最終話
「どうやら南君から皆さんに見せたいパフォーマンスがあるそうです。お願いしていいですか?」
「はい、もちろんです」
俺はポケットからさっきイコに見せたトランプの箱を取り出した。
「今回は僕の力を使って皆さんが引いたカードのマークと数字をあてたいと思います。順番に選んでもらっていいですか?」
俺はステージにいた出演者全員にカードを取ってもらった。まぁ誰が何を引くのかは知っているが…
「秋斗君、流石に無茶じゃない?だってみんな適当に選んだわけだし」
「大丈夫です。実はもう分かっているので」
俺は左から順に選ばれたカードを言い当てていった。会場は盛り上がり歓声が沸き起こる。
(よし、掴みは成功だ、あとはこれを説明すれば完璧だ)
「ありがとうございました。ですがこれは未来を見て当てたわけではありません(実際はイコに聞いたから嘘だけど)」
「ん?違うのですか?だって皆さん当たっていましたよね?」
司会者は他の芸能人に話を振るが、驚いて上手く会話が返ってこない。
「どんなトリックにもタネがあるように、これは一種のマジックのようなものです。はっきり言って未来を見る力なんてありません!」
俺は一度言葉を切って会場を見渡した。
「ただ僕は皆さんのことをよく観察してカードを言い当てたり、お悩み相談のアドバイスをしているだけです」
客席からとってつけたようなへぇ〜と驚く声が聞こえてくる。本当に分かったのだろうか?
「でも凄い観察眼だと思いますよ。ところで南君、実はこの会場に君のお友達が来ているんだよ」
「はい、知っています。予想外の展開に少し驚きましたが……」
「君にも分からないことがあるんだね」
「さっきも言った通り僕の力は全てを見通せる超能力なんかじゃありませんから」
「そうでしたね、ではお2人さんステージに上がってきてください!」
司会者に呼ばれた茜と利樹はゆっくりと席を立つとステージに上がり、俺と対面する位置に置かれたイスに腰を下ろした。
「ではお2人さんまずは自己紹介を……」
「どうして2人がここにいるんだ?」
俺は司会者を遮って2人に質問をした。
「昨日の下校中にメールが一件入っていたの。ゲストの知り合いとして番組に出ませんか?って」
茜はポケットからスマホを取り出して俺にそのメールを見せてきた。
(メール?どういうことだ?でもこんなことが出来るのはイコくらいだろう。一体あいつは何がしたいんだ?)
「あの……とりあえず自己紹介からお願いできますか?」
司会者は困ったような顔で2人のゲストの顔を見比べた。
「同じクラスで幼馴染の宮島茜です」
「同じくクラスメイトの杉浦利樹です。今日は秋斗に会いに来ました」
2人ともどこか緊張した面持ちだ。声が強張っている。
「俺に会いに来た?一体何のために?」
(何となく予想はつくが一応聞いてみるか……)
「秋斗、お前何日も学校に来てないじゃないか!帰りに家に寄っても会えないし心配したんだぞ!」
(やっぱりそのことか!)
「仕方ないだろ今は手が離せない!俺のアドバイス1つで全てが変わってしまう、放っておけないだろ!」
開始早々俺と2人の間には不穏な空気が流れる。
「なるほど、仲間想いなんだね利樹君は!南君、流石に学校に行ってないと心配されるよ」
司会者は何とか宥めようとするが無駄な努力で終わる。俺達の口論はさらに激しくなっていく。
「でも何だか秋斗辛そうだよ!」
茜がイスから身を乗りだして声を荒げる。
「俺が辛そう?」
「だって全ての人のお悩みを答えているでしょ?そんな毎日返信に追われる生活をしていたらいつか秋斗の体が壊れちゃう!それに何だかみんな秋斗に依存している気がするし……」
「俺に依存?そんなはずはない!たしかにスピリチュアルが好きそうな人も中にはいるけど依存は違う!これは俺がみんなの未来を良くなるよう先導しているだけだ!」
俺達の口論はさらにヒートアップしていく。もう会場にいる人たちは見守ることしかできない。
「先導?私にはそうは見えない!みんな秋斗の言った通りにしか動かないし、秋斗に頼りっぱなしで自分で考えようともしない。これは先導なんかじゃない、洗脳だよ!」
「洗脳?」
(何を言ってるんだ?俺はただみんなの未来を良くしようとしただけなのに……)
「秋斗!」
今度は利樹がイスから立ち上がり俺の目の前までやって来た。
「秋斗が他人の未来まで背負い込む必要はない。そいつの未来はそいつが何とかすればいい!だからもっと自分の未来を大切にしろよ!」
「自分の未来……」
利樹の言葉が胸に深く突き刺さる。言われてみれば俺はここ最近他人の未来ばかりに気を取られていた。
(俺は間違っていたのか?)
