第十二話:異世界の晩餐会に参加してみました。
パーティ、なんてものに参加したことなんてあるわけもないので、想像十割でお届けします。
言うほどパーティらしさっていうのは有りませんが……。
湯浴みして、着替えるだけといえばそうなのに、1時間もかかるものなんですね。髪は結わないし化粧もしないのに……。とにかく、準備が整った時には既に部屋を出る時間です。特に意味はないんですけれど、気合を入れて晩餐会に臨みます。久しぶりに全員一緒で廊下を歩きます。
「ずっとワンピースとかドレスっぽいのばっかり着てたから、久しぶりに洋服に袖通すとなんだか落ち着くわ」
「わかる、可愛いワンピースもいいけれど慣れてる服の方がいいよね~」
「この世界の服飾ってどれくらいの規模で発展してるんだろう。それによっては、今までと似たような服で過ごせるんじゃない?」
「でもきれいなドレスで過ごすってお姫様みたいで憧れるなぁ」
「どっちがいいのよ……」
「美雨のわがままは今に始まったことじゃないって」
緊張を紛らわせるためか、皆いつもよりも饒舌です。いや、いつもこれくらい饒舌か。私も緊張してますね。
そわそわしながらやって来たのは、広いパーティ会場の様な場所でした。きっと、これでも狭い方なんでしょう。50人程が収容できるくらいのスペースに、真っ白なテーブルクロスのかけられた丸テーブルが幾つか。その上に、一口サイズでまとめられた料理が並べられています。食堂での晩餐会だと思っていたので、立食形式のパーティなのに驚きを禁じ得ません。
「ようこそいらっしゃいました、異邦の方々」
そう言って迎えてくれたのは、ゴールドの髪にフォスフォフィライトの瞳の男の人です。歳は私達と同じか、一つ二つ下くらいでしょう。第二王子かな。少し離れた所にはレティシア様もいます。それから、黄色の髪に水色の瞳の青年、ブロンドの髪に薄荷色の瞳の少女。彼等も王子や王女ですね。
ニコニコと笑っている光代さんの横にはしっかりとした体形の男性と、良くも悪くも細長い印象の男性がいらっしゃいます。彼等が現役の英雄様でしょう。
それから国王陛下と王妃様、側妃様が2人いらっしゃいます。改めて対面すると、やっぱり緊張しますね。私達が並ぶと、今度は国王陛下が挨拶します。
「本日はようこそお越し下さった。様々な迷惑をかけたが、今後も出来得る限りの支援を行う所存だ。今日は現役の英雄や聖女もいる。不安などがあれば存分に相談するといい」
「ありがとうございます。僕たちも、今日を楽しみにしてました」
緊張の面持ちで隼が答えます。国王陛下は威厳を保ちながらも柔和な表情です。謁見の間で見た時と比べて、柔らかい印象なので、この晩餐会は内々のものみたいですね。そうとは信じられない位、人はいますけれど。身内しかいないと言えば、そうなのかな。
「さて、つまらない話はこれくらいにして、早速紹介しよう。我が国の英雄、そして聖女だ」
国王陛下の紹介で、壮年の男女が前に出ます。魔法士団のローブ、でも豪華な金色の刺繍が施された特別な仕様のローブを着こんだ黒が混じった白髪の男性が最初に一礼しました。
「はじめまして、ぼくは髙橋清一郎。英雄だなんて言われているが、専門は魔法研究と実戦だ。君達の話は聞いているよ、今日は色んな話をさせて欲しいな」
好々爺という言葉が良く似合う方です。縁側で将棋とか囲碁とかしてそうなおじいちゃん、っていう印象。優しそうな人です。
次に騎士団の軍服、マントに金の刺繍が施されたものを着た黒の短髪の男性が一礼します。
「岸田信明だ。騎士団で魔物討伐を受け持っている」
自衛隊の鬼教官って言ったら失礼ですかね。ちょっと顔が怖くてぶっきらぼうなおじいさんです。エルネストさんのお話では後輩の面倒見が良くて豪快な性格の方ってことでしたけれど。人は見かけによらないってことなんですかね。
最後に光代さんが一礼しました。
