第五十九話:異世界での生活に馴染んできてます。
思いついたものを思い付いたようにやるから、収集の付け方がわかりません。
これが投稿される頃には、もっとずっと先の話まで書き上がっているはずですが。
やりたいことが多すぎる。
でも仕方ないんです。
楽しそうなこと、なんでもやってみたいからね!
そういうわけで、未来の自分に託してきます。
「おはよう、ミヅキ」
日の出のちょっと前、枕元で丸くなってたミヅキに声をかければ、みゃあ、ってまだ眠そうな返事が返ってきます。頭を撫でてあげれば、嬉しそうに目を細めました。いつも通りに外を眺めながら、って思ったんですけれど。
折角なので、朝食を作ってみようかと思います。家具の搬入の時にある程度の食料も一緒に入れてもらったんですよね。まぁ、大それたものは作れませんが。ベーコンエッグとレタスサラダくらいは作れます。あ、でもご飯を炊くなら、卵焼きにしてベーコンはアスパラと炒めようかな。とりあえず、お味噌汁は作ることにして、鍋の一つにお水を張ります。
「あっ、出汁ないじゃん」
ご飯を炊いてる間に昆布を浮かべておこうと思って、昨日搬入されてないことに気付きました。顆粒だしは使わなかった家なので、昆布と鰹節があればいいんですけれど。この世界に出汁の文化ってあるんだろうか……。いやぁ本当、後から足りない物が次々と出てきますねぇ。計量カップも欲しいです。お米はまぁ、コップ1杯って決めればいいですけれど。水の量が毎回目分量はキツイ。
「ふぁいやー! なんて、ふふっ」
ともあれ、お米と水を放り込んだ鍋を火にかけます。魔法の杖をコンロの前面部についている魔石に向けると、魔力が伝わって火が興せるっていう仕組みですね。ちょっと面白いです。これやりたいがために、朝食を作ることになりそうですね。自分の単純さに笑っちゃいます。
「「「おはようございます」」」
「おはよう。ねぇ、聞きたいんだけれど、この世界に出汁ってある?」
「ええ、ありますよ」
面を喰らいながらシルヴィアが答えました。
「欲しい食材があるなら、今から厨房に取りに行きましょうか」
「んー……、とりあえず、今はいいかな。どうせなら自分で買いに行きたいな」
「城下に降りるなら、流石に国王陛下に許可を得ないとなりませんね」
「許可が出るとは思えませんが」
「まぁ……、だよねぇ。ちょっと考えるか」
「できるならまだ大人しくしていてほしいんですが」
ブラッドが溜息交じりに言います。まだ、って言う辺り、ブラッドも甘いなぁって思います。私が大人しくしてるわけないってわかってるっていうか。振り回す側としてはちょっとは申し訳ないとは思ってますよ? でもね、なんだかんだ一緒に楽しんでくれてるのわかってるんですよ。そしたらもう、じゃあ次はこれをしてみよう、あれをしてみようってなるじゃないですか。
「まぁ、流石にスヴァンテ様にくらいは一言言っておくよ」
「だからと許される話でもありませんよ。ともあれ、朝食をご自身で用意なさるなら、シェフに今朝の分は必要ないと伝えてまいります」
「ああ、そうだね。シェフによろしく言っておいて」
一つ、礼をしてブラッドが引き返して行きました。朝夕の食事はシェフが用意すること前提でしょうから、こうなると報告は必要でしょう。無駄に作らせてしまうのも申し訳ないですしね。
「悪いことしちゃったかな」
「今はまだ調理に入る前なので、問題ありませんよ」
「1の鐘の半ばになると、料理も出来上がってくるので、食堂でお召し上がりになった方がよろしいかと思います」
「なるほど。わかった、次から気を付けるね」
曜日で作ってもらうかどうかを決めるっていうのはありかもしれませんね。土日は暇なので、料理研究してもらうのはありだと思います。そこに情熱を注げる人がいるかどうかは、わかりませんが。まぁ、いたらまた支援するということで。
とりあえず、朝食作りの続きです。まぁ、下ごしらえが済んだので、あとは炒めるだけなんですけれど。
「お手伝いしましょうか」
「それじゃあ、ミヅキのごはん、お願いしていい?」
「はい、もちろん!」
「エルネストはお皿出してくれる? 平皿を、4枚」
「……かしこまりました」
