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プロローグ


(あれって……もしや断罪イベントだった?)

アドリアーヌ・ミスカルドがそのことに気づいたのは、敵国メルナード王国でムルム伯爵邸のメイドになるべく移送されている時だった。


ガタガタと揺れる馬車の中。


何故このような事態に陥ったかを、思い出している時に不意に分かったのだ。


断罪イベントであると思われることの記憶をたどってみる。


あの日、ドンと後ろから突き飛ばされるようにして、アドリアーヌは群衆の前に突き出された。


思わず倒れこむと、好奇の目を向ける生徒たちに囲まれていることに気づく。


ひそひそと声を潜めてこちらを見やりながらささやく声が堂内に響き渡った。


そして告げられた。


「アンジェリカ・ラスター嬢への度重なる陰湿な行為。淑女たるものの行動にふさわしくない。ひいてはお前が私の婚約者であるのも恥である。よって、アドリアーヌ・ミスカルド。お前を学園から追放するとともに、婚約を破棄する」


そう冷たく告げたのはアドリアーヌの婚約者で第二王子ルベール・グランディアスである。


アドリアーヌは最初何が起こったのか分からなかった。


身に覚えはない……わけではない。


陰湿というよりも徹底的に無視をしていたのだが、第二王子の婚約者であるアドリアーヌの態度から、周囲もアンジェリカに対していじめらしきことをしていたことは知っていた。


それを周囲は全てアドリアーヌのせいにして、アドリアーヌはこの状況に置かれたのだ。


その後の対応はあっという間だった。


学園を追われただけで社交界から実質弾かれただけではなく、王子に甘かった国王はこのアドリアーヌの事件にたいそう立腹し、結果国外追放の身になってしまった。


意識を現在に戻す。


ガタガタと揺れる馬車の中。


先ほどまで森の中を走っていた馬車は現在、草原脇の街道を走っている。


移ろいゆく景色をぼうっと眺めていたアドリアーヌは、そのことに気づき小さく息をのんだ。


(え……ちょっと待って……私はアドリアーヌ・ミスガルド……なはずなのに。何、この記憶?)


確かにアドリアーヌとしての記憶を保持しているがもう一つの知らない自分の記憶が存在していることに混乱した。


不意によみがえったのはここではないどこか。


へとへとに疲れ切った生活。

毎日パソコンを眺めて資料を作成しては、取引先やら嫌な上司やらに頭を下げていた日々。


そんな自分の心の支えだったのは乙女ゲーム「悠久の時代の中で」というKOTEIのゲームだった。


主人公はアンジェリカ。セミロングに金髪のウェーブのかかった髪に大きな緑の瞳。それは学園で守られていたあの少女だと気づいた。


そして自分は……悪役令嬢アドリアーヌ。

水色のストレートの髪に少し吊り上がった青の瞳。


意地悪そうにしてアンジェリカをいじめている役どころだ。


(うそ……でしょ?確か攻略対象の王子は……)


思い出してまた驚愕する。


そう、攻略対象の王子もゲームと同じ名前であるルベール王太子。

先日までアドリアーヌの婚約者だった男だ。


それまで気づかなかったがあれはゲームにおける断罪イベントと全く同じだった。


(今頃気づいても遅すぎる……)


もっと早くに思い出していたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。


今更前世の記憶だの乙女ゲームだの思い出しても仕方がない。

敵国へ移送されている事実には変わりないのだ。


だが……と、アドリアーヌは思った。


(あ……でも、これって逆に考えれば自由に生きられるチャンスじゃない‼)


これまでアドリアーヌは厳しい両親の元、王太子妃へなるべく厳しい教育を受けてきた。


まぁ……すべてがパーフェクトという頭脳ではなく、苦手な科目もあったが王太子妃としては及第点だろうとは思う。


ただ何を置いても「未来の王太子妃が」と繰り返され、服を選ぶ自由さえないまま王太子妃になるという言葉で縛られて生きてきた。


好きにできることなどほとんどなく、まさに籠の中の鳥だった。


それが今や自由だ。


未来の王太子妃ではない自分となった今、何をしようと誰にも文句は言われない。


そう考えれば、逆にあの断罪イベントは良かったのかもしれない。


(ラッキーなことに、前世の記憶も取り戻したし、庶民として生きる力は十分よね)


