Prologue
小さい頃、よく山で遊んでいた。風人を連れて。私の家は団地にあったから、すぐ近くに小さな山がいくつかあった。
そのなかのひとつをえらんで、私たちは「ひみつきち」をつくった。風人が叔父さんに入学祝いでもらったという小さなテントを二人ではこんで、雨よけの休憩所の下にたてた。木でできた大きな屋根のある休憩所なら、この小さくて薄いテントを雨から守ってくれると考えたのだった。
その休憩所には机と椅子、それに山水の水道があった。そこからはいつもきれいな水が出てきたので、私たちはよくここで汚れた手や足を洗った。そうすれば母さんたちに山のひみつきちがばれることはないから。
そこは登山道になっていたけれど、ほとんど誰も来なかった。少なくとも毎日のようにそこに通っていた私と風人は人影をみたことがない。私たちは他愛ない話をひみつの話のように息を潜めてひそひそと二人で話した。
そのひみつきちは子供二人で丁度いいくらいの大きさだった。テントの中に色々なものを家から持ち込んだ。例えば、家の棚のポテトチップスとか。おやつは母さんが出してくれたのを食べるシステムだったが、きっと母さんはいつの間にか勝手に減るお菓子に、まあ食べたいときもあるのだと目をつぶっていたのだろう。
風人が持ってきた小さいダンボールにお菓子を詰め込み、お気に入りの本を入れ、そこで思い切りくつろいだ。
そこは世界で一番平和なところだった。私と風人だけで、思い通りのことができる。私がやりたいといったことは風人も否定しなかったし、もちろん風人がやりたいといったこともなんでもやった。第一、風人がした提案に嫌なものは何一つなかったのだが。
一生風人と2人でここに住みたいとさえ思ったこともあった。まあその後すぐにそれは嫌だな、と打ち消したのだが。
とにかく当時の私にとって、そこはいちばん大切なところだった。