第二話:異世界の事情を聴きました。
わかりやすく説明回。
異世界事情について先に解説してます。
いろいろ設定考えてあるので、うまい具合に説明挟みながら進めていきたいなぁ。
戸惑う私達を取り囲むローブの人達の間から、誰かが前に出ました。
プラチナブロンド、と云うのでしょうか。現実では見れない美しい金色の髪は丁寧に整えられていて、サファイアを思わせる青い瞳は美しい物でした。丹精込めて作られたビスクドールかのような顔立ちは、誰がどう見てもイケメンの部類。ああ、王子様なのだろうな、と私は思いました。彼は私達の姿を見ると満足げに頷き、そして言いました。
「ようこそいらっしゃった、異邦の者達よ。君達の存在は僕達の希望だ。どうか、この国に安寧を齎して呉れ給え」
「それは王家の命令ですか?」
反射的に答えた私に、彼は目を丸くしました。成美が慌てて私の肩を掴み、耳元で囁きました。
「ちょっと、アレン! な、なんであの人が王家の人だってわかるのよ?!」
「だって、どう考えてもそういう展開だし……」
「展開ってなによ!」
「ふふっ、一目で僕が王家の者と見抜くとは、お嬢さんはかなりな観察眼をお持ちと見受けられる」
ひそひそと話す私達を遮って、彼は可笑しそうに言いました。
苦手だな、と私は思います。人としても、キャラとしても。英雄や聖女の召喚はテンプレ展開の一つですが、最初に現れる王家のキャラにロクな人がいることは中々ありません。だって、拉致ですからね。人の人生を奪う選択を平気で取れる人なんだから、ロクな人じゃないのはほぼ決定事項です。
「先に挨拶しておこうか。僕の名前はアルフレッド・サー・シャングリラ。このシャングリラ王国の第一王子だ」
いかにもな名前にいかにもな身分と来たものです。下手に出ているように見えて、何処か不遜で高圧的な態度。
うん、この異世界召喚がこの人の独断で行われた物だとしても私驚かない。第二王子とか、王女様とかがいて、そっちが真面ならいいなぁ。国ぐるみでロクでもない事もありますから、気を付けないといけませんね。
「王子様……?」
「おいおい、本物の王子様とか初めてみたぜ」
「と、とりあえず、名乗られたんだから名乗り返した方が良くない……? ねぇ、アレンもそう思うよね……?」
「そうだね」
可愛そうなくらい震えている明香里に、一先ず同意します。名乗られてしまえば、名乗り返さなければいけません。そうと決まれば、真っ先に隼が前に出ました。私達の集まりのリーダー的な存在は彼です。まぁ“リーダー”には、最初に何かをする、という意味しか持ちませんが。今回ばかりはこの率先力が助かります。
「はじめまして、豊崎隼です。あ……、えっと、こっちに合わせるなら、ハヤト・トヨサキです」
「ミウ・ハヤマです。はじめまして、シャングリラの王子様」
「オレは……、あ、ぼくは元町宗士、ソウジ・モトマチです」
「あ、アカリ・ヨシダです。は、はじめまして……」
「ナルミ・カドワキです」
一人ずつお辞儀をしながら挨拶します。それをシャングリラ第一王子はにこやかに聞いています。最後に私に目を止めると、明らかに目付きが変わりました。目を付けられた、と取って良さそうです。真っ先に口答えしたのが悪かったですね、反省しましょう。
「私は……」
「アレン嬢、だろう? 先ほど名を呼ばれていたな」
「……はい、そうです。お初にお目にかかります、シャングリラ第一王子殿下」
私達に対して関心を向けているというパフォーマンス、と取るのは疑いすぎでしょうか。カーテシーは流石に出来ないので、お辞儀で勘弁してもらいます。楽し気に笑う殿下はここで立ち話も失礼だ、と近くの騎士様に応接室へ案内するように命じました。自分は国王陛下に報告に行くようです。折り目正しく礼をした騎士様は私達に付いてくるようにと言いました。
「突っ立ってても仕方ないし、着いて行った方がいいよな?」
「取り敢えず、事情は聴きたいしね」
確認を取って来る隼に頷けば、じゃあ行こうと彼は言いました。騎士様に付いて部屋を出れば、明るく広い廊下に出ます。豪華絢爛、という言葉が良く馴染む、お城の廊下です。
「わぁ……! すごい!」
「本当、凄く奇麗ね」
「お城の中なんて、初めて歩いた……!」
その華やかさに、女の子達の目も輝きます。
それもそうでしょう、こんなに奇麗な場所を歩くなんて、お姫様にでもなったような気分です。私も少しばかり、この光景に興奮しています。画面の向こうにしかなかった景色が、今目の前にあるのですから! 花瓶もそこに生けられた花も、照明として吊り下げられたシャンデリアも、大理石の模様も、全部がまるで宝石の様に輝いている。
メイドさんとか執事さんとかいるのかな?