一瞬、驚いた顔をしましたけれど、すぐに意図は察してくれたみたいです。まずはベーコンとアスパラの炒め物をざっと作って、次に卵焼きに取り掛かります。すっごーい、テフロンが裏切らなーい。これがテフロン加工されてるかは知りませんけれど。家で使ってたフライパン、すっかり古くなってたしなぁ……。よくあの張り付くフライパンで頑張ってたものだ。私も、母も。
それから先に沸かしておいた水に、玉ねぎのスライスを放り込んで、軽く煮立たせます。灰汁みたいなのは一応取り除くことにして、火を止めたところでお味噌を投入。溶かして、お椀とコップで4人分に分けます。平皿には卵焼きとアスパラベーコンをいい感じに盛り付けて、レタスとトマトで飾り付け。広く取ったスペースにご飯を盛り付ければ、朝食プレートの完成です。
「うん、思った通り! 自分ひとり分になるわけがなかったよ。そういえば3人は朝食、もう食べちゃったりしてる?」
「軽くは口にしますが、ここまでしっかりしたものではありませんね」
「ちゃんとした朝食は主人の後です。朝食の仕込みも、1の鐘と共に始まりますから」
「ああ、まず最初に朝食なんて代物が出来上がってない、と。だったら僥倖、食べて食べて。折角作ったなら、やっぱ食べてもらった方が嬉しいからさ」
「運ぶのは僕達がやります!」
テーブルに持って行こうと思ったら、流石にストップかけられちゃいました。いけないですね、異邦人感覚。自宅だって意識が気を緩ませてるみたいです。入居初日でこれって、私もこの世界に馴染んだなぁ。部屋の主は私なので、座椅子の席は私の場所だと決められました。まぁ、それは当然の権利でしょう。座布団くらいは揃えたいなぁ。城下に降りた時に生地のお店とか見てみましょうかね。
「それじゃあ、いただきます」
「「「いただきます」」」
このメンバーで一緒にいるのが基本ですけれど、一緒に卓を囲むのは初めてですね。あ、いや、リリーと魔法研究した時には一緒に座りましたね。でもそれ以来って考えたら、なんだか嬉しくなっちゃいます。それぞれ、気になるものを最初に口にするみたいです。どうだろう、と様子を見守ってみます。口に入れてすぐ、わかりやすく表情が明るくなりました。
「わぁ、美味しいです! エッガの焼き物? ですかね、わたし、すごく好きです!」
「うん、エッガ焼き。薄く焼いて巻いていくから、オムレツとは全然違う食感でしょ?」
「はい! とてもしっかりしていて、美味しいです!」
「ビーズペーストのスープは初めて口にしましたが、とても美味しいものなのですね」
「本当はお出汁取ってから作りたかったんだけどね。ちゃんと出汁で作ればもっと美味しいよ」
「そうなのですね。これ以上に美味しくなるなんて、にわかには信じがたいです」
「コメも、美味しいです。実家で口にした時にはもっと水っぽいものでしたので、こんなに美味しいものだったなんて、初めて知りました。煮方の問題なのか……?」
「米は煮るんじゃなくて、炊くの。水っぽいのは使う水が多いせいだよ。米に対して、1.2倍の水だったかな。これでもちょっと失敗してるんだけど。本城は日本人がいるから、ちゃんと炊けてるってことかな」
「なるほど」
反応の仕方はそれぞれですけれど、甚く喜んでくれたことには違いませんね。純粋に嬉しいです。やっぱり、美味しいって言って食べてもらえるのが一番いいですから。ミヅキも朝ご飯を食べて満足げですね。
4人で朝食を平らげて、朝の支度です。後片付けは引き受けてくれるとのことなので、素直に甘えて湯浴みからのいつものルーティンです。朝食を作った分、押すかと思ったんですけれど。シルヴィアのてきぱきとしたお手伝いのお陰で、全く焦ることなく終わりました。侍女ってすごい。
みんなより、一足先に玄関に向かいます。準備されている馬車に近づけば、テリーが笑みを浮かべて一礼しました。
「おはよう、テリー。ミヅキの仕事ぶりはどうだった?」
「おはようございます。基本のことは問題なくできるので、立派な伝令役になってくれると思います。特別優秀、というわけではないようですが、仕事は懸命に覚えようとしてくれます。アレン様の役に立ちたいのでしょうね」
「そっか、大変だとは思うけれど、これからもよろしくね」
「はい、もちろんです!」
