第十四話:異世界の聖女になることにしました。
毎度のことながら誤字報告、ありがとうございます。
投稿する時に読み直して、直したりするんですけれどね。
なんでなくならないんでしょう?
とても不思議です。
起きると、部屋の中は随分と明るくなってました。眠気と戦っていると鐘の音が3つ聞こえてきます。
「……ぅあ~、寝過ごしたぁ~……」
「おはようございます、アレン様」
既にお仕事を開始していたシルヴィアさんの声が聞こえて慌てて起き上がります。私が起きるまで待っててくれたのでしょう。エルネストさんとブラッドさんもいます。へぇ、今日は来ないと思ってた。……とか言っちゃうと失礼ですね。彼も仕事の為にやってるわけですし。
「おはようございます。すみません、寝坊して」
「いえ、何も問題ありません。昨日は遅くまで起きていらしたので、当然のことでしょう」
「痛み入ります」
エルネストさんのフォローが逆に刺さります。明日はちゃんと時間通りに寝よう。うん。
シルヴィアさんが2人を追い出して、とりあえず湯浴みと着替えです。今日は深い緑のシンプルなワンピースに、ポニーテール。結び目に大きなリボンの飾りがつけられて、二次元でよく見る感じになりました。可愛い女の子だったらリボンの三角が猫耳みたいに見えて萌えるやつだ。私がやっても、そうには見えないですけれど。
朝食を食べる為に食堂に向かえば、既に宗士と成美と明香里がいました。
「おはよう」
「おはよ」
「はよ~。珍しいな、アレンがこの時間に来るなんて」
「おはよ~。うん、寝坊した」
挨拶を交わして定位置に付き、用意された朝食に手を合わせます。今日もいつもと違わないラインナップ。でも、本当に日に日に美味しくなっていく。料理長さん、頑張ってくれてるんだなぁ。嬉しい限りです。
「昨日の晩餐会があれだったもんね」
「ファビアン、様だっけ。ちょっと無神経が過ぎるわよね」
「まぁまぁ。王様も言ってたけど、焦ってたみたいだし。オレらが早く返事しないのも悪いわけだしさ」
「それはそれ、これはこれじゃない」
宗士のフォローも虚しく、成美はちぎったパンを頬張りました。昨日の晩からずっと腹立ててたんでしょう。しばらく機嫌は治らないでしょうね。成美は結構根に持つタイプですから。
「ねぇ、アレンはどうするか決めたりした? わたし、あれから考えてみたけれど、やっぱり決められなくて……」
明香里は第二王子の言葉を少しは気にしてたみたいですね。まぁ、返事しなきゃいけないことには違いありませんし。急かされるようなことを言われたら、嫌でも考えるでしょう。
「うん、聖女になる方で考えてる。今日、この後国王陛下に言うつもり」
「え、マジで?」
「マジで。城に残った方が有利だし、便利だし」
「アレンらしいわ……」
「そっか~。なら、わたしもそうしようかな……」
「まだ迷ってるなら決めなくていいと思うよ。私はやりたいことがあるから、城に残りたいだけだし」
「やりたいこと?」
「大したことではないけれどね」
適当に誤魔化せば、特に追及はありません。3人とも自分はどうしようか考え始めました。何の会話もないまま時間だけが過ぎて、私も朝食を食べ終える頃。美雨と隼が食堂に来ました。美雨はまだ機嫌を損ねたままみたいで、隼が困った顔をしています。
「アレンがいるなんて珍しいな」
「うん、寝坊した」
「ふうん、まぁ、昨日があれじゃな」
それだけが理由でもないんですけれどね。まぁ、晩餐会での出来事があったから夜更かししたことには違いありません。
「ねぇ、本当に日本に帰る方法ってないのかな」
朝食の準備を待っている美雨が憮然とした表情で言います。余程、腹立ててるんだな……。どんな言い方したんだ、第二王子……。
「呼び出せるなら、元の場所に戻す方法だってある筈じゃない? なんで一方通行なの?」
「方法が確立されてないって言ってたじゃない」
「それはそうだけれど。その方法だって、研究していけばその内なんとかなるものじゃないの?」
「実際に、召喚の魔法がどんな方法で行われるか、じゃない?」
「魔法で召喚するのに方法もなにもなくないか?」
「いや、だからさ、引っ張り落とすのは簡単だけれど、押し上げるのは難しいみたいな」
「つまり? どういうこと?」
「召喚に必要なエネルギー量と、送還に必要なエネルギー量が違うっていう話」
「よくわかんない」
あっさり切り捨てられました。機嫌の悪い女子に小難しい話は悪手ですし、これは素直に引きましょう。可能不可能な話がしたいわけでもないですしね。面白くない話は嫌になったみたいで、美雨は話題を変えました。
「みんなは昨日、光代さん達とどんな話した?」
