第五十一話:異世界で優秀な人材をスカウトします。
そういえば、前回で50話突破したんですよ。やったね。
本当に、思ってるよりもたくさんの人に読んで頂けててとても嬉しいです。
これからも皆さまの暇に花を添えられたら嬉しいです。
今後ともぞうぞ、暇つぶしにしてやってください。
今日はお休みで、明日から平日5日休日2日のルーティンです。変則的なのはもう慣れるしかありませんね。この世界の標準なわけですから。
午前中は適当に時間を潰して、午後になってから私は再び厩舎へと赴きました。テリーは事務所にいるとのことで、そちらに足を向けます。探検がてら探して回れば、テリーは資料室のようなところにいました。
「こんにちは、テリー。勉強? 熱心だね」
「え、あ、アレン様?! こんにちはっ、どうしてこんなところに?!」
驚きながらも、ちゃんと挨拶は返してくれるところが本当にいい子だと思います。挨拶はしっかりしなさいと親に躾けられたんでしょうね。お陰でテリーへの好感度は上がってますよ、いい息子さんです。
「テリーにちょっと用事があってさ。ついでに事務所の中も見てみたかったからこっちまで足伸ばしたの。だから呼んだら自分から行ったのには野暮だからね」
「あ、そ、そうですか……。アレン様は、他の方とは違いますね」
「そりゃ家名なし聖女候補ですから」
「あ、いえ、そういう意味では……」
慌てるテリーに、私は笑います。後ろでシルヴィアたちが呆れてるような気もしますが、今更気にしません。だって事実しか言ってませんし。でもまぁ、あまりこういうこと言うと向こうも困りますね。そこは素直に謝ります。
「ごめんね、イジワルだった」
「いえ! 滅相もございません! むしろ、こんなしがない馭者にまで気を遣っていただいて、申しわけないくらいです」
「私は私がしたいことをしてるだけだよ。この厩舎で飼ってる馬の資料?」
「ええ、そうです。アーベルさんが揃えた資料もあるので、全部がそうではないですが」
「獣医も兼任してるんだっけ。テリーは、獣医も目指してたりするの?」
「いえ、ぼくには到底なれっこない上級職ですから!」
上級職。まぁ、そうでしょう。人間の医者だって限られた人しかなれない難しい職ですし。異邦だって医療大学が別で設立されて、教育課程もしっかり整っているからって誰でもなれる職ではありません。目指す人も多ければ、挫折する人も多い。言葉の通じない動物ともなれば余計でしょう。だからこの厩舎には獣医が一人しかいないんでしょうかね。そもそも全体の絶対数が少ない。
「人間も動物も含めて、お医者さんってなるのやっぱり難しいんだ」
「ええ……、そうですね。王都でも各領地でも、医者は不足気味です。ある程度は魔法で治せると言っても、病気の完全治療は不可能ですから」
「そこは人間の医療科学に頼るしかない、と。しかもそんなに発達もしてないから、教育機関も整ってないのが現状かな」
「そうですね。勉強するなら、こういう個人で揃えた資料を貸してもらって独学が一番早いです」
「それは色々問題ありそうだなぁ……、知識偏るだろうし。もし、教育機関がしっかりしてたら、テリーは目指した?」
「えっ? あ、いや、たぶん、獣医は目指さなかったかと……」
「じゃあ、興味があるのはそこではないんだ」
獣医を目指してるから種類とか、生態に詳しいのかと思いましたけれど。予想が外れましたね。医療関係、特に獣医に関しては私に切れる札はありませんから、よかったといえばよかったんでしょうか。まぁ、それでも彼がその気なら、存分に学習できる環境は整えたでしょうけれど。話が読めないのか、テリーは小首を傾げています。
「じゃあさ————」
「おい、異邦の方をいつまでこんなところに立たせておくつもりだ!」
「わっ! す、すみません! そうでした!」
