絶許案件に対抗します(二)
ロベルトが合流すると、まずアドリアーヌは大きめの紙を広げ、ペンを片手にうーんと唸りながらもペンを走らせ始めた。
「どうするんだ?」
「まずは最終目標を決めないと」
何事も最終的な目標を設定し、そこに行くまでのプロセスを考えること。これは社会人生活で嫌というほど身につい
ている。
目標を明確にし、プロジェクトメンバーが同じ方向を向き、共に一致団結して臨まなくてはプロジェクトは成功しない。
「うーん、そうねぇ……」
そうしてアドリアーヌが書き込んだのはこの一言だった。
『完膚なきまでに叩き潰す』
それを見たクローディスたちは若干絶句したように感じたのだが気のせいかもしれない。
だが急遽作戦会議に呼ばれたロベルトだけは面白そうに口笛を鳴らしていた。
「いや……そうだけど……こう……文字にすると壮絶だな」
「はは。僕はなかなか豪快でいいと思うよ。お姫様のそういうところ、好きだよ」
「ふっ……やるからにはとことんやらなくちゃね。いい?皆様もこの目標に向かってどうすればよいのか、バンバン意見を出して行きましょう!ブレインストーミングですよ!」
「ぶれん……すと?なんだそれは?」
聞きなれない言葉にクローディスが首を傾げた。
確かにこの世界ではあまり聞きなじみのない言葉だろう。
ブレインストーミングとはアイディアだしの手法の一つだ。
とにかく思いついた考え・アイディアを出しまくる。
実現性がないことや突飛なアイディアでもいい。他の人が言ったことと重複しても構わない。
とにかくいろんな方向からアイディアを出して、創造性を膨らまし目的達成の方法を模索する目標達成手法の一つと言ってもいいだろう。
「というわけで、子爵の現状についてを話しつつ、どうしたら完膚なきまでに叩き潰せるかを考えていきましょう」
「なるほど……分かりました。では私の知っていることを述べつつ、意見を言いましょう」
こうして出たアイディアをまとめると二つの方向から攻めることにした。
一つ目、財産を根こそぎぶんどること
二つ目、貴族の称号をはく奪すること
まずは子爵の全財産をなくすために破産まで追い詰めるのがいいだろう。
それと子爵は伯爵の爵位を欲しがっているからその貴族という立場さえも剥奪してやる、というのが結論になった。
「とはいうものの、あんまり妙案が浮かばないなぁ。突飛な案と言われてもなぁ……そうだ!いっそのことムルム伯爵を破産させて子爵に取り立てを諦めさせるとかどうだ?」
「クローディス、なかなか面白い案ですね。意外性はありますね」
「お前にニコニコ言われてもな。無駄な案だとは分かってる」
クローディスとサイナスの話を受けて、アドリアーヌはブレインストーミングの大前提を説明したのち、それを紙に記した。
「ブレインストーミングではアイディアは否定してはダメなんです。その案も入れましょう!……リオネル様は、何かありますか?」
「私は……正直こういう頭を使うのは苦手だ。野営に出ていた方がまだ役に立つだろう」
「ふふふ、でもそういう方が意外にいい意見を言うんですよ」
「プレッシャーをかけないでくれ。できるなら伯爵がお持ちのハイネース山にでも籠りたい」
「ハイネース山……ですか?」
この国の土地勘に疎いアドリアーヌは首を傾げて確認した。
するとリオネルはアドリアーヌの後ろにあった本棚の一番上のところからひょいと地図を取って机に広げた。
「これが王都で、ここがハイネース山だ。この辺りは地図で見ると土地が広いが山もあって、人があまりいない土地だ。隠居するにはもってこいだ」
「土地……隠居……。あ、リオネル様。ムルム伯爵領って他にどこがあるんですか?」
「ん?こことかここら辺だな」
そういいながらリオネルが伯爵領を地図に書き込んだ。
「伯爵領って広いんですね。これだけ広いと詳細な税収とかって一般的には分からないですよね?」
「少なくとも私は把握してない」
「僕は税に関する仕事をしているのでそれなりに税収も分かっていますよ。でも詳細について理解している貴族の方が少ないでしょう」
「……ということは、サイナス様は各地の税収は把握しているんですね?」
「偽証がない限りは。ただ……例えば子爵の様に偽証する貴族は多いですからね。」
まぁ、どこの世界でも偽証して納税を免れている輩はいるということだ。
「なんか税収を誤魔化すなんて……不誠実で腹が立ちますね!」
ただでさえ国庫は赤字なのだ。
政務官も爪に灯をともすような努力をして経費の削減をしているという有様なのに……。
「まぁ、純粋なアドリアーヌ嬢には理解できないでしょうね」
「理解できなくて結構です。では続きをしましょう!」
「それより一旦休憩しない?お姫様も喉が渇いただろう?」
さすがに長時間話し合ったためにロベルトに指摘されて少々喉が渇いたことにアドリアーヌは気づいた。
「確かにそうね」
「よし、休憩にしよう」
「あぁ、そういえば、私、ローズヒップティを持ってきたんです。伯爵のところで見かけたので譲ってもらったんですよ!」
そういいながらアドリアーヌはお湯を用意してもらい、ハーブティーを入れ始めた。
(なんかなぁ……ちゃんと打開策、見つかるかしら。今のところは全然思い浮かばない……はっ!弱気になっちゃだめよ!)