「オレ、岸田さんに騎士団での話聞いた」
「結構面白かったよね、魔物討伐の話」
「ああ、現実で起きてるとは思えないような話ばっかだったけれど」
「英雄になったら大変そうなぁって思った」
「成美は?」
「あたしは、光代さんに何で聖女になったのか聞いたわ」
「俺も聞いた。第二次世界大戦の時代の人だったなんて思わなかったな」
「戦後70年とかちょっと前にニュースでやってなかったっけ? 80歳には見えなかった」
「こっちと向こうじゃ時間の流れが違うのかもよ。前回の召喚は50年前って言ってたし」
「へぇ、異世界って本当に不思議だね」
「アレンは何か聞かなかったの?」
「レティシア様とお喋りしてたからなぁ」
「第一王女様だっけ。いいなぁ、ウチもお姫様とお話したかった」
「王子様とはお喋りできただろ」
「もっとカッコよくて素敵な人だと思ってたからがっかり」
「あんまり悪口みたいなこと言うと、不敬罪で捕まるよ……?」
「……気を付ける」
だんだんと戻って来た調子に、食堂の雰囲気も明るくなっていきます。昨日の事が水に流れるまでは時間の問題でしょうね。
「私、先出るね」
「なんかあるの?」
「国王陛下にね、聖女になりますって言いに行く」
「え、アレン、聖女になるの?」
「うん。やっぱりそのほうが有利だから」
「えー、だったら一言なんか相談してよ。ウチ、全然考えてなかったし」
「これに関しては個人で考えて決めた方がいいって最初に言ったじゃん。ほら、自分の人生かかってるわけだし」
不満そうな顔をされても、こればかりは個人の問題です。抜け駆けみたいな形にはなってしまいましたけれど、就活だって似たようなものですし。一年先のことだったので、実際はどうかは知りませんが。先に食堂を出てブラッドさんの案内で廊下を歩きます。
「突然訪問したら失礼ですよね?」
「問題ありません。返事がしたいと申し出があった場合はすぐにお連れするようにと仰せつかってます」
「なるほど、なら、遠慮なく訪問させて頂きます」
まぁ、いつ返事するか、具体的な日にちも期限も決めてませんでしたからね。なるべく早く来てくれたらいいなと祈りつつ、いつ来てもいいように態勢は整えているのでしょう。流石に即対応、というわけにはいかないらしいので、まずは応接室に通されました。初めてここに来た時に案内されたのとは違う応接室です。こちらは仕事部屋、という印象の部屋ですね。落ち着いてて、個人的にはこちらのほうが好きです。しばらく待っていると、国王陛下と第三王子がやってきました。
「お待たせしてしまって申し訳ない」
「いいえ、こちらも突然の訪問になってしまって申し訳ございません」
「なに、構わないさ。今日は返事を頂けるとのことだったようだが、お一人か?」
「ええ、これに関しては個人で決めるべきだと私達の方でも話していたので。総意、ではなく私個人の決定でお返事をしに来た次第です」
「そうか、いや、それもそうだな。本当にしっかりとしていらっしゃる方々だ」
座るように促されて、改めてソファに座っての対面です。こうしてみると、やっぱり親子なんですね。髪の色はお母様譲りなんでしょうけれど、瞳の色はお父様から譲り受けたものみたいです。それが子女のほとんど全員に大きな変化もなく受け継がれているのはすごいなぁ。遺伝の奇蹟を垣間見た気分です。
「では、早速で悪いがお返事を聞かせて頂こう」
「はい。私は、この国で聖女となることに決めました」
「理由を聞いても?」
面接かな?いや、聞きたいに決まってますよね。そりゃ、今後国を発展させ、支える人材となってもらう為の要員なわけですから。え、どうしよう。何も考えてなかった。
「それが、一番安泰かなって思ったから、です」
「ふむ。だが、それだけではなさそうだ。隠すことはない、素直に教えて欲しい」
「………………どんな理由でも、怒ったりしませんか?」
「もちろん。その権利はこちらにはない。ただ、この国の何を見て、貢献してもいいと思ってくれたのか、それが気になるだけだ」
あ、なるほど……。ジャッジされてるのはこちらじゃなくて、向こうということですね。選んでもらえたその理由が知りたい、と。肩に入っていた力が抜けて、変に身構えていたのがちょっと恥ずかしくなります。
「いくつかあります。図書室の最上階にある本が読んでみたい。神殿の宝物庫に入ってみたい。楽団の演奏を聞いてみたい。それから、魔法士団で行っている研究にも興味があります。騎士団の方の仕事も幅広く見てみたいし、実際に魔物討伐がどのようにして行われているのかも知りたい。それから、子供達に折り紙を教える約束をしたので、城に残った方があの子達に会いやすいっていうのも理由です」