話を続けようとしたところで、別の人が割り込んできました。オットーですね。階級や立場について五月蠅い人です。昨日、スヴァンテ様に聞いた話、やっぱり数名はファビアン様やヘルミーネ様の選んだ人が混じっているそうです。どう頑張ったって陣営が偏るのは目に見えてますからね。国王陛下としてもそれは避けたかったのでしょう。
で、オットーは第二王子側でしょうね。私に断りも挨拶もなく、後ろからいきなり割って入るし。私を立ててるように見せかけて、立場が上な筈の者の前で目下の者を怒鳴るわけですし。人としての矜持、礼節を弁えるなら他人の前で誰かを怒鳴ることはご法度です。
「オットー、私がこの場所で話を始めたの。だからテリーを怒鳴らないであげて」
「しかしですね、アレン様」
「私はあなたに口答えする許可は与えていないのだけれど?」
別にいいんですけれどね、本当は。階級による上下関係なんてまだよくわかってませんし。面倒な制度ってちょっと思ってますし。でも郷に入っては郷に従えとも言います。フラーディアでは対等を謡いますが、その外側にまで持ち出して持論をぶつけるつもりもありません。それなら同じ土俵に上がるのが礼儀というものでしょう。
「それに私に挨拶もせず、話をしている間に割って入ってまで怒鳴るのも、非常識じゃない?」
「なっ、そ、れはだって……!」
「あなたはただの厩務員で、私は聖女候補。家名なしだなんだって言うつもりなら、まずそれぞれの立場を確認しよっか。この場で一番に優先されるのは誰?」
「ぐっ……、あ、アレン様です……」
「よろしい。寛大な措置で済ませるようにハロルドとアーベルには報告しておくね」
目配せすれば、心得ているとばかりにブラッドが動いてくれます。ハロルドもアーベルもちゃんとしている人ですし、ブラッドも私の意図を汲んで報告してくれるでしょう。私の一存で追い出す気もありませんしね。減給くらいは食らうかもしれませんが、そこは私の知ったことではない。物凄く恨みがましそうに睨んでますが全く怖くありません。そもそも30も超えたおじさんが一回り年下相手に大人げないにも程があります。テリーにいたってはまだ高校生くらいの歳だし。
「あなたは仕事に戻りなさい。私はテリーに用があってここにいるの」
「……はい」
低く唸るような声を出して、オットーは去っていきます。彼は平民なんですけれどね。本城で同じように厩務員として働いた矜持と、異邦人の離宮の厩舎を任された能力の自負があるんでしょう。だからって彼自身が偉くなったわけでもないし、ここの責任者はアーベルです。何を勘違いしていらっしゃるんだか……。
「その、すみません、お見苦しいところを……」
「テリーの所為じゃないから謝らないで」
そう言えばオットーに頭を下げさせるの忘れましたね。こういうところ甘いから、つけこまれるんだろうなぁ。まぁ、逆上したとしても、厩務員と聖女候補じゃ立場違い過ぎてどうにもできませんけれど。
「まぁ、あれのことはハロルドとアーベルの対応に任せよう。あんまり素行が酷いようなら他のみんなとも相談して処遇決めるから。何かされたとか、他の子たちが何かされてるとか、どんどん報告しなね。そうじゃないと、こっちも動けないから」
「は、はい、ありがとうございます」
問題の種って本当にあちこち転がってますねぇ……。階級社会が生み出す歪みとでも言えばいいんでしょうか。ある程度は仕方ないにしても、お互い様と尊重し合いがあるから成立することでしょうに。立場や肩書で良い悪いが決まるなら、そもそも階級制度だって生まれて来ません。良し悪しが先にあるから階級になるってことも、この階級社会が当たり前になると忘れちゃうんでしょうね。世界が変わろうとも、人間っていうのは自分の都合のいいように世界を認識するものなのか。自分がああならないように気を付けなければ。
