関わりたくないんですけど!(二)
一瞬状況がつかめずロベルトをじっと見つめてしまう。
大体なぜ彼がここにいるのか理解できず固まってしまった。そしてはっと気づいたアドリアーヌはそれについて質問した。
なぜならロベルトに自分は名乗っていないし、どこの誰かも分からないはずなのだ。
「な……何であなたがここにいるの?!」
「それは、お姫様に会いたくてだよ」
「誤魔化さないで、私あなたに名前も教えてないのよ?なのに……どうやって?」
「だって、簡単な推理だよ」
「推理?」
ロベルトは楽しそうに話し始めた。
まるでアドリアーヌの反応を面白がっているようだ。
「だって君、貴族のお姫様でしょ?何でメイドみたいなことをしてるかは分からないけど、立ち振る舞いとかが街のお姫様方とは違う。洗練されてるって感じかな?」
「立ち振る舞い……」
確かに公爵令嬢だったこともあって、自然とそれが出ていたのかもしれない。
だからって自分がムルム伯爵の人間であるとは一足飛びで分かるはずもない。この地方にいる貴族なんてここだけではないはずだ。
「その中で街のことがよく分からないって感じだからこの辺の貴族の屋敷で新しく来た人かなぁって。これでも街の情報には通じててさ、そこまで絞り込めたら君を探すのは簡単だったよ」
「はぁ……それはそれは……」
確かに推理力は凄いし、ここに辿り着くロベルトの情報網も侮れない。
だが、なんとなくストーキングされたようで不気味だし、しかもそれが二度と会いたくない人間であったなら不信感も猶更だ。
そんなアドリアーヌの気持ちとは裏腹に、ロベルトは悪戯が成功した子供のような笑顔を見せたのち、足元に置いた木箱を指さした。
「ほら、君が野菜の苗欲しがってたでしょ?」
「‼」
そこには野菜の苗がいくつか入っていた。
ぎざぎざの葉っぱが少したわんでいるのはトマトだろう。
逆三角形のような葉の苗木はきゅうり、茎が紫の苗はきっとナスだ。
「夏野菜じゃない!まだ時期は早いでしょ?どうしたの?」
「それは企業秘密。まぁ、僕の情報網を甘く見ないでほしいって感じかな?」
確かに少し夏野菜の苗を植えるには早い時期だが、そもそもこの苗を手に入れること自体難しい。
それを成し遂げる情報網……。アドリアーヌの所在を突き止めたことといい、彼の交友関係と思われる情報網は怖いものだ。
「まだ小さいけど気温に気を付ければ多分育つんじゃないかな?」
「ありがとう。まさか本当にもらえるとは思えなかったからすっごく嬉しい!」
「喜んでもらえて良かったよ」
(これで夏野菜の分の食費はマシになるわ……)
ある意味感無量で、小躍りしたい気持ちで思わず笑みがこぼれてしまう。
そんな様子を見ていたロベルトの視線を感じ、アドリアーヌは気づいた。
「そうだ!お代!……ちょっと、今は持ち合わせがないというか……」
時期外れの野菜の苗だ。下手をしたら野菜を買うよりも高いかもしれない。
もらったものを突き返すのも悪いし、かと言ってタダでくれるとも思えない。
「と言うか、高価なものだろうし買えないわ……」
「ぷっ……苗が高価だってどうして思うんだい?」
「季節外れのものだもの。そりゃ夏野菜があれば食費は浮くけど……苗のほうが高かったら本末転倒だもの……って、あ!」
生きのいい苗を見つつ思わずぼやいてから、苗を欲した真意を漏らしていたことに気づき、アドリアーヌは慌てて否定しようとした。
お金がないなんて話はムルム伯爵の沽券に関わる。
だからこそアドリアーヌにも内緒で豪勢なものを食べさせようとしていたはずだ。
「そっかぁ……お金……ねぇ。貴族のお姫様の趣味ならば苗なんて簡単に手に入るよね……?」
「まぁ、事情があるのよ。で、お代はいくら?出世払いにしてもらえるとありがたいのだけど」
「お金はいらないよ。言っただろう?女の子の喜ぶ顔が見たいって。でもどうしてもって言うなら……何をくれるかい?例えばデート……でもいいんだけどな」
「いやぁ……それはちょっと……」
(デート……デートかぁ)
ロベルトの顔をじっと見つめる。
ロベルトはにやにやとアドリアーヌの同意の言葉を待っているようだった。
女性と遊ぶのが趣味みたいなロベルトと一緒にいたら女の子に刺されそうだし、何より何とも思っていない男性とのデートなんて時間の無駄でしかない。
しかも相手は「悠久の時代の中で 続編」の攻略対象なのだ。下手に関わったらバッドエンドに突入するかもしれない。
なるべく関わりたくないのが正直なところだ。
「デートはできないけど、ちゃんとお代に見合ったものは差し出すわ」
「へぇ、それは何だい?」
「貴方のお花の売り上げを現在の三倍にしてあげるわ」
その言葉にロベルトはきょとんとしたのち、盛大に笑った。
「……は……ははははは!お姫様、本当面白いね!そうきたか!」
アドリアーヌとしては本気で提案したのだが、馬鹿にされたように少々むっとした。
だがそれすらもロベルトのツボに入り、今度はまなじりに涙を浮かべている。
「はぁ……久しぶりに笑ったよ。うん、やっぱりお姫様は面白いね」
「本気で言っているのに……」
「うん、分かってるよ。じゃあ、それをお代にしてもらおうかな」
「計画書は追って作るわね。今はリオネル様の対応で忙しいから……」
「リオネル様?あぁ、王太子様付きの近衛兵の騎士様か」
「知っているの?」
「まぁ、ね」
きっとロベルトの情報網の延長にあるのかもしれないが、あまり詳しくは知りたいとも思わない。
と言うかリオネルとも関わりたくない。この賭けが終わったらすっぱりと縁が切れるのだ。
それより……とロベルトの言葉に一瞬冷や汗が流れた。聞き間違えだろうか?
「あのね……リオネル様って王太子様付きなの?」
「うん、王太子様のお気に入りで異例の出世を遂げた人物だよ」
「えええええ!」
これは……下手をすると攻略対象の王太子ともエンカウントする可能性があるのでは?
一瞬そんな考えが浮かぶ。まぁ可能性は限りなく低いが、やはりリオネルとは距離を置こう。
それよりも今はロベルトだ。計画書もさっさと作って縁を切ってしまおう。
「じゃあ、また来るね!」
「あ……うん」
ロベルトはそう言って軽やかな足取りで帰っていった。
その後、ロベルトと会話しているのを遠目で見ていたマーガレットに、興味津々に関係をさんざんしつこく聞かれる羽目になった。
マーガレットは「あぁ、私もあんな素敵な人と、出会いたいわぁ。声をかけてもらえるだけで腰砕けになりそう。こうしてラブロマンスは生まれるのね」とか夢見がちなことを言うので、アドリアーヌは思い切り冷ややかな目で見てしまったのだった。