「子供達?」
「ミクラーシュ様、ユスティーナ様、ランドルフ様、アレクサンドラ様、コンスタント様の5名です。実は昨日、ユスティーナ様のご厚意でレティシア様を含めた7人で遊んだんです。その時に、私の世界にある折り紙という遊びを教えて、また次に機会があれば違う人形の作り方を教えると約束しました。……勝手なことしてしまい、申しわけありません」
「いやいや! まったく構わない! いや、でも、そうか……。子供達と遊んでくれたのか……」
難しそうな顔をした国王陛下は少し考えた後、真剣な表情で顔を上げました。
「あの子達が何か、失礼なことをしなかっただろうか。家庭教師や侍女には都度、報告するようには言っているのだが……」
「特に大きな問題はありませんでしたよ。元気なお子様達で、むしろこちらが楽しませていただいたくらいです。ただ……」
言うべきか、一瞬悩みます。その僅かな間で何かあったと悟るには十分すぎたみたいでした。国王陛下が息を呑んだのがわかります。あ、思ったより深刻に受け止められそう。正直に話しますか。
「そうですね、他者を阿る心が、まだ育っていないようだとは感じました。特に、ランドルフ様は本人の気質も相まって、少々乱暴な言動が強く出ている印象を受けます。それから、コンスタント様は口数が極端に少なく、感情の起伏に乏しかったように思います」
「どちらもベネデッタの子だな。隣国の公爵令嬢だった娘で、側妃として迎え入れてまだ10年も経っていない。あの子達の乳母や家庭教師は出来る限り厳選したのだが、上手く行っていなかったのか……」
これは、意見していいのかな。私は子供を持ったこともなければ発育に関して学んだわけでもありません。あまり適当な事をいって、こじらせても可哀相なのは子供達の方だしなぁ……。でも、あまりにも悩んでるのを見ると、口出したくなる性分。……ええい、ままよ!
「個人的な意見なのですが、親から愛情を注がれているのだという自覚が足りないのではないでしょうか? 大人の気を引こうとして乱暴なことをする子供は多いですし、自分の感情を受け止めてくれる相手がいなければ安心して泣いたり笑ったりもできません。子供としっかり向き合い、子供と一緒に笑って泣いて、時に叱ってくれるように侍女や家庭教師に言ってみてはいかがでしょう? あの子達も、王族の一員である以前に、一人の人間なわけですから」
「……なるほど、王族の一員である以前に一人の人間、か。確かにそうだ。アレン殿の話を聞いていると、目が覚める思いがする。貴重な意見、本当に助かる」
「いえ、この程度でも、何かお役に立てるなら身に余る光栄です」
本当に、お役に立てたならいいですけれど……。これが発端でなんか余計なしがらみが出たりとかしたら嫌だよ……? いや、だったら余計な口を挟まなきゃいいっていう話ですけれどね? わかってるもん! でも口挟みたくなる性分なんだもん! っていうか、今までこうやって意見聞いてくれる人いなかったから、真剣に聞いてくれると私も嬉しいんだよ!!! うんちくも、自分語りも嫌われる時代だったわけですし……。嗚呼、悲しいかな。
「それで、話は逸れてしまいましたが、聖女になろうと思った理由は、これで十分でしょうか?」
「おお、そうだった。子供達の話ですっかり忘れていた。ああ、十分だ。むしろこちらから頭を下げて聖女となってほしいくらいだ。スヴァンテ、お前はどう思う?」
横で黙って話を聞いていた第三王子に国王陛下は話を振りました。そうそう、スヴァンテ様。晩餐会の時にもお話できなかったんですよね。これで王族の子女はコンプリートかな? あとは赤ん坊が一人いたけれど、あの子は面会する機会もないでしょう。あっても数年後と思われる。
「優秀すぎて、ボクたちの出る幕がなくなりそうです」
「そんなことありませんよ。私ができるのは口を出すことだけです」
「何も謙遜することはありません。レティシア姉様が手放しで褒めるお方ですから」
あら、それはまた嬉しいお話が聞けたものです。具体的になんて言ってたか、怖くて聞けませんね。
「既に各方面に影響を与えていると伺っています。どうか今後もご助力ください」
「ええ、微々たる影響とは思いますが、出来る限り尽力させていただきます。こちらこそ、よろしくお願いします」
スヴァンテ様のお眼鏡にもかなったみたいですね。レティシア様には既に太鼓判を貰ってるみたいですし。第二王子と第二王女は何も言わないのかな。全力で拒否られるのは想像に難くないけれど。子供達の意見が2対2に国王陛下が賛成で多数決的には勝ってるからいいんですかね。その辺の事情は知りようもないので、いいということにしておきましょう。
