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異世界賛歌~貧乏くじ聖女の異世界革命記~  作者: ArenLowvally
あまりにも、よくある話。
6/79

第五話:異世界の一日が終わりました。

宗教のお話をちょっとだけ。

特にこれといった元ネタはないのですが、筆者が無宗教の多方面信仰といういかにも日本人な思想なので、あちこちの宗教のネタが混ざるかもしれません。

一つ、確実に言えることはそこまで深く考えていないということです。あしからず。

 庭園を満喫して私達は城内に戻りました。歌い疲れて喉が痛いです。調子に乗り過ぎました、飲み物も無いのに連続して歌うからこうなるんですよ。知ってますよ、カラオケで散々後悔してますから。学習しない辺り、自分も馬鹿だなって思います。


「あ、アレンー!」


 廊下を歩いていると美雨が走って来るのが見えました。隼はいますが、宗士の姿が見えません。何処かで別れたのでしょうか。でもメイドや執事、騎士様が沢山ついて歩いていたみたいで、大所帯です。あそこに宗士がいたら、総回診みたいな光景だったのかな。想像してみて、ちょっとだけ面白かったです。


「探検終わったの? 何か面白い物あった?」

「うん、流石お城だよね、広すぎて何が何だかさっぱり!」

「あはは、だよね~」


 私はまだ一部しか歩いていないのですが、それでもお城の広さはばっちり体感しました。方向音痴には中々厳しい環境です。


「庭園には行った?」

「お城の中見て回るだけで足疲れちゃった。明日、行ってみるんだ。ね、隼」

「ああ、四つも庭があるなんてすごいよな」

「さっき第三庭園に行ってきたんだけれど、凄く広かったよ」

「へぇ~、ウチら第一庭園を明日見せて貰う約束したんだ」

「そうなの? 第一庭園って、王妃様の趣味の庭園だよね」

「うん、そんなの見たいに決まってるじゃん! だからメイドちゃんにお願いして、見せて貰えることになったんだ」

「そうなんだ、よかったね」


 流石、コミュ力の塊。私にはできないことをあっさりとやってのける。いいなぁ、ローズガーデン。きっとすごいんだろうなぁ。2人は恋人だから、許されたのかな。婚姻とかそう言う方面に話が向かないってわかりきってるから。くぅ、私も彼氏作っとくんだった!


「楽しんでね」

「え? アレンは行かないの?」

「私は図書室を案内してもらうつもりなんだ。第一庭園も気になるけれど、本好きとしては図書室優先かな」

「なるほど、アレンらしいな。そっちも楽しめたらいいな」

「もちろん、楽しむ気満々だよ」


 前を通っただけで感じられる大きさですからね。眺めて回るだけで一日を潰す気配ぷんぷんですよ。それを楽しみに明日を迎えるんです。これが夢じゃないことを祈りながら。


「2人はこの後どうするの? 私はもう少しだけお城の中を歩くつもりだけれど」

「歩き疲れたから、応接室に戻ろうかって言ってたの」

「そっか。じゃあ夕食の時だね。あ、交渉は成立したから、美味しい物食べれると思うよ」

「本当?!」

「流石、アレン。楽しみだ」

「何が流石かはわからないけれど……」


 交渉というよりは実際に作って食べて貰っただけです。習うより慣れろを実践した結果なので、本当に美味しい物が出てくるかは料理長さん次第です。彼ならきっと問題ないでしょうが、無暗にハードルを上げてしまったかもしれません。すまない、とおざなりに心の中で謝罪しつつ、2人と挨拶を交わして別れます。

 美雨と隼も随分と楽しんだみたいですね、お城探索。夕食まで私ももう少しだけ歩きましょう。お腹を空かせておかないといけませんからね。


「そうだ、この世界の時間経過って、どうやって計るんですか? 定期的に鐘が鳴っているのはわかりますが」


 お城には時計の一つもありません。置時計も柱時計も見かけませんでした。何処か白い顔をしているリアさんは答えません。庭園のことを気にしているのかな。確かに羨ましくはあるけれど、どうしても見たいとは言わないのに。いや、進入禁止と伝えたのに、他の人があっさり入れた矛盾を指摘されるのが気まずいのかな。下手したら首が飛ぶ案件だもんなぁ。下手に論わない方が良さそう。