逆転の発想だったが、この考えは案外良い案のような気がした。


今までの貴族のお姫様だったら到底耐えられない仕打ちでも自分の中身は二十一世紀のOLなのだ。社畜だったころを考えればタフさだけなら負けない自信がある。


ただやはり不安もあった。ムルム伯爵という男がどんな人物なのかもわからない。


たまたま父親の伝手をたどって巡り合った男で、今後下女として働かされるという最悪な環境も覚悟しなくてはならないだろう。


(……妾とか言われるよりはマシだけど……まぁ、考えても仕方ないか)


社会人生活でも不確定要素の中での仕事などいくらでもあった。


女というだけで上から目線の男や、自分の無能さを棚に上げて小さなことで叱責する上司、理不尽な言いがかりをつけられた仕事もあったし、責任を押し付けるだけ押し付けて自分は高みの見物の取引先などなど……。


そんな修羅場をくぐってきた自分なのだからそれなりにやっていけるだろう。


アドリアーヌはそう考えて、再び車窓に視線を戻した。


決して心地よい揺れではないものの、疲労のせいかアドリアーヌは眠りに落ちていった。


※   ※   ※


ゆさゆさと揺さぶられてアドリアーヌは意識を浮上させた。

自分が寝ていたことに気づいたのはその一テンポ遅れてだった。


「あ……寝てました?」

「だいぶぐっすりとな。まったく国外追放で移送されているのによく寝れる」


移送に同行していた監視の男が呆れたような顔をしていたが、男はすぐに背後からの声で気を引き締める表情になった。


「やぁ、良く来たね。君がアドリアーヌ嬢かい。私がシャレド・ムルムだよ。今日からよろしく頼むよ」


そう言って出迎えてくれたのは、七十近いと思われる老齢の男性だった。


背は男性としては標準的な高さで、しかし背筋はピンと伸びている。


スーツをピシッと着こなし、歳の割りに颯爽とした雰囲気を持っていた。


ムルム伯爵はそう言って表面上はアドリアーヌを歓迎してくれたが、その瞳には少し戸惑いがあるようにも感じられる。


それはそうだ。一応元公爵令嬢ではあるが、国外追放された身なのだから。


こちらも相手の思惑がよく分からないように、相手も自分のことが分からないに違いない。探り合いはお互い様だ。


だが、ここでは前世の記憶が有効だ。


人の第一印象は三秒で決まるらしい。メラビアンの法則では「視覚情報」が55%、「聴覚情報」が38%、「話の内容」が7%と言われる。


身だしなみは……清潔感はあるので良し。

姿勢も背筋を張り綺麗なので良し。

そして最後は喋り方だ。明るい声ではきはきと。

まずは敵意のないことを相手に告げるべきだろう。


「今日からお世話になります。アドリアーヌ・ミスカルドと申します。この度は敵国の者を受け入れてくださった温情について、お礼申し上げます。今後、どうぞよろしくお願いいたします」


しっかりとお礼を伝えた後に、ゆっくりと礼をする。

三秒ほど経ったら礼をした時よりも若干ゆっくりと顔を上げる。


(うん……ばっちり)


