第五十七話:異世界からの贈り物を受け取ります。
プレゼントって好きなんです。もらうのも、渡すのも。
何なら喜んでくれるだろうか、とか。
これ贈ったらどんな反応するんだろう、とか。
考えながら選ぶのは楽しいですし、実際に喜んでくれたらもっと嬉しくなっちゃいます。
だからもらうのも好きです。大切に思ってもらえてるって思えるものなので。
自宅に戻って来て、ミヅキの寝床がないことに気付きながら、首輪にかけられたブローチについて聞いてみます。エルネストの話によると、これは音声を記録する媒体だそうです。魔力を流せば録音を聞けるのだとか。
「要するにボイスレコーダーなのね。早速聞かせてくれる?」
「はい」
お願いすれば、ブラッドが起動してくれます。ブローチについた青い宝石に光が灯りました。数秒の間。
『アレン様、リリーです。この蓄音機の性能確認と、ミヅキの能力確認で、実験中。この音声を聞いたら、なんでもいいから声を入れて、ミヅキをオフィスまで送り返してほしい。宛先はテリーでお願い。以上』
間違いなくリリーの声で、思ってるよりもずっとクリアに聞こえました。目の前で喋ってるのとほとんど変わらない音質ですね。ミヅキが急かすから、何か急ぎの用事だと思ったんですけれど。単純に仕事したから、褒められ待ちだったみたいですね。
「そう言えば、コンチータが息抜きだって言ってなんか作ってたっけ。あれってこれだったのかな」
「おそらくは」
「すごいですね、たった二日でこの性能の蓄音機が作れるなんて。コンチータ様、とっても優秀ですよ」
「ボイスレコーダーを自作したって考えたら、確かにすごいなぁ。じゃあ、コンチータにメッセージ入れようかな。録音する時にはどうしたらいい?」
「魔力と一緒に声を入れます。なので今のアレン様には難しいかと」
「……なるほど、わかった。じゃあ、普通に歌を入れる」
歌わなきゃ魔法を使えない弊害が……。ブラッドに入れてもらってもいいんですけれどね。やっぱ、やってみたいじゃないですか。ざっとプレイリストを眺めて、これと思った曲を歌います。そんなに長くは入れられないでしょうから、サビのところで起動して吹き込んでみます。
「……これで大丈夫?」
「はい。問題なく入ったかと」
数秒、確認してからブラッドはブローチをミヅキの首にかけ直します。指先に魔力が集まっているのか、ぼんやりと光りました。ブラッドはその状態で、ミヅキの額に触れます。
「これをフラーディアのオフィスにいるゴッディ氏まで持って行くように」
了解、と言うようにミヅキは一つ鳴きました。それを確認して、バルコニーから外に出してやります。3階なんですけれど、まぁ、猫なら問題ないでしょう。
「シーキャットは人の言葉がわかるの?」
「魔力を通して翻訳するんです。シーキャットの方で勝手に変換してくれるので、こちらは特別な言語を必要としません」
「ああ、なるほど。異邦人特典みたいなものか」
私たちが日本語でしゃべってても、こちらの世界の人と問題なく会話できるのと同じですね。人間に都合よくなるように品種改良されてきたんですね。
「それでさ、ずっとスルーしてたけれど……」
家具の搬入が終わった後、運び込まれたのでしょう。卓袱台の上を見事に占拠して、その横にもそこそこのサイズの荷物が置かれています。荷物があるなら先に言って欲しかったんですけれど……。運びきってから伝言するつもりだったんでしょうかね。これだけの量を運び込むなら、家主は邪魔でしょうし。
「各方面から、正式に英雄・聖女候補となったお祝いの荷物が届いていたんですけれど、ずっと自室がない状態でしたから……」
「今日に合わせて、纏めて届いたってこと?」
「そうです」
頷いたシルヴィアに、なるほどと思います。要は先週から五月雨式に来るはずだった荷物、ということですね。そういえば、光代さんたちが就職祝い的な物を送ってくれると言ってましたね。この荷物たちはそれに便乗した結果、ということみたいです。それはもう、私たちの所為ではありませんし、送って来た方も知ったこっちゃなかったでしょうし、誰の所為でもない話ですね。美雨たちが考える時間も必要でしょうし、ここは荷物の確認をしましょう。
「12の鐘までまだ時間あるし、確認しておこうか」
「わかりました。では、一つずつ解いて行きますね」
明るく言って、シルヴィアは卓袱台の上の一番大きな木箱をまず、手に取りました。丁寧な梱包を、丁寧に解けば、中身は食器ですね。お茶碗とお椀とお箸程度のものだと思ってたんですけれど……。
立派なセットです。お茶碗とお椀、それからお皿が丸いものと四角いもの、サイズ違いで数種類。醤油皿と、カレー皿って言うんですかね、ちょっと深めで大きいお皿がこれも2種類ずつ入ってます。それからサラダボウルに、グラタン皿であろう取っ手のついたお皿。陶磁器、銀、木製の3種で一式、取り揃えられてて、これだけあれば十分以上のもの。お祝いだからって、ちょっと、豪華が過ぎませんかねぇ……?