 何も言わない彼女に代わって、エルネストさんが答えます。


「基本は太陽の位置で判断しています。太陽はユエシン教では神の化身とされています。なので、太陽の位置が絶対として私達の生活に結びついています」

「へぇ、なるほど。太陽が昇ってから落ちるまでが人の営みの時間というわけですね。神の身許で働き、生きる。だから夜の間は大人しくして、明日の働きの為に休みましょう、ということですかね」


 太陽が神様なら、月はその使者でしょうかね。ユエシン教かぁ。太陽が神様なのに、名前は月星(ユエシン)なんですね。これだけ英名にあふれてるのに、宗教の名前だけ中国読みなのも不思議だ。


「アレン様は、頭脳明晰でいらっしゃいますね」

「へ? なんで?」


 思っても見なかった言葉に思わず素で返してしまいました。慌てて訂正すれば、エルネストさんは可笑しそうに笑います。


「太陽が神の化身だと聞いただけで、ユエシン教の本質まで見抜いてしまったのですから。当然の評価かと」

「……基本理念程度は誰でもわかることじゃないですか? 故郷も、似たようなものですし」


 日の出ずる国から、というのは有名な話です。日本という国は農耕民族から始まってますし。不夜城や24時間営業は高度成長期からこっちの話なはずですから。違ったかな。覚え間違いかな。調べる方法無いから、確認はできませんが。明かりのない中で生活を営むなら、太陽が出ている時間だけが活動時間と考えるのは自然でしょう。何も、褒められるような事ではないと思います。褒められて悪い気はしませんけれど。


「ユエシン教は、一神教ですか? 神様は太陽だけ?」

「いえ、太陽、月、星それぞれが神の化身とされています」

「月は太陽の使者じゃないんですね。月もまた神様なんだ。太陽程の力は無いけれど、人々を闇から守る……、監視する? どっちだろう」

「暗闇から守るのが月の神の役目です。アレン様の仰る通り、太陽程の力は持たず、安定しないので30日おきに姿を消し、力を蓄えて私達を守ってくれているのです」

「じゃあ、星は月が居ない時のピンチヒッターだ。一つ一つは力が弱いけれど、沢山集まって私達を守ってくれるんですね」

「はい、その通りです」


 太陽と月、それから星の周期は元の世界とほとんど変わらないみたいですね。それを神様の存在と結びつけて、宗教化して信仰する。下手な一神教よりは気楽に信仰できそう。入信するかは別だけれど、理解はできる。科学がオカルトを駆逐したとはいえ、ファンタジーは好きですから。


「太陽の神様はどんな方なんですかね」

「神殿や教会のステンドグラスにはそれぞれの神が象られています。機会があれば見てみると宜しいかと」

「そうなんですね。教会かぁ、行ったことないな」


 サクラダファミリアには行きたかったなぁ。パスポート無いけれど。この国の教会は行けそうですね。機会があった時にでも行きましょう。

 その後もエルネストさんとお喋りしながらお城の中を歩き回って、夕食の時間になります。夕食の時間、と言ってもまだ日が傾き始めたばかりですが。エルネストさんの話だと、国に張ってある結界が反射鏡のような役目を果たしているそうです。そのため、人の営みが行われる時間の間はずっと日が差していて、問題なく行動ができるのだとか。魔法って本当に便利ですね。

