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異世界賛歌~貧乏くじ聖女の異世界革命記~  作者: ArenLowvally
あまりにも、よくある話。
18/86

第十七話:異世界で魔法を使います。

すみません、一日ズレました。

個人的な楽しみにすべて持って行かれてすっかり忘れてしまいました。

次回からは気を付けます。


 お昼を挟んで、国王陛下にブラッドの専属指名を追加でお願いして、私はまたもや清一郎さんに連れられて魔法師団の仕事場にお邪魔させていただきます。今回やってきたのは第三庭園の隅っこに作られた大きな施設です。中は広く、騎士団の訓練場みたいな印象です。違いがあるとすれば、向こうは天井がなく、こちらはしっかり天井が作られてる点でしょうか。安全性の問題として、暴発した魔法が外に飛び出さない作り、ということでしょう。いくつも作られた窓が太陽光をたっぷりと取り込んで、その上床に埋め込まれた光源のお陰で広い施設でもとても明るいです。床に光源って……、某ブロック世界ゲームみたいだ……。

 仕事がある人は施設の逆端の方で作業するみたいです。私達の周りにいるのは、歌に興味がある人と冷やかしに来た人ですね。圧倒的に若い人の方が多いのは気のせいではないでしょう。みんな暇だねぇ。


「向こうは向こうで勝手に作業するから、こっちはこっちでアレンさんの歌による魔法操作についていろいろと試してみようか」

「わかりました。とりあえず、何か適当に歌いますか?」

「うん、そうだね。とりあえず歌ってみようか」


 柔らかく笑いながら言われてしまいました。うん、いや、そうなんだけれど……。こんなに人に注目されて歌うのって本ッ当に苦手なんですよねぇ~! いや、気にせずに歌えばいいだけの話なんですけれど。この前もそれで乗り切れましたし。スマホ持ってきておいて正解だったかもしれない。充電、あと30%切ってるけれど……。数曲くらいなら流せるでしょう。聞きながら歌えばまだマシだと信じたい。信じるぞ、私。

 フォルダを開いて、曲を選びます。恋愛ソングは嫌がられるだろうけれど……まぁ、いいか。目についたタイトルをタップして、曲を流し始めます。ざわついたけれど無視だ無視。


「ぽつり ぽつりと聞こえ出す

 雨の音が煩わしくて

 ひたり ひたりと歩き出す

 傘はどこかへ飛んでった」


 ゆったりとした物悲しいバラード。サビで一気に音圧が上がるのがすごく好きなんですよね。歌が上手い人が歌う歌だね、なんて前に明香里に言われたなぁ……。すみませんねぇ、下手くそでって思ったのを思い出します。余計なこと考えちゃダメですね。集中しないと。

 そういえば、これは雨を題材にした歌なんですけれど、それにともなって水の魔法とか使えないですかね。いや、先に歌ってる間に魔力を放出してるっていう話だから、それを感知できないとだめですよね。魔力感知かぁ……。

 ぼんやり光ってるのは他の人が魔法を使ってるのを見て判ったけれど、他になにかあるのかな。いや、光ってるっていうことはそれを“光”だと脳が認識したと考えるべき? 光は光粒子が脳に信号を送ることで認識になるわけで……。色の違いは光に含まれている波の長さで変わって来る。だとしたら……、魔力は空気中を漂う波であると考えればいい? 人の内側から現れる、魔力と言う名の、波の現象。


「ペトリコールが君を呼ぶ

 どこにいたって同じなの

 輝き 冷たさ 匂いも 音も

 独り 嗚咽で君を呼ぶ

 ここに到って 終わりでしょ

 答えて 応えて」


 じっと自分の手を見つめてみます。集中して、歌い続けていくとぼんやりと自分の手が光っているのが見えました。これが自分の魔力!


「止まない雨はないなんて

 そんな言葉を聞きたいんじゃない

 お願い 止まないで

 永遠にこのままで構わないから」


 この光を手元に集めて、一つにするようにイメージしてみればその通りに揺らいでいきます。あ、集めたこれ、どうしよう……。充電してみる? プラグ部分から、魔力をちょっとずつ注ぎ込むイメージ。充電って具体的にどんな感じなのかはわからないけれど、電子が内部に溜まってエネルギーになるっていうふわっとした感じでいけないですかね? とか思っていれば充電を示す赤いランプが光りました。あ、イメージで行ける! なんかこんな感じでスマホの充電できる!! これ助かる!!!!