「こちらはミツヨ様からのお祝いの品です。メルカダンテ領産の食器一式。どれも職人が一つ一つ、丁寧に手作りした一級品ですね」
「メルカダンテは確か、大きな鉱山がある領地だったっけ」
「そうです」
お披露目会で面接した覚えがあります。領地のほとんどが山で構成されていて、宝石とか石の採掘に事欠かないのだとか。とにかく職に就きたいなら、メルカダンデの鉱山に行けばいいらしいです。土の質がいいとのことで、陶磁器の作製が盛んとも言ってました。林業もやってるから、お椀とか箸とかも作ってくれたんでしょう。全く興味が沸かなかったわけではないですけれど、宝石の話ばっかりされたんですよね。女の人なら宝石だろうって思ったんでしょうけれど。実物がないと説得力の無い宝石よりは、領地全体の雰囲気とか教えてほしかったなぁっていうのが正直な感想でしたね。
……これ一式で何百万するんだか。なんの装飾もないシンプルなものですけれど、手間暇がかかってるって考えれば数千万単位かもしれません。それこそ百均や量販店で気に入ったデザインのものを使っていた私には、縁遠いはずだった代物であることには違いない。こわいよ~……。
「セイイチロウ様からのお祝いの品です。こちらもメルカダンテ領産のもので、カトラリー一式です」
「じゃあ、光代さんたちはそれぞれで分担して、食器関係全部揃えてくれたってことかな」
「そのようですね」
「こちらがノブアキ様からのお祝いの品ですね。こちらはサントス領産のビードロを使ったグラスも入っています」
「切り子だ……。えっ、こんないいおちょこ貰っても日本酒飲まないんだけど……」
サントスは公爵領ですね。王都に近いから、工芸品としてのガラス細工が盛んにおこなわれているということでしょう。ワイングラスやウイスキーグラス、ティーカップ、湯呑なんかも入っていますね。切り子硝子のコップも、用途に合わせて3種ほど揃ってます。カトラリーは銀製のフォーク、ナイフ、スプーン、ティースプーン、ケーキフォーク、それから、箸が3種類というセットです。ちゃんと箸置きまで入っているところが流石、といった感じですね。光代さんたち3人分のお祝いで食器は全く心配なくなりました。
「これ、人数分用意したって考えたら、本当にありがたいやら申し訳ないやら……」
「アレン様ならこれに見合うだけのことをすでにされています。今まで通りに、ご自身が好きなことをなさればいいと思いますよ」
「ありがとう、エルネスト」
国に還元されなきゃ見合ってるもなにもないとは思いますが。まぁ、それは長い目で見てもらってる状況だから、これからの成果ですね、やっぱり。これが私たちに対する先行投資であることには違いないわけですから。とりあえずこれらは食器棚にしまってもらうことにして、次の荷物を解いてもらいます。今度は小さめの箱が並べられます。
「こちらはスヘンデル宝石商より、納品された残りのアクセサリーです。それから、こちらはベナビデス侯爵家より届いた、蝋印の完成品ですね」
「そういえば、アクセサリーも蝋印もまだだったね。すっかり忘れてた」
「ブティック・アマンダで注文していたドレスもです」
「ああ、そんなのもあったっけ。確認するまでもないと思うけれど……」
あまり期待できないのはお披露目パーティの一件があるからですね。大きな布がかけられているので今は見えてませんけれど。まぁ、一応確認して、落ち着いた頃にカタリナに改造してもらうのはありですね。
まずはアクセサリーです。届いてなかったのはペンダントとブローチですね。細長いのにはペンダントが入っています。透明度の高いパパラチア・サファイアの向こうに、台座の掘り込みが見えていて、本当に月蝕みたいな感じです。期待していたよりもずっと綺麗に整えられていて、思わず声が漏れました。もう一つの箱はブローチですね。
「……ちょっと、予想以上にごついね」
「からくりに使う歯車がそのまま意匠になっているなら、こんなものでしょう」
ブローチというより、アイドル衣装の髪飾りみたいな雰囲気です。これを使うには、これ専用の服がないとダメですね。でも物自体はすごく雰囲気よくて、めちゃめちゃ好みです。どこか見える場所に飾っておきたいくらいに好き。