ここで暮らすとかなったら、専属侍女とか付くのかな?
い、いやいや、気が早い、早すぎる……!
直ぐに送還っていう流れになるかもしれないのだから、……物語の展開的に在り得ないけれど……、ここで暮らすことなんて考える必要は今はないって!
「アレン、顔がすごく緩んでるぞ」
「こんな歴史的価値しかない場所でにやけるなっていう方が無理」
「そうかぁ」
宗士が生暖かい目で見てくるけれど、私は気にしません。騎士様が案内してくれた部屋に入ると、そこもまた豪華絢爛です。飾られた調度品の数々は素人目でもわかる高級品。誂えられたテーブルとソファも、相当な値段の付く物でしょう。本当に座ってもいいのだろうかと少し心配になります。騎士様は私達に座る様に促しました。こういう時、素直に従って座れる美雨が少しだけ羨ましいです。
「うわっ、すごいふかふかだよ!」
楽しそうに言った美雨につられて、他のみんなも座りました。似たような感想を言ってはしゃぐのを見ると、まるで小学生です。かく言う私も、似たような物かもしれませんが。
「綿花はあるんだね。皮の加工技術も」
「それがどうしたの?」
「生活水準は高そうだなって思って。どう見ても、中世ヨーロッパ風の世界観だから」
「王子様がいて、お城があって、騎士がいて、すごいよね~」
「あと多分、魔法もあるよ」
「本当ッ?!」
「魔法使いになれるかもしれないわね」
魔法、という言葉に女の子達が更に目を輝かせました。
うん、憧れるよね、魔女っ娘。私も少しだけ期待してます。だって、もし使えるなら使ってみたいじゃないですか。炎とか水とか、雷とか出してドーン、バーンって。でもそうなると魔物とか魔王とかいたりして、危険だから戦ってねっていう風になるかも。平和ボケした私達が戦えるとは全く思えませんが……。
呑気にお喋りしている私達に、いかにもメイドさんの恰好をした女性が紅茶を淹れてくれました。ついでにお茶請けも用意してくれて、目の前には現実で見た事のないお菓子のスタンドが机の上に鎮座します。
「おいしそう!」
「これ、貴族が使うお菓子のタワーじゃん」
「本当にこれを使ってお菓子を食べる日が来るなんて思わなかったわ」
「一口サイズで食べやすくていいな」
「あ、宗士……!」
ひょいと宗士がてっぺんにあったケーキを食べてしまいました。これって確か、下の段から食べるのがマナーだったと記憶しています。数々の異世界転生、悪役令嬢物を見て来ただけの中途半端な知識ですが。そっとメイドさんの顔を伺えば、流石プロ。一つも表情を変えることなく壁際に佇んでいます。
「どうかしたか?」
「……確かね、これ、下の段から食べるのがマナーだったはずなんだよね」
「マジで? 知らなかったわ」
「うん、異邦の常識の違いって事で許して貰おう……」
そもそも毒見なしで出された物を遠慮なく口にすること自体、あまり良い事じゃないと思います。まぁ、向こうの都合で呼んだ手前、毒を盛られる事はないでしょう。
「何コレ、べったべたに甘いんだけど」
下段に在ったスコーンと思しきお菓子を口にした明香里が、顔を顰めて言います。隼が好奇心で同じものを口にします。口に入れた途端に明香里と同じ顔をしたので、本当に物凄く甘いのでしょう。
「ホントだ。甘ッ、なんだこれ」
「砂糖が高級品なのかもね」
「高級品なら、あまり使えないんじゃないの?」
「逆だよ。高級品だから、お客様に最上のおもてなしっていうことで出し惜しみしないの」
その分、加減を知らないからやたらと味が濃くなるわけです。その割に紅茶に砂糖が付いていないので、それでバランスを取っているのかもしれません。
「だからってこんなに甘くしなくてよくね?」
「贅沢品はそんなものだよ。嗜好品まで落ちれば、話は変わるだろうけれど」
「紅茶が甘くないから、丁度いいくらいよ。まぁ、紅茶も渋いけれど……」
文句を言うなら口にしなきゃいいのに、と言っても無駄でしょう。折角出されたから食べる、という気持ちもわかりますし。ともかくとして、食文化は日本程発達していないのは確定ですね。料理もそこまで期待できないでしょう。そういう意味では、日本の食文化に慣れ親しんだ舌が良いのか悪いのか、わからなくなりますね。