プロジェクトで煮詰まったときに、この仕事が成功するか分からず言い知れぬ不安を感じたことがある。
今はその感覚に似ていた。
だが少しぼーっとしていたからだろう。
お湯があふれていることに気づかず、ロベルトに名前を呼ばれて我に返った。
「お姫様!お湯!お湯が!溢れてるよ」
「あ!ああああ!熱っ!」
「大丈夫?火傷したんじゃない?」
「あぁ、ありがとうロベルト」
ロベルトはアドリアーヌがかかったお湯を自分のハンカチで拭いてくれた。
そのハンカチの色合いがとても綺麗で思わず目が行ってしまった。
「ロベルトのハンカチ、素敵ね。絹……かしら?色合いが不思議に変化して綺麗だわ」
「あぁこれ。この間の夜会で情報収集で近づいたお貴族様からもらったのさ。なんでも希少品で出回らないものだけど、特別にとか言って。あ、もしお姫様が欲しいならあげるよ」
「いいわよ!そんな高級なもの受け取れないわ」
「あーあ。せっかくだからこの好意を受け取ってもらって、あわよくば俺にも心を許して欲しいなあなんて言う男心、察してくれるといいのに」
そういえば、この世界には身に着けている物を男性から女性に贈るのは、求愛に等しく、受け取ればそれは恋人になるということだと遅ればせながら気づいた。
「あ!そ、そういう!?」
「ロベルトお前!俺の許可なくこいつにそんなものやるな!」
「なんで殿下の許可を取らなくちゃならないんだい?」
「う……それは……」
「まぁまぁ、ロベルトもクローディスも、そろそろ話を戻しましょう」
「そうね」
サイナスの言葉に促されるように、アドリアーヌは手を叩いて再びブレインストーミングに話を戻した。
そうして幾つか案が出たのちに、その案を同じ分類にくくり、対応案を練ることにした。
ちなみにブレインストーミングの手法では出た案を、同じ傾向のものにくくり、対策を練るようなことをする。
「そうですね……まず、このグループの案はたいてい同じですね。子爵の経営する商会を倒産させるという感じですね」
サイナスがいくつかの案をまとめて言った。
「ということは事業の失敗には投資の失敗とその業界でものを売れなくする……ということになりますね」
「どちらを取るかだな。投資を失敗させるとして何に投資させるかが問題だ。対抗馬を用意するほうが簡単かもしれないな……」
「でも今から対抗馬となる会社を育てるには時間がかかりすぎるので難しいかもしれません」
考え込むサイナスとクローディスの言葉に対し、アドリアーヌは一つの方法を考えついた。
「ねぇ、ロベルト。子爵って木綿業界の勢力を伸ばしているのよね」
「うん、そう聞いている。木綿は必需品だから需要があるしね。なにより子爵のところは安価だから売り上げはうなぎのぼりだよ」
「ちなみに、子爵によって潰された商会はどのくらいあるの?」
「うーん……そうだなぁ」
そうしてロベルトが言った言葉はアドリアーヌが想像するよりも多く、また結構大手の商会も乗っ取られていることが分かった。
「なるほどねぇ……後は子爵のところの商品がなぜ安い値段なのかとか……その辺のからくりが分かれば何とかなるかもしれないわ」
「じゃあ、俺はそこんところを調べてあげるよ」
「ありがとう。よろしくね。あとは……そうねぇ、どれだけの資金があるかなんだけど。伯爵家も資産を整理すればそれなりに余力はあるのよね」
「……何を企んでいるんだ?」
怪訝そうな顔をして尋ねてきたのはクローディスであったが、その場の全員が同じことを思っていたであろう。
皆、アドリアーヌの言葉を待っているようであった。
「まだ成功できるか分からないんですけど、株式会社を作ろうと思って」
「株式会社?」
「うん、まぁなんていうか……出資を募ってみんなでお金を出し合って一つの会社を作るの。売り上げはその出資した人にそれぞれ出資比率によって還元する仕組みよ」
「ほう……面白い案だな。で、その株式会社を作ってどうするんだ?」
「この株式会社を子爵への対抗馬にするわ。潰された商会にはわずかでも出資してもらえば、さっきのロベルトの話では結構な金額になるし、事業成功の暁には配当金ももらえる。店主たちにも悪い話じゃないはず。それに大手の商会で財力に余力があるところもあるしね。……それとちょっとリオネル様に協力して欲しいんです」