「奥の部屋に置いたカラーボックスにさ、他のアクセサリーと一緒に並べて置いておいてくれる? いい感じに展示してくれたら嬉しいな」
「素敵に見えるように並べておきますね!」
楽しそうに言って、シルヴィアが頷いてくれます。彼女のセンスなら間違いないでしょう。
もう一つの箱を開けば、蝋印ですね。反転しているので、実際に使うとまた印象が変わるんでしょうけれど。丁寧に掘られたとわかる図案に、持ち手の部分も拘って作られたとわかる逸品です。手に持った時の馴染みが本当にいい。
「レグロさんの腕は確かだね。早く使いたいなぁ~」
「すぐに嫌になるくらい使うことになりますよ。これらにお礼の返信が必要ですし、あと2カ月ほどすれば、各方面から招待状が来るはずですから」
「これだけ良いもの、貰っておいてリアクションしないのは失礼だしね。マナー講座の一環で実際の貴族のパーティに参加することになるとも言ってたっけ。それの返事も書かなきゃならないってなったら、嫌になるほど使うのはそうか」
「夏は社交界が最も動くシーズンでもありますから。端午は一カ月丸々、アカデミーが休みにもなりますし」
「夏休みってこっちの世界にもあるんだね」
その1カ月の間に、交友を深めた相手とパーティをして、家同士のやりとりに発展させるわけですか。下級貴族はアカデミーで上級貴族と知り合える可能性もあるわけですしね。色々、上手い事できてるんですねぇ。
感心しながら、トルソーにかけられている布を取り払ってもらいます。まぁ、予想通りというか。これに関しては特筆すること無し、ですね。
「ドレスルームにしまっておいて。思い出した時にカタリナに改造をお願いするから」
「その思い出す時が来るかが怪しい言い方ですよ」
「あそこのブティックは二度と使わないからねぇ~。否定できないなぁ」
性格悪いことを言ってみれば、「それでいいと思います」と肯定が返ってきました。ブラッドは中立的なことを言うかと思ったんですけれど。そこに関しては味方してくれるんですね。まぁ、主人があからさまに不利益被ってたら面白くないのはブラッドも同じなんでしょう。
「……なんですか」
「味方がいるって嬉しいなぁって。他の荷物は?」
思ったことが顔に出たみたいです。ブラッドはちょっと複雑そうな顔をして、次の荷物を解いてくれます。
「こちらは第二王子殿下からのお祝いの品です」
「へぇ、パフォーマンスかな?」
「異邦の方とはそれなりに良好な関係を築いておいた方がいいのは確かですから」
「あからさまなことしたら陛下からの心象が悪くなるのはそう、って話か。中身は?」
「コメとビーズペーストですね。どちらもミヤコ帝国からの輸入品です」
都なのに帝国なのか……。急に日本語なのは、日本人が作った国とかいう話ですかね。周辺諸国のことはまだ習ってないので、今は記憶の隅に留めておくことにしましょう。2キロくらい入ってそうな紙袋と、木製の入れ物が並んで入ってます。ビーズペーストって、お味噌か。数珠玉みたいなの思い浮かべちゃったけれど、豆が訛ってるんですね。
「いいものくれるじゃん」
「でも輸入品ですよ。国の直轄領で作ったものならばともかくとして……」
「祝いに輸入品を贈るのはご法度なの?」
「そこまでは言いませんが、あまりよくはないですね」
「自分の領地、あるいは産業で揃える手間を惜しんだってことなので、軽んじられてると取っていいことです」
「ああ、なるほどね。まぁ、気にすることないよ。過剰な反応を期待されてる可能性あるし。物の品質とかは保証されてるんでしょ?」
「はい、もちろん。コメとビーズ製品に関しては自国産よりミヤコ帝国からの輸入品の方が品質は高いです」
「ならOK。お米とお味噌は有り難く頂こう」
ちょっとワクワクしちゃいます。好きなときにご飯とお味噌汁が食べれるってめっちゃ嬉しいですね! これがなくなる前に、入手ルート調べておきましょう。私が上機嫌ならシルヴィアたちもそれでいいみたいです。険しかった顔も緩みます。