「では、聖女となるにあたって、先ずは候補として教育を受けてもらうことになる。世界情勢、歴史、マナーについては毎日講義を受けて貰う。読み書き、計算に関してはまずはどれくらいできるかをテストさせてもらい、その後に必要な教師をつける。よろしいか?」
「はい、もちろん」
「それらの座学をまずは3か月。進捗状況を見ながら、魔法の実践学習を増やしていく」
最初から教えて貰えるわけじゃないんですね。いや、そうだよな。魔法ってどういう物かの理解が先か。ちょっと残念ですけれど、これは必要な手順と言うことで納得しましょう。
「半年で現役の英雄殿、聖女殿の下について具体的な仕事を教えて貰えるようになれば早い方だ。遅くとも10か月以内には実戦の場に入ってもらいたい」
「わかりました」
「その中で得意分野を見付け、どういった形で聖女として活動するかを考えて欲しい。場合によっては、周辺の友好国に派遣という形で赴いてもらうこともある。それに関して、何か希望はあるか?」
「いえ、特には。どうせなら、色んな国を回ってみたいな、と思う程度です。一か所に留まることになっても構いません」
「そうか。わかった、考慮しておこう」
インドア派だったけれど、旅行に憧れはあったんですよね。いつか行ってみたいなぁ、って思いながら腰が重たくて動かないっていう。この世界で聖女として仕事をするなら、それに託けてあちこち回れるかもしれません。どんな国があるんだろう。そもそもこの国がどんな雰囲気かも知らないんですよね。聖女候補なら、視察っていう名目で城下町に降りれるかな。
「それから、専属の侍女、執事と護衛騎士は決めているか?」
「はい。こちらのエルネスト・ローランさんとシルヴィア・クラインさんを専属で指名したいと思います」
いきなり表に挙げられても、2人はまったく顔色を変えません。すごい、私だったらわかっててもびっくりして畏まったりできないよ。優秀な方達なんですね、本当に。改めて実感できます。
「一つ確認したいんですけれど、後から追加で指名ってできますか?」
「ああ、もちろん。他に指名したい者がいるのか?」
「本人の希望を聞いてから決めようと思ってまして」
「なるほど。そういうことなら何も問題はない。慎重に進めるに越したことは無いからな」
「ありがとうございます」
あとでブラッドさんには意向を聞きましょう。二日連続で付いてくれたのは答えといえば答えみたいなものですけれど。本当にそう思っているかはちゃんと聞いた方が後々の面倒もありませんし。言いがかりつけられても困りますしね。
「あとは……、そうだ。今は客間を使ってもらっているが、英雄や聖女が使う宿舎の方に移ってもらうことになる」
「宿舎なんてあるんですね」
「ああ、こちらと異邦の生活様式は違うと聞く。そちらの生活様式に合わせた離れを敷地内に作る。昔からの伝統だ。何世代か前の聖女や英雄が使っていた施設を取り壊して場所は確保してある。慣れ親しんだ様式の方が、貴殿らも落ち着くだろう?」
「なるほど、お気遣い感謝します。……作る、ですか? 作ってある、じゃなくて」
「異邦は時代が違うと、生活様式も様変わりするものだと聞いている。新しく迎え入れた異邦の方にはその時代に合わせた生活様式の住居を構えるようにしてあるんだ」
「それで、わざわざ作るんですか? そこまで対応するなんて、すごいですね」
「なに、労働に対する正当な報酬だ。それに見知らぬ土地での暮らしは何かと不便なものだろう。異世界ともなれば特にな。その中で少しでも良い環境を誂えることで、見捨てられないようにするわけさ」
「下心と打算在りな先行投資、というわけですか。わかりました。有難く受け取っておきます」
「ああ、完成次第、そちらに移ってもらうことになる。これに関しては進捗状況で連絡をする」
「わかりました」
まぁ、いっても社宅みたいなものでしょう。異邦人が暮らしていた時代に合わせた生活様式で作られたもの、というのなら光代さん達が住んでいる家は古民家みたいな感じなんでしょうか。現代建築のアパートで暮らしていた身からすると、それは確かに些か不便な気がします。わざわざそこに住もう、と思って自分で環境を整える猛者でもなければ、鉄筋コンクリート造りの一般的な一軒家やアパートが過ごしやすいと感じるものです。ということは、どんな家に住みたいとかある程度の聞き取り調査をするんでしょうか。じゃないと異邦の生活様式なんてわかりようがありませんし。
「こちらからは以上だが、何か質問はあるか?」
「そうですね……、講義とかはいつから始まりますか?」
「いつでも始められるよう手配は済んでいるから、通達を出して場を整えて……。他の方達の返答如何にもよるからな、10日ほどは余裕があると思ってもらって大丈夫だ」