 全部歌い上げた時点で現れていた魔力は消えてしまうみたいです。現れた魔力を使うっていうのは何となくわかったけれど、自力で魔力を引き出す方法はよくわからないですね、まだ。とりあえず、50%くらいには充電復活してるので、効率は悪くないみたいです。っていうか、超ハイペースだな。一曲歌えばフル充電可能ってすごい。


「ふむ、なるほど。確かに歌うことで魔法を使えるようだね」


 清一郎さんの声にハッとして顔を上げます。興味深そうな表情をしているのは大人の人達で、若い人たちはみんな何とも懐疑的な目です。懐疑的というか、恋愛ソングが嫌だったんですかね。どっちにしろ真面目に考察してくれるつもりはないみたいです。大人の人達が集まってあーでもないこーでもないと言ってる方に混ざりましょうか。


「何か分かったことありましたか?」

「うん、そうだね……。歌に特別な何かがあるわけではなくて、歌うことで集中力が高まって魔力が解放される、と見るのが正解かな」

「我々が訓練によって習得する魔力操作が歌でこんなに簡単に行えるなんて……」

「歌が祈りとして機能するというのは間違いなさそうですね」

「魔力感知ができるようになれば、早い段階で魔法が使えそうだな」

「それが異邦人だからなのか、誰にでも習得可能な技術なのかは調べてみる必要が有りそうね」


 魔力の操作には魔力を自分が扱ってるっていう自覚が必要になるっていうことですかね。確かに魔力が見えるようになったら操ることも出来ましたしね。なるほど。この世界の魔法、なんとなくわかってきました。あとは魔法の基本知識があればどうとでもなりそうです。たぶん、個人の才能とかもあるんだと思いますけれど。その辺りは異邦人特典って感じですかね。祈りの力であっただけあって、割と想像力が物を言う力なのかもしれません。


「そうだな、対照実験は必要になるし、誰か歌ってみないかい?」


 今日、一緒にランチでもどう? とでも聞くかのような気軽さで清一郎さんが聞きました。でも近くにいた人たちは揃って明後日の方を見てしまいます。まぁ……、いきなり歌えって言われて歌える人なんていませんよね。歌が聖歌隊が歌う特別なもの、という意識もあるでしょうし。娯楽にまで落ちてきたら話は別でしょうけれど。

 苦笑していれば、清一郎さんは一人の女性団員さんに目を止めます。あの子ですね、師団長さんの娘さん。


「エルサ、君は率先してこの歌による魔法制御について研究していたようだけれど」

「けっ……、研究という、ほどのものではありません。ただ、こちらの世界の音楽で同じものができればその異邦人に頼る必要はないというだけです」

「ああ、なるほどね。一理あるけれど、前例があるのにそれを参照しないなんて、そんな莫迦な研究があるかい?」


 おぅふ、怖い。迂遠に異邦人を排除しようとするなって言ってますね。私の評価を知ってるから庇ってくれてるんでしょうけれど。エルサさん(というらしいですね。全然思い出せない)は気まずそうな顔でそっぽを向きます。変革が停滞してる理由って、若い子の反発もあるのかな……。彼女も多分、私より年下みたいですし、きっと思春期特有の反骨精神とかあるんでしょうね。大人しく全部従うことはないとは思うけれど、だからって全部に反発してたらどうしようもないだろうに……。まぁ、それを知るのはもう少し大人になってからか。


「その魔道具みたいなものが作用したっていう可能性は考えないんですか?」


 そう抗議したのは、師団長の娘さんの隣に立っている青年です。さっきも一緒に作業してたのを見たので、仲のいいお友だちなんでしょうね。


「それに魔力が集まっていたじゃないですか」

「これから魔力が放出されたわけではないし、彼女が自分で魔力を集めたと見た方が正確なような気がするね」

「魔力感知ができないって自分で言ってたじゃないですか」

「あ、それはできるようになったみたいです」


 見事にしかめっ面されました。まぁ、できないって言ってた事を今ここでできるようになったと言ったらそんな顔にもなりますよね。気持ちはわかるけれど、そこまでの顔をしなくても……。


