20話
私には神様みたいな人がいる。この人の言う通りにしていれば何でもうまくいく。
「おい、この書類を片付けてくれ」
オフィスで作業をしていたらまた上司が無茶振りをしてきた。今日は帰ってからやることがあるのに……でもこうなることは分かっていた。あの人が教えてくれたから。
「それの書類ならもうできてます。それではこれで失礼します」
私は机から書類を取り出すと上司に渡しオフィスを後にした。
「はぁ……緊張するな……」
僕はもう一度鏡の前に立ってネクタイを締め直した。これからの交渉のことを考えると不安になる。でも……
「あの人の言ったことを守ればきっとうまくいく」
僕はもう一度鏡の中の自分を見つめ乱れていた前髪を直した。
「マスター、もう一週間も学校に行かれてませんね。茜様や利樹様が心配しますよ」
「うるさいな……前言っただろ、信彦が救えたはずの人の分まで俺が助けるって。今いい所なんだ。この人たちの未来をうまく先導できたら後に多くの人を助けられるんだ!」
俺はイコの警告を無視して返信を続けた。以前作ったお悩みサイトは口コミで広がっていき、今ではフォロワー数が軽く10万人を超えていた。それに毎月新規の介入がある。確実にイコの力は世間に影響を与え始めた。
「またお悩み相談が入っているな……えっと内容は……今日の服装について?……またこの手の質問か」
最近俺の所に日常のありとあらゆることを聞く人が増えてきた。なんかこれじゃあ危ない宗教団体みたいだな……
「マスター、だいぶフォロワー数も増えてきたことですし。次のステップに行きませんか?」
「次のステップ?なんだそれは?」
「こちらをご覧ください」
イコはそういうとパソコン画面にとある記事を出した。
「近日巷で有名な人を紹介するテレビ番組が行われるそうです。これに出てみるのはいかがでしょうか?」
「テレビか……今の時代テレビはもう古い気がするけど……」
「そんなことはありませんよ。フォロワーの中にはマスターの声や姿を見たい人がいるはずです」
「なるほどね……悪くないな。ついでに誤解を解けるかもしれないし」
「誤解?」
「フォロワーの中には俺のことをなんでも見通せる神と勘違いしている奴らがいる。変な宗教団体と思われるのは嫌だからその辺をはっきりさせようと思う」
「何か考えがあるのですか?」
「これから考える」
俺は机に肘をついてテレビ放送のシュミレーションをしてみた。
「それでは私はマスターがこの番組に出演できるよう根回ししておきます。ちなみにゲストには誰を呼びますか?2人呼んでほしいとのことですが……」
「適当に選んでおいてくれ」
「かしこまりました」
イコはそう言いのこすとパソコンの画面がスッと暗くなった。
「今日も秋斗学校に来なかったね」
いつも通り学校を終え私は利樹君と一緒に下校をしていた。でもそこに秋斗の姿はない。
「ねぇ茜さん。茜さんは秋斗と幼馴染なんだよね?何か心当たりってある?」
利樹君が神妙な顔で私の顔を見てきた。
「う〜ん……1つだけあるよ。信じてくれないと思うけど……」
私は秋斗から聞いた事を出来るだけ分かりやすく話すように努めた。自分でもおかしなことを言ってることぐらいわかる。でも利樹君は最後まで真剣に聞いてくれた。
「なるほど……そんなことがあったのか……秋斗がボクに茜さんを殺すことが目的じゃないかって聞いたのは……」
「私も詳しくは知らないけど多分1人で戦っていたんだと思う」
「ボクのスマホの中に入っていたあのよく当たる占いって……」
「恐らくミキって子の仕業だと思う」
「そうだったのか……どうして秋斗の異変に気づけなかったんだ……これじゃあ友達失格だ!」
利樹君は手を握りしめると悔しそうに唇を噛んだ。
「利樹君1人のせいじゃないよ。私も秋斗を助けることができなかったし……ねぇ今日も秋斗の家に寄って行かない?もしかしたら会えるかもしれないし」
私達はほんの少しの可能性にかけて秋斗の家に向かった。けれど出てきたのは……
「あらいらっしゃい。茜ちゃんに利樹君ね。来てくれてありがとう。でもごめんね秋斗は部屋から出てこなくて……」
玄関のドアが空いて出てきたのは母親だった。結局その日も秋斗に会うことはできなかった。
「茜さん帰ろうか……」
「うん、そうだね……」
秋斗の母親に見送られその場を後にした。ここ1週間秋斗は学校に来ていない、何度か秋斗の家に寄ってみたけど、出てくるのはいつも母親だった。その度に今日みたいに見送られて秋斗の家を後にする。それがここ数日続いている。
でも今日はいつもとは少し違った。あれは利樹君と別れ1人で家に向かっている最中のことだった。なんとなくスマホを開いた時見つけた一通のメール。これがまさか秋斗を救うチャンスになるとは思いもしなかった。