく言います。その瞬間、一瞬生まれた冷たさが消し飛びました。
「わたしも」
いの一番にリリーが頷きます。そこにシルヴィアが乗って、カタリナに話を振ります。慌てたカタリナをフォローするようにエルネストが入れば、コンチータが揶揄う調子で更に突きました。テリーが間に入って、メリッサが笑い、ブラッドが呆れます。スラム育ちであることは、もう既に気にする要素ではなくなったみたいです。目論見が外れた、と言わんばかりの顔のカイは、居心地悪そうにそっぽを向きました。
「だから言ったでしょ、家名なし聖女についてくるような人たちだって」
「お貴族サマの考えてることなんざわかりゃしねぇ。……どうなっても知らねぇぞ」
「大丈夫。どうとでもなるから」
昨日、言ってた通り、まだ全く信用はないみたいですね。でも信じてみたい気持ちはきっと嘘じゃない。だから私たちは信じてもらえるように、行動で示さなければなりません。つまり、今までやってきたことと何も変わらないということですね。
「お喋りもいいけれど、時間割作らなきゃ。早速、明日からやってもらうからね」
楽しそうなみんなに声をかければ、揃った返事。大丈夫、どうとでもなる。どうにだってできる。自分から選んだ茨の道くらい進めなきゃ、この世界で私の居場所はありませんから。