「はじめまして、小田原光代よ。主に国内各地を回って町医者みたいなことをしてるわ。今日はこんなおじいちゃん、おばあちゃんの為に来てくれて嬉しいわ。よろしくね」
からころと笑う光代さん。よろしくお願いしますとこっちも挨拶します。
続けて、王位継承権を持つ王子、王女を紹介してくれるそうです。年下の子達がいないのは、王位継承権を持たないからか。この中の誰かが次の王、または女王になった時によろしくしてくれということでしょうね。
「僕は第二王子ファビアン・サー・シャングリラ。お目に掛かれること光栄に思うよ」
「お初にお目にかかります、第一王女のレティシア・サー・シャングリラです」
「お初にお目にかかります、異邦の方々。第三王子、スヴァンテ・サー・シャングリラです」
「私は第二王女ヘルミーネ・サー・シャングリラですわ」
本当ならここに更に第一王子のアルフレッド様がいて、5人で切磋琢磨するんでしょう。王女も混ざっての王位継承争いって考えるなら、アルフレッド様が焦る気持ちもわからなくもないかもしれません。年下の女に負けたなんて、プライドも許せないでしょうし。でもそこに拘り過ぎると、ああやって破滅するんですよね。怖い世界だ。
それから、王妃様達の紹介もされます。王位継承権を持つ子供の親だからここにいる、という感じですね。
「こうしてお言葉を交わすのは初めてね。私は正妃イヴァンナ・サー・シャングリラ。息子の事、どうか悪く思わないでね」
「第一側妃オルガ・サー・シャングリラですわ」
「第二側妃リーファ・サー・シャングリラです。こうしてお目にかかれること、光栄です」
気難しそうな表情のイヴァンナ様。鉄皮面のオルガ様。営業スマイルのリーファ様。三者三葉、私達の動向で子供たちの運命が変わると言っても過言ではありませんからね。自分の立場もあるでしょうから、大変だなぁ、奥様方は。とりあえず頑張って名前は覚えないと……。
国王陛下の一声で晩餐会は始まります。
「先ほど振りですね」
「ええ、まさかこんなに早くお会いできるなんて思いませんでした」
皆が英雄様方に近づいたのをぼーっと見ていればレティシア様が声をかけてくださりました。彼女も何とも言えない表情で苦笑しています。暫く会わないんだろうな、と思ってましたから、ちょっと気恥ずかしさはありますね。
「アレン様は、英雄様方とお話されないのですか?」
「後でで良いかなって。話がしたいのは皆同じですから」
「こういう時には積極的に行くものですよ、時間は有限ですから」
ね、と言ってレティシア様は笑います。その通りなんだけれど、こういうところで尻込みするのがコミュ障がコミュ障たる所以でもあるんですよね。いや、まったく会話ができない陰キャだとは自分でも思ってませんけれど。美雨や宗士と比べたら、喋るのは得意な方ではないなと実感します。会話の種がないと話しかけるなんてとてもできません。種があっても尻込みするのに。
「とりあえず、皆の話がひと段落してからにします。後からの方が印象に残るでしょう?」
「あら、意外と打算的なんですね」
「特に意味の無い打算ですけれどね」
「そんなことありませんよ。アレン様はもっとご自身に自信を持っていい方だと思います」
「レティシア様に太鼓判をもらえるなんて、嬉しい限りです」
そう言って笑えば、少し不満そうな顔をされました。わかってないとでも言いたげな表情です。うん、謙遜はあまり良くないって言いたいんですよね、わかってますよ。でも買いかぶり過ぎです。私ができることなんて他の誰にだってできることしかないし。私にしかできないことなんて、そうそうないでしょう。
「レティシア姉様ばかり異邦の方とお話してズルいわ。私ともお話してくださいませ。貴女が噂の異邦の方でしょう?」
えぇっと、ヘルミーネ様。愛嬌のある顔つきはまだ若干の幼さを残していて、それを自覚しているからか、甘えた表情を浮かべています。美雨と似たような雰囲気を感じますね。自分の武器をよくわかっていると言うか。
