異議あり!逆転裁判します(一)
アドリアーヌが連れていかれたのは大きな白い扉。
裁判を行うと言っていたので議場にでも連れていかれるかと思っていたのだが、どう見てもこれは舞踏会で使用される〝白の間〟の扉だ。
以前城で行われた夜会の時に訪れたので間違ってはいないはずだ。
でもなぜこんなところに連れてこられたのだろうか?
というよりも中で大勢の歓談する声がする。
アドリアーヌが戸惑っていると後ろから声を掛けられた。
「来たか」
「え?……サイナス様」
「ちんくしゃ脳内花畑女。誰彼構わず信用してほいほいついて行くからこんなことになったんだよ」
(いきなりの毒舌!?)
あまりの言われようだが事実なので反論もできない。
しかも彼自身も進退をかけてくれており迷惑もかけているのでアドリアーヌは口をつぐんだ。
「それより断罪裁判って……ここでするんですか?なんかすっごく賑やかなんですけど」
「あぁ、今日は王太子殿下と聖女の婚約発表の夜会だからな」
「……はいぃ?」
確かに今度クローディスとアイリスが婚約披露をすることも聞いたし、更に言えば「裁判の場を整える」とは聞いていたが、まさかこのような状況になるとは思わなかった。
それが顔に出ていたせいだろう。
サイナスがそれを察して説明を加えた。
「今回の話……相手はグランディアスが控えている。ここで伯爵と合わせて叩いた方が都合がいいだろう」
「ということは中にグランディアスの人間が来ているのですか?」
「あぁ、それも大物貴族だよ」
「ラスター家の人間ですか?」
「あぁ、それとルベール王太子」
思わず口を開けて唖然としてしまった。
なんということだ。
どうやらクローディスは自分の婚約パーティーと称してグランディアス王太子とラスター家の人間を招いたのだ。
それは絶対にアドリアーヌは裁判には負けないという信頼の証でもあった。
(ただでさえ皆の進退をかけられているうえに、国の未来まで賭けられてて……期待に応えなくちゃとかいう生易しいものじゃなくなっている気がする……)
下手をすれば国家間の問題になり、戦争勃発にもなりかねない事態を想像すると恐ろしくなる。
考えるとプレッシャーになるのでもう考えるのは放棄しよう。
「俺はまだ蟄居なんてしたくないからな。分かってるとは思うが……絶対に負けるな」
「……はい」
「これは資料だ。一応今までの経緯はまとめてある。指示を受けていた図表もまとめて主だった貴族へ配布可能としている」
「これって……私が自分で自分を弁護するということですか!?」
にやりと笑うサイナスを見て、アドリアーヌは覚悟を決めた。
そしてアドリアーヌはサイナスから今回の弁護……と言うより事実をまとめたプレゼン資料に近い書類を受け取った。
アドリアーヌ自身はその資料を見るのは初めてのためある意味ぶっつけ本番の状態でこの裁判に望む。
だが前世ではまったく事情の知らない状態で他人のプレゼン資料で説明を行ったこともあるので、それに比べればたいした問題ではない。
書類をざっくりと目を通して内容を確認しているとサイナスが付け加える様に言った。
「それとあれができている」
「本当ですか⁉良く準備できましたね」
「国中の技術者を集め、その粋を集めて作った」
アレが有ればかなり効果的にプレゼンを行えるだろう。
アドリアーヌはもう一度大きく息を吸い込んで目を閉じた。そして気持ちを落ち着ける。
1、2、3
呼吸を数えてアドリアーヌは目を開くと、意を決してその扉を開いた。
中に入ると一斉にアドリアーヌは注目を浴びる。
案の定中には貴族たちが着飾って談笑していたが、アドリアーヌが登場した途端静寂になり、視線が集中するのを感じた。
緊張で心臓が鋼のように打っている。
心音が耳につく。
貴族たちの視線の中にはルベールのものもあり、彼は驚愕に目を見開いている。
まぁ、国外追放された女がいきなり舞踏会の場に現れたのだから仕方ないだろう。
ルベールの顔を久しぶりに見て戸惑いを覚えたのは一瞬のことだった。
いまはそれどころではない。
まずはこの場を乗り切ることだ。
「お約束を果たしていただきます。これより……アドリアーヌ・ミスカルドの武器密売の嫌疑について真偽を問う裁判をここで行います」
ざわめきの中で凛とした声が響いた。
声の主――クローディスは国王トリテオウスをしっかりと見つめて言ったのだ。