 食堂へ赴けば既に皆がそろっていました。席に着くと、早速報告会が始まります。


「アレン、聞いてくれよ。騎士団の人から剣をめっちゃ褒められたんだ!」

「それはよかったね。身体を動かすことにつけては右に出るものなしだからね」

「あたしたちも魔法士団の人に声かけられてさ」

「そうそう、ホストのキャッチみたいに声かけられてちょっと面白かった」

「あと、図書室の中を見せて貰ったわ。すごいわね、あそこ。大学の図書館より大きいかも」

「ホントに? 明日見に行くつもりなんだ。楽しみ~」

「アレンはどこみてきたの?」

「とりあえず、案内して貰っただけかな。宰相さんが働いてる執務室がある辺りとか、第三庭園とか歩き回った感じ」

「流石、真面目」

「歩いただけだよ。そういう隼は美雨とどこ見て来たのさ」

「あちこち見て来たけれど、パーティ会場は凄かったな」

「そう! 豪華なシャンデリアがあったり、部屋の中なのに階段があったり、これぞパーティ会場! みたいなところですごかったよ」

「パーティをするためだけの部屋とかすごいわね」

「ミラーボールとかないのか?」

「それはディスコでしょ。お城のパーティと全然違うって」


 冗談なのか本気なのかわからないようなことを交えながらのお喋りは楽しいですね。そうやって話をしていると料理が運ばれてきました。もうすでに美味しそうな匂いがしてきます。これには皆も期待値が上がっている模様。

 目の前に出された皿には、宣言通りに鶏肉の照り焼きが乗っていました。見た目は完璧。ソースも程よい濃さの色をしています。


「お待たせいたしました。本日のディナーのメインディッシュは鶏肉のショユウソテーでございます」


 自信に満ち溢れた顔でラングハインさんが言います。照り焼きって言わなかったっけ。まぁ醤油ソテーでも、ある意味間違いではないか。この世界の感覚に合わせるならそれくらいのネーミングが丁度いいかもしれない。


「まさか鳥の照り焼きが出てくると思わなかった」

「ヨーロッパみたいな場所なのにこういうの出てくるのおもしろーい」


 皆は戸惑い半分、嬉しさ半分といったところでしょうか。ここにきて和食が食べられるなんて思わなかったでしょうから。


「それでは、お召し上がりください」

「いただきます」


 丁寧に手を合わせて、ナイフとフォークを手に取ります。お肉はとても柔らかいです。やっぱりプロが作ると出来栄えが全然違いますね。お昼に作った私の照り焼きが恥ずかしい位です。一口サイズにしたそれを口に運びます。


「……! 美味しい!」

「本当だ、めっちゃおいしい!」

「昼のステーキとは全然違うな」

「これなら食べやすくていいわ」

「うわ、お米欲しい……」

「わかる、白米食べたくなる味!」

「あ、ありがとうございます!!!」


 絶賛の声に、ラングハインさんは感無量の顔で頭を下げました。教えてから一日も経ってないのに、高級料理店で食べるような味になっているなんてすごいです。短い時間で、出来る限りの試行錯誤と料理人の方達との意思疎通を図ったのでしょう。


「正直期待してなかったけれど、こんなにおいしいものが食べられるなら、毎日の食事が楽しみだわ」

「すごいね、料理長さん。明日からも楽しみ!」

「勿体ないお言葉、光栄の限りです」


 涙ぐむほど嬉しいのか。いや、嬉しいよね。こんなに美味しいって言ってくれるんだから。料理人としては最高以上の誉め言葉でしょう。


「こちらこそ私達の我儘を聞いていただいてありがとうございます。差し出がましい提案も聞いて頂けましたし。おかげでこんなに美味しい料理を食べられて幸せです。明日からもよろしくお願いしますね、ラングハインさん」

「はい、もちろんでございます!」


 安堵と喜びの顔。一品だけ料理を作っただけだけれど、こんな顔をしてくれると嬉しくなりますね。明日からのご飯も安心して食べられるので、ここでの生活が安泰なのはほとんど決まったようなものです。ご飯は大事ですから。まぁ、そこまで食に興味はありませんが。でもどうせなら美味しいもの食べたいよね。昼とは打って変わって明るい食卓になりました。

 みんな大満足で食べ終えて、客間に案内してもらいます。どうやら、一人一室宛がわれるようです。本当に、とんでもない好待遇だなぁ……。恐縮してしまいますが、国の一大産業の重要人物に詫びが乗っかって、この厚遇でしょう。辞退する方が失礼でしょうね。


「じゃあ、また明日」

「うん、おやすみ~」

「おやすみ」

「また明日ね」


 女子と男子で寝泊まりする区画がわけられ、同じような場所に部屋が宛がわれます。客間はこれまた高級品でまとめられていて、下手なホテルのスイートルームよりもずっと豪華でしょう。スイートルームなんて泊ったことも、入ったこともありませんが。