「わかりました。では、その心積もりでいます」
「ああ。他にはないか?」
「……私の名前に関して、聞いていますか?」
これは一応確認しておいた方がいいことですよね。清一郎さんには話をしましたし、そこから報告が上がっている可能性はあります。
「ああ、セイイチロウ殿から聞いた」
国王陛下は神妙な顔つきで頷きます。ああ、やっぱり。だったらはっきりさせておくべきですね。
「では、改めて。アレンはあだ名で、本名はレナ・カミシロといいます。騙したわけではありませんが、結果的に誤解を招くような真似をしてしまって申し訳ありませんでした」
「いや、こちらこそ確認の時に本名であるかどうかを確認するべきであった。アレンという名も、間違いではないようだからな。間違いないか、と聞かれれば間違いないと答えるのが道理だろう」
「寛大なお言葉、ありがとうございます。それで、聖女となるにあたって名前に関してははっきりとさせておいた方がいいと思います。私としては、どちらでも構いません。アレンと呼ばれる事には慣れていますし、本名に訂正してもダメージはなく、むしろプラスでしょうから。なので、国として有利な方で通してください」
それに国王陛下もスヴァンテ様も目を丸くしました。この世界で名前は相当重要なものですからね。にも拘らず、どう扱っても構わないと言われたらそりゃ驚きもするでしょう。こっちとしては本当にどうでもいい、というかどうするのが正解かわからないから任せた方が面倒なくていい、っていう感じなんですけれど。どう説明したものか。
「私が元々いた世界では、極端な話ですが名前は個人を特定する記号でしかありません。親からつけられたそれが気に食わなければ、法的手続きを行って変更することも可能です。その上、直接顔を合わせることのない仮想空間での交流が盛んにおこなわれていて、そこではハンドルネームという本名とは別の名前を用いります。そのハンドルネームも気分次第で好きに変えられるものでしたので、名前そのものに執着はありません。流石に、本名を捨てる気はありませんけれど」
「そ、そうなのか……。不思議な世界だな。わかった、ミツヨ殿達とも話し合い、決めようと思う」
「はい、お願いします。あ、でも本名に訂正する場合は幾らか配慮をお願いします」
わざわざ言うことでもないとは思いますけれど……。保険はかけておくべきですよね。国としても、面倒は減った方がいいに越したことはないでしょうし。
「家名なしだと不利になるから、聖女になる際に本名だといってそれっぽい名前を考えたとか言う人は必ず出てくると思うので。っていうか、私ならそう考えます。若い世代の方は特に家名なしを毛嫌いしているようですし。私が真っ先に聖女候補となったとなればよからぬことを考える人間は確実に出てくるでしょう。それが実害を伴うものだと、国政にいくらか響く可能性だって出て来ます。貴族の勢力図が変わる程のものにはならないとは思いますけれど……。警戒しておくに越したことはないでしょう」
「……わかった、その辺りも考え、慎重に動こう」
「お願いします」
要らない心配だったかもと思いましたが、この反応を見る限り言っておいてよかったかもしれませんね。こういうのを怠ると、余計なイベントが発生したりするわけですよ。まぁ、そういったイベントがないと物語にならないのもそうなんですけれどね。でも出来得る限りの手を打っておいてなんでそこで見落とすの? っていう展開もよくありますから。転ばぬ先の杖は最大限利用しましょう。ありがとう、様々な異世界転生小説達よ……。
「アレン殿は着眼点が違うな。そして既に国のことまで考えてくれている。頭が上がらぬ思いだ」
「いえ、単純な保身ですよ。国が安定していれば、私も安全であることに変わりませんし」
「それでもだ。自身の言動がどのような影響を周りに与えるかをきちんと理解できている。愚息共もその半分でも頭があればなぁ……」
第一王子と第二王子かな。物凄く失礼だけれど、兄弟だなぁって思ったんですよね。想像力に乏しいと言うか、目先の利益優先なところが似ているなぁと。半分しか血が繋がっていなくても似るものなんですね。ええ、失礼な物言いですけれど。
「頭の痛い話は後にしよう。他に確認しておくことはないか?」
「ええ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「こちらの不手際で様々な方面で迷惑をかけてしまったからな。これくらいはお安い御用だ。他に何かあれば、その都度言ってくれ。できる限り対応しよう」
