何か企んでませんか?(三)
そうこうしているうちにニンジン入りのパンと、ニンジンのポタージュ(これは具材を削減するため)、ニンジンのグラッセとジャガイモと旬野菜のソテーにカモ肉の燻製ニンジンソース掛け……とニンジン尽くしのメニューが運び出される。
「えっと……本日は、ニンジン尽くしの料理にしてみました。どうでしょうか?」
「あぁ、とてもおいしい。ニンジンだけでこんなコースを作れるのはとても興味深い」
「それは良かったです」
「アドリアーヌの食事はどれもおいしいのです」
クリストファーの言葉を受けてムルム伯爵も頷きながら最後のカモ肉を口にした。
「クリストファーもこれでニンジン嫌いを克服したのだものな」
「はい!」
「と言うと……これを考案したのはアドリアーヌ嬢ですか?」
「え……えぇ」
苦笑しながらも事実なのでそう答える。
だが、その時これまで黙っていたリオネルがぼそりと低い声で言った。
「体に気を配れと言ったはずだ」
「えっ?」
「その右手。傷をつけているだろう。庇って食事をしているが……違うか?」
「違い……ません……」
先ほど下ごしらえをしている時に慌てて切ってしまったのだ。
小さな傷だったためそのままにしていたが、カトラリーを持っている時に少し庇っていたのだ。
それを目ざとく見つけるリオネルの観察眼は意外に鋭い。
「私は騎士だからな。そういうのが目に留まってしまう。怒っているわけではない」
「そうですか……気を付けますね!」
「と言うことは、これはアドリアーヌ嬢が作ったのですか?」
間に言葉を挟んだサイナスが感心したように目を見開いて驚いている。
その目に好奇心が浮かんでいるような気がするのには気づかないふりをした。
だいたいこのまま自分に興味を持たれると困る。穏便に別れて、二度と会わないようにしなければ。
攻略対象と関わって二度も断罪されるなどごめんだ。
穏便に平穏な生活をしたいだけなのだ。
だが……嫌な予感がする。
しかしサイナスの言葉には答えなくてはならないため無難な回答をしておく。
「はい……使用人の真似事と怒られてしまうかと思いますが……できる限りは協力しているつもりです」
「リオネルから聞いてますよ。賭けをして今では立派に仕事をこなすとか」
一瞬曲がりなりにも貴族の人間だったものが使用人に身をやつしていると嘲られるのではと思ったが、サイナスの言葉は本心のようだ。
「いえ、私などまだまだです。早く伯爵への恩に報いたいのですが……」
「賭けと言えば……あなたが作成した資料を拝見しましたよ。ずいぶん計算された文章でしたね」
まさかあのプレゼン資料がサイナスの手に渡っているとは思わず、食事をむせそうになり、アドリアーヌは動揺しつつも答えた。
「いえ……あのくらいならば皆さん作れますよ」
「それに巷では経営コンサルタントと言われているではないですか?あなたは能力が高いのですね」
「経営コンサルタント!?いえ……先ほども言いましたが小娘の戯言。経営コンサルタントなどおこがましいです」
これは本心だった。
前世ではシステムコンサルタント業もしていた。
SEと言っても企画などの部分に多く関わっており、その中で事業のどこが問題でシステム導入をすればどう改善できるか……などのアドバイザーもしていた。
その際に、例えば経理システムなどにも携わることもあり、決算書を読んだり改善ポイントが若干指摘できる程度だ。
経営コンサルタントなど言えるほどの知識はない。
「謙遜を。あぁ、僕からも一つ相談をいいですか?」
「私でお答えできるのであれば」
「最初に一つ言っておくと、あの資料からは伯爵家全体の経済状況は分からなかったので、ご安心ください。それで……可能な範囲でお答えしていただければですが、我が家の財政も少し引き締めたいと思っているのですよ。やはりあの資料にあったように食費の削減と家事改革……あたりですか?」
「そうですね……」
アドリアーヌは少し考える。
天下のガディネ家だ。食費の削減など必要ではないし、家事改革を行うほど使用人の人数が少ないと言うほどでもないだろう。
「ちなみに現時点で使用人の方々の給与はいかほどですか?」
「そうだね……」
そう言って思い出すようにサイナスが答えたが、それは以前アレクセイから聞いた一般的な給与と大して変わらない。