「アレンは食べないの?」
「うーん……、帰れるかどうかによるかな。ヨモツヘグイって言い方するとあれだけど」
「なにそれ」
「黄泉の国の物を煮炊きして食べること。黄泉の国の物を食べると、黄泉の国の住人になるんだって」
「なにそれ、アレン気にしすぎだよ」
「魔法でオレたちここに来たんだろ? だったら同じように魔法で帰れるだろ」
「昨今流行りの異世界転移物だと、召喚は一方通行なんだよ」
「アニメとか漫画の話?」
「うん」
「現実は違うかもしんないじゃん。食べなよ」
「……そうかもね。でも、お腹空いてないからまだいいや」
呑気というか、能天気というか。これくらい気楽に構えていた方が良いのかもしれません。でも私の話を聞いて、明香里と成美が手を置きました。ヨモツヘグイはちょっとインパクト強かったみたいです。脅した訳ではないけれど、帰れなくなる可能性が食べ物にあるなんて普通は思いませんからね。食べてしまったのだから、もう遅いのですけれど。お喋りして、お菓子とお茶を突きながら私達は待ちます。
「いつまで待たせるのかな、さっきの王子様」
待ち始めて、どれくらいでしょうか。気付けばかなり長いこと待たされてます。流石に美雨が苦言を呈しました。これは、第一王子が国王陛下にお説教を喰らってるかな。私達の処遇についての話し合いが行われているのかもしれません。何にせよ、放置はどうかと私も思います。
「あの、後どれくらい待てばいいかわかりますか?」
控えていたメイドさんに聞いてみれば、確認してくるといって部屋を出て行きました。
「なんかよくわかんないけれど、いきなり召喚? とかしておいて放置するなんてひどくない?」
「向こうだって色々事情があるんだよ」
「これが会社のやりとりだったら即契約打ち切りだろうな」
「強制召喚なら、こっちに非があることにならない?」
「ならないだろ、呼び出しておいて放置なんて流石にないわ」
実際に企業が打合せする時のマナーとかは知りませんけれど。強制召喚された方と、召喚しておいて放置する方だとどっちが重罪なんだろう。それを知る機会が巡って来る気配は、今のところ感じられませんが。5分も待たずに先ほどのメイドさんが戻ってきました。
「もう間もなく、国王陛下への謁見になります」
「へ?」
「国王陛下って……、さっきの王子様のお父さんってことよね?」
「国の一番偉い人じゃん!」
「こんな恰好でマナーも知りませんけれど……」
「恰好もマナーも問わないとの伝言を預かっております」
唐突な展開! これはどっちだろう……。国の為に力を貸してくれと言われるか、謝罪と共に生活の保護を約束してくれるのか。前者だったらどうしようかな……。上手く誤魔化したら、城下とかに放逐してくれないかな。誤魔化すにも、誤魔化しようがないけれど。
「王様って、どんな人かな? 王子様があんなにイケメンだったし、王様もイケメンかな?」
「美雨、気にするところ違う」
「えー、でも、王様なんて一生に一度も会えない人じゃん!」
「それは、確かにそうだな」
「どんな奴だろうと王様なんだし、大丈夫だろ」
「そうね。そう思っておきましょう」
「呑気なんだから……」
肩から力が抜けます。本当に、こういう呑気さは非常事態には必要なのかもしれません。命に危険がある訳でもないですし。警戒しすぎても仕方ないのでしょう。5分ほど待てば、騎士様が案内の為にやって来ました。先程、この部屋まで案内してくれたのとは違う騎士様のようです。マントの刺繍の色が違います。所属によって変わるのかな。さっきの騎士様は多分、第一王子付の近衛兵で、この人はまた別の、国王陛下の近衛兵とか。
彼に連れられて廊下を歩いて行くと、見上げる程大きなドアの前に辿り着きました。謁見の間とでも呼べばいい場所であるのが一目瞭然。自然と緊張します。
「だ、大丈夫だよね……、アレン?」
「うん、大丈夫だよ。よっぽど失礼なことをしない限りは、だと思うけれど」
「き、気を付ける」