「こちらは第一王女殿下からのお祝いの品です」
「香水?」
「香油ですね、爪のケアに使ってくださいとメッセージカードが入ってます」
「爪? ……ああ、手入れしてなかったもんな。流石、細かいところまで気が利くねぇ」
やっぱり女の子ですね。シルヴィアに差し出されたメッセージカードを受け取って読んでみれば、どうやら手作りらしいです。トップノートはシトラス系、ミドルノートはハーバル系、ラストノートはウッディ系。すっきりとフレッシュな香りから、ゆったりと落ち着いていくイメージでしょうか。香油とか香水はカケラも興味がなかったんですけれど。でもせっかくなので使わせてもらいましょう。今までやったことないことに挑戦していくのも面白いですしね。
「明日から早速使わせてもらおうか。湯浴みした後がいいかな」
「そうですね。明日から朝の支度の時に使いましょう。化粧台にしまっておきます」
「うん、お願い」
シルヴィアはウキウキですね。本当、スキンケア好きだよねぇ。自分がやるのも、人に施すのも好きなんでしょう。私は自分を磨くのそこまでだったので、ほぼお任せしてますが。ああやって楽しそうなのを見ると、ちょっと私も勉強してみようかなと思いますね。
「こちらは第三王子殿下からのお祝いの品です」
「万年筆か。シンプルだけど、品がいいって一目でわかるね。これも相当な品なんでしょう……?」
形は一般的なもので、ボディはグラデーションのかかった紺。ラメのような物が入っているのか、細かい砂粒みたいな模様が入っていますね。それがなんだか夜空を彷彿とさせます。お披露目パーティの時のドレスとよく似たイメージです。金具は銀色で、キャップを外して現れたペン先は金。丁寧な彫刻が施されていて、蝋印に使ったモチーフがそのまま使われているようです。一発で私専用とわかる代物ですね。
「そうですね、文具を取り扱う店の最高峰『スペラ』で作られた品です。クルックの分家であるボジロヴァー家が経営している店の一つです」
「ブラッドの親戚が経営してるってことか。取り扱ってるのは筆記具だけじゃないってこと?」
「文具は概ね、網羅しています。それぞれの種類ごとで部門分けしていて、商会としてもかなり大きいんです」
「なるほどね」
「この尾栓のマークがお店の象徴ですよ」
「ブランドマークってことか。普段使いしていいものなのか……」
「使用したほうが殿下もお喜びになるかと思います」
「だよね。じゃあ、有難く使わせてもらうかな」
高級品に一々ビビり散らかしても仕方ないですしね。金銭感覚と身分の云々については早めに感覚をアップデートした方がいいでしょう。壊れない程度に。とりあえず、座学の時に使わせてもらうことにして、同梱されているインクを後で入れておきましょう。吸引式なので、ちゃんとお手入れしながら使わないとすぐインクで真っ黒になる奴ですね。折角なので、お手入れの仕方も調べておきましょうか。
「こちらは第二王女からのお祝いの品です」
「また、随分と大きな荷物だね。……刀?」
120cmくらいの細長い木箱。中身はどう見ても刀です。3人の様子を見れば、これもあまり祝いとしては良くないものみたいですね。お祝いの品で、それも女性に刀を贈るなんてちょっと意味わかんないですよね。エルネストが手に取って、鞘から抜き取りました。刀の良し悪しはわかりませんが、丁寧に打たれたのでしょう。不規則に波打った模様に、規則的な丸い模様が並んでいます。
「刃は……、潰れているわけではありませんね。れっきとした武器として作られています」
「家の守りとして、1シャクほどの刃を潰したカタナを贈ることはありますが……、4シャクもある武器としてのカタナは聞いたことがありませんね」
「これが男性への贈り物であれば、それこそ武器として使ってくれという意味合いで取れますけれど……」
「うーん……、帯に短し襷に長し。好意に見えてそうじゃないってやり方が兄妹だなぁ」
