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この家って貧乏なんですか?(二)

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反射的にマーガレットを受け止めて顔色を見たところ真っ青だ。慌てたアドリアーヌはとりあえずマーガレットを揺すると、すぐに目を覚ましてくれた。


「良かった……すぐに気づいたのね」

「あ……あたし……どうして?」

「リオネル様の殺気で気を失ったのよ。それときっと疲れているのもあるのね。ちょっと待って、水を持ってくるわ」

「いえ!!お嬢様にそんなことさせられません!大丈夫です」


と言いながら立ち上がったマーガレットだったが、やはりふらふらとその場にしゃがんでしまったのでアドリアーヌは急いで食堂に行くと水を持って帰った。


「ほら……水飲める?」

「ありがとうございます……本当にすみませんすみません」

「大丈夫よ」

「こんなことして……あたしどう御礼を言えば」

「いいのよそんなこと。少し顔色が良くなったかしら。」


今までゆっくりとマーガレットと話したことが無かったが、これを機に少し聞いてみよう。


「あのね、マーガレット。ちょっと聞いてもいいかしら?」

「なんでしょう?」


水を飲んで一息ついたマーガレットに思い切って切り出した。


「ちょっと小耳にはさんだんだけど……この屋敷の使用人って八人しかいないの?」


それを聞いたマーガレットは盛大に咽た。そして涙目になりながらも動揺しながら答えてくる。


この動揺がすべての答えだった。


「どどどどどうしてそのような。ままままさか、そんなことありませんよ」

「貴方が叫んでいるのを聞いてしまって」

「うぅ……」

「大丈夫、誰にも言わないからなんで八人しかいないか教えて?じゃないとシシルに貴女が叫んでいたこと言っちゃうわよ?」

「そ、それは困ります!!……本当に誰にも言わないですか?」

「もちろんよ」

「はい……お給金の都合とかで、八人しか雇えないと聞いております」


八人しか雇えない。

ちょっと考えてみる。

八人しかいない使用人。

食事を共にしないムルム伯爵。

そして伯爵だけ質素な食事。


「もしかして……ムルム伯爵ってあまり裕福ではないってこと?」

「それは……あたしの口からは……。詳しい事情は分からないですし……ただ昔はいっぱい使用人がいたのですが、一人二人と解雇されてしまって……」


なんてこった。


ムルム伯爵は何かしらの事情があってあまり裕福ではないのだろう。


しかも使用人を削るほどに台所事情はひっ迫しているのかもしれない。


そして自分には贅沢な食事をさせて自分は粗食をしているのだ。


まさかの事態にアドリアーヌは大きなため息をついた。


もしそうなのだとしたら自分だけが贅沢をしているなんて耐えられない。というか、この屋敷に厄介になること自体心苦しいではないか。


「マーガレット……教えてくれてありがとう。もう一人で大丈夫?」

「はい……大丈夫です」

「じぁあ気を付けて帰って」


マーガレットが恐縮しながらも自分の仕事に戻っていく様子を見送った後、アドリアーヌはずんずんと廊下を進んだ。


アレクセイが伯爵の私室から戻ってきたようで対面から歩いてきたのだが、アドリアーヌの気迫に何事かとぎょっとしてこちらを見てきた。


「アドリアーヌ様!?どうなさって!?」

「ちょっと伯爵にお話があるのよ」

「現在リオネル様がいらっしゃっておりまして……」

「分かってる。扉の外で待つだけよ。と言うかこんな状況で食事なんてしてられないわ!一刻も早く確かめたいの!」

「確かめるとは……何をですか?」


戸惑うアレクセイの言葉にアドリアーヌは足を止めて後からついてきていたアレクセイを振り向き、睨むようにして言った。


「この状況の事よ!貴方……私に贅沢品を食べさせていたでしょ?この屋敷……経済的に厳しんではないの!?」

「そ……それは……」


そうアレクセイが言い淀んでいると、何事かと思ったのかムルム伯爵が私室から顔を出したようだった。


背後からため息とともに諦めたようにムルム伯爵が言った。


「すまないね……我が家は……経済的に困窮しているんだよ」


振り向くと申し訳なさそうに……そして非常に悲しそうに眉を下げてムルム伯爵が立っていた。


その後ろでリオネルが先ほど以上の殺気でアドリアーヌを見ていた。


リオネルの手前、そのようなセンシティブな話をしていいか悩んだが、ムルム伯爵は私室にその場のメンバーを呼んだ。


アレクセイがお茶を出すまで部屋はシーンと静まり返っていた。


そしてかちゃりと茶器を間の前に置かれたのを見るともなしに見ていた。


ムルム伯爵はその静寂を崩すようにゆっくりと話し始めた。


「全ては……去年の事だったんだ……端的に言うと事業に失敗してね……」

「旦那様、違います。あれは詐欺です」

「え?どういう事ですか?」


ムルム伯爵が言う言葉を遮ってアレクセイが訂正した。

それを皮切りに彼が説明を始めた。


「旦那様の甥であるユーゴ様が全ての元凶なのです。ユーゴ様は旦那様のお兄様の三男です。

旦那様の甥にあたります。ですがユーゴ様は金にルーズで目先の欲に目がなく、放蕩の限りを尽くしたためお父上に見限られてしまいました。」


話の詳細を聞くと女にだらしなく、娼館を貸し切ったり、女に貢いだり、プライドのために友人たちを招いて夜会をして贅沢三昧だったり……と、とにかく金がかかる男のようだ。