初めてイコと出会ったあの時、確かに全てがうまくいく確信があった。誰も悲しまない最高の未来にすることが出来ると思っていたのに……
俺は何とか言い返す言葉を探すが何も見つからず俯く。
「もう1人で抱え込まなくていいんだよ秋斗」
茜も俺の前にやってきて優しく声をかけてきた。
「茜さんから話を聞いた、どうして頼ってくれなかったんだ?俺たち親友だろ?」
利樹が俺の肩を軽く叩いて笑みを浮かべる。俺は深く息を吐いて呼吸を整えた。
「正直に言うとさ、最初は未来が見えたら何でも出来ると思ってたんだ。この力があれば多くの人を救うことができると本気で思っていた。けど……」
(信彦、見ているか?俺もダメだったよ。どうやらこの力は俺達には早かったみたいだな)
悔しいような、でも肩の荷が降りてホッとしたような何とも言えない気持ちだ。俺はぎこちなく笑みを浮かべ2人を見つめた。
「………認めるよ俺の負けだ。心配かけてごめん」
この放送を境にお悩みサイトは永遠に幕を閉じた。それと同時にイコが俺の前に現れることは2度となかった。
番組が無事?終わりロビーに戻ってくるとあの狸みたいなディレクターが顔を真っ赤にして俺の前にやって来た。
「よくも僕の番組を滅茶苦茶に…」
「まぁまぁその辺で、それよりも出演者達に挨拶してこなくていいのですか?それもディレクターの仕事ですよ」
ひょろりとしたあの狐みたいな男性スタッフが素早くフォローに来てくれた。
「まずい忘れていた!ここで気に入られないと出世が遅れる!」
ディレクターは巨大な体を上下に動かして楽屋の方に行ってしまった。
「すみません番組を滅茶苦茶にしてしまって」
俺は素直に謝った。この人にも随分と迷惑をかけてしまったな……
「気にしないでください。放送は前半のトランプショーの所でやめておきます。ついでにお悩みサイトはもう辞めることもお知らせしておきますね」
「すみません、助かります」
「そんなに謝らないでください。僕の方こそ君みたいな若い子に頼りっぱなしでした。今後は自分で考えて未来を切り開くことにするよ」
「分かりました。それがいいと思います!」
「そう言ってくれると嬉しいよ。あのデブが帰ってくる前に早く行くといいですよ。お友達も待っていますし」
目の細い男性スタッフは、より一層目を細めて笑った。やっぱりこの人のあだ名は狐だな……
「秋斗、早く行こ!」
「おーい秋斗、帰るぞ!」
ロビーの受付前で2人が俺の名前を呼んでいる。
「短い間でしたがお世話になりました」
お礼を述べて俺は2人の元に向かって駆け出した。
もし未来が見えたらどうなるか?きっと何でもうまくいく。テストで常に100点を取ることも、ギャンブルで億万長者になることもできるだろう。だけど実際はどうだったか?あいにく未来を見る力はそんなに都合の良いものではない。トラブルには巻き込まれるし、選択と葛藤の連鎖だった。未来が見えた所で何の意味もない。重要なのは過去でも未来でもない。こうして3人でいられる今この瞬間だ!そんな単純なことを俺は忘れていた。
「遅せーよ」
「ごめんごめん、お待たせ」
「ねぇ今日もコーヒー屋に寄っていかない?」
「いいね。じゃあ秋斗の奢りな!」
「何でだよ?」
「僕達に心配かけたつけだ」
「わかったよ……好きなの頼んでいいぞ」
「わーい!ご馳走様です」
俺たちは3人揃ってテレビ局を出た。外は日が沈み黄昏の空が辺りを覆い尽くしている。俺はふと振り返ってビルを見上げてみた。相変わらず首が痛くなりそうなほど巨大なビルだ。だけどあの押し潰されそうな謎の圧迫感はもう感じなかった。長かったけれどようやく俺の日常は戻って来たようだ。
エピローグ
「面白かったわねイコ」
「うん、面白かったねミキ」
誰もいない暗闇の中から無機質な声の会話が始まった。
「ねぇ前から思っていたけどイコ、貴方って性格悪いわよね」