それこそ、私が過剰な反応をするのを期待しているんでしょう。怒るなり難癖つけるなり、なんでもいいから感情的に行動させようっていう意図が透けて見えます。それに乗ってやるほど、こっちもヒマじゃないです。贈り物にケチつけるようなことはしませんよ。いくら気に喰わないものでも、送って来た本人にどうこう言うつもりはありません。聞こえないところで「困るなぁ」程度は言いますけれど。物自体に罪はありませんから。
「どういたしましょう?」
「エルネストは刀使える?」
「いえ、心得はありません。でも、興味自体はあります」
「じゃあ、刀の使い方教えてくれそうな人、探してみようか。美術品じゃないって言うなら、この刀も使ってもらった方がいいだろうし」
貰い物をそのまま人に渡すのもどうかとは思いますが。私の護衛騎士に使わせるなら、それは私の物であることに違いないって屁理屈でいきましょう。
「それまでは奥の部屋で保管しようか」
「かしこまりました。運び込んでおきます」
頷いて、エルネストは木箱ごと持って行ってくれます。西洋風の騎士の制服で、刀を差してるって、想像したらちょっとミスマッチな感じがしますけれど。でもそういうごちゃ混ぜも面白いですね。
「こちらは第四王子以下、王位継承権を持たない方々からの祝いの品です」
「ラーシュ様たちからも……! すごいね、教育が行き届いてるなぁ」
レティシア様やスヴァンテ様に言われて、かもしれませんけれど。でも自分達もお祝いの贈り物をすると言っている様子は、簡単に思い浮かびます。中身は大量の折り鶴と、本ですね。童話集や詩集のようです。持ち込みではなく、こちらの世界で書かれたものですね。
「折り鶴はたくさん練習した成果かな。本はみんなで選んでくれたんだろうね」
「そうですね。皆様、とても楽しそうに物語で遊んでいましたから。きっとそのお礼だと思います」
「ただのごっこ遊びだけど、喜んでくれてたなら嬉しいよ。これ、寝る前に読もうかな」
「では、こちらは寝室に置いておきますね。他は本棚に納めておきます」
「鳥はどうしますか?」
「千羽鶴にしようか。1週間くらい飾ったらお焚き上げしたいけどな」
「おたきあげ、ですか?」
「うん。異邦にあった供養の儀式なんだけど、こういった物には人の思いが宿ってるから、それを浄化する為に燃やすっていう」
「フオジン、でしょうか。ご家族の遺品や使わなくなったもの、ドールなどを処分する時に教会が祈りを込めて焼き上げる儀式です」
「それなら神殿で行えますね。一定のお布施は必要ですが」
「そこは異邦でも同じだから、どれくらいの金額がかかるか調べておいてほしいかな。こっちの世界にもお焚き上げがあるなんてねぇ……」
ちょっと驚きましたけれど、あっても可笑しくはないですね。昔から日本人が来てるんですから、仏教や神道の儀式は存在しているものでしょう。それにしてもユエシン教って、なんで中国語なのかな……? 起源が日本の仏教的考えにあるなら、更にその起源である中国の音が伝わった? それとも、大昔は日本人と中国人の両方に声がかかってたとかでしょうか。顔立ちよく似てますしね。中国とはずっと外交してたわけですし、日本に来た中国人がこちらの世界に呼ばれたってこともあったのかもしれません。教会のことに関しては、機会があれば改めて調べましょう。
「まずは何羽いるか数えて、足りないなら追加で作ろう。その後は全部糸でつなげたいから、裁縫道具用意しといてくれる?」
「かしこまりました。近日中にお持ちしますね」
千羽鶴にしたら、写真を撮っておきましょう。また近い内にお呼ばれした時にみんなに見せたいと思います。
「こちらはユエシン教からのお祝いの品です」
「教会からもか。魔道具?」
「はい。その日の月の形、星の位置を確認できる魔道具ですね」
「簡易プラネタリウム……かな。何かに使うの?」
「その日の運勢を占うことができます。貴族は家に一つ、必ず置いてありますね」
「教会にも置いてあります。平民は何か大きなことがある時に教会で占ってもらいます」
「なるほどねぇ。その占いのやり方を知らないけれど、持ってていいものなの?」
「これ自体がお守りみたいなものでもあるので、平民でも余裕のある家庭には置いてあることもありますよ。わたしの家にはありました」