緊張で震える明香里に微笑みかけます。皆も少なからず緊張しているようで、あまり表情は明るくありません。案内した騎士様が、私達の来訪を告げると大きなドアがゆっくりと開きます。
部屋は、本当に広いです。
何千人もの人が入れるのではないかと思うくらいに広いホール。何枚もの大きな窓からの彩光が、その煌びやかさを演出していました。真っ赤なカーペットが最奥の玉座にまで続いていて、その脇に騎士様が並んでいます。彼等の後ろにもメイドと執事が並んで控えているようです。
玉座は何段か高くなった位置にあり、その麓、と言いますか、最下段の脇には大臣クラスであろう方々が厳しい目で私達を眺めていました。圧迫面接ってこういうのを言うのだろうか。
玉座は二つ並んでいて、国王陛下とわかる男性と王妃様とわかる女性が座っています。その後ろに控える様に並んだ青少年は王子と王女でしょう。メイド服を来た方が赤ん坊を抱いているので、あの子も王族の子なのでしょうね。一番上手に立っている第一王子殿下は、先ほど見た時より僅かに顔色が悪い様に見えます。ああ、国王陛下は真面な人みたいだ……。私達が待ってる間に説教されたのかな。
子息令嬢達の脇には側妃と思われる女性が何人か座っています。彼女達も私達を品定めしているのか、観察するような視線で見つめてきます。国王陛下は眼前にやって来た私達を見て、柔和に微笑まれました。
「我らがシャングリラ王国へよく来てくれた、異邦の者達よ。私はフィヨードル・サー・シャングリラだ」
威厳を含んだ、落ち着きのある声。イケおじ、なんて言葉が良く似合う方です。
「此度は我が愚息がしでかした事、心より謝罪しよう。其方達の応えも聞かず、我等の都合のみでこの世界に呼び出してしまった。大変申し訳なかった」
そう言って、国王陛下は頭を下げました。息子の代わりに頭を下げ、国の為にプライドを捨てる事が出来る、国王としても父親としても素晴らしい人物の様ですね。パフォーマンスが半分かもしれませんが、渋々とか嫌々とか、そんな感じはしません。
「いきなりこんなところに来たのは確かに驚きましたけど、怪我したわけでもなんでもないので、大丈夫です」
隼が代表して答えます。顔を上げた国王陛下はホッとした様な顔をしました。しかし、直ぐにキリッとした威厳のある顔に戻ります。報告の確認を取りたいと、大臣らしき人が私達の名前を呼びました。
第一王子殿下からの報告にあった名前と私達の顔を一致させる作業の様です。私だけなぜか念入りに間違いないかと聞かれましたが、訂正するのも面倒なので頷いておきました。名を確認した国王陛下は大仰に頷いて話を進めます。
「其方達には聞きたい事が山ほどあるだろう。まずは、どうして我々が其方達を異邦から呼び寄せたのか説明しよう」
やっと本題の様です。国王陛下に名を呼ばれて、一人の男性が前に出ました。この国の大臣……、宰相かな。でも恰好を見ると教会の人かも。
「お初にお目にかかります、わたくしはビクトリノ・フォン・ブレトンと申します。ユエシン教の大神官を務めさせていただいております」
大神官っていうことは、上から数えた方が早い人。どこまで偉い人なのかはよくわからないけれど、国王陛下から指名を受けるんだから一番偉いのかもしれないですね。
「この世界では、魔物と呼ばれる危険生物が存在しています。その対策として騎士団や魔法士団が結成されております。その御旗として、また、我々では対抗できないような強力な魔物の対抗策として異邦の方に協力をお願いしています」
ほとんどテンプレートな説明でした。
この世界は魔法によって成り立つ世界で、その魔法の根源となる力は良い様にも悪い様にも自然界に影響を及ぼすそうです。悪い方への影響の一つが、魔物。その魔物を倒す為、魔物の数を抑える為に異世界から英雄や聖女を呼び出す。異邦からやって来た人はこの世界の人と比べて何十倍もの魔力を有していて、この国だけじゃなく周辺諸国や遠い大陸の国も欲しがる人材。英雄や聖女を呼び出せる国は決まっていて、世界でも3国しかないそうです。シャングリラ王国はその3国の内の一国で、良質な人材を確保できる国として有名。何十年に一度、異邦から人を呼び寄せ、教育を施し、周辺諸国に人材として提供する事で強国としての地位を確保している国。