明るく頷いてくれたテリーに、足元のミヅキも一声上げます。主人ではないけれど、助けてくれた恩人としては認識してるみたいですね。テリーも、好きなことができるようになって明らかに顔つきも明るくなりましたし。両親が出てきたときにどう対応するか、考えておかないとならないですね。何事もないのが一番なんですけれど。
馬車に乗り込んで、本城へと向かいます。20分くらい揺られている間に、テリーの予定を聞いておきましょう。箱の中からでも馭者に声を掛けられるよう、音声を伝達する魔道具が取り付けられてるんですよ。通信機ではなく、変声器みたいな仕組みのものらしいです。
「テリー、今日の予定は?」
「まず、ミヅキの健康診断を軽くした後に、遊びながら魔法をどれくらい扱えるかを見ようと思います。その後は運搬の仕事を教えていくつもりです」
「わかった、みんなにも伝えておくね。何か問題があったらブラッドでも寄越して」
「わかりました」
膝の上のミヅキががんばるって言うみたいに一つ鳴きました。そうこうしている間に本城に着きます。まずは、フラーディアのオフィスに寄り道。3つ目の鐘が鳴るまでまだそれなりにあるはずなんですけれど、メンバーは既に全員揃ってます。研究熱心と言えば聞こえはいい。うん。挨拶をして、今日の業務連絡です。
「まず、私から。テリーが、午前中はミヅキと遊びながら魔法がどれくらい使えるか見るんだって。だからちょっと、場所を開けておいてくれると嬉しいな」
「それなら、ボクから一つ報告が。隣の部屋が空いているので、そちらもフラーディアのオフィスの一つとして使えるようにしておきました。今のところ、家具もなにもありませんが、魔法の起動実験や、魔道具の試運転なんかに使ってください」
「いつの間に……、ありがとうございます。それなら、テリーが来たらそちらを使えると伝えておいていただけますか?」
「ええ、もちろん。部屋同士をつなげる扉を設置できないかも今、交渉中なので、決まり次第お伝えしますね」
「よろしくお願いします。あと、刀の師範になってくれる人に、誰か心当たりない?」
「カタナ、ですか?」
「どうしてまた、そんなものの使い方なんて習いたいの?」
「聖女候補就任祝いで色々贈り物されたんだけれどね、第二王女から刀を貰ったの。120cm……、4シャク? の実戦刀」
「……ヘルミーネには、一言言っておきましょうか」
「いえ、大丈夫ですよ。エルネストが興味あるそうですから。それで、師範を探そうかって話になって。リリーとか、カタリナとか、アテあったりしないかなって」
「心当たりはないですね……。父は両刃剣に拘る人なので」
「わたしはなくはないけれど、頼みを聞いてくれるかどうかは、わからない……」
「そっかぁ……。でも、一応声かけてもらえる? ダメだったら別の手段考えるよ」
「わかった」
「じゃあ、順番に報告お願い」
「午後から図書館に行くつもり。終業時間まで戻らないと思う」
「アタシは調合をした薬草の実験をしますわ。少しマウスが騒ぐかもしれないけれど、お気になさらないでね」
「私はいつも通り、魔道具の設計図を考えます。今日は試運転しないと思いますけれど、するってなったら隣の部屋を使わせてもらいますね」
「私も、制服の縫製を続けます。それで、あの、まず1着、制服ができました。アレン様のお召しになるものです。い、如何でしょう……?」
ちょっと自信なさげにカタリナが壁際のトルソーにかぶっていた布を取り払いました。全体的なイメージはスーツの変化形、といった感じですね。ブラウスは襟に丁寧な刺繍が施されています。金色の糸なのは異邦人の色だからですね。雲が流れているイメージの意匠です。
ボタンは小ぶりのもの。木でできているみたいで、白い生地に柔らかな木目がいい感じに映えていますね。ネクタイではなく、大振りのリボンで首回りを飾るみたいで、それにも刺繍がされています。グラデーションのかかった布を使っているようで、夜明けの空を思わせる色合いをしています。
ジャケットは光沢のある生地みたいです。ボタンは大きめの金古美で、私専用の図案を使って彫刻が施されています。スカートは独立していて、私がこちらに来る時に着ていたものを参考にしたとわかる作りですね。流石にファスナーはついてませんけれど。なので、腰回りをベルトで固定する形ですね。膝下のロングスカートで、裾部分にも襟周りと同じ意匠の刺繍が施されています。