「神棚みたいなものなのね。じゃあ、置くところもちょっと考えないと」
「窓際に置くのがよいとされています。一先ず、本棚の一画に置いておきます」
まぁ、他に棚っぽい場所もありませんしね。水晶の中に月が浮かんでる、みたいな感じで、インテリアとしても悪くないです。専用のちょっとおしゃれな机を作ってもらって、観葉植物と一緒に並べて窓際に飾っておくのはありですね。
「こちらは国王、王妃、両陛下からのお祝いの品です」
「王妃はともかく、国王からも? ああ、この建物自体は公共事業であって、個人的な祝いは別の話ってことか。だとしても大盤振る舞いだね」
「今回の召喚儀式はこちらの有責しかありませんから。詫びの意味も兼ねて、英雄・聖女候補となっていただけだことに最大限の感謝をしたいのだと思います」
「英雄や聖女にならないって言われても仕方なかったから、今後も見放されないために先行投資はできるだけしたいってこと?」
「そうですね」
それがいつまで有効なのかはわかりませんけれど。でも、王族としてはずっと気にしなきゃいけない問題でしょうから。ついでに家名なし云々で散々やられてるから、私には余計気を遣ってるっていうのはありそうです。
「それで、中身は? これもやたらと大きいけれど」
「姿見ですね。これほど大きなものは上位貴族でも中々持ってませんよ」
「鏡って高級品なの? レッスンルームに壁一面のあるし、化粧台にも使われてるじゃん」
「鏡そのものだと高級品ですね。運搬のコストが高くなるので」
「そういう話なのか」
建物に組み込むならその場で作って、化粧台はサイズがそこまでじゃないから運搬コストもそこまでではないということですかね。まぁ、ドレッサーとして運ぶのと、鏡そのもので運ぶのでは気の使い方も違うでしょう。ガラス製品で割れやすいのはそうですから。これはエルネストとブラッドの2人でウォークインクローゼットという名のドレスルームにに運び入れておいてもらいます。
「こちらは第一側妃殿下からのお祝いの品です」
「杖……?」
「魔法の扱いに自信がない人でも、問題なく魔法が使える補助器具です。ウィッチという愛称で親しまれていますね。魔道具の起動に使うのが主な使い方です」
「持ち手部分に組み込まれているこの魔法石を握り込む形で持つと、体温に反応して自動で魔力を吸い込みます。それを先端から一定量放出する、という代物ですね」
「魔法の杖……! 一般的なものなの?」
「そうですね。平民だと魔法の心得のない人間の方が多いですから、魔道具の普及と一緒に広まりました」
「貴族は幼いころから魔法の扱いを学ぶので、僕は使ったことはありませんが。セイイチロウ様の発案で40年ほど前にオルガ殿下の御実家である、リヴィエール家が形にしました。その功績で、当時生まれたばかりの娘の輿入れが決まったのだとか」
「なるほどねぇ」
ってことは第一側妃って40歳くらいなんですね。王族の方々の年齢って聞いたことないけれど、色んな思惑でわけわかんないことになってるみたいですね。突っ込まんトコ。
で、このウィッチ。魔道具を起動するだけの魔力しか扱えない、ということでしょうけれど。魔法の杖ですよ、魔法の杖! これぞ魔女っ娘! ってやつ! あの、某魔法学校で使ってたような、立派な木製のものです。長さは25cmくらい。手元についている魔法石は空を思わせるようなきれいな水色をしています。
「魔杖が商品名に落ちる時に変化して魔女か。名付けは清一郎さん?」
「いえ、ミツヨ様だと聞いたことがあります。こちらの世界に馴染みやすいよう、異邦の異国の言葉にしなさいと言われたとか」
「なるほど、想像つくなぁ。光代さん、実は結構なお嬢様だったのかな……」
女性で異国語……英語を習得しているなんて、かなり上流の女学校に通ってたとしか思えないんですが。機会があったら聞いてみようかな。
杖を置いておくためのスタンドも一緒に同梱されているので、これはキッチンカウンターの上に置いておきましょう。コンロも魔道具になってるので、一番使う場所はここでしょうから。使う日が楽しみだなぁ~!