国王陛下は微笑まれると手続きをするために先に席を立ちました。スヴァンテ様が私に用事があったみたいで、あとは2人で、と言い残していかれます。こっちもちょっとお話ししてみたかったので渡りに船ですね。国王陛下を見送り、改めてスヴァンテ様と向き直ります。金、というよりは黄色に限りなく近い色の髪に水色の瞳。で、彼もやっぱりイケメンです。本当にこの世界って顔面偏差値高いんだよなぁ。
「それで、お話ってなんですか?」
「いや、大したことではなくて……。単純に貴女と話がしてみたかっただけです」
「なるほど。ええ、私は構いませんよ。なんのお話をしましょうか」
これからビジネスパートナーになるわけですからね。相手の事を知りたいと思うのは当然の事でしょう。レティシア様みたいな警戒は見えませんし、元第一王子や第二王子のような斜に構えた様子もありません。純粋な好奇心が見て取れます。まだ若いのに、家名なしの忌避感とか無いんですね。差別意識が薄いっていうのはいいですね。信頼が置けます。
「そうですね……、異邦の話が聞きたいです。セイイチロウ様方がいらした時代と、皆様がいらした時代は違うようですし、どれくらい文明が発展しているのか知りたいです」
「たぶん、想像もできない世界だと思いますよ。そうですね、清一郎さん達がいた時代から、私達の世界では70年が経ってます」
「こちらではまだ50年だ。世界間で時間の流れが違うのか……」
「時間の流れが違う、というよりは干渉するタイミングにズレが生じるんじゃないでしょうか。こちらの世界で発信した信号が、向こうの世界で受信されるまでに20年の差が生まれ、結果的にこちらと向こうでの時間の流れが違うと観測される」
「………………?」
「哲学とか宇宙科学的な話になりますし、この話題は置いておきましょうか」
難しい顔をして、黙り込んでしまったスヴァンテ様。話が進まなくなりそうなので慌てて軌道修正します。私も詳しく突っ込まれたところで話せるような頭もありませんし。スヴァンテ様は「そうですね」とあっさり頷きました。うん、話したいことはそこではありませんからね。助かった。
「向こうの世界で、大きな戦争があったことは知ってますか?」
「はい、ノブアキ様に以前、お聞きしたことがあります」
「第二次世界大戦、と私達の世では呼んでいます。私達が暮らしていた国は、遠く離れた海の向こうの大国と戦って、最終的には負けました。そもそも、勝てる戦いなんかじゃなかったんですけれどね」
「では……、皆様方の国はその大国の一部となったのですか?」
「いえ、確かに敗戦直後は大国の傘下に入りましたけれど、その後、早い段階で独立してます。私達の国は資源は少ないんですけれど、技術力と生産力、そして識字率の高さで早く持ち直したんです」
「識字率? 読み書きができる、というのが強みだったんですか?」
「はい。当時、……いや、今もかな? 世界の強国と呼ばれる国の平均的な識字率は60~70%ほどだったと、記憶してます。その中で日本、私達の国は100%に近い数字を叩き出してます」
「つまり……、国民のほぼ全員が読み書きできるということですか?!」
「はい。その通りです」
純粋に驚いてくれますね。これはちょっと嬉しい。この国も識字率はそこまで高くないんでしょう。家名なしが浮浪児と言われて嫌われるくらいですから、スラム街みたいなところがあるんでしょうね。もしかしたら、平民の半分くらいは読み書きが出来ないのかもしれません。
「清一郎さん達の時代よりもずっと前の時代から、日本では教育制度がある程度整ってたんです。大国がわざわざ教育し直す必要がなかったわけですね」
「教育という観点から大国が付け入る隙がなかったというわけですね。支配下に置くには、やはり自国の教育を施す必要がありますし」
「お陰で、今の日本があり、私達が安定した生活を送ることができています。大国の指示でいくらか、新たな制度や法律が定められましたが、それらは全て日本が独立する為に組まれたものです」
「支配下に置くより、その独自性を保持させたまま同盟を結んだほうが有益になると判断されたわけですね」
「……そう、なんでしょうかね。その辺りはよくわかりませんけれど」
事実として、そういう出来事があったというのは歴史で学びますけれど。どんな思惑があってそうなったのかは習いませんからね。そこは流石、王族の人間として政を叩き込まれてるだけはありますね。
「でも実際、大国と自国は友好的な関係を結んでいましたから、そうなのかもしれませんね」
「ニホンという国は、大国から独立した後、どうなったのですか?」