 一通りの設備は整っていて、なんならちゃんとお風呂までありました。湯船に浸かるスタイルのお風呂です! これも異邦人の持ち込みかな。元々の文化かな。トイレはまた別に個室であるので、異邦人の持ち込みかもしれませんね。どっちにしろ、お風呂に入れるのはとても嬉しいです。


「湯浴みなさるなら、準備いたします」

「じゃあ、お願いします」


 リアさんの提案に頷いて、私は窓際に置かれた机に座ります。エルネストさんは部屋の外かな。女性の使う部屋には流石に入れませんよね、専属じゃないし。エルネストさんとお話するのは楽しかったなぁ。メイドさんも同じようにお話出来る人がいてくれたらいいな。それは高望みかな。メイドさんも執事さんも、やっぱり社交性のある美雨や隼に沢山付いてたし。

 食堂で並んでたのを見る限り、一人しかいなかったのは私だけだったみたいです。人に好かれるタイプじゃないからなぁ。溜息が零れます。まぁ、贅沢な悩みと思っておきましょう。

 ふと気付いて、パーカーのポケットを漁ります。そういえば、スマホは身に着けてたんですよね。いつもはバッグに放り込むんですけれど、今日だけはなぜかパーカーのポケットに入れてたんです。確認してみれば、殆ど使わなかったお陰でまだ80%以上、電池は残ってます。


「まぁ、電源落ちたら終わりだよなぁ」


 有っても無くても変わりないものですが。なんせ圏外ですからね。当然ですが。この音ゲー、今日がイベント最終日だったんだけどなぁ。こっちは明日から推しのイベントだったのに。これは新しいアップデートで実装される機能を楽しみにしてたんだっけ。全部、もうどうしようも無いけれど。

 ネットに繋がらないから、アプリの殆どは機能しません。SDカードに入ってる千以上の曲を再生するくらいしか機能は有りませんね。他の荷物は無いので、これだけが唯一こっちに持ってこれたものでしょうか。

 今は使わずに置いておきましょう。魔法で充電とかできるならまた考えます。どこに置いておこう。サイドボードの上にでも……、いや、一応引き出しに入れておこう。こんな意味わからない物を盗む人はいないとは思うけれど、個人情報の塊であることには違いないですし。


「湯浴みの準備が整いました」

「ありがとうございます。早速使わせてもらいますね」


 リアさんは一つ会釈して、浴室に案内してくれました。入るのは好きにしていいようで、リアさんは部屋の外で待っていると言いました。よく中世ヨーロッパ風の世界観の物語で見る、メイドさんが身体を洗ってくれたりするのは無いみたいですね。流石にちょっと恥ずかしいので、逆に助かりました。少し熱いくらいに入れられたお湯は、外を歩き回って少しだけ冷えた身体には丁度いいです。


「はぁ~、気持ちい~」


 世界がどこであろうと、お風呂の気持ちよさは変わりませんね。生き返るぅ~。

 これで布団に入って、寝て、起きたら夢でした、っていうオチじゃないことを祈りたくなります。……ああ、でも、どっちでもいいかな。これが夢でも、夢じゃなくても。元の世界にそこまでの未練はありませんが、やっぱり慣れ親しんだ物がないのはちょっと不安ですし。だからといって、何もかもが新しい世界も楽しくて捨てがたい。


「ふふっ、わがままぁ。随分といいご身分だこと」


 こんな贅沢過ぎる葛藤、世界でどれだけの人ができるんだろう。葛藤していること自体がもう贅沢なんですよね。なら贅沢に悩みますか。

 歌いながらお風呂を満喫して、上がるとリアさんは着替えを用意して置いてくれていました。所謂ネグリジェというやつです。量販店でたたき売りされていたパジャマにしか袖を通したことがない私が、人生初のネグリジェです。


「うわっ、うわ、すっごいいい肌触り……。絹かな、サテン? さらさらしてて、通気性抜群。こんなにいい素材の服を寝巻にする贅沢さよ……」


 寝巻一つでテンションを上げてるのも今の内ですかね。慣れるまでどれくらい掛かるだろう。

 案外、3日とかで慣れたりして。もしそうなら自分の図太さに感服しますね。

 上がるのを待っていたリアさんは椅子に座る様に促しました。それに従うと、髪を乾かしてくれるそうです。ドライヤーもあるんですね。電源コードがないので、冷蔵庫と同じ魔石の電池式でしょう。家電に似たものが殆ど形を変えず、魔法式になって生活に馴染んでいる。何とも不思議な感じですが、不便さはないのでいいですね。