「で、話が途中だったね。テリーは馬の種類とか生態とか詳しかったけれど、獣医になりたかったから勉強してたわけじゃないんだね」
「えっと、はい……、単純に興味があって、好きで調べてました」
「動物そのものが好きってこと?」
「それもあります」
も、ということはそれ以外にもあるってことですね。でもテリーはそれ以上語らないようです。自主的に話してくれる方がいいんですけれどね。まぁ、自分の趣味を積極的に話して受け入れられるかはまた話が別ですからね。ちょっと近づいて、テリーが見ていた辺りに目を向けてみました。ちゃんと製本されたわけではない、お手製だとわかる資料です。適当な本を手に取ります。
「あ、それは……!」
慌てて止めようとしてきたので、一歩下がります。追いかけてくることもなくテリーは落ち着かない様子で視線を泳がせました。誤魔化すならもっと上手くやることだよ、青年。そんなことを思いながらページをめくってみます。
書かれているのはグラニーの、魔獣としての性質について。その生態と、品種改良による種としての全容についての資料のようです。同じ棚に並んでいた資料を幾つか見ていきますけれど、どれも魔獣についての資料のようです。馬だけじゃなく、犬や猫、鳥にも魔獣から品種改良した種がいるようです。
「この棚の資料って、もしかして魔獣について書かれてるもの?」
「……そうです」
「テリーは魔獣が好きなの?」
「…………そうです」
消え入りそうな声。きっと今までいろんな人に散々なこと言われて来たんでしょう。人が何を好きになるかなんて、その人次第でしかないのに。世の中にはいるんですよね、好きだからってビスクドールの目玉だけ集める人とか。町中の雑草、全部見分けられる人とか。車やバイクのエンジンが好きで音で種類当てられる人とか。なんでそれ? って思うような趣味の人なんて、割といるものなのに。そしてそういう人ほど、凡人では生み出せないような技術とか研究成果とか上げるのに。まぁ、ちょっと度が過ぎてると、私も流石に引きますけれど……。
「この辺りの資料はアーベルがまとめたやつ?」
「いえ、それは、ぼくがまとめました。その……、覚書きに……」
「覚書きでこれだけのもの作れるの? 本当に魔獣のこと好きなんだね」
「…………アレン様は、魔獣が好きなこと、嫌だと思わないんですか……?」
「思わないよ」
恐る恐る聞くテリー。私のあっさりとした返答に逆に困惑しています。その様子が可笑しくて、少し笑っちゃいます。
「今は、って枕詞は付くけれどね。そもそも魔獣ってどんなものかも知らないし。実際に人を襲う種を前にしたらわかんないよ。あんな危険な物って言うようになるかもしれない。でもさ、それを研究してくれる人がいるから対策を取れて、大勢の人がこうして安全に過ごせる。だから魔獣を好きだって言う人がいないと、今の安全はないと思うんだよね」
「はぁ……」
うーん、わかってない顔。ここにいて、これだけのものが作れるなら少なくとも頭は悪くないはずですけれど。想像力に頭の良し悪しは関係ないって話ですかね。
「テリーは毒草が好きだっていう人、どう思う?」
「え、毒草ですか? そんな危ないもの、なんで好きなのかなって思います」
「でもそれを研究してる人がいる。どうしてだと思う?」
「えぇっと……、……好きだから?」
「うん。その人はね、本当に毒草を含めて薬草が好きなの。私の部署、フラーディアって言うんだけれど、オフィスには数十種類の薬草があって、その中には葉に触れただけで火傷する毒草もある。もちろん、他のメンバーには反対されたよ、持ち込むの」
「それは、そうでしょう。危ないし……」
「でも最終的にはみんなも納得した。その人が好きだから。安全に使えるように研究するって言葉を信じたの」
「……でも、よくないと思いますよ、毒草なんて」