「高度経済成長期に突入します。元から持っていた技術力に、大国の持っていた文明が入って、高品質な電化製品……こちらの世界で言う魔道具の生産が飛躍的に伸びました」
めっちゃざっくりしててごめんね! 歴史は苦手だったからざっくりとしか覚えてないの! 家電製品以外に伸びたものってなんかありましたっけ。オタク文化とか、そういうのしか思いつかないよ……。
「その魔道具を他国に売ることで利益を出している、ということですね。でも、それは他の国でも行ってるのでは?」
「ええ、もちろん。でも、日本で作られた魔道具は世界で一番とも言われる品質を誇っていて、追従を許しません。他の国で作られた物を使うくらいなら、ちょっと高くても日本で作られた物を使うっていうユーザーは多かったらしいです」
「優秀な国だったんですね」
「その分、弊害もありましたけれどね。でも概ね好調でした」
毎日色んなニュースが飛び交ってましたけれど、気にせずに生きようと思えば生きられる国でしたからね。それは国としてある程度の安定があった証拠で、平和だった証みたいなものです。悪い時代では決してなかった。それは間違いありません。
「あと、こっちの世界で一番特徴的だったのは、ネットワークが広く普及していたことですかね」
「先ほども仰っていましたね、仮想空間での交流が盛んだと」
「ええ。インターネット通信といって、手に収まる程の機器で遠く離れた場所にいる人と連絡を取り合うことができます。神殿にある通信機の発展バージョンですね」
「あの通信機が更に発展するなんて、にわかには信じがたい気持ちです」
「そうでしょうね。あれがもっと発展すると、誰がどこにいても会話ができるようになります」
「特定の位置に魔石を固定しなければならないこの世界の通信機とは比べるまでもない発展度合いですね」
「そうですね。私達の世界での通信が発展した理由は、宇宙開発が盛んにおこなわれていたからです」
「うちゅう、ですか? それはどういったものなんでしょう?」
「端的に言うと、空よりももっとずっと高い場所です」
スヴァンテ様は目を丸くして、言葉を詰まらせます。ああ、やっぱり。宗教的にアウトなのか。天体が神とされるなら、それらがある空は神々の領域。それよりも高い場所なんてそれこそ神様が住まう世界でしょう。人間が踏み入れていい領域ではない。
「やめておきましょうか。教会を敵に回してまでするような話ではないでしょう?」
「そ、れは……。…………ええ、そうですね」
好奇心もいいんですけれどね。今は何が立場を悪くするかわかりませんから。ともすれば自分の命にも関わりますし。流石に、こんな雑談が原因で暗殺されましたとかあまりに寝覚めが悪すぎる。
「それじゃあ、そうだな……。代わりに娯楽の話でもしましょうか」
「こちらとやはり違いますか?」
「そもそもどんな娯楽があるのかがわからないので、比較しようがありませんが。でも、歌が娯楽として大衆に好まれていた元の世界と比べると、こちらの世界は静かだなって思います」
「そう言えば、アレン様が歌がとてもお上手だとか」
「下手の横好きに毛が生えたレベルですよ。それに、好きで歌っているだけですし」
どこから出て来たんだそんな話。明らかに悪意で広められた皮肉じゃないですか。くそっ、もうちょっと大人しくしとけばよかった。
「歌が娯楽になるというのは、考えた事もありませんでした。聖歌隊は教会が抱えていますが、讃美歌や聖歌は神へ捧げるものですし」
「元の世界にあった歌も、元はそこから派生したものです。大衆向けになったのはゴスペルからかな……。詳しいことは私も知らないんですけれどね」
「でも元々あった聖歌が発展したというものには違いないんですね」
「ええ。今や、誰でも気軽に曲を作って、歌って、発表することができる世の中です。それに伴って、音楽に合わせた絵を描いて動かしたものもインターネットで盛んに投稿されています」
「絵が動く? ……全く想像ができない……」
「原理は難しいものじゃないですよ。こちらの世界でも簡単に再現が可能です」
棒人間のパラパラ漫画くらいなら、私にも描けますし。小学生の頃、教科書とかノートの隅に描いて遊んだなぁ。絵心がないから棒人間ばっかりでしたけれど。
「歌に合わせて絵を動かそうという発想がすごいな」
「うーん、っていうか順序が逆ですね。絵が動くようになって、それで人々を楽しませる娯楽が生まれたから、歌を発表する時にも同じ手法が使われるようになった、かと」
「先に絵が動くようになったのか?」
「はい。漫画っていう絵がメインの物語の形態があって、それをより多くの人……文字が読めない人にも楽しんでもらう為に絵を動かしてそこに声を当てる。アニメーションというコンテンツです」