今回もまた、例年と同じ様に異邦から人を呼び寄せて、次代の英雄・聖女を確保しようと計画が立っていたそうです。それを強行したのが第一王子。本来なら時間をかけ、異邦の者と何度かコンタクトを取り、こちらの世界にやってきてもいいという方を呼ぶのだそう。それを問答無用で呼びつけたのが現状。立派な拉致と云う事で第一王子には重たい罰、具体的には王位継承権の剥奪と離宮への謹慎が言い渡されたのだとか。人攫いは犯罪ですからね。仕方ないでしょう。思ったよりもずっと早い退場でした。
彼は一先ずおいておいて、問題なのはここから。
やはり、異世界からの召喚は一方通行だそうです。本来なら先に許諾を取ってから召喚するのですが、王位継承を確実にするための手柄が欲しい第一王子が強行した結果、その過程をすっ飛ばして私達が召喚されました。帰すことはできないが、こちらの意志を無視した召喚のため英雄・聖女の教育は強制ではない。この世界での生活はある程度まで保証する。城に残るにも、市井に下るにも、困らない程度の保護をしてくれるそうです。
でも、異邦人召喚は何十年に一度しか出来ない儀式のため、できることなら協力して欲しいとのことです。協力してくれるなら、教育が終わった後の勤め先はこちらの意志を尊重してくれるそう。強制であろうとなかろうと、その教育は受けた方がいいとは思いますが。
説明を全部聞いて、私達は黙りました。元の世界に帰れない、と確定したことで全員気落ちしているようです。私はやっぱり、と思ったのでそこまでのダメージではありませんが、やっぱり物悲しさはありますね。黙った私達に、国王陛下は少し相談するといいと言ってくれました。今、ここで決めなきゃいけないなんて事にならないのも、詫びの一つなのでしょう。
「返事は近日中で構わない。処遇が決まるまで、其方達は城内での生活を約束しよう」
「温情、痛み入ります」
「畏まらずともよい。此度は此方に非があるのだからな」
苦笑する国王陛下。そのまま業務連絡的に、私達の世話をしてくれるメイドや執事と騎士様を付けてくれるとまで提案してくれました。英雄や聖女に専属で付ける方達の候補だそうです。よかったらメイドや執事から一名、騎士様から一名を専属指名をしてやってくれ、とのことでした。でも必要なら、人を増やしてくれるそうです。
あまりに好待遇過ぎて、逆に怪しく思えてしまいます。もしかしたら良心の呵責で英雄や聖女になってくれたらいいなくらいは思ってるかもしれません。いや、思ってるんだろうな。とりあえず外堀を埋めておけば、囲いやすいですからね。それくらいの打算が無いと王様って勤まらないって色んな物語で読んだよ。……うん、役に立つのか立たないのか判らない知識はともかく。
控えていたメイドや執事、それから騎士様が私達の前に並びます。メイドと執事は全部で、12人。半分が選ばれて、半分が選ばれない。騎士様は18人。三人に一人しか選ばれない。私達全員が城に残る保証もないので、実際に選んでもらえる人はもっと減るか。突然やって来た異邦人に、どれくらい尽くしてくれるんだろう。重たすぎる忠誠も、軽すぎる忠義も困るなぁ。
「どの者も優秀で、能力そのものに大きな違いはない。数日、交代で其方達の身の回りの世話をさせる。専属指名をするなら、其の中で気に入った者を選ぶといい」
おお、こちらも選択までに時間をくれるのか。本当にいい王様ですね。
かくして謁見が終わり、私達は客間まで戻ってきました。ソファに座ると緊張が解け、深いため息が口から出ました。他の皆も同じような物みたいです。メイドさんが直ぐにお茶を淹れてくれました。今度は私も口を付けます。独特の香りのある渋みが強い茶葉なのか、蒸らす時間が長いから濃く出ているのか、判断に困る味です。渋いと言った成美の評価は確かだったようですね。香りを優先して、抽出時間を短くすればもう少し飲みやすいかもしれません。まぁ、素人意見なのですが。
「どうする?」