「私が?」
突然話を振られてリオネルが驚きの声を上げた。
「はい。伯爵邸の皆さんを一時的にリオネル様がお世話してくれませんか?」
「その程度なら構わない。ちょうど別宅がある。そちらに住んでもらえれば快適に過ごしてもらえるだろう」
「ありがとうございます」
「だが、それとこの話になんの脈絡があるのだ?」
「伯爵の全財産を子爵に売り渡しますから」
この突飛な案に、今度はリオネルが目を見開いた。
そしてクローディスは飲んでいたお茶を吹き出した。
「いや……ちょっと待て。これは俺がそのブレインストーミングっていうので"いっそのこと伯爵を破産させて子爵に取り立てを諦めさせる"とか言ったからか?」
さすがに責任を感じたであろうクローディスが慌てて止めに入るのを、アドリアーヌはにっこりと笑っていった。
「そうですよ。クローディス殿下がおっしゃったことを参考にしたんです」
「参考に……した?ば、ばか!そんなの参考にするな!」
「あとはリオネル様がハイネース山のことを話題に出してくださったので、それを参考に案を考えました!」
「私が!?そんな……伯爵を無一文にさせるなど!」
「大丈夫です。ある意味一芝居ってところですから」
アドリアーヌの案はこうだった。
まずはムルム伯爵領の税収を整理する。サイナスが整理した結果、ムルム伯爵領の7割は税収の見込めない土地であった。
だからそれを子爵に譲渡するのだ。
幸い各地の税収については知られることがないというし、面積だけを見れば相当の価値がある様に見えるだろう。
「確かに一見するとかなりの財産が手に入る様に見えますね。そして残りの豊かな土地はムルム伯爵に残ると」
「はい、最低限の住めるだけの土地は確保させて欲しいとお願いします。もちろん屋敷は差し押さえでいいと言って、ムルム伯爵にはリオネル様の元に引っ越してもらうんです」
その話を聞いていたクローディスは混乱したように、もう一度確認してきた。
「ちょっと待て、話についていけない。まずは株式会社を作る。それを対抗馬として子爵の商会を潰す。それとムルム伯爵が大株主になることに意味があるのか?」
そうしてアドリアーヌは自分の考えを説明することにした。
もちろん机上の空論ではあるかもしれない。だが、アドリアーヌとしてもこれまで培ってきたコンサルの意地もあるし、市場を読む力は負けていない。
いつもの調子で滔々とプレゼンするアドリアーヌの話を聞いたとき、一瞬沈黙が訪れた。
だが、その静寂を破ったのはロベルトの大爆笑の声だった。
「あははは!やっぱりお姫様は一筋縄ではいかないってか……こう……大胆だよね」
「私は難しいことは分からない。だがアドリアーヌを信じる。お前ならできると思う」
ロベルトはともかくリオネルが一にも二にも文句を言わずに受け入れてくれたことが意外に思いつつ、そのリオネルの少ない表情筋から笑顔を読み取れて少し安堵した。
一方クローディスとサイナスは渋い顔をしている。
「いくらなんも無謀すぎじゃないか?上手くいけばラッキーくらいの可能性だぞ。それにこれからやる作業量を考えると……お前ひとりでは無理なはずだ」
「でも、現実問題として、皆国の要職についている以上、動き回るのはできないでしょ?」
「それは……くそ!手伝えないのが悔しい……」
言い放つクローディスの言葉をありがたく受け取る。
彼なりに心配してくれているのだろうが、その王太子という立場上は表立ってアドリアーヌに協力はできない。
サイナスもその様子を冷静な目で見ながら結局は頷いた。
「分かりました。やるだけやってみましょう。僕としても子爵は早めに叩いておきたい人物ですから」
これから行う子爵への攻撃について、実行はすべてアドリアーヌがやることになる。
やることは盛沢山だが、社畜魂を舐めてはいけない。
アイリス、商会のみんな、そしてムルム伯爵邸にいる使用人のみんな、伯爵にクリストファー。全員の命運がかかっている。
(絶対に成功してやる!)
そう強く思って、アドリアーヌは脳内で算段とシミュレーションをし始めたのだった。
ちょっと長くなりましたが区切りがよいので……