「そうか、文字が読めなくても、読み聞かせなら物語を楽しむことができる。そこに絵が合わされば、詳しくその場の状況を知らせなくても会話で物語を紡げるわけか」
「そういうことです。日本のアニメは世界に誇るコンテンツの一つでした。子供だけじゃなくて、大人も楽しむ大衆向けの娯楽です」
「異邦の娯楽は一つの形に留まらず、多くの形で幅広く親しまれているんだな。そういった発展を独自にできるなんて、やっぱり異邦は素晴らしいな!」
「ふふっ、お褒め頂き光栄です」
テンションが上がって口調が砕けてますね。しっかりしてるようですけれど、まだまだ子供だなぁ。スヴァンテ様は幾つなんでしょう。多分、まだ未成年とは思いますが。レティシア様よりは確実に年下なんだから、やっぱり中高生くらいですね。一番多感な時期だ。
「他にはどんな娯楽があったんだ?」
「そうですねぇ……」
両目を輝かせて聞くスヴァンテ様は、どうやら畏まっていたのを完全に忘れている様です。身を乗り出す勢いで私の話を面白がって聞いてくれます。嬉しいなぁ。新しく弟ができた気分です。まぁ、本当の弟はもっと可愛げのない憎々しい奴でしたけれど。好きなことをしてるときとか、趣味について喋ってるときはこんな感じでしたね。
それはともかく。スヴァンテ様にせがまれるままに沢山お話すること、数時間。気付いたら8つ目の鐘が鳴ってました。
「あら、もうそんな時間なんですね」
「そう言えばお腹空いてきたな。付き合わせてしまって悪かった……あれ?」
「こちらこそ楽しい時間でしたよ。お付き合いいただいてありがとうございました」
「あ、いや、い、色々と、申し訳ありませんでした……!」
さぁと血の気を引かせて、スヴァンテ様は慌てて頭を下げました。大慌てなその様子が可笑しくて思わず笑ってしまいます。恐る恐る顔を上げるその様子が、子犬っぽいですね。ワンコ系男子とはよく言うけれど、なるほど、こんな感じなのか。
「謝ってもらうくらいなら最初から咎めてますよ。だからそんなに怯えないでください」
「いえ、本当に、申しわけありませんでした。お恥ずかしい所を見せてしまって……」
「むしろ年相応で好感が持てましたよ。特に、仮面ヒーローの話を聞いてる時なんか。やっぱり男の子ですね」
「や、止めてください!」
顔を赤くする様がもう思春期って感じですよね。いやぁ、特撮の話を散々できたのは個人的に大満足ですよ。それを熱心に聞いてくれるもんだから、余計に盛り上がりましたよね。ええ。笑う私に、スヴァンテ様は拗ねた顔をしました。
「アレン様は思ったよりもずっと意地悪な人ですね」
「性格が悪いって言うんです」
笑っていれば、ぐぅ、とお腹の虫が鳴きました。そろそろ食堂に行かないと。昼食をくいっぱぐれそうです。
「あの、よかったら……」
席を立った私に、スヴァンテ様が言います。呼び止められて振り返ると、なんとも言い難い表情をしていました。
「手紙を、送ってもいいでしょうか……?」
うぅん、恋に落ちた青年の表情。いや、気の所為でしょう。気の所為だと思いたい。気の所為だと誰か言って。そこまで自惚れてない! 余計な事を考えて返事が一瞬遅れたからか、スヴァンテ様は慌てて言い訳のように言葉を続けました。
「もう少し異邦について話が聞きたいと思っているんですが、今日、10の鐘の頃にアカデミーに戻ることになっていて、アカデミーは全寮制で、ボクたちも例外ではなくて、えっと、それで、せめて手紙で色々お聞きしたいなって……」
どんどん尻すぼみになっていく言葉がなんだか言い訳染みてます。こういうのを、いじらしいとか言うんでしょうね。うーん、私なんか好きになってもいいことないと思うんだけれどなぁ。っていうか、婚約者とかいないのかな? アカデミーを卒業したらすぐに結婚、とかっていう世界観ですよね? ……あとで誰かに聞いてみようかな。とりあえず文通そのものは断る理由ないですし、それだけで大事になるようなこともない、はずなので頷きましょう。
「ええ、私でよければ文通相手になりますよ」
「……ッ! ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべたスヴァンテ様はそのまま小躍りでもしそうな勢いです。王族だから、気軽に話ができる友達とかも少ないんですかね。そう思っておくことにしましょう。文通なんて、小学生以来ですね。ちょっと楽しみな気がします。あ、でも大学に入ってから文字を書く機会減りましたし、そもそも奇麗な字は書けないんですよね。こっちの世界の文字はまだ書けませんし。あれ? これもしかして軽率な事言ったかな……。ペン習字とか、習っておけばよかったかも……。