「テリーは魔獣が好きだって言った時、周りの人みんなに言われたんじゃない? 同じこと。魔獣なんて危ないもの、なんで好きになんかなるのって」
「……あ」
言われて初めて気付いたって顔ですね。立場が違えば同じことを人はする。テリーもそれに気付いたようです。居心地悪そうに視線を泳がせています。咎めるつもりはないんですけれど、そういう環境の中にいたんだろうなぁ。カタリナと反応が同じだ。人に自分の好きをどうこう言われる筋合いはない。人に迷惑かけるわけじゃないのなら、何を好きであるかはその人の自由です。でもどんなに好きでも理解してもらえなかったり、バカにされたり、否定されることもある。だから好きであることを隠そうとする。そのことの、どれだけ勿体ないことか。
「魔獣の研究、してみる?」
「え?」
前に図書館で図鑑を眺めましたけれど、ここまで細かい生態についての記述はありませんでした。あれはきっと、子供向けのものだからっていうのもあるでしょうけれど。今も進化し続けている魔獣の研究はきっと一筋縄ではないでしょう。危険地帯に赴く必要もある。テリーの「魔獣が好き」は、人と共生するように品種改良された魔獣限定かもしれませんが。それでも、人の役に立つように鍛えられる生き物は馬や犬猫だけじゃないと思います。今、危険とされている魔獣たちだって、同じように品種改良を施せば役に立つかもしれない。それはそれで、世界の発展の一助でしょう。
「人には好きなものを好きでい続ける権利があると思う。テリーが本当に魔獣が好きで、馭者の仕事の合間にでも勉強したり研究したりしたいって言うなら、私はそれに必要な資料も環境も揃える。フラーディアに所属するなら給金も出すし、遠征するならその費用もある程度は負担する。研究するのに魔獣が実際に必要なら、それも揃えられるように考えるよ」
テリーは何が起こったのかわかってないようで、ぽかんとしています。今まで散々、否定されてたことをいきなり肯定されても理解は追い付かないでしょう。
「私、こういうの見るの好きなんだ。その人の好きが目いっぱい詰まった、宝箱みたいでさ」
図鑑とか、小学生向けの仕事紹介漫画とか、何かの資料とか、本当に好きだったんですよ。何度も繰り返し読んだなぁ。懐かしいです。
「だから、こういうのもっと作りたいなら、フラーディアにおいで。私はいつでも歓迎するから」
真っ直ぐ、テリーを見つめて言います。どう出るか、じっと待ちます。
「……ま、前向きに、検討します」
「うん、待ってるよ」
フラーディアの女性率が高いの、思い切りの良さが女の人の方があるからかもしれませね。私が気の強い女の人が好きなだけかもしれませんが。テリーが作った資料はそのまま借りて、お暇します。夕食の時間まではこれを読んで時間を潰しましょう。
「テリー、来てくれるかな」
「いらっしゃると思いますよ」
「わたしもそう思います。しり込みしなかったら、もうちょっとカッコよかったのになぁ……」
「シルヴィアってテリーみたいなのが好みなの?」
「違いますよ、男の人ってこうかなってイメージがあるじゃないですか。こう、どーんと構えて何事にも挑戦していく、みないな」
「ああ、なるほどね。でも度胸があるのは女の方だよ」
シルヴィアは脳筋系の豪快な人が好みみたいです。いや、リーダーシップ発揮する隼みたいなのかな? 考えていることがバレたのか、シルヴィアは頬を膨らませました。
「わたしはアレン様が一番ですから、アレン様を一番に考える人を好きになります」
「あははっ、ありがとう」
折角かわいいのに、ちょっと勿体ない気もしますけれど。まぁ、年齢=彼氏いない歴の私が言っても説得力はないか。シルヴィアも好きなこと、好きなようにやって自分の人生楽しんでほしいですしね。また楽しいことを増えたらいいなぁ、なんて呑気に考えながら、私は離宮まで戻ってきました。




