第三十三話:異世界でのパーティの準備が終わりました。
次回からやっとパーティです。
いやぁ、時間かかりましたね。
その分面白くなってる……といいなぁ。
談笑を続けて11の鐘が聞こえてきた頃。
「できた……、できました!」
トマスさんのこれでもかと嬉しそうな声が聞こえてきました。両目を煌かせて、満足げです。ここから見ても、ドレスは随分と華やかな印象になりました。全体のバランスもよくなった感じです。
「どうやら、これ以上の長居はお邪魔になりそうですね。パーティが始まる前にまたお迎えにあがります」
「いいえ、こちらこそ長いことお話に付き合っていただきありがとうございます。では、またパーティの時に。エスコートよろしくお願いします」
「はい、お任せください。それでは」
簡単な挨拶をして退出するスヴァンテ様を見送って、私はトマスさんのところに戻ります。いい仕事をしたと言わんばかりの彼女は、最後までスヴァンテ様の存在に気付きませんでしたね。まぁ、余計な気を負わずに仕事ができたのはいいことかもしれませんね。
「どうでしょう? スカート部分のグラデーションに合わせ、上半身の方に新しく小さなガラスの飾りを散りばめてみました。基本のカラーが暗い色で統一されてますので、この飾りが照明に反射していいアクセントになると思います」
自信満々にトマスさんは説明してくれます。確かに、すごく素晴らしい出来です。夜空というか、グラデーションも含めてみるとまるで夜明けの空を想起させる意匠です。こんなに立派なドレス、私が着て本当に大丈夫なのだろうか……。
「衣装に着られないかが心配になるくらい、素敵なドレスです。ありがとうございます、トマスさん」
「い、いえ! こんな私に全面的に任せて頂けただけでも、本当に嬉しいです! じ、実は、いろいろ準備してから来たので、手直しさせて頂けて、本当に、本当に感謝してもし切れない気持ちでいっぱいです」
「そうだったんですね。その準備を無駄にしなくてよかったです。さて、パーティまで時間もないし、シルヴィア、お願いね」
「はい、任せてください!」
トマスさんの作業を手伝ったって言うのに、まだまだ元気みたいです。持続回復のお陰かな。手早く着替えを済ませて、まずはヘアメイクです。イヤリングの邪魔にならないように耳の上あたりは編み込みを入れてしっかりと固定します。それから肩下あたりで一つにまとめて緩く三つ編みにしていくようです。そのまとめられたところに髪飾りを置くみたいですね。自分で見れる位置ではないので、具体的にどうなってるのかはわかりませんが。
「軽くメイクもしますね。今日までにいろんな化粧品を検証してみたんですけれど、こちらは比較的香料が少なくて、肌の弱い方でも問題なく使えると評判の品になってます」
「ありがとう。わざわざ探してくれたんだもんね、有難く使わせてもらうね」
「はい! それじゃあ、早速メイクしていきますね」
実際に使ってみないと本当に大丈夫かどうかはわかりませんが。でもシルヴィアが少ない時間で懸命に探してくれたもの、無下にはしたくないです。どうしてもダメなら魔法で誤魔化しましょう。……そんな使い方するものじゃないんでしょうけれど。
しばらくお任せして、目を瞑ります。刷毛とかペンとかが顔を撫でる感触がなんともくすぐったいですが、ここは我慢我慢……。
「できました」
30分くらいですかね。声をかけられて目を開けます。目の前の鏡を見れば、奇麗にメイクされた自分の顔。顔の印象のそんなに変わらないナチュラルメイクってやつでしょうかね。でもいつもよりもずっと顔色が良く見えますね。なるほど、化粧は身だしなみには必要ってこういうことなのか……。だからって自分でやるかと言われたら、たぶんやらないでしょうけれど。
「どうでしょう?」
「化粧の良し悪しはよくわからないけれど、前に化粧した時みたいに引っ攣れたり、痒いって感じはしないな。時間が経ったらわからないけれど、大丈夫そう」
「本当ですか? それならよかったです!」
「うん、本当にありがとうね」
嬉しそうに笑うシルヴィアに、私まで嬉しくなっちゃいます。これで本当になんの問題もなかったら毎日のメイクも悪くないかもしれません。めっちゃ面倒をかけちゃったし、特別にお礼とかしたいな。光代さんとかに相談してみようかな。
最後にイヤーフック風イヤリングを耳にかければ完成です。耳の後ろから咲いてるみたいな花がシンプルなヘアメイクと合わさっていい塩梅ですね。ドレスともいい感じに調和してると思います。個人的な総評としては、人前に出ても恥ずかしくない、って感じですね。
パーテーションを除けてもらって、まずはブラッドとエルネストにお披露目です。まだ部屋に残ってるトマスさんにも見てもらいます。
「どうかな。馬子にも衣裳ってことにはなってないと思うけれど」
「他の方と並んでも遜色ないと思いますよ」
