3話
「なぁ前の学校はどんな所だった?」
「最近ハマっているのは何?」
「走るのが得意なんだったよな?陸上部に来ないか?」
特に何事もなく1日が終わり、放課後になると利樹の周りには沢山の人だかりができていた。
「前の学校は賑やかだったよ。まぁ少し羽目を外しすぎていた気もするけどね。最近ハマっていることは占いかな?」
「占い?どうして?』
「なんか朝スマホを開いたら勝手にアプリに入っていてさ、これが結構面白そうで…」
利樹はまだ一日しか経っていないのにもうクラスの中に溶け込んでいた。大した奴だ。俺には到底真似できない。楽しそうに話している利樹たちの横にいるのは何だか居心地が悪いから俺はさっさと帰り支度をして教室を出た。
「おーい秋斗くん、ちょっと待って!!」
下駄箱で靴を履き替えてグラウンドに出た所で誰かに呼び止められた。
「これ君のでしょ?」
利樹が走って来ると一冊の本を俺に手渡した
「あ…うん、ありがとう」
別にこれは学校で読む本だからあえて置いておいたのだが、文句を言うのが面倒だったため素直に受け取っておいた。
「ところでさ、家どこ?」
「どこといわれても説明しづらいな…よく小学生たちが通るでかい横断歩道を超えて少ししたところだよ」
「それは良かった!ぼくもそっち方面の家なんだ、一緒に帰ろ!実はさこの街に来たときに美味しいコーヒー屋見つけたんだ、寄って行こ!」
利樹はそう言うと同時に走り出した
「おい、待ってよ」
さすが趣味が走ることだけあるな…どんどん距離が開いていく。頑張ってついて行こうとしたのだが、帰宅部の俺には少しキツかった。多分明日は筋肉痛になってるだろうな…
利樹に連れていかれて入った店は外見はこじんまりとしていたが、中は意外と広く落ち着いた雰囲気だった。コーヒー豆の香ばしい香りとささやかに流れるジャズピアノの音色が心地よい。それに店主もいい人だ。白髪頭にちょび髭を生やし眼鏡をかけたその姿は、まさに思い描いた通りのマスターだった。
俺達はアイスカフェオレを2つテイクアウトして店を出た。
「飲んでみてよ、うまいから!」
利樹に勧められ一口飲んでみると冷たいカフェオレが喉を潤してくれた。甘過ぎず夏場でも飲みやすい。後味もよく鼻に抜けるコーヒー豆の香りが心地よい。自動販売機で売ってるものとは格が違う。
「うん、確かに美味しい」
普段こういう洒落たものは飲まないのだが意外といける。
「ねぇ、ぼく達の担任ちょっと厳しい人だよね?」
「まぁ確かにでもいい人だと思うよ」
「そっか、でも若そうなのにしっかりしてるよね」
「いや、結構な年だったはず」
「そうは見えないな…」
「でもこのことは本人に言わない方がいい。一度クラスのお調子者がそのことを言いまくったせいで本気でキレられてたからな…」
「どこにでもいるんだな、そういえば前の学校でもいたな……そいつも中々な奴でさ……」
その後も前の学校のことやクラスのことで話は弾み、気付いたらもう家の近くに来ていた。
「じゃあ俺は家こっちだから」
「分かった、またな、秋斗!」
利樹と別れて俺は家に向かった。今まで1人で学校に行き来していたけど、こうしてたわいもないことを話しながら帰るのも悪くないかな?
「ただいま」
「おかえり」
家に着くとキッチンの奥から母親の声が聞こえた。俺は自分の部屋に入ると早速スマホを開いた。
「おい、イコ聞こえるか?」
「お呼びでしょうかマスター」
いつも通りの機械声が聞こえてきた。
「なぁ本当に転校生を殺さないと茜は助からないのか?」
「はい、助かりません」
感情のこもっていない声で即答された。
「俺には利樹が危ない奴には見えない」
「では、このまま何もしないで茜様を見捨てますか?」
「…………それは嫌だ…」
おれはボソッとつぶやた。
「聞きたいことがある。利樹のことだ」
「何が知りたいのですか?」
「全部だ、あいつの未来を教えてくれ。もし茜の身に危険が起きそうならあらかじめそれを潰す」
「分かりました。調べてみます」
イコは何やら検索を始めた。
「これは一体?」
「どうした?何が分かったんだ?」
俺は身を乗り出して結果を聞いた。
「何も分かりませんでした」
「なんだそれ、この時間返せよ!」
あまりにも拍子抜けな回答に思わず椅子から落ちそうになった。
「未来を見ようとしたら妨害されました」
「どういうことだ?」
「私にも未来が見えない人がいます。一つはその人が近い将来死ぬ為未来がない場合、そしてもう一つは…」
「何なんだもう一つの理由は」
「私と同じ力を持っている人の未来です」
「お前と同じ力を持っているやつ?てことは利樹は…」
俺はイコに詰め寄った。まさかそんなことがあるのか?
