第六十二話:異世界は綺麗な場所ばかりではありません。
平和的な場所にいて、安全地帯から見てるだけならなんでも言えます。
でも渦中にいれば好き勝手言いやがってって思うこともたくさんあって、世の中ってのはままならないものだなと思います。
自分はなるだけ、人に優しくありたいものです。
しばらく歩くと、広場に出ました。硬い印象のオフィス街から、一般人の生活圏である中央に戻ったみたいです。暖かな空気を感じて、ちょっとホッとしました。
たくさんの子ども達がはしゃいで回って、色んな人達がのんびりと過ごしています。その中で、ストリートパフォーマーの人たちが自分の芸を披露して、日金を稼いでいるみたいですね。賑やかな場所。そして、平和の象徴。この国は恵まれている。そう思える光景です。
「王都にも、スラムがあるんだね」
「……そうだね」
だから、そこにそぐわない姿が目に付くのは当然でしょう。
無視することも、見なかったことにするのも、簡単です。でも、どう見たって5つか6つの子どもがボロ着を着て突っ立ってたら、目立つことこの上ない。その異質さは当然、敬遠されます。誰も気に留めない。知ったことではないと、手を差し伸べるつもりもない。そこにいるのに、存在しないことになっている。
それが自然なことだとは思います。自分が幸せなら、他人の不幸をわざわざ背負う理由はありません。どれほど穏やかでも、そこまでの余裕がある人がここには居ない。ましてや素性もわからない赤の他人。この国で家名なしが忌み嫌われる理由の一端を、初めて目の当たりにしました。
「助けますか?」
「今の私は、出稼ぎの田舎娘。あの子を助ける理由も、手段も、手立てもない」
ああいう子は、1人助けても意味がないでしょう。恵まれない子供は、それこそごまんといるはずです。あの子一人、どうにかしたところで、何も変わりません。だから国として、あんな子が現れないよう何か対策をするべきなんですよね。本来は。
「なら、どうします?」
「一旦戻ろうか」
ずっとあの子があそこにいるとは限りませんが。いなくなってたらそれまでの縁ということでしょう。
さて、まずは方々に根回しです。物はともかくとして、人はまた話が別ですからね。
それから、時間を見てもう一度街に降ります。日が傾き始めて、もうそろそろ一日の終わりの鐘が鳴ります。広場にいた人たちはもう既にいません。あの子供が、ぽつんと一人佇んでいるだけ。
「行ってくるね」
みんなは少し離れたところから様子を見守ることになってます。振り返って一言告げれば、心配そうでありながらも頷いてくれます。それを確認して、私は誰もいない広場に踏み入りました。長く伸びた影が子どもの前に落ちて、僅かに顔が上がりました。
「こんにちは」
一先ず挨拶をしてみますが、返事はありません。
綺麗な金色の瞳。ボロ着で、ずっと身体を洗うことも出来なくて、髪も肌も傷みまくってて、怪我の跡もその頬に見えています。でも瞳だけは、キレイな色をしてる。純粋な好奇心と興味を湛えて、世界を見つめている。この子はまだ、世界に絶望してない。
じっと見つめて来るのに、私は笑いかけます。
「ずっとそこにいたよね。誰かに何か強請るわけでもなく、欲しがるわけでもなく、壊そうとしてるわけでもなく、ただそこにいた。何かしたかったの?」
聞いてみても答えません。何か、的確なことをいわなければ何も言ってくれないということでしょうかね。それとも、そもそもが喋れないとかでしょうか。さて、どうしたものかと思っていると、走り寄ってくる足音がします。そちらを見れば、これまたボロ着を着た、12,3歳くらいの子ども。小さい子に駆け寄って、強気なマゼンタの瞳でこっちを睨みます。
「きょうだい?」
「なんで答えなきゃなんないんだ」
「んー、それもそう。じゃあ、違う質問に答えてくれる?」
重要なのはこの子達がきょうだいであるかどうかではありませんからね。
「力、欲しくない?」