「それでは、その給与は使用人で一律ですか?」
「そうだと思うよ」
「使用人のリーダーなどは何でお決めになってますか?」
「やはり長く使えている人間にしているね。給与もそれで決めているし」
(ということは……年功序列になっている……か)
アドリアーヌは再び考えて提案した。
「そうですね……具体的に現場を見なくてはならないですが……宰相様のお家であるガディネ家ですから出費についてはそこまでの緊急性がないと思います。ただそれでも財政の引き締めはしたいというのであれば、ここは意識改革がいいかと」
「意識改革?」
「はい。もちろん当家の家事改革についても参考にされても問題ないですが、一番の問題はそこではないと思います。実力主義の導入です。聞けばリーダー以外の方の給与は一律。リーダーも年功序列でお決めになっているのですね」
「一般的にはそれが普通だと思うけど」
「そうかもしれませんが、それだと使用人たちの自立につながりません。一人ひとりが考えて仕事をこなすようにするのです」
同じ給与になるのであれば、最低限の仕事しかしたくなるのが人間である。
ましてやリーダーになるのは長く勤めるだけが手段なら、手を抜いて仕事をして、長く勤めるようにするしかない。
その中で我慢できないものはドロップアウトして、また新人が入り、仕事をせずに給与だけ漫然と払う。
せっかく仕事のノウハウなどがあってもそれが後輩に生かされないのだ。
「それで、少し階級を細かく多く作り、仕事の改善を行ったものには報酬を与える。そうして実力で上に行けると思えればもっと仕事に打ち込むでしょうし、改善に報酬を加えれば自発的に自分の仕事の問題点を見つけて改善していきます」
「なるほど……」
「自発的に改善していけば、生産性を向上しつつ、質も向上でき、ひいては財政についてもおのずと引き締まってくるかと」
「新しい視点だ。参考にさせていただこう」
「あ、ついでに言いますと、年間計画を立てるといいですよ」
「それは……年間計画とは財政についての……かな?」
「はい。年にどれだけの収入があり、支出がどのくらいか。一年の予定を立てて半年ごとに確認と修正をしていきます。これって、手間が取られる観点であまり行われていないかと思うのですが、本気で取り組みたいのであれば是非に」
「ふふふ……その時はあなたに頼みたいものだね」
冗談とも本気とも言えるサイナスの言葉に曖昧に頷いた。
一通りのプレゼンを終えたような安堵感と疲労感を感じつつ、最後のデザートで出されていたニンジンのケーキを食べて息をついた。
(まぁ突然ディナーになったりしたけど、サイナス様もいろんな意味で満足してくれたようだし、縁が切れればOKだわ)
この時、サイナスが内心ほくそ笑んでいるとも知らずに……。
「では、アドリアーヌ嬢。いいことを聞いたお礼に今度の我が家のパーティーにご招待しますよ」
意外な展開にアドリアーヌは絶句した。
「パーティー……ですか?」
「はい。ぜひ」
「でも……私はパートナーがいませんし……」
「それならば私が……しよう」
「!?」
突然のことで目を白黒させてしまう。
まさかのサイナスのお招きとリオネルの爆弾発言に頭がついていかない。
「でも……お恥ずかしいことですが、パーティーに着ていくようなドレスはありませんもの。無理ですわ」
「それはこちらで準備します。お好きなものをお好きなだけ用意してください」
「いや……でも……そこまでしてもらうのは……」
「いい話を聞いたお礼です。あぁ、では私たちもそろそろお暇しましょう」
有無を言わせないよう言い残してサイナス達は屋敷を去っていった。
ところどころに見せた好奇心ともいえるサイナスの表情を思い出してアドリアーヌは内心叫んでしまう。
先ほどの質問は、コンサルと噂された自分の力量を図るためだったのだと気づいた時にはもう遅い。
(何てこと……これって……またサイナス様と顔を合わせることになる……わよね……⁉)
縁が切れると思いきや、絶対に興味を持たれてしまった。
十中八九先ほどのプレゼンのせいだろう。
(あぁ……失敗した……かも……)
伯爵も見送りにエントランスに向かい、残されたのはアドリアーヌの悲惨な思いだけだった。