その言葉に国王をはじめとして貴族たちは動揺していた。
ざわめきが大きくなる。
その中でも一際大きな声をあげて反発したのはダンピエール伯爵だった。
「な……殿下。今日は婚約のお披露パーティーです。非常識な!」
「国王陛下。以前お約束していただきましたが、俺の〝好きなタイミング〟で裁判をして良いとのことでしたね」
クローディスの確認にトリテオウスも眉をひそめながらも頷く。
「そうだな……確かに、そう約束をした」
「と言うことだ。好きなタイミングで裁判を行っていいと国王と約束をしてる。それに俺の婚約を祝うパーティーだ。余興として裁判をしてもよいだろ。それとも……ダンピエール伯爵には何か都合が悪いかな?」
クローディスにそう宣言されてしまってはダンピエール伯爵もNOとは言えず、恨めしくクローディスを睨みながら合意を示した。
これだけ大勢の人間がいては不正を行うこともできず、またダンピエール伯爵の権力をもってしても裁判の判決を覆すこともできない。
証拠を握り潰すこともできないだろう。
「では、裁判を始めよう。判決は国王に委ねる。ダンピエール伯爵はこの間ここにいるアドリアーヌを告発したのだから、十分な証拠をそろえていると思う。言いがかりでなければそれを提示できるであろう」
「もちろんでございます」
アドリアーヌがそう頷くと、答弁用の机が用意され、アドリアーヌは玉座の右に、ダンピエール伯爵は左に控えて対立するように位置についた。
突然始まった裁判劇に貴族たちは好奇の目を向けて事の行方を見守り始めた。
裁判官の役を国王が担い、クローディスが進行役補佐として裁判を進める。
「まずは……罪状についてだが、アドリアーヌ・ミスカルドには国家反逆罪の容疑がかけられている。一つは国家予算の着服、もう一つは国外への武器の密売だな」
「そうでございます」
「では国家予算の着服についてから審議を始めよう。ダンピエール伯爵、そちらの言い分を聞こう」
「はい、この被告人アドリアーヌ・ミスカルドは政務官の貴族への俸禄を不当に減額、もしくは廃止しました。ここにいる貴族の皆さんもそれは承知のはず。何人もの方がその被害を訴えている。その減額されたはずの金はどこに消えたのでしょう?経費削減と称され軍部も不当に予算を削減され、今戦争が勃発した際には対応ができない状況です。このような危機的な状況に追い込んだ責任がアドリアーヌにはあります」
このダンピエール伯爵の言葉で身に覚えのある貴族たちが外野から「そうだそうだ」「うちも収入が減った」等と同意の声を上げた。
それを聞いた伯爵は狙い通りだという様ににやりと満足そうに笑った。
「それではこの件についての争点を整理しよう」
争点①:政務官の貴族への俸禄を不当に減額廃止した事実があるか
争点②:経費削減と称され軍部も不当に予算を削減された事実があるか
争点③:減額されたはずの金を着服した事実があるか
これを受けて、アドリアーヌはもちろん無罪を主張した。
「まず、私は着服などしておりません」
「ふ……口では何とでも言える」
「では、データで証明しましょう」
「データ?」
「はい、皆様に分かりやすくご説明しましょう」
アドリアーヌの言葉と共に会場が薄暗くなり、サイナスが運んできたのは一台のプロジェクターだった。
サイナスが裁判前に言っていた「アレ」の正体である。
大勢の人間に一度に理解してもらうためには一番良い機械だ。
前世のような高性能なものではないが、一九九〇年代くらいに使用されていた古典的な原理のOHPプロジェクターと呼ばれるものに似たものだ。
原理をざっくりと伝えたところ、クローディスが国中の技術者を集めその粋を結集した作った代物である。
OHPプロジェクターというものは馴染みがない世代があるかと思うが、一種の影絵に似たもので台に透明フィルムを置くとそれが壁に映し出される……映画にも似たようなそんな感じのものだ。
小さな透明のフィルムにグラフを描いて機械に載せると拡大して壁に映すというのを想像してもらえるといいだろう。
アドリアーヌはプロジェクターに資料を設置して壁に映すと、指示棒を持ってその前に立って言った。
「まず私が国家予算を横領着服した点についてですが、俸禄を不当に廃止や減額をしたわけではありません」