「どうやったら魔力を放出できるかがわからないので、皆さんのような魔法を使うことはできませんが、放出された魔力を感知して操ることはできるようになりました」

「教えられてもいないことがそんなに簡単にできるわけがないだろ!」

「魔法についての基礎的な考え方は幾つか教えて貰いましたから。そこから、魔法や魔力がどういったものかある程度予想しました」

「それだけで魔法が使えるなら世話がないけれど……。本当か?」


 流石にこの言い分には大人の人達も困惑した表情です。本来の魔法の勉強がどういった形で行われるのかがわからないので、私からはどうも言えませんが。異邦人特典がついてもこれが異質であるということは、確実なようですね。


「室内で実際に魔法を見せてもらった時、魔法陣が光っているのが見えました。歌っている間に魔力が放出されているのなら、自分からもその光が発せられていると考えるのは自然じゃないですか?」

「それは確かに、そうかもしれないが……。だからといって簡単にできるものでは……」

「そもそも視覚的に魔力を捉えられるのは魔法陣に組み込まれたシステムのおかげだぞ? 人が直接魔力を放っていたとしても、基本は感覚的に捉えるものだ」


 小説的表現が基本、ってことですかね。見える物でも聞こえる物でもないけれど、肌で感じるもの。漫画的表現だと風っぽく見せたり、衝撃波的なエフェクトを入れたりするやつ。


「私はこの世界の魔法の理屈をまだ知りません。なので、想像と予測で魔法がどういったものなのかを独自に考えています。その結果が、魔力を光として捉えるという技術だと思うんですよ」

「理屈を知らないで適当にやった結果とか言うつもりか?」

「悪く言えばそうですね。この世界の魔法は、理屈よりも先に感覚的な現象が先にあった、という前提が私の中にあります。祈りが形式化した物が現在の魔法。だからといって、祈りが消えてなくなったわけでもない。もし祈りが消えてしまったのだとしたら、魔法そのものがロストテクノロジーになってるはずですし」


 皆さん難しい顔で黙っちゃいました。そんなに難しいことは言ってないと思うんですけれど。でも、今まで当たり前だと思っていたことを覆すようなことを言われた、と考えたらこんなものでしょうか。理屈で説明が付くものを感覚的に捉えろと言われても難しいですしね。こっちとしては、魔法は理論的な話が通らないと思っていたものなんですけれど……。


「最新の技術に誇りを持っているのはいいことだと思います。でもだからと言って前世代の技術を疎かにすることはないんじゃないですか? それは今の技術の礎なわけですし」


 特に何も返ってきません。そんなに難しい話だったかなぁ……。ともかくこのままこの話を続けても仕方なさそうです。


「えぇっと、話を元に戻しますね」


 特に返事はありませんが、構わないでしょう。今は私の魔法技術に関しての話をしていたわけですし。


「私は、魔力は光として捉えることができると考えました。歌う最中で魔力が検知されるのは皆さんが証明してくれているので、現象がそこにあることは確実です。なら、あとは私自身がそれを“そう”だと認識すればいい。魔力が私の身体から発せられている、つまり、私自身から光が溢れている。そうなっているはずだ、という思い込み。言い換えて、祈ったわけです。『魔力を視認したい』と」

「つまり……、どういうことだ?」

「魔力は放出されている。あとはそれを魔法に変換できればいい話なわけで、それを僕達は魔法陣によって行っている。彼女はそれを祈りだけで行ったという話だね」

「だからそれがあり得ないって話で……」

「原点に限りなく近い形の魔法、と考えるなら?」


 そう言ったのは、意外にも若い子でした。集まっているメンバーの中でも、飛びぬけて幼く見える子。アイボリーの髪に、深い紫の瞳。長いツインテールを揺らして、じっと観察するような読めない表情でこっちを見ています。