警戒が強まりました。まぁ、どう聞いても怪しい勧誘ですからね。年上の子はどうにかここから離れようとしていますけれど、小さい子は動く気ないみたいです。ただ黙って私のことを見つめてきます。鐘の音が聞こえてきました。
「見て、聞いてて」
一つずつ鳴るたびに、空が暗くなっていきます。一番星がどれかもわからなくなって、薄く弧を描く月が顔を覗かせます。深呼吸を一つ。
「顔を上げた先 遠く霞むほど長い道があって
途方に暮れた時 足跡がそこにあるって気付いた」
一番にハマってたコンテンツの、膨大な楽曲群の一つ。男性ボーカルのアイドルソングでした。すっごくカッコよかったんですよ。歌ってる声優さんの声が本当に好きで好きで。この曲を歌ってるキャラは声で推しになったくらいです。歌いながら、子ども達と少し距離を取ります。広場の端から、中央へ。
「誰かが通った この道の先に本当にいるのだろうか
辿り始めた僕 残ったのは半歩ズレた足跡だった」
鐘が鳴り切ります。辺りは真っ暗で、本当に誰もいません。街灯なんて代物はあるはずもなく、周辺の建物はすべて灯りが落とされています。
さぁ、ここから。
「同じようにできない 同じように見えない
焦る僕は未だ道の途中 でも確かに、進んでいる」
偽りの姿はもういらない。すべての魔力を蛍のような光に。暖かなオレンジ色で、広場の隅まで満たすように。
「Be Hear Now! ここに今、僕はいるから
残したものが誰かと違っても
手にしたものが誰かと違っても
存在という事実は変わらない
だから叫べ 存在証明!」
向こうで見ている子ども達は、この光景に目を奪われています。小さい子の方が、小さい光の粒に手を伸ばしているのが見えました。年上の子はそれをいさめるのも忘れて呆然とイルミネーションを見つめています。歌い上げて、数分、この光が残留するようにしておきます。子ども達は恐る恐る近づいてきました。
「……何者?」
「私、アレン。異邦から来た、家名なし聖女」
異世界召喚が行われたことは国中に知れ渡っています。具体的にどんな人が召喚されたかは噂程度の話しかなく、家名なしが混ざっているという話も出回っていました。それによって、国民は淡く不安を抱いている状態だそうです。スラムに住むような子ども達にまで知れ渡っている噂。その渦中の人間を目の前にして、やっぱり子ども達は驚いたみたいです。そんな子ども達を見て、改めて聞きます。
「ねぇ、力、欲しくない?」
両手を広げて誘います。
「ここに居る為にも、世界を恨む為にも、必要でしょ? 生きる力」
子ども達は互いの顔を見合わせます。どうしようか、迷っているようです。イルミネーションの残留時間が減って、少しずつ暗くなっていきます。ゆっくりと暗くなっていくのに気付いたのか、子ども達は焦り始めました。
「生きる力って、なに」
「心から好きだと思うものに出会うこと」
真っ直ぐ、2人を見つめて返します。その答えにも、大きな子は戸惑ったみたいです。小さい子はじっと私の顔を見上げました。消えてしまうまで、あと数秒。その顔が見えなくなる寸前。小さい子に思い切り飛びつかれて尻もちをつきました。
「いまの、もういっかいききたい!」
男の子、ですね。ボロボロ過ぎてよくわかりませんでしたけど。真っ暗でも両目を爛々と輝かせているのがわかります。歌が気に入ったみたいですね。
「うん、もう一回なんて言わず、何度だって聞かせてあげる」
笑いかけて頭を撫でてあげれば、嬉しそうに笑ったのがわかりました。小さい子がこうするって決めたら、年上の子も従うみたいです。諦めたみたいに横にしゃがみ込みました。年上の子は女の子ですね。男の振る舞いが身についているのは、それが処世術だったからでしょう。
「言っとくけど、信用はしてないからな」
「うん、今はそれでいいよ。2人の名前は?」
「おれはカイ。こいつはノア。血は繋がってないけど、こいつが赤ん坊の頃に拾った」
「そう。この子のために、たくさんがんばって来たんだね」
「……慰めなら要らない」
「本心だよ。同じこと、しようと思ったってできないし。できたとしても、こんなにちゃんと愛してあげられる自信はないよ。カイがたくさんがんばったから、ノアは世界に絶望してない。私はそう思うな」