 どこからどこまでが異邦人の持ち込みなのでしょうか。図書室にそのあたりをまとめた本とかあるかな。あったら読んでみたいな。インターネットが無い分、時間があるので本の虫に戻るのはいいかもしれません。

 乾かし終わった髪は、傷んでいたのが嘘みたいに指通りがいいです。特に大事にしてたわけでもなく、放っておいたら伸びたっていうこの髪ですが、一時でも奇麗になると嬉しい物ですね。まぁ、毛先はごわごわで変わってませんが。いいシャンプーは使ってたんだけれどな。使うだけじゃ駄目っていうことでしょうね。


「ありがとうございます」

「はい。本日はもうお休みになられますか?」


 早く寝ろって言われてると取るのは、邪推しすぎですかね。やることもないのでもう寝ようとは思っていたので、別に構わないのですけれど。丁度、日も沈み切りましたし。手元を照らすランプくらいしか明かりがないので、本当に真っ暗です。


「そうですね、もう寝ようと思います。今日は本当にありがとうございました」

「畏まりました。それでは失礼いたします」


 さっさと部屋を出て行ったリアさん。うーん、どうやったらもうちょっと距離を縮められたのだろう。そもそもメイドさんや騎士様に嫌われる理由はなんでしょうか。いや、私が嫌われてるんじゃなくて、他の皆への好感が高いのかな? 美雨は可愛い見た目してるし、明香里も気弱に見えるところが庇護欲をそそるでしょうし。賢そうだから成美には期待が掛かってるのかな。同じように宗士も騎士様に期待されてるだろうし、隼も社交性があって率先して国王陛下と話してたから優秀だと思われてる可能性があります。何の取柄もない私に構う程、メイドさん達も暇じゃないですね。……ちょっと寂しいですけれど。

 選ぶ権利があっても、選ばれてくれるかはまた別の話ですから。私だけが考えて、悩んでも仕方ない問題ですね。今日はもう、布団に入ってしまいましょう。全く眠れる気はしませんが、横になってぼんやりして、暫くしたら眠っていることでしょう。

 それじゃあ、おやすみなさい。

 いい夢が見たいです。





—————————————





(Side:S.Craine)



 異邦から突然、人がやってきて、慌ただしかった一日もやっと終わった。朝のうちにいきなり召集された時には何事かと思ったけれど。まさか、異邦の方の侍女候補として呼ばれたなんて夢でも見ているのかと思った。

 異邦の方の専属侍女や騎士は、格式ある上級貴族の子女から選ばれる。その中で平等性のパフォーマンスの為に一人だけ平民出身者が選ばれる枠がある。侍女の枠ではわたしが選ばれた。何百人から一人しか選ばれない、それも何十年に一度。物凄く名誉ある事だし、専属として指名されなくても候補になっただけでお給料に0が一つ増えるくらい優遇される。

 儀式が行われるのは来年だったから、誰も彼もがその候補になる為に努力してきた。もちろん、わたしも沢山頑張って、侍女頭からいい評価を貰ってる。だから候補になったと聞いて物凄く、本当に物凄く嬉しかった。指名されなくてもお仕事は頑張って、あわよくばちょっとだけ異邦の方とお話できたら、それだけで幸せ。


 現実はそこまで甘くはなかったけれど。


 話すどころか、目に留めて頂く瞬間も無かった。お城の案内は他の侍女や執事がやってしまったし、異邦の方同士で会話するのだからそこに入れるわけもない。こっちに話を振られても、わたしが口を出す前に他の侍女達が我先にと答えてしまう。身分が大きな壁となってわかりやすく目の前に現れた気がした。