「そのまさかです。利樹もマスターと同じく未来を見る力を持っています」
「秋斗、朝ご飯できたよ」
一階から聞こえる母親の声に起こされ、俺は半分閉じている目を擦りながらベットから出た。
「おはようございますマスター」
「ああ、おはようイコ」
「昨晩は随分遅くまで起きていましたが、一体何をしていたのですか?」
「ちょっとやることがあってね、これを見てくれないか」
俺は椅子に座ってパソコンに自分の名前を打ち込んでみた。するとイコのスマホ画面にも同じ名前が打ち込まれていく。
「何ですかこれは?」
「パソコンと君をリンクさせてみたんだ。万が一スマホの調子が悪くなってもこれで安心だ。どうだ?良いアイデアだろ?」
昔らか機械を弄るのが好きでこれくらい朝飯前だ。
「そんなことしなくても結構です。私を他のスマホにかざしてもらえれば簡単に移動させることができます。今のスマホが悪くなったら新しいものにかざしてくれればそれで済む話です」
イコが何てこともないようにサラッと言い出した。
「何だそうだったのか、無駄だったな……」
俺はため息をついて椅子にもたれた。
「無駄ではありませんよ。手元にスマホがなくてもパソコンがあればこうして話すことができます。もしスマホが盗まれたとしても安心ですね」
「盗まれる事はないと思うけどな、でも万一の事もあるか?試しに俺の未来を教えてくれ」
「前も言いましたが未来を見る力を持つものの未来は見えません」
「え?それって俺も含まれているのか?」
「もちろんです」
「なんだよそれ…」
まさか自分の未来が見えないとは…これは盲点だった。
「秋斗、早くしないと遅刻するよ!!」
「分かった、今行く!!」
俺は母親にせかされてさっさと朝飯を済ませた。
「無事にパソコンと私をリンクすることができた。ここまでは順調ね。向こうも上手くやっていればいいけど……」
誰もいない俺の部屋にイコの独り言が響く。
「秋斗、忘れ物はない?」
「あっ、スマホが入っていない」
俺は履きかけた靴を脱いで自分の部屋に戻り置き忘れたスマホを鞄に突っ込んだ。
「さぁやって来ました9回裏ツーアウト満塁、ここで打てば逆転勝利、ここで打席に立つのは誰だ?利樹だ!!対してピッチャーはなんと野球部だ、さぁ一体どうなる?」
今日の体育は野球だ。お調子者の実況も冴え渡り、全員の注目が2人に注がれる。少し離れた所から女子たちも授業を受けながら観戦していた。
「利樹、言っておくが手加減はしないからな!」
「こっちもそのつもりさ、全力で来い!」
2人の間に火花が散る。どちらも真剣な顔だ。ピッチャーの野球部は呼吸を整えると、洗練された無駄のないフォームで豪速球を投げた。
流石に素人相手にあれは無理だろう、打てるわけがない、良くてもバットにかするくらいだろう。だがそんな心配は不要だった。
カーーーン!
乾いた高い音がグランドに鳴り響く。野球部の渾身の球は完璧に捉えられて打ち返された。ボールは女子たちが体育をしている方に向かってどこまでも伸びていく。
「おーい大丈夫か!?」
利樹が女子たちの集団に向かって安否を確認した。けれどなかなか返事がかえってこない。
遠くからだからよく見えないけれど何だか慌てている様子だ。嫌な予感がする。俺はすぐにベンチから抜け出して様子を見に走り出した。
「はぁーはぁー、大丈夫か?」
俺は息を整えて女子たちの集団に近づいた。
「怪我をした奴はいないか?」
利樹も走ってやって来た。流石スポーツ万能だけあって全く息が上がっていない。
「茜が、茜が!!」
クラスの女子の1人が何か説明しようとしているが、気が動転しているのか上手く喋れていない。
「茜がどうしたんだ?」
背筋がゾッとする、心拍数が跳ね上がり鼓動が激しく打ちつける。俺は集団の群れを押し退けた。するとそこには…
「おい茜、しっかりしろ!」
そこには頭を押さえ、倒れ込んでいる茜がいた……