暗くてよく見えない顔を真っ直ぐ見つめて言います。カイは照れたのかなんなのか、そっぽを向きました。それから、ちょっと震えた声で聞いてきます。
「おれたちを、どうするつもりなんだ」
「うーん、実は考えてなかったんだよね。何ができるかも、何がしたいかもわかんないから」
「……なんだそれ。聖女サマがそんなんでいいのかよ。おれたち、家名なしのスラム育ちだぜ」
「私も家名なしだからねぇ。だから、まずはできることと、何がしたいかを探してみようか。死んだ方がマシって思うくらい、詰め込んであげるから覚悟してて?」
「冗談きついって」
笑っていれば、ノアに腕を引っ張られました。歌ってほしいみたいです。同じ曲を、声量を落として歌います。今度は手元だけ照らせる小さな光を浮かべるに留めます。ノアは嬉しそうに聞いてくれますね。
本当に気に入ったみたいです。
「……きれい」
横で聞いているカイも、小さく零しました。状況が落ち着いたのを見てか、待機していたみんなも集まって来ます。フラーディアの面子、勢ぞろいです。諸々の事情を加味して、スヴァンテ様だけはいないんですけれど。こんなに人がいるとは思わなかったのか、カイはわかりやすく驚いています。ノアは私の歌を聞きながら寝ちゃったみたいですね。マイペースだ……。
「ようこそ、私たちの夢を叶える場所。フラーディアへ」
ノアに笑いながら、カイに手を差し出します。カイはそれに戸惑いの表情を浮かべて私を見ました。
「叶えたい夢なんか、ない」
「そりゃ当然でしょ。だから探そう、一緒に。ノアの為にも、カイ自身の為にも」
「……あんた、変なヤツだ」
「そりゃ家名なし聖女ですから」
「誇るなよ」
呆れたように言って、カイは躊躇いながら手を取りました。ただの街歩きの予定だったんですけれどね。どうにも、やりたいこと全部やっちゃいたいんですよ。こうやって誰かに手を差し伸べること、やらずに後悔することが、あまりにも多すぎたんです。困ってそうな人を見て、気にするくせに結局手を出せなくて、放っておく形になっちゃって。結局、手を差し伸べるのがよかったのか、差し伸べないのがよかったのか。今でもわかりません。その後悔を他の誰かで埋めるつもりはありませんが、今までできなかったことは積極的にやっていきたいと思います。
人はしたことよりも、しなかったことについて、後悔する。かの有名な文豪先生もそんなことを書いてますから。
「さて、戻ろうか。警備隊に見つかったら大変だ」
号令をかけて、急いで近くに停めてあった馬車に乗り込みます。カイとノアは私の乗る馬車に乗せて、一緒に乗るのはシルヴィアだけです。あ、あとミヅキ。
横をウォーリアに乗ったエルネストが並走します。ブラッドはテリーの横に座って、メリッサたちはもう一つ、用意した馬車で追走です。王城の門は閉まっちゃってるので、今日はエニス伯爵家のタウンハウスにお邪魔します。
本当、急にあれこれ決まったって言うのに。ミヅキも伝令役としてたくさん走ってくれましたし、みんなも急な呼び出しに快く応じてくれました。情報収集にも人手を貸してくれたんですよ。4,5時間で、異世界召喚が街でどんな噂になっているのか、集められるだけ集めてくれなんて無茶を言ったのに。手続きどうのの面倒事はスヴァンテ様が全部引き受けてくれるそうです。週明けからの話になるので、今すぐのことではありませんが。本当、みんなには感謝してもし切れませんね。
伯爵邸に戻って、用意された客室に入ります。あとは全て明日ということで、今日はもう休みます。考えることも、やるべきことも、責任も増えましたけれど、悪くない心地です。いつか、この日を後悔する日が来るのかもしれません。家名なしのスラム育ちの子どもなんか、引き取らなければと思うようなことが起きるかもしれません。それでも今は、これが間違いだと、思わないことにします。後悔した更にその先で、やっぱり間違いじゃなかったって思えるように。