「どんな噂かはわかりませんが……。お初にお目にかかります、アレンとお呼びください」
「へぇ、本当に家名がないのね。異邦の方なのに」
「ヘルミーネ、失礼よ」
「あ、ごめんなさい。驚いてしまっただけなの」
「いいえ、気にしませんから」
同じ親から生まれても、似たような性格になるとは限りませんよね。うん。レティシア様が申し訳なさそうな顔をしているのに、ヘルミーネ様は全く我関せずです。言っていいことと悪いことの区別も付けられないくらい頭が悪いか、わかってて言ってる性格が悪いだけの子か。でもこの反応を見る限り前者ではなさそうですね。うーん、あまり関わりたい子ではないなぁ……。でも蔑ろにもできませんし、とりあえずこの場は乗り切りましょう。
「貴女、元々いた世界ではどんなことをしていたの?」
「大学で日本語……自国の言語について学んでました」
「だいがく? アカデミーのことかしら?」
「この世界の学業がどのような形態をしているかがわからないので、大学がアカデミーに相当するかはわかりませんね」
「この世界では13歳から18歳までの5年間、アカデミーに通います。貴族の義務であり、平民にとっては一隅のチャンスですね。基礎的な政治の知識、高度な計算能力、諸外国の言語、それから魔法の習得などを目的としてます」
「中学と高校の抱き合わせかな。大学はその更に一つ上の学校です。一つの分野に特化した学習や研究を実践的に学べるんです」
「研究機関がそのまま学習の場になっている、ということでしょうか?」
「ええ、そんな感じですね」
「私、異邦言語の学習がアカデミーの授業で一番好きなの! 可愛らしい文字をお使いよね、異邦の方は」
ニコニコと笑みを浮かべてヘルミーネ様は言います。可愛らしい……? あ、ひらがなは丸みを帯びてるから? 普段使ってて見慣れてるものだから、よくわからない感性ですけれど。
「そう言っていただけるとなんだか嬉しいですね。そのまま好きで居続けてくれたらもっと嬉しいです」
「嫌いになんてならないわ。覚えるのも簡単だもの」
「ヘルミーネ、そう言っていられるのは今のうちだけよ……」
自信満々に言ったヘルミーネ様に、レティシア様が結構ガチトーンで言いました。あ、彼女は日本語の難しさに打ちひしがれたタイプか……。本当に好きじゃないと無理ですよね、日本語学習。日本人だって日本語使いこなせないんだもん。
「レティシア様は異邦言語は好きじゃないみたいですね」
「ええ……、あまりにも難しくて、諸外国の言語学習に逃げました」
「賢明な判断かと。私も難しくてわかりません」
「自国の言語なのに? しかも研究機関で学習もしてたんでしょう?」
「逆に考えましょう、ヘルミーネ様。自国の言語なのに、わざわざ研究機関が作られ、わざわざ学習するんです。それだけ言語というものが難しいものなんですよ」
言葉は生き物だ、と偉い人が言っていたのを思い出します。本当にその通りだなと思いますよね。近代文学と現代文学で50年くらいしか違わないのに、もうわけがわからないんですもん。
内容が難しいとかじゃなく、言い回しとか表現方法とかがまるっと違うんですよ。
「ふーん、でも私は異邦言語について沢山勉強しているのよ。もしかしたら、その異邦でだって暮らせちゃうかもしれないわ」
ヘルミーネ様はあんまり納得してないみたいです。異邦言語がどれくらいのレベルで教えられるものかはわかりませんけれど、小学校で習う程度の内容しか習わないなら確かに簡単に思えるでしょうね。自分が優秀なのをアピールしたいのか、それとも家名なし異邦人は大したことないと思っているのか。どっちにしろ、謎のマウントはやめた方がいいんじゃないかなぁ……。
「楽しそうな話をしていますね。良ければご一緒させてください」
不意に男性の声が割り込みました。英雄、髙橋清一郎さん。近くで見ると中々なイケオジです。こっちの世界に居る人って美男美女しかいないのかな?