「よくお似合いです」
「とても素敵です。アレン様にこのドレスを着て頂けて本当に嬉しいです!」
三者三葉。率直な賛辞ですね。よかった、一応、恰好は付いたみたいです。まずは第一関門突破って感じですかね。あとは本番を迎えるのみ。緊張してきたぁ……。
と、その前にトマスさんとはもう少しお話しないといけませんね。12の鐘がさっき鳴ったところなので、最低限あと20分くらいは時間はあるはず。
「トマスさん、本当に素敵なドレスにしてくださってありがとうございます。お陰で胸を張って今日のパーティに参加できます」
「と、とんでもありません! 私の方こそ、なんと言ったらいいか……。もう、感謝しかありませんし、謝罪しなければならないことも山ほどあって……」
恐縮しきりに戻っちゃいました。あんなにいい表情してたのに、興奮が収まってきて、冷静に戻ったら途端に正気に戻っちゃったみたいですね。あの高圧的な態度の夫人に自信とかいろいろ折られて来たんだろうなぁ……。こんなにいい仕事をする人を潰すなんて、本当に勿体ないことしてると思います。それとも、下位貴族のトマスさんがこれだけの才能を持ってることに対する嫉妬ですかね。あんまり邪推はしたくありませんが、中らずと雖も遠からず、な気がします。
「ブティック・アマンダの者として、数々の非礼をお詫び申し上げます」
泣きそうな顔をしながらトマスさんは頭を下げました。ここで許すのは簡単ですけれど、あの夫人にはなんのダメージもないのは本当に癪ですね。呪い返しくらいはできないだろうか、なんて意地の悪いことを考えてしまいます。
「頭を上げてください。トマスさんからの謝罪は要りませんから」
できるだけ穏やかに言いますけれど、トマスさんはちょっと震えてます。落ち着いて冷静になって、後のことを想像して怖くなってる感じですかね。あの夫人だったら何を余計なことをとか怒鳴りそうですしね、確かに。
「トマスさん、このままブティック・アマンダで仕事を続けるつもりはありますか?」
「え? えぇっと……、それは、どういう意味でしょう……?」
「よかったら専属デザイナーとして私の傘下に入りませんか?」
「え……」
そのストーグレーの瞳がこれでもかと見開かれます。本当にこっちで雑談してたの全く聞こえてなかったんですね。魔法のバフがあったとはいえ、凄い集中力だ……。本当に好きなことになるととことんな方みたいです。
「この場でデザインし直して、こんなに素敵なドレスにしてくださったんですから、当然の評価だと思いますよ。私はこのデザイン、すごく気に入りましたし」
「え、いや、でも……、わ、私なんかが……、そんな、専属だなんて……、お、オーナーがなんて言うか……」
「私が、あなたがいいと思ったんです」
真っ直ぐトマスさんの目を見つめて言います。困ったように視線を泳がせる彼女に選択肢を与えるのは、ひょっとしたら酷かもしれませんけれど。シンデレラみたいに誰かが今いる世界の外に連れて行ってくれる都合のいいお伽噺よりは、自分の意思で選び取った未来の方が物語としても美しいでしょう。私はそんな話の方が好きです。
「それにトマスさん自身が店と私と、どっちを選びたいかを伺いたいんです。店の事情や侯爵夫人の言葉とか抜きにして、トマスさん自身が選んでください。こちらとして出せるものがあるとすれば、生涯雇用の保証、デザインの勉強のために必要な教材などの提供、私の普段着からパーティ用のドレスなどのデザインや作成の依頼、必要になる資材の提供も必要ですね。それからもちろん、金銭的な報酬も相応の物を出します。今の職場が離れがたいなら、それでもいいです。どうしますか?」
「え、えっと、わ、私は……」
やっぱり困ってますね。まぁ、自分の人生がかかるわけですから。それにブティックを辞めて私の専属になることが必ず正解だってわけでもありませんし。未知の領域に踏み出すのは怖いものです。それが進学とか進級みたいな、どうしようもない外的要因での変化でないなら、余計しり込みするでしょう。大抵の人は、大きな変化を恐れるものですから。
「私は」
トマスさんが迷っていたのは、1分ほどでした。大きく深呼吸して、それから、顔を上げます。緊張で少しだけ青ざめた顔ですけれど、それでも揺るぎない強い瞳と目が合います。
「私は、アレン様について行きたいです。私のデザインを、ドレスを、こんなに喜んで、真っすぐに言葉をくれたのは、アレン様が初めてですから」
言質、取れました。気が弱いんじゃなくて、語彙が少なくてうまく言葉を紡げないだけですね。考えてから喋るから発言が遅れて、他の人に上塗りされちゃうだけ。彼女自身は強い人だ。なら後は話は早い。あの夫人からトマスさんを譲り受けられるように話をつけるだけですね。
「そう言っていただけてすごく嬉しいです! 作業用にかけた魔法の口留めもしなくて済みました」