「こちらは第二側妃殿下からのお祝いの品です」
「また大きい箱……。調理器具か」
「はい。一般家庭で使われるものが一式。生産は王城でも使われている調理器具を扱うアテマ商会のものです」
「リーファ様の御実家?」
「アテマ商会はそれとは関係ない子爵家の商会ですね。御実家で贔屓にしていたようです。平民向けの安価なものも作ってますから」
「自分が使って良い物だって知ってるから、送ってくれたのか。これだけあれば、なんでも作れちゃうね。有難く使わせてもらおうか」
流石、元平民なだけはありますね。着眼点が貴族のものと違うから、本当に助かる実用的なものを贈りものにしてくれたのがありがたいです。調理器具とか本当、意識になかったから助かりました。こういう詰めの甘いところをいろんな人から補ってもらってますね。先行投資と詫びの形ではありますが、貰った分はがんばらないと。
「こちらは第三側妃殿下からのお祝いの品です」
「お酒?」
「そうですね。シードルという、アッパーで作った酒です。アッパーは甘味と酸味のある赤くて丸い果実です」
「リンゴかな。シードルはこっちの世界にもあったな。第三側妃の御実家がお酒の醸造所とかなの?」
「はい。ジュリエット殿下の御実家であらせられるサリンジャー家は、リートフェルト領に本店を構える、国でもトップを争うワインの醸造所を運営しています」
「メインはワインですけれど、他の果実を使ったお酒も造ってるんですよ」
「シードルを贈って来たのは、ワインよりも飲みやすいからかな」
「だと思います。このシードルの飲み頃は少し先で、この状態で1年から2年ほど熟成させるのがいいとありますね」
「じゃあすぐには飲めないってことか。ちょっと残念だけれど、嬉しいな。シードル好きだったから」
「アレン様はお酒が飲めるのですか?」
「うん。まぁ、そこまで量は飲まないけれどね。……年齢的な話?」
不思議そうな顔をしているのに聞いてみれば、おずおずと頷かれました。
「こちらの世界では、酒は成人の儀が行われるその日に初めて口にできるものです。それが社会の一員として、認められたという証になります」
こっちの世界でもお酒は二十歳からとかあるんですね。まぁ、存外合理的ですからね、この国。外国人からしてみたら日本人は実年齢より幼く見えるとはよくある話ですが。異世界でも同じみたいです。まぁ、よっぽど老け顔でもない限り、10代後半から30代までってあんまり顔変わりませんからね。煙草やお酒買ってく大学生くらいの人が、一番困るんですよね。年齢確認していいものなのかどうか。
「ちなみに、いくつに見えてた?」
「スヴァンテ殿下と同世代くらいかと……」
「私も、自分と大きく違わないと思っていました」
「兄様と同じ年だと思っていました」
「17、8くらいに見えてたのか。まぁ、それくらいなら日本人同士でも間違えるから、許容範囲かな。今年の夏で21になります」
「「「えッ?!」」」
見事にハモリましたね。あまりの見事さに思わず笑ってしまいます。
「いい反応するねぇ」
「笑い事じゃないですよ! 成人なさってたなんて、たぶん誰も思ってませんよ」
「歳の割に皆様、しっかりなさってると話題になってましたから」
「そう言えば生年月日は確認されなかったもんね。個人情報ってそこまで重要じゃないってこと?」
「異邦の方は確認を取るまでもなくそうだとわかりますから。異邦の方の名を騙ればその時点で一族郎党極刑です」
「それだけ重要な存在ってことなんだろうけれど、適当なのか丁寧なのかわかんないね」