「セイイチロウ様、他の方とのお話はよろしいのですか?」
「ええ、実は彼女と一番話がしてみたかったんですよ」
「……第三庭園のことですか?」
「もちろん」
いい笑顔です。専門は魔法研究とその実践、って言ってましたっけ。新しい魔法を作っては前線に出て魔物相手に試してるっていう感じですかね。ヘルミーネ様は邪魔が入ったのが気に喰わなかったのか、単純に髙橋さんが嫌いなのか、軽く挨拶をしてさっさと離脱しました。その背を見送り、レティシア様が軽くため息を吐きます。
「すみません、彼女が失礼な真似を……」
「レティシア様が謝るようなことじゃないですよ。それに気にしません」
「気にした方がいい。本人の前で言うのもあれだけれど、正妃と第一側妃は権力争いに積極的な方で、子供達もその体質を受け継いでるから……」
苦笑する髙橋さんに、レティシア様が「お恥ずかしい話です」と俯きました。レティシア様は真面な感性なんだよなぁ。周りにいた人が良かったのか、反面教師にしたのか。どっちにしろ、彼女は信頼が置けることだけは確かです。あとは第二王子の動向が気になるなぁ。近づいてくる気はないみたいですけれど。
「とりあえず今は興味ないので、気にしないことにします。興味向けなきゃいけなくなった時に考えます」
「ははっ、逞しいな」
髙橋さんは可笑しそうに笑って、改めて一礼しました。
「改めて、ぼくは髙橋清一郎。お会いできてとても嬉しいよ」
「ご丁寧にありがとうございます、髙橋さん。私のことはアレンと呼んでください。こちらこそ、お会いできてとても光栄です」
「清一郎で構わないよ。第三庭園の話を早く聞きたいのはやまやまなんだけれど、先に質問を一ついいかい?」
「ええ、なんなりと」
「本名は何ていうのか、教えて欲しい」
予想外の質問です。アレンでいいのかという確認は散々されましたけれど、本名を聞いてきたのはエルネストさん達以来です。
「神代怜那です。本名を聞かれるのは二回目ですね」
「ああ、やっぱりか。光代も聞かなかったらしいからね。何か特別な理由があって偽名を?」
「いいえ、全然、まったく。偽名でもありません、あだ名です。美雨達が私のことをアレンって呼ぶから、それを聞いた元第一王子殿下がアレンで報告して、訂正するのも面倒でそのまま通しただけです」
清一郎さんが見事に頭を抱えました。いや、うん。だって知らなかったし。こんなに名前が重要な世界だって知ってたなら最初に訂正しましたよ。それを知ったのはその後だったんだもん。私悪くない。
「アレン様……、いえ、カミシロ様とお呼びした方がよろしいかしら……」
「アレンでいいですよ。今更、神代呼びも怜那呼びも違うと思いますし」
「そ、そうですか……。では、アレン様、本当に、数多のご無礼を……」
「謝らないでください。私が自分で名乗る前に自信満々にアレンって呼んだ元第一王子が悪いんです」
こんな責任転嫁もないとは思いますけれど。でも実際そうじゃん! あの場で自分で名乗ってたらちゃんと本名言ったもん! あのボンクラ王子、ちゃんと離宮で反省してますかね。これ以上の面倒事は御免ですよ。
「でも、その場で訂正することだってできたはずだろう?」
「彼に本名を名乗るのも嫌になって。人を攫っておいて、あげく気安く名前を呼ぶなんて、良い気するわけないでしょ。いくらイケメンの王子様でもやっていいことと悪いことがあるに決まってるんですから。ちょっとした意趣返しです。結局自分に返ってきましたけれど」
今になって思い出すと腹が立ってきます。あの時は混乱の極みだったからほとんど何も考えてなかったけれど。くそっ、本当にむかつく。あの自信満々なドヤ顔、今すぐにでも殴りに行きたい。……落ち着こう、関心向ける程の人間ではないだろ、あんな奴。
「はっはっは! 中々頭は回るみたいだけれど、詰めは甘いね。いや、その方がいい。若者の特権だ」
「褒めてます?」
「もちろん」
楽しそうに清一郎さんは言います。全然褒められた気はしませんが、まぁ、本人がそう言うのでそういうことにしておきましょう。
「まぁ、でも既に幾らかの苦労はしているようだし、あまり意固地になり過ぎるものではないよ」
「聞かれたら答えますよ。卑しい身分の下に見ていい人間だって決め付ける人は選別できるわけですから、便利なフィルターとでも思っておきます」