全体のシルエットもすっきりとしていて、カッコいい仕上がりです。
「すごい……。シンプルだけど品がいいって感じ。これ、着る人に合わせてリボンとか、ネクタイの色を変えるのはありかもね」
「なるほど……。では、そのようにします」
「早速着てみたいけれど、折角なら全員分揃ったところで着ようかな。他のみんなの分もお願いね」
「はい、がんばります!」
本当にいい仕事をしてくれました。スーツなんてまだ着たことないですけれど、これは着るのが凄く楽しみです。他のみんなも、この出来に期待しているらしくて、自分が着れる日が楽しみだと明るく言います。それでちょっとは自信もついたみたいで、カタリナも明るい表情になりました。
「あと、私からもう一つご報告が。スカートと、パーカーというものについていた、金属部品を、知り合いの金属加工師の方が、興味を持ちまして。この、ボタンを加工してくれた人なんですけれど、是非とも作らせてくれないかと、仰ってました」
「ファスナーがあれば服の幅も広がるしね。とは言っても、私も機構を理解してるわけじゃないから、スカートかパーカーか、解体してファスナー部分だけ持って行っていいよ」
「えっ、よ、よろしいのですか……? せっかく、異邦の素敵なお洋服なのに……」
「お気に入りの服ではあったけどね。前にも言った通り、タンスの肥やしにするだけはもったいないから。この世界の発展に繋がるならその方がいいよ」
「わ、わかりました。一先ず、パーカーを彼に預けます」
こっちの世界に持ち込めた数少ない物の一つではありますけれど。スマホみたいにこれといった使い道もないのは事実なんですよね。だったら他の物に加工してしまってもいいんじゃないかって言うのが正直なところです。物持ちはいい方でしたけれど、古い物ばっかり増えても仕方ないですから。他にこれといった報告もないので、私は午前中のお勉強会へ赴きます。
教室に着けば明香里と成美がいました。挨拶をして、今朝のことを軽く話しながら講師の方を待ちます。今日は国の情勢についての話で、眠気との戦いでした。小難しいと眠くなるよねぇ……。
昼食を取って、午後からは身体を動かすマナー講座。全体的な所作は大分良くなってきたので、実践的な内容についても教えてもらうことになりました。パーティやお茶会の時のマナーやタブー、手紙の書き方なんかの話をしてもらえるみたいです。話し方や表現は、勝手に翻訳される都合上、異邦人は基本的に何も問題がないとされるのだとか。なんでそこはチートなんだか……。
日本語ほどの敬意表現がこちらの世界には存在していないということかもしれませんが。外国語にも丁寧な言い回しとかはありますけれど、日本語みたいに敬語があるわけではありませんから。そこはこっちの世界でも同じなんでしょう。何だかなぁって感じです。
午後の講座も半分、座学みたいになったのでちょっと眠気と戦うのに苦労しそうですが。まぁ、これをやらないとお披露目できないのだから仕方ないんですよね。がんばって身につけましょう。
そんなこんなで11の鐘が鳴って今日の講義が終了です。帰りがけにまた、フラーディアのオフィスに赴きます。
「みんな、お疲れ。進捗どう?」
挨拶をして聞けば、みんな嬉々として今日の進捗を聞かせてくれます。研究のことや、ちょっとした出来事とか、どんな話をしたかとか。話を聞きながら、ふと思ったことを口にします。
「カタリナってさ、私と背格好あんまり変わらないよね」
「え、ええ。そうですね」
「悪いこと考えてますね」
「悪くない悪くない。着てない服があったら貸してもらえないかなって」
胡乱気な目をするブラッドに、慌てて釈明します。思い切りため息を吐かれました。本当、遠慮なくなって来たなぁ。横からエルネストが小突きます。何をしたいのかわかってるシルヴィアたちは気にしてない様子ですね。他のみんなは小首を傾げます。
「服を、ですか……?」
「何かするんですか?」
困惑している様子がちょっと可笑しくて、私は満面の笑みで答えました。
「街に降りたいの」