「へ? あ、そ、そんな、秘密のものを私に……?! そんな、もったいないこと……」
「全然もったいないなんてことないですよ。お陰でこんなに素敵なドレスを着られたんですから!」
ドレスを翻して見せればトマスさんはちょっとだけ戸惑った後に「よかったです」と言って笑ってくれました。お、ようやく笑顔が見れましたね。かわいい笑顔だ。
ノックが聞こえてきました。どうやらスヴァンテ様が迎えにいらっしゃったようです。
「それじゃあ、行って来るね」
「はい、行ってらっしゃいませ!」
「行ってらっしゃいませ」
元気にシルヴィアが、いつも通りにブラッドが見送ってくれます。護衛騎士のエルネストだけ、会場までついて来てくれることになってるので一緒に部屋を出ます。部屋を出れば、礼服に着替えたスヴァンテ様がいらっしゃいます。流石にかなり様になってる。先程、部屋にいらっしゃったときの恰好ももちろん素敵ではありましたけれど、やっぱり人前に出るってなると格式も変わってきますね。いかにも王子様然としててカッコいいです。
「お待たせしました。迎え、ありがとうございます」
「……いえ、今回のボクの仕事ですから」
一応、カーテシーすればスヴァンテ様は一瞬だけ遅れてから挨拶します。顔を見てみれば、ちょっとだけ照れたような顔です。
「もしかして見惚れました?」
「あ、あはは、はい。あまりに美しくて、見惚れてしまいました」
「ふふっ、ありがとうございます。トマスさんとシルヴィアのお陰ですね」
彼女達が本当にいい仕事をしてくれた証拠ですね。これは素直に受け取りましょう。差し出された手を取って会場に向かいます。ちょっと緊張して来ました。足がちょっと震えてるのが自分でわかります。ヒールの靴じゃなくて助かったなって思います。靴だけは用意できなくて、召喚の時から変わらずスニーカーなんですよね。採寸して、デザイン決めて、作って合わせて、もう一度手直ししてってなると流石に1週間じゃ無理って向こうも判断したみたいです。今回はそれで助かりましたけれど、近い内に靴も作るんでしょうね。楽しみなような、不安なような。
会場の大階段前に設置された扉の前までいけば、既に他の皆は揃っていました。すごく華やかですね。みんなそれぞれ、よく似合ってます。近づいて行けば向こうも気付いて私の方を見ました。揃って驚いた顔ですね。普段、洒落っ気がないから余計新鮮に見えるんでしょう。
「わっ、すっげ。アレンのドレスすごく豪華だな」
「そう? 豪華って意味なら美雨のヤツの方が豪華だと思うけれど」
「豪華っていうか、上品って感じよね。アレンによく似合ってるわ」
「ありがと。成美も似合ってるよ、美人さに拍車がかかってて」
「それ褒めてる?」
「もちろん。私、美人さん好きだから」
「そう……、確かにそうだったわね。ありがとう」
「珍しく成美が照れてる」
「うっさいわよ」
「こんな形のドレス、色合わせの時あったっけ?」
「形そのものはあの時あったものだよ。私に合わせてちょっとデザインが違ってるから、見覚えないように思うだけだよ」
「それにしても、……アレンって化粧すると化けるタイプだったんだな」
「ナチュラルメイクだからそんなに変わってないでしょ」
「全然印象違って一瞬、誰だかわかんなかったよ。メイドさんの腕、すごくいいんだね」
「うん、私のシルヴィアはめっちゃ優秀なメイドさんだよ」
ここまで褒めてくれるなんて、ちょっとどころじゃなく嬉しいものですね。パーティを乗り切れたらいいって思ってましたけれど、ちゃんと胸張って、シルヴィアとトマスさんがいい仕事してくれたんですよって自慢して回りたくなります。あんなに緊張してたのに、早くパーティが始まらないだろうか、なんて思っちゃいます。
部屋の中から聞こえている音楽が変わりました。どうやら、私たちの入場の時間のようです。控えていた騎士の方が扉に手を掛けます。
「緊張してきた……」
「そんなに震えないでよ。ウチまで緊張しちゃうじゃん」
「えぇっと、どうしたらいいんだっけ」
「あたしに聞かないでよ。とりあえず手を乗せてればいいんでしょ?」
「王子様のやり方真似したらいいんじゃないかな」
「みんな一回、深呼吸しよ」
落ち着きないなぁ。私もですけれど。入場の宣言が聞こえてきました。扉が開かれます。スヴァンテ様がちょっとだけ手を握ってきます。それに顔を上げれば、大丈夫だと言うような笑み。本当に大丈夫だって思えるから、不思議なものですね。最後にエルネストを振り返ってみれば力強く頷いてくれます。
……うん、大丈夫。
味方になってくれる人がちゃんといる。失敗したからって死ぬわけでもない。ただ、私自身がこの世界で生きる為の一歩目なだけ。だから大丈夫。しっかり顔を上げて、胸を張って進めばいい。それが道を開くためのものだって、たくさんの歌が教えてくれたんだから。
さぁ、パーティの時間です。