「そうか、まぁ、何か困ったことがあったらぼく達に相談するといい。できる限り手を貸すよ」
「ありがとうございます」
どこか呆れ交じりなのは気のせいではないでしょうね。こうやって気に掛けて貰えるのは有り難いので、有事の際には遠慮なく相談させてもらいましょう。
「それで、第三庭園について聞きたいことはなんですか?」
「ああ、それね。なんだったかな、忘れてしまったよ。もう年だからかなぁ」
ははは、と誤魔化すように清一郎さんは笑いました。なるほど、話に割り込む口実が欲しかっただけか。意外と抜け目のないお方のようです。
「アレンさんは何か、聞きたいことはないかい? 同郷の先輩、という言い方もあれだけれど、何か役に立てる話はできるかもしれないからね」
「そうですねえ……。どうしてこっちの世界に来ようと思ったのか、英雄になろうと思ったきっかけはなんだったのか、聞きたいですね」
「なるほど、確かにそれは聞きたいね。といっても、ぼくは大した理由はなくて、それ以外に道がなかっただけだ」
昔を思い出してか、清一郎さんは遠くを見ました。懐かしむような、憂うような、そんな表情。
「ぼく達がいた頃は世界中を巻き込んだ戦争の真っただ中でね。いい時代とは言えなかったんだ」
「……第二次世界大戦、ですか?」
「その言い方は言い得て妙だな。そうか、若い子にも語り継がれているんだね。毎日、いつ空襲が来るか怯えながら過ごさなきゃならないような、そんな酷い時代だった。父は徴兵されて、母と二人、必死に生きてたんだけれどね。彼女は病であっさり逝ってしまった。頼れるような親戚筋もなく、とりあえず軍の訓練兵として食い扶持だけは確保して、理不尽な訓練に耐え忍ぶだけの毎日さ。それで、明日には戦地に行くぞ、っていう時に、この世界から声がかかったんだ。殺し合いなんてしたくなかったし、もう時代にも世界にも嫌になってたから即決でこの世界に来ることにしたんだ」
要するに軍から逃げた、と清一郎さんは笑いました。お幾つなんだろう、とは常々思っていましたけれど。まさか戦時中の方だったなんて思いもしませんでした。だって、前回の異世界召喚は50年前くらいでしょう? こっちは終戦から70年が経ってます。並行世界間で全く同じ時間の流れ方をしているとは限らない、ということでしょうけれど。予想外が過ぎて、どう答えるのが正解かわかりません。清一郎さんはそんな私の反応を見て困った様に笑いました。
「そんな顔をさせたかったわけではないのだけれどね」
「いえ、話を聞きたいと言ったのは私です。むしろ嫌な記憶を思い出させるような形になってしまって……」
「構わないさ。今はただの記憶なんだ。君が負い目を感じるようなことではないよ」
頭を下げた私に、清一郎さんはやんわりと断りました。決して、いい思い出ではないでしょうに。でも、それを悲しいと第三者が言うのはあまりに無責任というものでしょう。顔を上げて笑えば清一郎さんも目元を緩めました。
「他の方も、似たような境遇なんでしょうか?」
「ああ。7人でこちらに来たのだけれど、皆同じさ。自分が生き残る為にこちらに来ることを望んだ。逃げて来たのだから、せめて平和なこの世界で精いっぱい生きよう。英雄や聖女の役目だとか使命だとか、そんなのは二の次、三の次だ。今もぼくだって、自分がしたいことだけやって生きてる」
……料理文化の発展が止まってた理由もこれかな。興味の有無というよりは、食べれるからいい、みたいな。世界の変革よりも自分達が生きることを優先した結果。停滞しているわけではないけれど、大きな変化が起きなかったのかもしれません。だから、上の世代の人は前世代の大きな変革を期待して私達に善くしてくれるし、若い世代の人は大規模な変革を知らないから異邦人に期待していない。特に家名なしの私はより一層期待できないと思い込んでるっていう感じですね。
うーん、前の世代のツケが回って来るというのはどの世界でも変わらないんですね。でも清一郎さんだって、他の方だって必死にやって来たわけですし、何かいい方向に変えたことだってあるはず。……そう信じたい。
「だからまぁ、君達も思うままに決めればいいんじゃないかな。大それた理由がなくても、やりたい事があるならそれに従うといい」
「セイイチロウ様、それは些か無責任というものではないでしょうか……?」
「そうかい? でも結局は自分で決めることだ。それなら、後悔がないようにした方がぼくはいいと思うのだけれどね」