「ねぇ、どうだった? あの異邦人」


 仕事の終わった侍女は、寝るまでのちょっとの間だけ自由。だから、その日あったことを報告し合ったり、噂話をしたり、陰口を言ったりする。今日は……、陰口かな。


「家名持たないだけあるわ。ほら、料理長に味付けについて文句言いに行ったじゃない」


 確か、口に合わない味付けだから料理長に相談してみようか、と異邦の方達が話してたっけ。美味しくない、と言ったのはミウ様とナルミ様だったかな。アレン様が文化の違いだから仕方ないって言ってたけれど、やっぱり食べられなかったみたいでほとんどの人が料理を残していた。その後直ぐにアレン様と、アカリ様とナルミ様が厨房に行ったんだっけ。そこまではわたしも一緒にいたから覚えてる。


「手柄が欲しかったんだか、なんだか知らないけれど、アカリ様とナルミ様に向かって邪魔って言ったのよ。折角、一緒に料理長にお話ししてくれるって言ってたのに、酷いわよね」


 それを聞いた他の侍女が同意して、共感を口にする。でもそれは確か、お二人が料理が出来ないから仕方なく、といった感じだったはず。実際に作って食べて貰った方がわかりやすいのに、料理が出来ない人がいても仕方ないのはその通りだ。アカリ様もナルミ様も、アレン様が言いたい事が判ったからあっさり引いたんだと思うのにな。


「しかも自分で作ったのを食べて貰うって言ったくせに料理長に手伝わせてたのよ? 可笑しいでしょ」


 料理をしない貴族令嬢の侍女が言っても、説得力皆無だな……。

 その後も彼女はアレン様が悪い人だって自慢げに話してた。図書室に案内したら本が好きだって聞いても無いのに言ってたとか。仕事をしている人達の事も考えずに堂々と廊下の真ん中を歩いてたとか。中庭に出たら自分と護衛の騎士を置いて勝手に歩き回ってたとか。自分を差し置いて騎士と話をしていたとか。その内容が宗教関連の事で、まるで自分には何でもお見通しと言わんばかりに頭の良さをひけらかしていたとか。

 全部なんてことない、わざわざ論うことのない話。


「夕餉の時だって、まるで自分のおかげみたいに料理長にあんなこと言っちゃって」

「実際にアレン様のお陰だと思うな」

「何よ、あたしに意見しようって言うの? 平民風情が」


 しまった、思った事が口に出てしまった。慌てて否定するけれど、彼女は不機嫌なまま。侯爵家の娘とはいえ次女だから、出来る限り好条件な嫁ぎ先か勤め先をゲットしたいのはわかるけれど。家名がなくてもアレン様だって異邦から来た方なのに。そう考えていることが彼女にはわかったのか、嫌な笑みを浮かべて言う。


「それならあんたが明日からあの異邦人のところに行きなさいよ」

「明日、“から”?」

「そうよ。ローテーションで、とは言ってたけれど必ずとは言われなかったじゃない。平民は平民らしく、家名もない浮浪聖女様にでも仕えなさいよ」

「ほ、本当に家名がないかわからないじゃない!」

「国王陛下に確認されても言わなかったんだから無いに決まってるでしょ。頭悪いわね」


 確かに、アレン様は本当に間違いないか、と言われた時に頷いていたけれど。本当に家名はないのかな……。異邦の方は必ず家名を持ってるって聞いた。例外もあるっていうことなんだろうか。


「いいこと? あんたは明日からアレン様のところに行くの。ほかに競争者なんていないんだから、確実に指名貰えるわよ。よかったじゃない」


 いい事だなんて、全く思ってない言い方。他の侍女もクスクスと笑ってる。異邦の方達は、こうやって薄汚い思惑があること、知らないんだろうな。悲しい。そんな形で指名なんて欲しくないのに。


「わかった、そうする」

「あら、物わかりのいい子は好きよ。精々頑張りなさい。ま、あの異邦人、こっちの身分気にしてたから、平民じゃ指名ないかもしれないけれどね」


 楽しそうに笑って他の侍女達は去って行く。他の方達とも、あれだけ仲良さそうにしてるし、どちらかというと頼りにされてるように見えたけれど。

 ……でも本当に嫌な人だったらどうしよう。

 謁見の間での顔合わせと、昼餉と夕餉の時しか見てないから、確信が持てない。元だけど、第一王子に真っ先に嚙みついたって話もあるし。わからない。明日一日、彼女のそばにいたらわかるかな。わかるよね。今日はもう休んで、明日に備えよう。







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