「魔法陣が開発される以前の魔法」

「何を言ってんだ、リリー嬢。そんなの、どんな古い本にも出てこない」

「文献として記録される以前の魔法。古来から、魔法は存在していた。国が国として機能するよりも前から。人が集団を作る前から。人が人となった瞬間から」


 バカにした男の子の言葉を、女の子は見事に一蹴します。反撃を喰らうと思っていなかったのか、男の子はぐっと言葉を詰まらせました。いや、そこで黙っちゃダメでしょ……。何の反論も出来ない男の子に苦笑していれば、女の子は目の前までやって来ます。私の胸元くらいしかない身長。かわいい。屈んで目を合わせれば、瞳を煌かせながら女の子は言いました。


「あなたの魔法、わたし、すごく興味ある」

「そう? 私は私の魔法がどれくらいすごいものなのかわからないけど、そう言ってくれると嬉しいよ」

「すごくすごい。だからもっと見たい」


 まるで新しいおもちゃを強請る子供です。きっと中らずと雖も遠からず、ってところでしょうね。


「リリーがこんなに食いつくなんてねぇ」


 驚くのは一人二人ではないようです。大人の人は大体みんな驚いた表情をしています。この子、物語でよくある孤立した天才なのかな。


「それならリリー、君が彼女の魔法の研究をしてみるかい?」

「する」

「即答だね。アレンさんはどうしたいとかあるかい?」

「10日後くらいから始まるであろう、聖女教育に差し支えなければ協力は惜しみませんよ。その為の人材なわけですし」


 ざわついているのは聞かないことにして、私は頷きます。なんか、聖女になるよりも前からやらかしまくってて、もういろいろ諦めた方が良さそうですし。


「わかった、王に進言しておこう」

「専門でリリーが研究するのはいいとして、補佐は必要だろう」

「そうだね、他に誰か彼女の魔法の研究をしたい人はいないかい? エルサとか、熱心にやっていただろう?」


 清一郎さんに話を振られて、若い人たちはみんな渋る顔です。まぁ、嫌われ者の相手はしたくないですよねぇ。年齢が行っている人達は興味はあれど、今の仕事を放棄する気はないらしく。名乗り上げる人はいません。それを見て清一郎さんは肩を竦めます。


「なら、補佐は保留と言うことにしよう。仮で僕の名前を入れて、他の部署にも声をかけてみるよ」


 なんか思ったよりも話が大事に……。まぁ、でも、うん、そうですね、今更です。この子が私の使う魔法を専属で研究するということはほとんど決定事項になったので、他の人達は自分の仕事に戻るようにと清一郎さんが言いました。何とも言えない表情で散っていく若い人と、「頑張って」と一声かけてくれる大人の人。散っていく姿を見送ってから、私は女の子を改めて見下ろします。


「改めて、レナ・カミシロだよ。でもアレンって呼んでくれていいから」

「リリー・フォン・アヴァロン。よろしく……お願いします、アレン様」


 ハッとしたようにカーテシーで挨拶してくれました。楽しいものが目に間にある興奮で、礼儀を忘れていたみたいです。この子もかわいいな。抱きしめたい。


「畏まらなくても大丈夫だよ。私は、私のことを嫌わないでくれるだけで嬉しいから」

「……あなた、変わってる」

「んー、そうかもね」

「やっぱり変わってる」


 二回も言われました。確信されてしまったようです。それはそれで悲しいな。でも名前だけで差別する人達に比べれば全然、気になりません。人とちょっと違うなんて、今に始まったことでもありませんし。


「よろしくね、リリーちゃん」

「……『ちゃん』は要らない」


 ぷぅ、と膨れてしまいました。かわいい。反抗期真っ盛りの女の子って感じがしていいですね。


「じゃあ、リリーって呼ぶね」

「うん」

「じゃあ、早速。私の魔法を研究するっていうけれど、具体的になにするの?」

「まず、一番古い文献。その記録を確認する。そこから、あなたの魔法との相違点、類似点を見付けて、遡る」

「っていうことは、まずは図書館?」

「うん。でも、今日はあなたの魔法、もっと見たい」


 ワクワク、というオノマトペが目視できる……。もう歌わなくていいかなって思ったのに、そういうわけにいかないみたいです。でもこんなにかわいい子にお願いされたら断れません。かわいいは正義。これは真理。某携帯獣ゲームでも可愛い子ばっかり集めてた記憶が蘇ります……。