落ち着いたところで隼が聞きます。答えはありません。顔を見合わせるだけです。
「とりあえずこの世界で生きて行くなら、向こうの提案は寧ろありがたいかな」
私は思った事をそのまま言います。わからない、という顔をされたので補足しました。
「この世界についてとか、この世界の学校教育を無償でやってくれるんだから。読み書きとか、世界情勢とかある程度知っておいた方が確実にいい。就職先は困らないみたいだし」
「異世界に来てまで勉強したくないなぁ」
「でも、何も知らないで放り出されたらそれこそ生きていけないと思うよ。家電の代わりに魔法なら、その魔法の使い方を知らないと明かりも付けられないってなるわけだし」
「そっか……、それは困るね」
「英雄とか、聖女とかよくわからないけど、別に絶対にそれになる必要もないんだろ?」
「あの言い方だと、そうだね」
なった方が、国の後ろ盾を得られて有利だとは思いますが。その分、責任と仕事も増えるので、一概に良い事とも言えません。ある程度、この世界に馴染める程度に教育して貰って、市井におろして貰って、高い魔力を利用できる仕事につくのが一番安泰、ですかね。人間関係の構築を0からやらなきゃいけないのが、ハードル高いですが。コミュニケーション能力の高い美雨や宗士なら、それで十分でしょう。
「ただ……、異邦人召喚が行われたっていうのは周辺諸国に話が行くはずだから、その人材を目当てにしている国は多いと思う。強制しない、とは言っていたけれど、土下座してでも英雄とか、聖女として来てくれって言われる可能性はある」
「この世界について教えて貰った方が有利でも、その後に自由にさせて貰えないのは嫌ね」
「他の国に行くことになったら、皆と会えなくなるのかな……」
心細そうに、明香里が言います。その可能性はもちろん否定できません。寧ろそうなることがほぼ確定するでしょう。同じ世界から来た友人から離れて、独り誰も何も知らない土地へ送り出される。それは、可能性の一つと考えてもとても怖いです。
「勤め先は融通してくれるって言ってたから、我儘言えば、この国に留まれるかも。もしくは、他の国に行く事になっても、独りじゃなくて2人か3人にしてくれるんじゃないかな」
「だったらいいな……」
「その時に何を言われても、強制しないって言ってたって言ってごり押しすればいいと思う」
よくわからないところで強気になる隼に確かにそうだと皆笑います。それがまかり通る程、甘くはないとは思いますが。いつ来るともしれない日について、あまりぐだぐだ考えても仕方ないんでしょう。そんなことに頭を痛めるより、とりあえず現状について考えなければ。
「とりあえず、なるかどうかはともかくとして教育して貰うのは絶対有利。自由にやりたいなら、この世界の常識だけ教えて貰って市井に下るのがいいと思う。衣食住や就職先については、保証して貰えるわけだし。城に残るなら英雄とか聖女になるっていう選択肢しかない、っていう感じかな。その辺は、個人で決めた方がいいと思う」
「これって、今すぐ決めなきゃいけないことでもないんだよね?」
「うん。近日中って言ってたから、少なくとも1週間くらいは時間を貰えるはず」
「じゃあ、ウチはお城暮らし満喫してから決めようかな」
美雨が呑気な事を言いだしました。まぁ、確かに本当に何もしないでのんびり過ごすなんてありえませんからね。満喫してやろうっていう心意気は、褒められた物じゃなくても理解できる心情です。お城暮らしなんてあり得ませんでしたし。お城以外の場所には行けないでしょうが、この世界について少し聞いて回って、それから決めるのも悪くはありません。
「じゃあ、それぞれで考えるっていう事で」
「本当に英雄になっちゃったりしたときはお祝いしてくれよ」
「気が早い」
「聖女様とか呼ばれるのはちょっといいかも~」
「だから気が早いって」
冗談交じりに言って笑う。この楽しい時間は何時まで続くんでしょうかね。いつまでもは続かないでしょうね。決定が違えば、もう顔を合わせる事もなくなるかもしれないのですから。ともあれ今はこの世界で生きる術をどうするか、ゆっくり考えるのが先決ですね。