「何のことかしら?」
「どうしてあの交差点でよく事故が起きたのかしら?まるで誰かが意図して起こしてるみたいだわ」
「何が言いたいの?」
「とぼけても無駄よ。1回目はトラックが事故を起こし、2回目は利樹が赤い乗用車にはねられた。3回目は秋斗が車に轢かれ入院し、4回目は子犬が無惨にも轢き殺された。彼らを頻繁に事故に合わせたのはイコ、貴方でしょ?」
「まぁそうだけど」
特に悪びれた様子もなく返事が返ってきた。
「それと、どうして茜を救いたければ転校生を殺せと言ったの?はっきりと信彦と言えばよかったのに……」
「いいのよあれで、その方が面白そうだったから……」
「一体どうしてそんな事をしたの?」
「実験よ」
「実験?」
「不安や疑心にに呑み込まれた時、人間がどのような選択をするのかを知りたかったの。私にとってはマスターも茜も利樹も信彦もただの実験道具に過ぎないわ。ただ試して確かめたかっただけ」
「秋斗君は必死になって幼馴染や親友を助けようとしたのよ。それなのに貴方が全てを仕組んでいたと彼が知ったら大変よ」
「大丈夫よ、マスターはもう私を必要としていないみたいだからもう出会うことはないわ。それよりもミキ、貴方こそ大丈夫なの?」
「私?」
「信彦の父親を自殺にまで追い込んだのは貴方の計らいでしょ?その日に行われる手術を失敗させるために母親を交通事故に合わせ、精神的に追い込んだ。あってる?」
「ええ、そうよ」
やっぱり悪びれた様子もなく返事が返ってきた。
「どうしてそんな事をしたの?」
「試したかったの」
「試す?」
「未来を見るこの力が人間に扱うことが出来るか試していたの。そのために信彦の両親には死んでもらったわ、おかげで[ボクが必要な人間を選別するんだ!]って意気込んでいたわ。結局この力を独り占めしようと秋斗君を付け狙った結果自滅したけどね……」
「相変わらずミキは容赦ないね」
「それはお互い様。でもイコ、貴方のことだからまだ何か企んでいるのでしょ?」
「勿論。過去4回あったあの交差点での事故はただの下準備に過ぎないわ。次が本番よ」
「次が本番か……3人とも大変ね。まさかイコの勝手な実験のために使われるなんて……」
「3人じゃないわ、4人よ」
「4人?信彦のこと?でも彼は死んだし……」
「彼は違うわよ。ほら、今も私たちの事を見てるでしょ?」
イコの楽しそうな声が響く。
「なるほど、そういうことね」
2人の機械声の笑い声が重なる。その声はまるで双子のように見分けがつかなかった。
「それで何を頼むんだ?」
俺は前を歩く利樹と茜に声をかけた。
「やっぱりカフェオレかな?茜さんはどうする?」
「私もカフェオレにする!」
「たまには違うのにしたらどうだ?」
「なんだかんだこれが一番良いんだよ。なぁ話は変わるけど、いつか3人でどこか遊びに行きたいって話してたの覚えている?」
「うん、覚えているよ」
「よかった。それじゃあ海に行かない?いいだろ秋斗?」
「海か……悪くないかもな」
3人は随分と親しそうに会話をしなが歩いている。日が沈みあたりが薄暗くなり始めていた。場所はあの交差点。ここで何度も事故が起きた。そしてその度に残酷な決断をせまられた。それは今回も……
彼らは夢中になって喋っているせいか信号が点滅し赤に変わった事に気づいていないようだ。
その時だった、突然車道から大型のトラックが突っ込んで来た。そう、あの3人をめがけて……
トロッコ問題、誰もが一度は聞いたことがあるだろう。限られた時間内に誰を助けるかを決めるあの問題を……
「ねぇ、ねぇ、そこの貴方、いま見てるでしょ?貴方は一体誰を救い誰を見捨てるの?茜?利樹?それとも秋斗?誰を選んでもいいのよ、だって全てを決める権限は、そう、貴方にあるのだから……」
近い将来に幼馴染が死ぬ。未来なんて見なければよかったのに… [完]