「えっと、じゃあ、もうちょっと歌おうか。さっきのとは違う方向の曲にしてみようかな」

「この魔道具も、気になる。あとで聞きたい」

「もちろん、いいよ」


 好奇心旺盛っていいですね。スヴァンテ様もそうですけれど、こうして瞳を煌かせながら話を聞いてくれるのとっても楽しいです。リリーが何歳なのかはわかりませんけれど、多感な歳ではあるだろうし。表情に乏しいのも、これを通じて改善されたらいいなぁ。なんて、高望みかな。

 とりあえず促されるままに歌います。今度は、アップテンポなラップ曲。ヒトカラ行くたびに練習したなぁ。だからといって自分がラップできるわけでもないんですけれど。今度は余計な事を考えないようにしながら歌い切ります。一通り歌えば、リリーは「おー」となんとも可愛い声をだ出しました。


「なにか、新しくわかった?」


 とりあえず聞いてみれば、リリーは一つ唸ってから答えました。


「魔法の発動と、言葉に繋がりはない。つまり音階が祈りの形式化。それなら、どうしてこの世界の聖歌で魔法が起きないのかが不思議」

「音階に言葉が組み合わさることが重要なんじゃないかな?」

「意味がある文字列なのに、それに沿った魔法が起きない。それは変」

「うーん……」


 それは確かにそう。魔法陣は魔文字、と呼ばれる表意文字で意味を魔力で引き出して魔法にしているわけですしね。さっき魔力を充電に使ったのがそのまま魔法だとするなら、確かに雨の歌、あるいはラブソングでなんで充電できるんだって話でもあります。


「魔力を操ることができれば、あとは想像で魔法が発動する、とか?」

「文字列に関係なく、心の在り様が魔法になる?」

「たぶん? 人の頭の中を覗けるわけじゃないから、外側からみただけじゃわからないだろうけれど」

「なら、もう一曲。今度は祈って」

「どんな魔法にする?」

「結界魔法。こう、自分を守る壁」

「さっき起動実験でやってたようなのかな。わかった、やってみるよ」


 頷いて、次の曲を選びます。今度は少女漫画原作のドラマのテーマソングに使われてた曲ですね。女性ボーカルの爽やかな楽曲。これも恋愛ソングではありますけれど、両想いを純粋に喜ぶ素直な歓びの歌です。ドラマは私が中学生くらいの頃のもので、結構面白くて好きだったんですよね。恋愛ものはあまり見ないほうですけれど、出てくるヒーロー役の人が好きな役者さんだったんですよね。芸幅が広くて、色んな役をこなせるのすごいなぁって思いながら最近も彼が出てたドラマ見ました。あれ、最終回どうなったんだろう。

 それはともかく、結界魔法でしたね。現れた魔力を操って、自分の周りに展開します。ここまでは、魔力を操るだけの技術。これを、周りから身を護る結界にする。半透明なドーム、ガラスみたいな見た目で、攻撃や魔法を弾く。結界に……なれっ!


「……! なった!」


 強く念じたと同時に、私の周りに半透明なドームが現れました。淡い光を放っていた魔力がそのまま硬化したって感じですね。続いていた曲がCメロに入ったのを聞いて、慌てて歌い続けます。歌うのをやめたからと言って直ぐに消えるわけじゃなさそうですね。放出される魔力の量の問題ですかね。そこは、検証が必要そうですけれど。外側から結界に触れていたリリーが不思議そうに半透明なドームを見つめています。


「やっぱり、心の在り様が影響する?」

「うん、だと思う。結界になれ! って念じたらなったから」

「魔力を操り、祈ることで、魔法になる……」


 考えながら少し離れたリリーは、改めてこちらを見ると目の前に手を翳しました。そこに淡い光が集まります。同じ事をしようとしてるのかな。じっと待ちます。でも、しばらく経っても何も起きません。集中していたリリーは諦めて、口を尖らせました。


