18話
「大丈夫ですかマスター?」
「ああ、大丈夫だイコ」
俺は直ぐに警察に連絡し事情を説明した。第一発見者とだけあって色々と質問を受けたが無事に解放された。
「マスター、そこの公園で休まれたらどうですか?」
「そうだな……なんだか目眩がするしそうするよ」
フラつく足取りで公園のベンチを探し腰を下ろしたその瞬間、どっと疲れが体にのしかかってきた。
「結局、信彦を救うことはできなかった。結果的に茜が死ぬ未来は無くなったけど……」
俺はため息をつくと椅子にもたれかけた。
「これからどうしますか?」
「俺は俺のやり方で信彦が救えたはずの人々を救う」
「何か考えがありますか?」
「もちろん。イコ、お前の未来を見る力を使って、いろんな人のお悩みを解決するサイトを作ろうと思うんだ。どうすればその人にとっての最高の未来が実現するのか? そのヒントを与えたい。一人一人が自分の望む場所に向かっていけばきっと未来は明るくなる。そんな皆んなを先導するようなサイトを作りたい!手伝ってくれるよな?」
「はい、もちろんです」
いつものイコの機械声がなんだか懐かしく感じる。
「あれ?秋斗?秋斗だよね!」
突然背後から名前を呼ばれ振り返ると、茜が慌てた様子で小走りにやって来た。
「どうしてここに?」
「それはこっちのセリフ!病院にいなかったから心配したんだよ!」
茜に詰め寄られ思わず目を背けた。
「ごめん、ちょっと外の空気を吸いに……」
「嘘つき!本当はどこに行っていたの?」
俺の嘘はすぐに見破られ茜が俺の隣に座る。
「その……信彦の所に……」
うまい言い訳が思い浮ばず、俺は正直に告白した。
「大丈夫だった?」
「う、うん。まぁ……でも新しくやらなくちゃいけないことができた」
「そっか……でも無理はしないでね。そうそう、利樹君が退院するみたいだよ」
「そっか……それは良かった」
「あまり自分を責めちゃダメだよ秋斗」
「そうだけど……」
あの頃の俺は利樹こそが茜を殺そうとしている犯人だと勘違いしていた。利樹は俺のことを許してくれるだろうか……?
「ねぇ秋斗覚えてる?子供の頃良くこの公園で一緒に遊んだことを」
「もちろん。でもあの時はもっと広い公園だった気がするけどな…」
日が沈み薄暗い公園はどこか物悲しい。シーソーや滑り台などの遊具はどれも小さく感じる。
「ねぇまた今度一緒にどこかに行こうよ!」
「そうだな、今度は3人でどこかに行きたいな」
「それもいいけど2人だけでも行きたいな…」
「ん?何か言った?」
「いや、何でもないよ」
茜は誤魔化すように首を振る。
「さぁ早く帰ろ、看護師さんたち秋斗がいないって慌てていたよ」
「それはまずい!早く戻らないと!」
俺はフラつく体を茜に支えてもらいながら病院に向かった。まぁ案の定勝手に抜け出していた事がバレ、散々叱られたのは言うまでもない。
「秋斗、こっちの荷物はまとめておいたよ!」
「ありがとう助かる。せっかくの休日なのに手伝わせてごめん」
ようやく退院が認められた。入院していたのは数日だったけど、何だかとても長かった気がする。
「気にしないで、だからもうこんな危険な目には遭わないようにね。心配だから」
「分かった、ありがとう」
俺は苦笑いを浮かべて答えた。
「あら、秋斗君、今日退院?」
茜と荷物をまとめているとお世話になった女性看護師がやって来た。
「はいそうです。短い間でしたがありがとうございました」
「そうかもう退院か……よかったね」
看護師は俺たちを見比べて優しい笑みを浮かべた。
「すみませーん!」
隣の部屋から看護師を呼ぶ声が聞こえてくる。
「はーい、今行きます。じゃあ2人とも元気でね」
「「はい、ありがとうございました」」
信彦との戦いが終わりこれで茜が死ぬ未来は無くなった。だけどまだ終わりじゃない。むしろこれからが始まりだ。信彦が救えたはずの数千人の命は俺にかかっている。何が何でも救ってみせる。俺は1人決意を固め茜と共に病院を後にした。
「なぁ、聞いたか?このクラスに来たばかりの信彦って奴が死んだって噂だぜ」
「え?本当に?」
机に肘をついてぼんやりと外を眺めていると、そんな噂話が聞こえてきた。
「はい、皆んな注目!朝礼始めるよ」
チャイムと同時に担任の先生が入ってきて、出席を取り始めた。
「今日はみんなにお知らせがあります。まず初めに信彦君のことですが…」
担任の先生は言いづらそうに目を伏せた。
「そのことについてはもう少し落ち着いてから説明します。それとは別にもう一点お知らせがあります。利樹君と秋斗君が無事に退院して戻ってきました」
クラスメイトの視線が俺たちに注がれる。何だか居心地が悪いな…
「秋斗、お前も事故にあってたんだな」
隣の席に着いた利樹が笑いながら俺の肩を叩く
「なぁ利樹、俺お前に謝らないといけないことがある。今まで散々疑っていたし、それに事故にあった直後酷いことを言ってしまったし、あと…」
「ごめん秋斗、全然覚えてないや。そんなことよりもまた3人で一緒にコーヒ屋に行こうよ!」
利樹はいつも通りの元気な声だった。
「わかった、ありがとう」
(やっぱり利樹はいい奴だな)
「はい、じゃあ1時間目の準備をしておくように」
担任の先生は名簿を抱えると教室から出て行った。
授業はいつも通り進んでいき、何の問題もなく放課後になった。信彦との戦いはまるで嘘みたいだ。
「なぁ、早くコーヒー屋に行こうぜ!」
前と変わらず放課後になると利樹が俺と茜を誘いにやって来た。
「もうちろん!秋斗も行くよね?」
「ああ、今日は俺が奢るよ」
「えっ本当!?」
「サンキュー秋斗!」
茜と利樹が嬉しそうに喜ぶ。
「2人には散々迷惑をかけてきたからこれくらいさせてほしい」
「秋斗、そういう水臭いことはなしだ、早く行こうぜ!」
利樹にせかされて俺たちは教室を出た。3人で帰るのは何だか久しぶりだ。だけどこの時の俺はまだ知らなかった。これは束の間の休息に過ぎないという事を……どうやら俺の日常はイコと出会った時からすでに狂い始めていたようだ。