「……確かに、その通りですね」
含蓄のある先人の言葉。レティシア様は納得したように頷きます。確かに清一郎さんの言う通りではありますね。どんなに周りが望もうが、期待しようが、結局は自分自身でどうしたいかを決めるしかない。でも、後悔しない選択は難しいですね。どうせ、どっかで後悔する。あの時こうすればよかった、その時これをしておけばよかった。20年ちょっとの人生でも、そう思うことが幾つかある。
「なら、私は聖女になる方で考えようかな」
それでも生きていくなら、今、どうしたいかで決めるのが一番後悔が薄い。
「アレン様、今決めることはないと思いますよ?」
「今この場だけでそう考えたわけじゃないですよ。ずっと、聖女になる理由を探してました」
「そう、だったんですか?」
「ええ。図書室の最上階は見てみたいし、神殿の宝物庫にも入ってみたい。楽団の演奏を聞ける機会なんてパーティくらいでしょうし、魔法士団の方が行ってる魔法の研究にも興味あります。騎士団の皆さんの実際の仕事も見てみたいし、戦場だって、実際に見てみるだけの価値はあると思ってます。でもそれって全部、個人的な私情で、国への忠義じゃない。だから、どうするべきかなって思ってたんです」
誘拐、という前提があるのだから、国への忠義なんてほぼ度外視でしょうけれど。それでも国が必要としている人材として呼ばれたわけですから。あんまり軽率なことできません。でもどうせ異世界なんてところに来たのだから、ちょっとくらい、『特別な自分』に夢見てもいいじゃないですか。だから、そうなってもいい理由が欲しかった。
「それに、折り紙を教えるって約束しましたし。だったら城に残らないと」
目を丸くしていたレティシア様は、可笑しそうに笑いだしました。何のことかわからない清一郎さんはきょとんとしています。
「そう、ええ、そうね。アレン様が市井に行くなんて言ったら、あの子達が怒るわ」
「レティシア様も、じゃないんですか?」
「あら、わたくしはそこまでわがままではないわ。あの子達に教えてもらう手もあるんだもの」
「その子供達に教える私がいないと困るじゃないですか」
顔を見合わせて二人で笑います。レティシア様は歓迎してくれるみたいです。明日には国王陛下に言わないといけませんね。不意に向こうが騒がしくなりました。
「ウチだって来たくて来たわけじゃない! そっちの都合ばっかり押し付けないでよ!!」
いきなり響いてきた美雨の声。相手は、第二王子ですね。何か余計な事を言って怒らせたみたいですね。いや、勝手に噛みついただけかな。どっちだろう。
「いや、押し付けているわけじゃなくて、協力してもらえればこちらもそれ相応の対応ができると言う話なだけであって……」
「さっきの言い方じゃ役に立たないならさっさと出てけってことじゃない!」
「み、美雨、落ち着けって」
「隼だってそう思うでしょ?!」
「それは、思うけれど……」
止めに入ろうとした隼が美雨の勢いに負けて下がりました。いや、もうちょっと頑張ってよ彼氏。離れた所で傍観していた成美がこっちに避難してきます。
「何言われたの?」
「『返答にいつまでも待ってられる訳じゃない』『なるべく早く返答が欲しい』まではまぁ、わかるけれど、『国に貢献してもらえないと呼んだ甲斐がない』ですって」
「ああ、それは美雨も怒るわ……」
「そっちが勝手に呼んだくせにね、貢献してもいい国ならあたし達だって考えるわよ」
そう思う決定打がないのは皆同じだったみたいですね。成美は溜息を吐いて、やれやれと首を振ります。横で聞いていたレティシア様も驚きの表情です。そのまま第二王子を宥めに行きました。清一郎さんも深くため息を吐いています。睨んでいる美雨は謝罪されても機嫌を直す様子はありません。っていうか、本人が謝りなさいよ。なんでレティシア様に謝らせてんだ。美雨は機嫌損ねたら数日引き摺るからなぁ。多少の謝罪じゃ許してもらえないでしょう。仕方ない……。間に入りましょう。
「美雨、そんなに怒っても仕方ないと思うよ」
「でもウチらは誘拐されたんだよ?! それなのに何にも知らない国の為に働けなんておかしいでしょ!」
「うん、その通りだね。だけど、それ以外に生きる道がないのも事実でしょ?」
「それは……! そう、だけど……」
「第二王子殿下だって、国を思ってるから、ちょっと焦ってるんだよ。まぁ、国だけ気にされても仕方ないけれど」