生年月日を確認しないのは、この世界に生まれた存在ではないから、でしょうかね。最初は単純に確認忘れだったのかもしれませんが。この世界に不意に割り込んだ存在って言うなら、誕生日って概念は吹き飛んでて仕方ないのかもしれません。そもそも、あちらとこちらで時間の進み方が違うんだから、生年月日はアテにならないってこともあるんでしょう。こちらでは春でも、向こうでは夏の入りかけでしたし。
「そういえば、異邦の方の誕生祭は聞いたことがありませんね」
「ある意味では不可侵領域なのかもね。それに全く常識の違う世界に来て生きることになったら、誕生日なんて忘れるよ。今、言われるまで私も自分で忘れてたし」
なんてことない話なんですけれど、シルヴィアたちにはそうでもないみたいです。そっとお互いに顔を見合わせました。誕生日のお祝いなんて、やってもらったら嬉しい程度の認識なんですけれど。ソシャゲで推しに誕生日祝ってもらうのが家族の次に嬉しい、みたいな二次元の住民でしたし。誕生日プレゼントも、そのとき欲しいものがなかったら見送られたくらいにお祝い事に無頓着な一家だったんですよねぇ。いや、無頓着までは言い過ぎかな。でもそこまで気にしてないのは事実なんですよね。
「では、その日はわたしたちにお祝いさせてください!」
身を乗り出す勢いでシルヴィアが言ってくれます。その「わたしたち」の中にはどこまでが含まれているのか……。そこまで派手なことはしてくれなくていいんですけれど、気持ちはとてもとても嬉しいです。
「ありがとう。じゃあ、代わりにみんなの誕生日も教えてよ。お祝いしたいから」
なんだかちょっと、面映ゆい感じがしますけれど。3人ともいい返事をくれました。とりあえずそれは後でまた確認することにして、最後の荷物を開けます。
「こちらは第四側妃殿下からのお祝いの品です」
「工芸品だね。ドリームキャッチャー、かな?」
「ベネデッタ殿下の祖国である、パラティス皇国の工芸品ですね。隣国ではお守りとして一般的に普及しています。様々な植物で染色した糸を撚り、編み上げたものです」
「中心にあるこちらのビードロは色と形によってその意味が違うんです」
「へぇ。これだとどういう意味があるの?」
「空色なので、シャングリラ王国とそこの所属である異邦の方への敬意。円形なので、円満な関係を築きたい、あるいは良縁に恵まれるようにという意味ですね」
「へぇ、いいもの貰っちゃった。飾る場所とか、どうした方がいいとかあるの?」
「いえ、特には。お好きな場所に飾って大丈夫です」
「それなら……、玄関に飾っておこうか。良縁って、やっぱり外との繋がりのことだし。いい感じに吊るしておいて」
「かしこまりました。いい感じに吊るしておきますね」
冗談めかして言って、シルヴィアが持って行ってくれます。
これで荷物は全部確認し終わりましたね。いやぁ、1週間ずれ込んだっていうだけでこんなになるとは。でもおかげで、寂しかった部屋が少しだけ埋まりました。これから、ここに更に自分の趣味のものが増えるって考えたら、ちょっとワクワクしてきます。
「色々思惑があるにせよ、嬉しいね」
「そうですね」
本当にそう思って頷いているのかわからない調子でブラッドが頷いてくれます。まぁ、これが本当に歓迎の証であるとは限らないのはそうです。無下にはできないという仕方なさが見て取れる部分もあります。
でも、やっぱりプレゼントって無条件に嬉しくなっちゃうから、私はチョロい人間なんですよ。純粋な期待かどうかはまた別の話として、これらに見合う働きはしたいと思います。頑張ろう、と思うのと12の鐘が鳴ったのは同時でした。