「できない」

「想像力の問題? それとも、他が原因?」

「他の異邦人と、この世界の人間。両方で対照実験が必要。あなたの言う想像力の可能性と、魔力不足の可能性。異邦人だから、っていう理由があるのかもしれない」

「なるほど」


 やっぱりちょっとやってみるだけじゃダメですね。でもこの推測から、どんどん研究していくわけなんですね。大変そうだけれど、楽しそうかも。私に向いてるかどうかは、また別の話でしょうけれど。


「魔法、当ててみていい?」

「あんまり怖くないやつならいいよ」

「それなら、水魔法」


 懐から手帳を取り出したリリーは、それを開いて手元に魔力を集中させました。するとすぐに水が宙に現れてこちらに襲い掛かります。わかってても怖い……! 思わず目を瞑りますが、特に痛みも濡れた感じもありません。そっと目を開けて見ると、結界はみごとに水を弾いたようです。結界自体も濡れたような感じはなく、周りに水たまりができてます。おお、流石魔法。便利。


「魔法に対する強度は十分。護衛騎士に攻撃してもらうのもいい?」

「うん。エルネスト、協力してくれる?」

「はっ、なんなりと」


 少し離れたところで様子を見ていたエルネストに声をかければ色よい返事が返ってきます。お願いすれば、するりと腰に携えた剣を抜きました。銀色に光るそれは、普段からちゃんと手入れしているのでしょう。曇りの一つも見えません。


「お下がりください」

「はいはい。じゃあ、思いっきりやっちゃって」


 ぐっと両手を握って言えば、エルネストは「失礼します」と一言かけてから剣を構えました。

一呼吸。


「ハッ!」


 勢いよく振り下ろされた剣は、結界にぶつかるとはじき返されます。それでも体勢を崩さないエルネストは流石ですね。


「受け止めるのではなく、弾くのか……」

「そうなるように祈った?」

「うん、結界ってそういうものかなって思ったから。攻撃や魔法を弾く結界になれ、って」

「今わたしたちが使ってる結界、攻撃や魔法を止めるもの。弾く魔文字はない。祈りは想像力って考えていいかも」


 興味深そうにリリーは結界を眺めます。私もそれに触れてみます。ガラスってイメージしたから、感触はガラスですね。でも曇ったりもしないし、あれだけ思い切り攻撃されても傷一つついていません。魔法ってすごい。


「消せる?」

「やってみる」


 これを作る時には魔力が硬化したわけだから、それの逆をすればいい話ですよね。ドームが溶けて、消えるイメージかな。硝子が光になって消えていくイメージで……消えろ! 強く念じれば、触れていたはずの壁がなくなった感じがします。集中するのに無意識に閉じていた目を開けば、きれいさっぱりドームが消えています。後に残った光の粒子も消え去って、後にはなにも残りません。


「あなたの魔法、綺麗」

「そう、なのかな。基準がわからないから、よくわかんないや」


 真っ直ぐな誉め言葉にたじろいでしまいます。リリーは無言で何度も頷きます。目を輝かせてくれるのは嬉しいですね。お礼を言えば、リリーは機嫌良さそうに少しだけ口元を上げました。かわいい。


「もしこれが原初に限りなく近い魔法なら、今の魔法をもっとよくできる」

「そうなの?」

「うん。この祈りを形にしたのが魔文字。あなたの魔法が祈りなら、その祈りに形を与えることで新しい魔文字を作れるかもしれない。攻撃を受け止めるのではなく、弾く結界ができれば、魔物との戦いももっと変わる」

「そっか、新しい魔法を開発する手助けになるかもしれないんだ」

「そう」


 そう言って頷くリリーは随分と楽し気です。私よりもずっと誇らしげなのは気のせいではないでしょうね。きっと魔法がすごく好きなんだろうなぁ。好きな物を前にして目を輝かせる弟と同じ目をしてますもん。あるいは、新しい話を考える姉か。表情の機微は少なくても、明るい顔をして好きなことをしている様子は見ていて飽きません。


「ワクワクするね」

「うん。とても」


 頷いたリリーは、一番いい笑顔を見せてくれました。

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