美雨の勢いがなくなったところで矛先を変えれば、わかりやすくなぜ自分がと言いたげな顔をしました。それをレティシア様が宥めます。こうかはいまひとつだ。
「発言には気を付けないと、お兄様の二の舞になりますよ」
第二王子はぐっと押し黙りました。こうかはばつぐんだ。
「今回の召喚の件は、事実として私達異邦人が被害者です。国の発展を願うのは尤もですが、それ以前の問題として被害者への配慮が最優先事項であることをお忘れなく」
「被害者らしくない被害者だな……」
「元の世界に返して頂けると約束できるなら、もっとしおらしくもできますよ」
美雨にはもう少し弱った表情を見せたくせに。家名なしだと見るや否や、態度変わりすぎでしょう。今、一番王になる可能性があるのがこいつって、大丈夫かよシャングリラ王国……。
「息子の失言、本当に失礼した。事実として、此方も焦ってはいるのだ。同盟国からの問い合わせも増えて来ていてな……」
「それは私達の知ったことではありません。先触れもなく、意思確認もなくこちらに強制的に連れてこられたのですから、事実として私達の誰も国の事情も知りませんので。そちらで対処することです。第二王子殿下、美雨に謝罪をお願いします。美雨も、これ以上腹立てても仕方ないでしょ?」
「……うん」
不満は拭えませんが、納得はしたみたいです。第二王子は納得はしないみたいですけれど、状況の不利はしっかり理解してるみたいです。美雨の前に進み出て、僅かに頭を下げました。そういうプライドは捨てろ、この野郎。
「ミウ殿、先ほどは、失礼な発言をしてしまい、申し訳なかった」
「いえ、大丈夫、です」
ぎこちなくはあるけれど、とりあえず仲は取り持てたかな。決定的な亀裂が入らなくてよかった、ということにしておきましょう。第二王子がめっちゃ睨んでくるけれど、そんなん知るかって感じです。元は自分の失言が原因だろうが。
振り返ると美雨が泣いてます。えっ。
「どうした? 美雨」
「パパや、ママのこと、思い出して……。もう、会えないって、思ったら、悲しくて……!」
「あ、ああ……。そうだな、家族にも、部活の先輩たちにも、会えないわけだもんな」
「会いたいよ……、帰りたいよぉ……!」
しばらく泣き止みそうにない美雨を隼が困った顔をしながらあやし始めました。横で様子を見ていた明香里も感化されたのか泣き出してしまって、成美が「泣かないでよ」と涙声で訴えます。宗士はそんな二人の肩に手を置いて、泣きそうな暗い顔をしてます。
「その……、本当に、申し訳なかった」
泣かれると流石に弱いみたいです。第二王子は困り切った顔をします。こんなの、想像に易かろうに。なんで自分の兄が離宮に幽閉されたのか、もう少し考えて欲しい。折角の晩餐会だったのになぁ……。
「お開きにしませんか? このまま、晩餐会を続けることは難しいでしょう」
「ああ、そうだな。今日の晩餐会はこれでお開きとしよう。異邦の皆さまには本当に申し訳ないことをした。後日、改めて謝罪と、相応の対応をしよう。今日のところは部屋でゆっくり休んでくれ」
流石、国王陛下は話が早いです。楽しく始まったはずの晩餐会がしめやかに幕を閉じます。立場を悪くした第二王子がめっちゃガンつけて来てますね。ヘルミーネ様がその隣で面白くなさそうな顔をしています。間違いなく血のつながった兄妹だ。だってその不満そうな顔がそっくりなんですもん。
「異邦からの来訪者、家名のあるなし、身分……。肩書は色々ありますけれど、皆等しく、同じようにこの世に生きる人間であることには違いない。そうは思いませんか?」
この訴えがどこまでの効力があるかなんてわからないけれど。
「私達は、国を豊かにするための装置じゃありません。ここに心を持って生きている人間です。どうか、それだけは忘れないでください。あの子達の為にも」
先に行ってしまった美雨達が何を考えてこの4日を過ごしたかなんて知る由もないけれど。それでも、悲しいはずの事を考えないように努めていたのかもしれません。楽しいこと、面白いことで上塗りして、前を向こうと必死になっていたのかもしれません。その程度でも考えて、想像してくれる人が、私達を使う人であって欲しい。きっとそれは国の為にもなるはずでしょう? これが伝わる人がいてくれることを願って、私も会場を後にしました。