かと言って仕事をきちんとするかと言えば、自分は労働などしたくないと言って働くのを拒否し、城勤めもしないし、上手い儲け話があれば乗っては痛い目を見る繰り返しだった。


慎ましい様子のムルム伯爵の親族としてはちょっと意外な人間だし、そんな子供の父親ならやはり見限りたくもなるだろう。


だがそれを気にかけていたのがムルム伯爵だったようだ。


「そんなある日、ユーゴ様は孤児院のグループ展開をするということで旦那様に金の無心をしにきました」

「いやいや、あれは慈善事業だ。見返りを期待してはいけない話だよ」

「それでも計画が立ち消えになった時点で申し入れと詫びをするのが礼儀かと。しかもお貸ししたお金は持ち逃げされ、さらに土地の売却や建材費用などそこまでにかかった費用等々はまるまる旦那様への請求でした」

「そんな膨大な金額だったのですか……」


伯爵家の財産がひっ迫するという事を考えると相当な額の融資だったのだろう。


「あの子は優しい子だからきっと騙されたんだよ。今も辛い思いをしていないといいんだがね……」

「旦那様……人がよすぎですよ」


これはまた……ムルム伯爵は随分とお人好しなようだ。


「もしかして私を迎えてくれたのも……」

「そうです……行き場のないお嬢さんは可哀想だとおっしゃって……」


だからさっきリオネルが侮蔑の視線を投げかけたのだろう。何も知らなかったとはいえ確かに自分は厄介者だ。


「これで当家が裕福ではないということを理解してもらえましたでしょうか?」


アレクセイの言葉をフォローするようにムルム伯爵は慌てた口調で言った。


「でもアドリアーヌ嬢にはこれまで通り不自由のない生活を……」


送ってもらおうと思うと言おうとしたムルム伯爵の言葉を遮ってアドリアーヌは叫んだ。


「な、なんですって!冗談じゃないわ!」


アドリアーヌはドンとテーブルを叩いて立ち上がった。


それを見たリオネルは再び侮蔑の視線を投げかけながら言い放った。


「はっ。贅沢出来なくて残念だったな。どこへでも出ていけ。金持ちの妾くらいのあてはあるだろう」

「は?贅沢?そんなのはいらないわよ!それより、なんで早く言ってくれなかったんですか!?私、働きますよ!シシルさんの仕事を見てだいたいは家の仕事は把握してます!」

「えっ……ちょ、ちょっとアドリアーヌ様⁉お嬢様にそのような」


慌てたようにアレクセイが言うが、そんなことを聞くつもりは毛頭ない。


それよりも行き場のない自分を拾ってくれた伯爵の借金苦を何とかしなくてはという使命感に駆られた。


だから、アドリアーヌは再びテーブルを叩いて言った。


「いいですか!?私の故郷(前世)には〝働かざる者食うべからず〟という言葉があります。ただでさえお世話になっている身。なんと言われようと働きますから!それと、もう一つ。〝立ってるものは親でも使え〟という言葉があります。だからお気になさらずに、自分をどんどん活用してください!なぁに、家事は営業資料作りの次に得意ですから!!」

「え……営業?資料?」


戸惑うアレクセイと伯爵を横目に、リオネルはアドリアーヌを睨みながら言い放った。


「ふん……お嬢様のお遊びに付き合ってる暇などない。伯爵もすぐにこの女に出て行ってもらうべきだ」

「じゃあ、二週間。二週間の猶予をもらうわ。私が使用人として使えるかどうか、試してみるというのはどうかしら?」

「……好きにしろ。とにかく伯爵に迷惑をかけることは許さない。邪魔なら切り捨てるかもしれないぞ」

「望むところよ」


アドリアーヌは売られた喧嘩は買う主義である。


リオネルのこともぎゃふんと言わせてやる。そう決意してアドリアーヌは闘志を燃やした。


(頑張るぞ!おー!)


だけど……とふとリオネルの顔を見て何か既視感に襲われた。


どこかで見たような顔。今日初めて会ったはずなのになぜか知っている気がする。


(まぁ、気のせいか。それよりこの家の立て直しを少し検討しなくちゃね)


この〝気のせいか〟が、後にとんでもない事実を突きつけてくることに、この時のアドリアーヌは知る由もなかった。



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