思わず名刺交換しようとポケットを探ろうとしたことはご愛敬だ。


そんなアドリアーヌを見て、ムルム伯爵は一瞬驚いたように目を見開いた。


何か変なことでも言っただろうか?と一瞬不安に思ったが、ムルム伯爵はまた笑顔を浮かべてくれたので、アドリアーヌは少し安心した。


「いやいや……こちらこそ今日からよろしく頼むね。さぁ、まずは屋敷に入ろう。あぁ……先に荷物を運ぶとしよう。……アレクセイ、荷物を運ぶように」

「かしこまりました。」


アレクセイと呼ばれた青年はムルム伯爵が命じるままにアドリアーヌの荷物を運ぼうと使用人に目配せした。


本来ならば当然の行為だと思うが、中身が二十一世紀OLの一般庶民になってしまったアドリアーヌはその行為に驚き、慌てて止めに入った。


「いえ!!大丈夫です!!荷物と言ってもこれだけですし、お手を煩わせるのも気が引けるといいますか……」

「え?しかし……」

「いいんです!大丈夫です!問題ありません!」

「はぁ……」


アレクセイはアドリアーヌの言葉を聞くと戸惑ったようにムルム伯爵に目をやった。


「ははは。君がそういうならいいだろうね。じゃあ、アレクセイ、部屋に通してあげなさい」

「かしこまりました」

「アドリアーヌ嬢。荷解きが終わったらお茶でも飲もうか」

「あ……ありがとうございます」


アレクセイは茶色の髪をオールバックにしてこざっぱりとした印象を受けた。


年は三十歳そこそこ。若いが流石伯爵家の使用人である風格があり、精錬された身のこなしだった。


こうしてアレクセイに続いてアドリアーヌも屋敷に足を踏み入れた。


部屋までの道すがら、アレクセイに案内された屋敷内は伯爵家にふさわしい大きな屋敷で慣れないと迷いそうだとは思った。


きょろきょろしながらアレクセイを追いかけながら行くとそこは客間なのではという所に通された。


「ここが今日からあなたの部屋です。何か不自由があったら仰ってください」

「ありがとうございます……。あのー」

「なんですか?」

「私、本当にここでいいんですか?」


屋敷の中を一通り案内してもらった後、アドリアーヌはこれから生活するであろう部屋に通された。


与えられた部屋は簡素なものだったが使用人部屋よりよっぽど待遇は良かったし、使用人として生活するものだと思っていたアドリアーヌとしては若干拍子抜けな対応だった。


むしろ、正直自分が前世で住んでいた1Kのアパート(マンションですらない)に比べたら遥かにマシな部屋だったのだ。


まぁそのアパートにさえ週一回帰れればマシ程度の激務をこなしていたのだが。


「メイドなのに過分な対応じゃないですか?私も使用人の一人として扱っていただいていいんですけど」


アレクセイはじっとアドリアーヌを見つめて五秒ほど黙っていた。


「理由は二つあります。一つ、貴女をメイドにするとは聞いておりません」

「え?」

「もう一つは……この屋敷に使用人用の余っている部屋が無いのです」


どういう意味だろうか?

まずは前者だ。メイドにするわけではないとはどういったことか。


国外追放されてメイドとして働くことになったと思っていたのだが……何か手違いがあったのだろうか?


だから使用人用の余っている部屋が無いというのか?


「あのー、私はメイドとしてこの屋敷に働きに来たのですし、もしご迷惑でなければ相部屋でもいいんですけど」

「生憎、当家では使用人と言えども個室を与えられています。貴女が寝る場所は無いのが正直なところです。また無礼を承知で言いますと、貴族のお嬢様がメイドの仕事などできるとは到底思えません。それならば、申し訳ありませんが部屋で大人しくしていただきたいです」


きっぱりと言い切られてしまい、アドリアーヌは呆気に取られた。

早々に戦力外通告をされてしまったのだ。


反論しようと口を開こうとするが、アレクセイはスチャっと時計を取り出して時間を確認するやいなやアドリアーヌの言い分も聞かないまま慌ただしく礼をして言った。


「そろそろディナーの準備時間ですので失礼します。その前にメイドを迎えに寄こしますのでご主人様とお茶を召し上がっていてください。では」

「えっ⁉あっ⁉アレクセイさん⁉」


アドリアーヌが止める間もなく、アレクセイは一陣の風のごとく颯爽と去ってしまった。


「えーと……。とりあえず……荷解きしようかな……」



誤字多いかもしれません…

がばがばご都合主義設定がありますが、ファンタジーということでご理解いただけると幸いです


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